「ディズニーが支配したハリウッド」今後どうなる?

    人気のあるシリーズ長編映画を次々に発表し、20世紀フォックスを買収したディズニーは、映画産業への支配力をこれまでにないほど強めている。ミッキーマウスの巨大な影の下で、これからのハリウッドはどうなって行くのだろうか?

    ハリウッドにとって、2019年は厳しい年になっている。興行成績はずっとパッとせず、サマームービーはどれも振るわない。アカデミー作品賞を受賞したのは『グリーンブック』だった。とにかく、すべてが芳しくない状況なのだ。

    だが、ディズニーは例外だ。

    ディズニーは2019年、世界的な大ヒット映画を4本公開した。しかも今年後半には、さらなる超大作複数も公開を控えている。またディズニーは今年、ハリウッド史上最大級となる買収を完了。これからのハリウッドはミッキーマウスの巨大な影に支配されるという現実を、ほかのすべての映画スタジオに突きつけた。

    複数のメガヒット作を手がけてきたある映画制作者はBuzzFeed Newsに対して、「映画スタジオが競争する時代は終わりました」と語る。「ヤンキースが時々勝つし、レッドソックスも勝つ。その間隙を縫ってマーリンズもそれなりに勝つような世界とは違うのです。ディズニーの一人勝ちです。彼らがナンバーワンになるのです」

    だが、勝利と征服を描く壮大な傑作物語が常にそうであるように、ディズニーの歴史的上昇にも、いまだにリスクと不確かさが伴っている。ディズニーの天文学的成功の原動力となってきたのは「作品のクオリティ」だが、そうしたクオリティそのものが今後、同社を地に落とす力としてはたらく危険を秘めているからだ。

    ディズニーは過去、大きな苦労を経験している。わずか7年前、同社はスランプのどん底にいた。5年もの間、まったくと言っていいほどヒット作に恵まれていなかったのだ。ピクサーや、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが制作する作品は安定したヒットを記録していた。しかしそれ以外では、ディズニーは成功する長編映画戦略を発見できずにいた。

    同社が公開する作品は、まさに大コケと駄作のオンパレードだった。たとえば、『ウィッチマウンテン/地図から消された山 』や『サロゲート』『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』『魔法使いの弟子』『トロン:レガシー』『アイ・アム・ナンバー4』『少年マイロの火星冒険記 』『フライトナイト/恐怖の夜』『リアル・スティール』『ジョン・カーター』といった作品たちだ。

    そして迎えた2012年4月、晴天のロサンゼルス。大量のフラッシュが焚かれ、映画スターたちが大挙して押し寄せるなかで、『アベンジャーズ』が封切られた。

    マーベル・シネマティック・ユニバースを確立したこの大ヒット作は、ディズニーが2009年にマーベル・エンターテインメントを42億4000万ドルで買収した後で初めて発表したマーベル・スタジオ作品だった。

    マーベルの買収により、ディズニーはこれまでに、全世界の興行収入だけで182億ドル以上を得てきた。歴史的と言ってもいい素晴らしい数字であり、どんな映画スタジオでも不振から抜け出せる数字と言えるだろう。

    だが、ロバート・アイガーCEO率いるディズニーが描く壮大な構想にとって、マーベルは駒のひとつにすぎない。ディズニーは、自社に比肩する高いブランド認知度を誇る映画スタジオを買い漁ることによって、自社の興行収入の未来を救う構想を抱いているのだ。

    ほかの映画スタジオであれば、個々のシリーズ作品に依存したビジネスモデルを構築するところだが、ディズニーはシリーズ作品を個々のミニスタジオにすることによって、自社の映画事業を築いてきた。

    まずは2006年、ディズニーはピクサーを74億ドルで買収した(現在までの総興行収入は104億ドル)。そして2009年にマーベルを買収。その3年後、『スター・ウォーズ』シリーズの生みの親であるジョージ・ルーカスから、ルーカスフィルムを40.5億ドルで買収し、2015年に同作の新シリーズをスタートさせた(現在までの総興行収入は48.4億ドル)。また、スター・ウォーズのテーマランドが、ディズニーランドとディズニーワールドにオープンすることも決まっている。

    2010年公開の『アリス・イン・ワンダーランド』で成功を収めたディズニーは、「ディズニー・ライブアクション」部門の勝利戦略も発見した。自社が持つクラシック長編アニメのライブラリー(『ジャングル・ブック』や『美女と野獣』『アラジン』など)を実写映画としてリメイクするという戦略だ。2010年に始まったこの取り組みによるこれまでの総興行収入は、世界全体で62億ドルに上る。

    どの映画スタジオであれ、これだけでも繁栄には十分、いや十二分だっただろう。だが、大熱狂のなかで封切られた『アベンジャーズ』以来、ディズニーが手にしているのは繁栄だけではない。20世紀前半のMGM全盛期以降、どの映画スタジオも経験していないほどの支配力も手に入れている。

    かつての映画産業には、サイクルがつきものだった。6大映画スタジオ(ディズニーと20世紀フォックス、ユニバーサル、ワーナー・ブラザース、パラマウント、ソニー・ピクチャーズ)のそれぞれが、観客の好みの変化や、思い切った賭けの成否に合わせて、栄枯盛衰を繰り返していた。ところが2016年以降、ディズニーがこのサイクルを覆すようになった。アメリカ国内の興行成績で毎年トップに立ち、マーケットシェアを伸ばし続けているのだ。

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    だがディズニーは、映画市場を支配するだけでは飽き足らなかった。同社は2017年末、最大のライバルのひとつである20世紀フォックスとの交渉を開始した。その目的は、20世紀フォックスが資産として持つ映画・テレビ番組の大半を買い取ることだった。

    「巨大メディア・コングロマリットによる巨大メディア・コングロマリットの買収」は、一筋縄ではいかなかった。ようやく決着がついたのは2019年3月のことで、買収額は713億ドルに上った。

    しかし結果的に、これは気味が悪いほど絶妙なタイミングだった。今年のディズニーは、興行成績における優位性をかつてない規模で発揮する準備が整っているからだ。社会現象を巻き起こした『アベンジャーズ/エンドゲーム』に加えて、『キャプテン・マーベル』と『アラジン』『トイ・ストーリー4』の大ヒットにより、ディズニーは今年これまでに、アメリカとカナダだけで20.3億ドルの興行収入をあげている。一方、トップのディズニーに続く映画スタジオ、ワーナー・ブラザースとユニバーサルは、まだその額の半分にも達していない。

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    実のところディズニーは、2018年半ばにも、今年と同じく圧倒的大差でトップの座についていた。そのときの立役者は、『ブラックパンサー』と『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『インクレディブル・ファミリー』の3本だった。

    2019年が2018年と違うのは、今年の後半にも、少なくとも前半と同数のディズニー超大作の公開がすでに決まっているという点だ。アメリカでは『ライオン・キング』が7月、『アナと雪の女王2』が11月、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』が12月に公開される。

    別の言い方をしよう。ディズニーは2018、世界全体で73.3億ドルの総興行収入をあげた。それは、2016年の76.1億ドルに続く大記録だった。そして、2019年6月末の時点で、ディズニーが今年、全世界で公開した5作品の総興行収入は、すでに56.1億ドルを超えている。しかも同社の勢いは、失速する気配をまったく見せていない。

    ライバル映画スタジオのある幹部は、BuzzFeed Newsに対してこう語る。「『アベンジャーズ/エンドゲーム』と『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』、そして大ヒットアニメシリーズ『トイ・ストーリー』と『アナと雪の女王』の2本の続編の間に、ディズニーはさまざまな話題作をラインナップしています。『アラジン』や『ライオン・キング』などのリメイクものも、衰えを知りません」

    「彼らが自社内で制作してきたさまざまな作品が、ディズニーをディズニーたらしめています。たまに内輪でこんな冗談を飛ばすんです。これからはディズニーとは呼ばず、ただの『エンターテインメント』と呼ぼうか、と」

    たしかにうまいジョークではあるが、同時にそれは、不吉なジョークでもある。映画産業はいま、そのビジネスの根幹を揺るがす、過去数十年で最大の変化に直面している。観客たちが、映画館から、自宅でのデジタルストリーミングへと、怒涛の勢いで移動しているのだ。

    ディズニーが20世紀フォックスを買収した主な目的は、劇場用映画ビジネスの競争力を高めるためだけではない。20世紀フォックスが所有する莫大な数の映画・テレビ番組を、近々登場するディズニーのストリーミングサービス「Disney+」に活用するためでもある。

    20世紀フォックスは、ディズニーと別の映画スタジオではなくなった。さらにディズニーは、同社の「シリーズもの」ビジネスモデルの作品公開スケジュールを2020年代まできっちりと計画している。こうした状況のなかで、ディズニーのとてつもない規模と成功はすでに、今後数十年にわたるハリウッドの未来をかたちづくりつつある。

    メディア調査・分析企業のコムスコアでシニア・メディアアナリストを務めるポール・ダーガラベディアンは、こう問いかける。「あなたの会社に、圧倒的なマーケティング力や市場浸透力、画面や劇場をいっぱいにできる力があるとします。あなたの会社がこれほど大きな規模を誇っているときに、ライバルはいったいどうすればチャンスをつかめるでしょう? これはかなりの難問です」

    BuzzFeed Newsは、ライバル会社の幹部やベテラン映画制作者から話を聞き(率直に話すため、全員が匿名を希望した)、「ディズニーが支配するハリウッド」への他社の適応や、そうした支配力が、映画の内容に対して持つ意味、ディズニーの戦略が破滅につながりうる可能性についてなどを語ってもらった。

    「ディズニー以外の映画」の未来は?

    20世紀フォックスが買収される前から、ハリウッド関係者はすでに、ミッキーマウスが観客には見えない形で権力を振りかざすことに慣れていた。しばしばチケット料金が高く設定されているIMAXシアターで上映するため、限られた数のスクリーンを買い占めるといったことだ。あるライバル会社の経営幹部は、「彼らは実際に、機会を独占し始めています」と語る。

    20世紀フォックスの買収が完了すると、さらに巨大化したディズニーは、新たに手に入れた力を誇示し始めた。ディズニーは5月7日、2027年までのスケジュールとして、長編映画63本の公開日を発表した。これには、20世紀フォックスが買収前に作成していた、2020年ごろまでのリストも含まれている。

    この発表のなかでディズニーは、今後4年間のうち、最も需要が多い公開時期、つまり、最も興行収入が期待できる時期に作品を集中させている。具体的には、バレンタインデーの週、メモリアルデーの週末、感謝祭の週末、そして、クリスマス前の週末だ。

    20世紀フォックスの幹部だった人物は、「ディズニーはまるで巨人のように、これらの日付にただ立つことができます。ライバルたちは、残された日付を巡って戦っているだけでなく、状況から逃れようとして戦っています」と語る。「ディズニーは公開スケジュールに関して、空気をすべて吸い込んでいるような状態です」

    映画業界はずいぶん前に、「夏の映画シーズン」という概念を捨て去った。『ハンガー・ゲーム』、『ワイルド・スピード SKY MISSION』、『ブラックパンサー』といった夏向きのシリーズ作品は、夏でない時期に公開されたにもかかわらず、公開直後に大ヒットしている。それでも、ディズニーの攻撃的な公開スケジュールがもたらす最も直接的な結果は、他の映画スタジオ各社が、いわゆるイベント映画を、従来は重要なシリーズ作品には適さないと見なされてきたカレンダーの「残りの月」に公開せざるを得なくなることだ。

    前出の経営幹部は、「今後は1、9、10月に公開される作品が増えるでしょう」と予想する(この傾向はすでに見ることができる。ソニー・ピクチャーズは2018年、スーパーヒーロー映画『ヴェノム』を10月に公開し、全世界の売り上げ8億5500万ドルというかなりの数字をたたき出した)。

    しかし、もし観客たちが、「ディズニー以外のイベント映画」に関して、競うように映画館に行くことをやめたらどうなるのだろう? もちろんこのことは、2019年はまだ現実になっていない。しかし、4月に『アベンジャーズ/エンドゲーム』が興行収入の記録を塗り替えて以降、ワーナー・ブラザースの『名探偵ピカチュウ』と『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』、ユニバーサルの『ペット2』、ソニー・ピクチャーズの『メン・イン・ブラック:インターナショナル』といった高予算のシリーズ作品は軒並み低迷している。19年続いた20世紀フォックスの『X-MEN』シリーズ最後の作品に至っては、完全な大失敗だった。

    前出の経営幹部は、「観客は(ディズニーの)超大作イベント映画だけを見に行き、それ以外のすべての作品が苦戦しているように感じられます」と語る。「エンドゲームからアラジンへとバトンタッチされたような感じで、その後はおそらく、アラジンからトイ・ストーリー4、トイ・ストーリー4からライオン・キングと続きます」

    問題の一部は単純に、ディズニーのシリーズ作品は結局、ほかより優れているということだ。2019年に公開されたディズニー映画に関して、映画評サイト「Rotten Tomatoes」での評価を平均すると、次に評価が高いスタジオを15ポイントも上回っている。

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    ディズニーと20世紀フォックスの作品に携わったことのある映画制作者は「ごくまれに例外はありますが、ほとんどの場合、(ディズニーの)作品はかなり優れています」と断言する。「質の悪い量産品のように感じることはありません」

    観客は、マーベル・スタジオやピクサーの映画に対して、家を出て映画館に行き、時間と金を投じるだけの価値がある最高の体験を期待している。そのため、ほかのスタジオや映画制作者は、ディズニーの特別なブランド認知度と渡りあえるシリーズ作品を構築するにはどうすればよいかを熟考せざるを得ない。

    大ヒット映画とアカデミー賞ノミネート作の両方を手掛けたあるプロデューサーは次のように述べる。「A+(のシリーズ)は素晴らしく、Aはかなり安定しています。しかし、A–やB+になると突然、少し危うくなってきます。ゴジラはAでしょうか? それとも、Bでしょうか? 間違いなく、完全無欠のシリーズとは言えません」

    このプロデューサーによれば、成功の秘訣は「ディズニーを超えようとしない」ことだという。

    「映画スタジオは巨大なチャンスを手にしています。そのチャンスを生かすには、スタジオのトップがとても進歩的な考えを持ち、自信に満ちていなければなりません。そして、オリジナルのアイデアを持つ映画制作者が、自宅のように自由にふるまえる場所をつくらなければなりません」

    これは決して容易なことではない。ハリウッドの大手スタジオはこの20年というもの、巨額の予算をかけた超大作映画のリスクを回避するため、オリジナルのアイデアを捨て去り、確立された知的財産、つまり、市場テストに合格したと思われる知的財産が支配する「シリーズ映画のビジネス」に依存してきた。2000年以降、年間興行収入の1位に輝いたオリジナル映画は『アバター』だけだ。

    前出の映画制作者は、「既存のファン層がいない状態、あるいは、どのようにマーケティングすればよいかがわからない状態で、スタジオが1億ドル超の予算を投じても、ジェームズ・キャメロンにオリジナル(の知的財産)を監督または制作してもらわない限り、興行収入を伸ばすことはできないでしょう」と語る。

    実際には、これほど切迫した状況ではない。クリストファー・ノーランが監督を務めた直近の2作品『ダンケルク』と『インターステラー』はいずれも、予算は1億ドル超と報じられているが、全世界で予算の数十倍に達する興行収入を上げた。前出の映画制作者は、オリジナル映画の運命を嘆きながらも、ハリウッドがディズニーというマシンにあらがうための最善策を思い付いている。

    「今後もおおむね、シリーズ化が可能な作品、既存の知的財産に支配されるでしょう。“もう一度『マトリックス』をやろう”、“『スピード』を復活させよう”といった具合です。なぜかキアヌ・リーブスの映画ばかりですね」と前出の映画制作者は笑う。

    「しかし、キアヌ・リーブスといえば、『ジョン・ウィック』がシリーズとして成功することを予想した人はいるでしょうか? 『ワイルド・スピード』が何十億ドルもの興行収入をもたらす壮大なシリーズになると知っていた人は? 私の息子は12歳で、この夏、どのシリーズ作品よりも『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』を楽しみにしています。私としては、“本当に? そりゃいいぞ!”といった感じです」

    これは、ブランディングにつきものの問題だ。ブランディングとは、もろ刃の剣なのだ。ディズニー映画がどういうものかを知っている人は、「ディズニー映画ではないもの」や、「ディズニー映画になり得ないもの」も知っている。

    前出の経営幹部は「今年、ディズニー以外で大成功を収めた作品は『ジョン・ウィック:パラベラム』と『アス』ですが、どちらもそれほど意外ではありません」と話す。「どちらも、ディズニーには制作できない映画だからです」

    そのような例を、新しい作品からいくつか挙げてみよう。2018年には、ワーナー・ブラザースがカルチャージャンルの傑作『アリー/スター誕生』と『クレイジー・リッチ!』を公開し、パラマウントがホラー映画の新しいシリーズ『クワイエット・プレイス』を始動した。2017年には、ユニバーサルがR指定の『ゲット・アウト』と『Girls Trip』でサプライズヒットを記録した。

    2016年には、ライオンズゲートがほろ苦いオリジナルミュージカル『ラ・ラ・ランド』、ソニー・ピクチャーズが下品な大人向けコメディーアニメ『ソーセージ・パーティー』を公開した。

    「このまま前進していけば、岩の間に水が入り込む余地が生まれ、通り抜けることができるでしょう」と、前出の経営幹部は言う。「ディズニーはほぼ一貫して、万人向けの映画を制作しています。残された私たちは、特定の観客のために映画をつくればいいのです。時折、その観客たちが大成功へと導いてくれます」

    ほぼ間違いなく、どのスタジオよりそれをうまくやっていたのが20世紀フォックスだ。

    20世紀フォックスの未来は?

    ディズニーが20世紀フォックスの大部分の買収を目指しているという第一報が流れたとき、業界全体が衝撃を受け、その後、悲しみに包まれた。

    前出の映画制作者は、「悲観的な反応は、一緒に仕事をできるスタジオが1つ減るというものでした」と振り返る。「世界が少し小さくなったような感じです。一方、楽観的な反応は、諦めに近いものでした。しばらく前からこの傾向が続いているため、落ち込むのは時間の無駄だと思いました」

    もちろん、この買収によって職を失った人々もいる。アナリストたちの試算では、3月にディズニーが20世紀フォックスの実権を握って以降、最大4000人が解雇された。ハリウッドの無慈悲な「シリーズ映画ビジネス」によって、ハリウッド映画が世界的な娯楽にまで成長できた理由のひとつが失われたという共通認識もあった。

    前出のプロデューサーは、「(20世紀フォックスでは、)伝統的なスタジオが行なっていたことが実際に行われていました。大きな予算をかけた、映画スターを主役にした作品です。しかし基本的には、初めて予告編を見る前から、自分が求めている作品だとわかっているような体験ではありません」と語る。

    過去5年間の例を挙げれば、『ボヘミアン・ラプソディ』、『ロスト・マネー 偽りの報酬』、『オリエント急行殺人事件』、『グレイテスト・ショーマン』、『オデッセイ』、『SPY/スパイ』、『ゴーン・ガール』などがそのような映画だった。ディズニーの下でそれを続けることも可能だったかもしれないが、現在のところ、20世紀フォックスの未来はいら立たしいほど不確かだ。

    2019年秋、20世紀フォックスは大人向けドラマ作品の公開をいくつか予定している。ベストセラー小説を映画化した『Woman in the Window』と、史実に基づくドキュメンタリードラマ『Ford v. Ferrari』で、いずれも伝統的な「映画賞シーズン」である10月、11月に公開される。

    しかし、2019年の目玉の一つだったブラッド・ピット主演のSFスリラー『Ad Astra』は、ディズニーの意向で5月から9月に延期された。幅広い観客を期待できる高予算の映画にとっては、1年で最も厳しい月のひとつだ。

    前出の経営幹部はこの公開スケジュールについて、「(Ad Astraを)入れるには、とてもおかしな場所です」と首をかしげる。「おそらくカレンダーに空きがないのでしょう」

    事実、ディズニーの壮大な公開カレンダーの特筆すべき点として、20世紀フォックス映画の多くが、ディズニーの他部門の映画に比べると不利な場所に入れられていることが挙げられる。例えば、長編アニメ映画『Spies in Disguise』はクリスマス当日に押し込まれた。これは、興行収入でほかを圧倒することが予想される、ルーカスフィルムの『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の公開日から5日後だ。

    クリステン・スチュワート主演のSFスリラー『Underwater』は、2020年1月に追いやられた。長編アニメ映画『Ron’s Gone Wrong』に至っては、2020年11月、マーベル・スタジオによるタイトル未定の長編映画と同日に公開される。

    最高の公開日を割り当てられた唯一の20世紀フォックス映画はアバターの続編4作品で、いずれもクリスマス前に設定されている。ディズニーワールドにアバターのテーマパークがあるのは偶然だろうか。

    前出の元20世紀フォックス幹部は、「これがディズニーの傲慢さです。自分たちの作品以外は価値がないと考えているのです」と語る。「実際に肌で感じることができますし、20世紀フォックスの人間も同じことを言っていました」

    アイガーCEOは5月、四半期ごとの決算発表で、おそらく年間5~6本の20世紀フォックス映画を制作することになるが、「この数字に固執するつもりはありません」と発言した。20世紀フォックスが2018年に12本の映画を公開したことを考えると、20世紀フォックスの価値を認めているとは言い難い。

    20世紀フォックス作品が大幅に減らされた背景には、「フォックス2000ピクチャーズ」を閉鎖するという驚きの決断がある。フォックス2000は25年前に立ち上げられた部門で、現在の映画業界ではどんどん珍しくなっているジャンルを主戦場にしてきた。ドラマティックな大衆向け映画で、イベント映画ほどの大金はつぎ込んでいないが、姉妹部門のFOXサーチライト・ピクチャーズが手掛ける、低予算だが高尚なインディーズ映画とも異なる。

    具体的には、『ファイト・クラブ』、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』、『プラダを着た悪魔』、『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』、『きっと、星のせいじゃない。』、『ドリーム』、『Hate U Give』、『Love, サイモン 17歳の告白』など。この四半世紀に最も高く評価され、成功を収めた映画のいくつかはフォックス2000の作品だ。

    前出の元20世紀フォックス幹部は、「データを重視するウォール街のアナリストは見落とすかもしれませんが」と前置きした上で、「あの部門が女性たちによって運営されていたこと、スタッフの大部分が女性だった事実を見過ごしてはいけません。彼女たちがつくった作品の幅広さは、ほかのスタジオにまねできるものではありません…あのような作品、つまり、人々が映画館に足を運ぶような真の娯楽をつくることは、決して容易なことではないのです」

    多くの業界観測筋は、ディズニーは少なくとも、Disney+のオリジナル映画をつくるためにフォックス2000を活用し、『好きだった君へのラブレター』、『バード・ボックス』、『マーダー・ミステリー』など、ネットフリックスで人気を博している同規模のオリジナル映画に真っ向から勝負を挑むと予想していた。しかし、Disney+の新規「オリジナル」公開は、スター・ウォーズ・シリーズと、マーベル・スタジオ・シリーズのスピンオフ作品になる予定だ。

    前出の元20世紀フォックス幹部は、「(フォックス2000)映画の質は、ネットフリックスがつくっているオリジナル作品をはるかに上回っています」と断言する。「経験と知識が必要なのです」

    「あの部門を閉鎖するなんて、彼らは創造性についてどういうメッセージを伝えたいのでしょう?」

    ディズニー映画の未来は?

    ディズニーの未来に関する最も差し迫った問題は、7月中にサンディエゴで開催される「コミコン」で答えが出る可能性が高い。マーベル・スタジオを率いるケビン・ファイギが、マーベル・シネマティック・ユニバースの次なるフェーズを発表すると思われるためだ(予想される作品は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の第3弾、ブラックパンサー、キャプテン・マーベル、『ドクター・ストレンジ』の続編、ブラック・ウィドウが登場する作品、アンジェリーナ・ジョリーとクメイル・ナンジアニが出演する『Eternals』などだ)。

    ピクサーが2020年に2つの映画を公開することもわかっている。いずれもシリーズ作品ではない。3月に『Onward』というファンタジーアドベンチャー、6月に神秘的なコンセプトの『Soul』が予定されている。

    実写映画部門も2020年、3月に『ムーラン』の新バージョン、7月にディズニーランドのアトラクション「ジャングルクルーズ」をテーマにした映画を公開する。ジャングルクルーズの主演は、ほかでもないドウェイン・ジョンソンだ。12月に予定されている『Cruella』は、『101匹わんちゃん』に登場する悪女クルエラの過去を描く物語で、エマ・ストーンが起用されている。

    そして、外から見る限り、ディズニーはこれからの数年間、この路線を歩み続けるつもりのようだ。2021年には、タイトル未定のアニメ映画2作品(ピクサー映画とディズニー映画)、タイトル未定のマーベル・スタジオ映画3作品、タイトル未定の実写映画4作品が予定されている。2022年も、ピクサー映画を1つ追加しただけの同じパターンが繰り返される。

    2022年には、ルーカスフィルムが3年間の空白を経て、スター・ウォーズ・シリーズを再始動させることにもなっている。ただし、ここで突然、止めることのできないように見える「ディズニーの強大な力」が、不安定なものに見えてくる。

    『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー 』が2018年に公開されたとき、観客はスター・ウォーズ・シリーズに対して、マーベル・スタジオ映画が公開されたときのような底なしの欲望を持っていないことが明らかになった。その結果、ディズニーは5000万ドルの損失を出したと伝えられており、今後予定されていたスピンオフ作品もキャンセルされた。

    つまり、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の興行成績に対する期待は、空のように高まっているということだ。

    前出の映画制作者は「もし私がディズニーの人間だったら、(『スカイウォーカーの夜明け』には)素晴らしい作品であることを期待します。さもなければ、予告編の冒頭でルーカスフィルムのロゴを目にしても、人々は興奮しなくなってしまうでしょう」と話す。「スター・ウォーズは現在、スター・ウォーズを見て育った人々の強烈な郷愁の念に支えられています。けれども20年後の運命は、ミレニアル世代がスター・ウォーズをどう思うかに懸かっています。今、彼らの心は揺れ動いています」

    もし20年後を心配するのはあまりに長期的だと感じるのであれば、ディズニーランドにスター・ウォーズのテーマランドを増築するためだけに10億ドルが投じられたという報道を思い出してほしい。ディズニーランド史上最大規模の拡張工事だ。

    ディズニーは長年、無秩序に広がる娯楽産業施設の新たな呼び物をつくるにあたって、長編映画部門に頼ってきた。そして、巨大なマーチャンダイジング部門、テーマパーク部門に、人気のあるコンテンツを送り込んできた。しかしあくまで、キーワードは「人気」だ。ミレニアル世代とZ世代の映画ファンがスター・ウォーズに夢中にならない場合、これらの世代の子供をミレニアム・ファルコンに乗せようとして大金をつぎ込む理由などあるだろうか?

    ただし、ディズニーの長編映画リストには、もっと差し迫った困難が待ち受けている。7月19日公開の『ライオン・キング』は大ヒットが予想されている。また、最高とは言い難い評価にもかかわらず、『アラジン』の興行収入は全世界で8億7500万ドルを超えている。しかし、その前に公開された実写版『ダンボ』は、監督がティム・バートン、出演者もコリン・ファレル、マイケル・キートンと豪華だが、興行収入はアラジンの半分にも届いていない。

    すでに「人魚姫」と「白雪姫」の実写版も制作が始まっている。現在の観客が関心を持っている名作アニメを使い果たしたら、いったいどうなるのだろう?

    前出のライバル会社幹部は「Cruellaは、アラジンや美女と野獣のように、中性子爆弾レベルの効果をもたらすでしょうか?」と問いかける。「私はそう思いません」

    前出のプロデューサーも同意見だ。「彼らは、低い位置にぶら下がっていた果実については、すべて摘み取ってしまいました。『きつねと猟犬』の実写版は、ライオン・キング並みの成功を収めるでしょうか? 私にはわかりません」

    成功を繰り返そうとするディズニーは、2021年と2022年に実写映画8本の公開を計画している。そして、ディズニーの過去の作品題材にしていない実写映画は、ここ最近、悲惨結果に終わっている(忘れてしまいたいかもしれないが、『ローン・レンジャー』の存在を忘れてはいけない)。

    厳格に定義されたディズニーのブランドは、うらやましいほど確実に人々の想像をかき立てる助けになっているが、それと同じくらい、創作の軌道に厳格に固定されることにもつながっている。もし観客がディズニー作品から離れ始めた場合、そこから軌道修正するのはとても難しいだろう。

    前出の経営幹部は、「特に、超大作に分類されるイベント映画の場合、消費財やパートナーブランド、PRが関わってきます。そのため、少なくとも1年はほぼ拘束されます。それらについては何もタッチできなくなります」と話す。

    最後の作品で評価されるというのがハリウッドの現実だ。もちろん、これはディズニーの助けになっており、ディズニーは潤沢な資源を使い、業界で最も成功を収めている最高のストーリーテラーにアクセスできている。

    ルーカスフィルムはスター・ウォーズの新シリーズを制作するため、『ゲーム・オブ・スローンズ』のデビッド・ベニオフとD・B・ワイスを起用。マーベル・スタジオは映画制作者として高く評価されているクロエ・ジャオに『Eternals』を託し、ブラックパンサーの続編には再びライアン・クーグラーを指名した。また、マーベル・スタジオはレプリゼンテーション(再表現)にも積極的で、大型シリーズの主要な登場人物として、女性や有色人種を起用している。

    しかし、ディズニーの整備された映画王国で働くことは、綿密に管理された制約の下で働くことも意味する。

    前出の映画制作者は、「エッジの効いたことはできるでしょうか?」と問いかける。「20世紀フォックスでは、ある程度の暴力も許されましたが、ディズニーでは“ノー!”と一蹴されます。20世紀フォックスが買収された今、『ダイ・ハード』の主人公ジョン・マクレーンは、“イピカイエ、クソったれ(Yippee-ki-yay, motherfucker)”と言うことができなくなるのでしょうか?」

    前出のプロデューサーは、「ディズニーが敷いたレールの上で働きたい場合、あるいは、ディズニーのシリーズと関わる幸運に恵まれた場合は、これほど良い場所はありません」と話す。「しかし、ディズニーのブランドが障害になるような何かをしたい場合は、どこから始めればいいか、わからなくなるでしょう」

    ディズニーがこうした評判から自由になる方法について質問したところ、今回取材に応じてくれた全員が同じことを言った。ディズニーは、ブランド化されたシリーズ作品と同等の思慮深さと熱意をもって、再びオリジナル作品に投資しなければならないというのだ。

    前出のプロデューサーは、「必要なのは次なるスター・ウォーズです」と語る。「比較的リスクが低く、巨大なシリーズに成長する可能性を秘めた、次なる作品です」

    ディズニーは、天文学的な成功を収めたにもかかわらず、映画事業を改革しようとしている。その最大の理由は単純に、映画がエンターテインメントの未来ではないことだ。エンターテインメントの未来はストリーミングだ。そのストリーミング市場では、Disney+は再び、大手スタジオのひとつとして戦うことになる。戦いの相手はネットフリックス、アップル、アマゾン、ワーナーメディアだ。

    前出の映画制作者は「もっと尖ったことがしたければ、ビジネスに制約を科すべきではないと思います。テレビ局やネットフリックス、アマゾン、アップル、HBO。彼らは皆、コンテンツをつくっています」と述べる。「『チェルノブイリ』は全5話の連続ドラマで、約8000万ドルの予算が投じられているように見える作品です…私も見ましたが、こんな作品ができるんだと感心しました」

    「われわれは、映画産業が縮小してしまった、と愚痴をこぼしながらただ座っているべきでしょうか? あるいは、“あそこを見てごらん、素晴らしいコンテンツがあるよ”と言うべきなのでしょうか?」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan