スキャンダルが発覚した『ボヘミアン・ラプソディ』 アカデミー賞を受賞できるのか?

    『ボヘミアン・ラプソディ』の監督について、米アトランティック誌が掲載した調査記事が、大きな騒ぎを呼んでいる。だが、同作のアカデミー賞獲得への見通しに影響はなさそうだ。

    2019年1月、『ボヘミアン・ラプソディ』で主演したラミ・マレックとプロデューサーのグレアム・キングが、ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門でそれぞれ主演男優賞と作品賞を受賞した際、彼らの受賞スピーチからあからさまに抜け落ちていたある人物の名前があった。この映画の監督、ブライアン・シンガーだ。

    映画『X-MEN』シリーズを数作監督したことでおなじみのシンガーは、2017年12月に『ボヘミアン・ラプソディ』の撮影を数週間残したまま監督を降板されるという不名誉な事件でも知られている。映画にとっては、しかもそれが各賞の可能性を秘めた作品であればなおさら、最悪の展開となるところだ。

    だが、マレックやキングをはじめとする今作のチームは、とにかくシンガーについてはできるだけ触れないようにして、この賞シーズンを巧みに乗り切ってきている。

    ロックバンド「クイーン」と、その稀代のフロントマンであるフレディ・マーキュリーを描いた伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、全世界で8億ドル以上の興行収入をあげる大ヒット作となり、1月22日には、作品賞、主演男優賞を含む5部門でアカデミー賞にノミネートされている。シンガーが存在していなかったかのような振る舞いの効果は、ちゃんとあったようだ。

    だが、アカデミー賞のノミネートが発表されて24時間が経つか経たないかのうちに、米アトランティック誌は衝撃の記事を公開した。シンガーが1988年に監督した映画『ゴールデンボーイ』のセットで、13歳の男の子を含む複数の未成年男児に対して性的暴行をはたらいていたと告発する内容だった。

    シンガーには、1990年代後半からずっと性的不正行為の疑いが付きまとっている。『ボヘミアン・ラプソディ』から降板された直後には、民事訴訟を起こされた。2013年に、17歳の少年をヨットに乗せて強姦した疑いでだ。

    こうした性的不正行為の疑いを、シンガーは繰り返し否定してきている。今回のアトランティックの記事についても、弁護士を通じて内容を否定している。

    だがこの記事では、新たに決定的な告発が複数出てきており、シンガーと未成年者の性的行為にあるとされるパターンのおぞましい全体像が描き出されている。

    シンガーのキャリアが今後どうなるのか予測するのは難しい。そして、『ボヘミアン・ラプソディ』がどうなるのかを先読みするのはもっと困難だ。

    アカデミー賞の歴史上、作品賞にノミネートされた映画の監督が、すでにその作品にとって忌まわしい存在になっており、さらに突如新たな不祥事が発覚するなどというのは前代未聞の出来事だ。

    アカデミー賞獲得には、ハリウッドでは大きな意味がある。ハーヴェイ・ワインスタインが築いていた帝国は、彼が手がけた映画から81もオスカー受賞者が出ており、さらに何百人もがノミネートされていたという名声があってこそのものだった。

    アトランティックの記事に登場したシンガーの被害者とされるある人物は、『ボヘミアン・ラプソディ』がこのような形でハリウッドから称えられたことに対して、遺憾の意を表明している。

    「業界は不都合なことから目をそらし、何もなかったようなふりをするでしょう」。彼は記事の中でそう語っている。

    BuzzFeed Newsが業界関係者やアカデミー賞に詳しい人物らに取材を行ったところ、『ボヘミアン・ラプソディ』に関する受賞予想は、アトランティックの記事が公開されるまでとほぼ変わっていないことがわかった。作品賞の受賞はほぼあり得ないだろう。そもそも受賞しそうな作品ではなかった。

    しかし、フレディ・マーキュリーになりきった演技を見せたマレックは、今でも主演男優賞の最有力候補だ。

    20世紀フォックスのオスカー戦略を知る情報筋によると、同スタジオは今の戦略のまま突き進むつもりだという。

    「変更はありません」。この人物はそう証言している。なにしろ、シンガーの存在をなかったことにすることで、『ボヘミアン・ラプソディ』はここまできたのだ。この人物は、「ブライアン・シンガーを擁護しようという動きはありませんでした。彼は映画を解雇されたのだから」と言い添えた。

    あるベテラン業界関係者は、「今回のノミネートには、業界がシンガーをどう見ているかよりも、映画とシンガーを切り離すというPR戦略の成功が大きく影響しています」と語る。

    確かに、ノミネート発表の翌日、20世紀フォックス、キング、マレックの代理人に対して、アトランティックの記事についてコメントを求めようとしたが、叶わなかった。

    マレックが受賞する可能性について、あるアカデミー会員にBuzzFeed Newsが取材をすると、彼が話をした他のアカデミー会員は『ボヘミアン・ラプソディ』を心から評価しているといい、彼自身も喜んでマレックに票を投じるつもりだと語ってくれた。

    「素晴らしい演技でした」と、彼は述べた。「ブライアン・シンガーのことでラミ・マレックを責める人はいないと思います。私は、彼が主演男優賞を獲ると思いますね」

    エンターテインメント界の各賞に詳しく、受賞者を予測するサイト「goldderby.com」の運営も手がけるトム・オニールによれば、主演男優賞の予想は今のところ、マレックと、『バイス』のクリスチャン・ベールのどちらかだという(そして、三番手に入るのは『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパーだ。彼が監督賞にノミネートされなかったことをアカデミー会員が気の毒に思うならば、ということだが)。

    オニールによれば、アカデミー会員には、作品自体が議論の的になった場合でも「個々の出演者」を罰するような傾向は無いという。オニールは、『グリーンブック』のPRにまつわる問題が多数発生しているにもかかわらず、マハーシャラ・アリがいまだに助演男優賞の最有力候補と目されている事実を例に挙げた。

    マレックもここまで、素晴らしいキャンペーンを展開してきている、とオニールは語る。

    「ラミ・マレックは今回の賞シーズン中、ハリウッドのいたる所で、非常に抜け目のない地上戦を繰り広げています。主要な授賞式や、質疑応答のあるスクリーニング、プライベートなパーティーなどに、愛想よく出席しているんです」とオニールは言う。

    「放送映画批評家協会賞で彼の隣の席になったのですが、セルフィーを求めてきたり、世間話をしたがったりする迷惑なファンに対して、彼が一晩中ずっと感じよく対応していたのには感心しました。騒がれたり注目されたりすることを、本当にうまく糧にしているようですね」とも。

    ある業界関係者も、マレックが最優秀主演男優賞に輝く可能性は、これまでと変わらず高い、と同意する。

    この関係者は、「マレックは評判もとても良いし、映画の人気も高いようです」と言う。「主演男優賞は、ラミ・マレックとクリスチャン・ベールの戦いになると思います。役の難易度からいって、勝つのはベールではないでしょうか」

    米映画サイト「Indiewire」で編集責任者(エディター・アット・ラージ)を務め、エンターテインメントジャーナリストとしてのキャリアも長いアン・トンプソンは、この問題が行き着くのは、ひとつのシンプルな問いだと見ている。「アカデミー会員が、ブライアン・シンガーの問題で映画の評価を変えるべきだと考えるか? というところです。#MeTooムーブメントが起こっている今の状況の中で、アカデミー会員があの映画に関わる誰かに責任を押し付けようとするかどうかはわかりません」

    前出のアカデミー会員は、もっと率直にこう言っている。「ラミ・マレックが未成年の男の子をレイプしていたのなら、それは、彼はもうおしまいだ、ということになります。けれども、事件と映画は、ある程度は別問題なのだから、私は主演男優賞には彼がいいと思っています」

    だがトンプソンは、シンガーの疑惑についてマレックがどのような対応を見せるかによっては、今後影響が出てくる可能性もあると指摘する。訊かれている質問に対するマレックの答え方に納得できない、と感じる人たちが多くいれば尚更だろう。「というのも、彼がまったく何も把握していないとは考えにくいからです」

    ロサンゼルス・タイムズ紙は1月22日付けで、マレックへのインタビューを掲載したが、シンガーに向けられている疑惑についてマレックは、『ボヘミアン・ラプソディ』出演の契約を結ぶまで「知らなかった」と発言している。

    「オスカーを勝ち取るためには、何もかも問題がないと完全に思わせる必要があります」と、トンプソンは言う。「あまりに問題が多いと、影響が出てくる可能性もあるでしょう」

    だが、アトランティックの記事が、実はマレックのオスカー獲得に有利に働くのではないかという声もある。記事には、マレックとシンガーが撮影現場で対立していたと書かれており、これはシンガーが降板になった際に、BuzzFeed Newsが報じた内容とも一致している。過去にシンガーと何度も不快なやりとりをしたことがあるというある監督は、自由に発言するために匿名で証言し、マレックに同情を示した。

    「ラミ・マレックは気の毒です。彼の演技は素晴らしく、受賞に値するものなのだから」とこの監督は言う。「ものすごく仕事のやりにくい現場だっただろうと思いますよ」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:半井明里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan