多くの汚名を着せられるセックスワーカーたち 彼女らを追い詰める政策がまた1つ生まれようとしている

    人身取引の撲滅を目指して始まった米連邦政府の取り組みがいま、全米各地のセックスワーカーの暮らしを脅かしている。

    カイエン・ドロショーは、手首をクイッと動かして、ウィーホーケン・ストリートのほうを示した。きれいにマニキュアが塗られた指先が、街灯の光を受けてきらりと光る。「ゲイの男の子たちが集まっていたのはそこよ」

    トランスセクシュアルが働いていることで昔から有名なマンハッタンの一角。ドロショーは、界隈を案内するツアーガイドのように話しながら、胸を張って大股で闊歩する。ひびが入ってすり減ったそのストリートのことは、何から何まで知り尽くしているのだ。

    さかのぼること1980年。マンハッタンのグリニッジ・ビレッジにあるこの界隈は、「ザ・ストロール(The Stroll)」という名前で知られていた。その頃、ここでの仕事は、かなり直接的なものだった。クリストファー・ストリートとワシントン・ストリートが交わる交差点が「はじまりの場所だった」と、ドロショーは言う。「客が自分に向かって軽くうなずいたら、立ち上がって歩き始める……客は、ハゲタカみたいに周りを回り始める。それで、『ああ、自分が選ばれた』とわかるわけ」

    危険な暮らしだった。ドロショーのような有色人種のトランスジェンダー女性にとっては特にそうだ。縄張りを侵害したと文句をつけられてほかのセックスワーカーにいじめられたし、取り締まりや検挙に来た警察に暴力を振るわれるのではないかといつもビクビクしていた。実際、警察とのいざこざで、セックスワーカーが命を落とした事件も起きた。


    けれども、何よりも危険なのは、客がどんな人間かわからないことだ。「首を絞められたり、殴られたり、レイプされたりした……ウェストサイド・ハイウェイで車から飛び降りる羽目になったこともある。あれがいままででいちばん怖かった」とドロショーは言う。

    インターネットが登場すると、状況は変わった。オンライン広告を出し、客を事前にチェックして選べるようになったため、セックスワーカーは街角から消えていった。守ってくれる人を必要としたセックスワーカーを食い物にするピンプ(客引きをして売春を斡旋する者)は、いまや絶滅寸前だ。セックスワーカーは自分で客を選び、料金を決められるようになったのだ。

    しかし、ドロショーは現在、以前のやり方に戻ってしまうのではないかと不安を抱いている。2018年3月、オンライン人身取引防止法案、通称「FOSTA-SESTA」が連邦議会を通過し、4月にトランプ大統領が署名したからだ。

    議員たちがこの法案を可決したのは、オンラインを利用した性的人身取引を撲滅するためにはぜひとも必要、と説得されたからだ。しかしこれによりセックスワーカーたちは、インターネットを使ってオンライン広告を出して客を選ぶことが事実上不可能となってしまった。

    FOSTA-SESTAは第一弾にすぎず、議会では現在、セックスワーカーの暮らしにさらなる影響を与えかねない一連の人身取引対策法案が審議されている。上院下院の超党派は、性的搾取を目的に人身取引を行うビジネスが銀行を利用できないようにするための資金洗浄対策法を検討している。この法案が通過すれば、セックスワーカーも、口座を凍結されたり閉鎖されたりするのではないかと活動家は懸念している。

    さらに、ネヴァダ州選出のディーン・ヘラーをはじめとする共和党議員たちは、性的人身取引で有罪となった人間が連邦政府から住宅支援を受けられないようにするための法整備を推進している。しかし、そうして有罪になった人々には、ピンプや人身取引業者だけでなく、合意に基づいて取引したセックスワーカーも含まれていることが多い。

    同時に、州や都市レベルで行われる反売春運動のリーダー的存在として注目が集まっているのがテネシー州在住の弁護士スコット・バーグソールドだ。同弁護士は、「合衆国憲法修正第1条」を明確に回避できる土地利用規制条例を立案して一躍有名になった。売春業界はこれまで、表現や集会などの権利を妨げる法律の制定を禁止する憲法修正第1条を盾に、自らを守ってきていたのだ。

    有名ポルノ女優ストーミー・ダニエルズが2018年7月にオハイオ州コロンバスのストリップクラブで逮捕されたときも、こうした土地利用規制条例が適用された。

    バーグソールド弁護士は過去20年間、全米各地の州や都市で勝利を重ねてきた。2018年6月にジョージア州最高裁が、サンディ・スプリングスにあるストリップ・クラブで酒類の販売が禁じられたことを支持した裁判もそのひとつだ。

    敏腕弁護士のバーグソールドはいまや、全米のアダルト・エンターテインメント業界やストリッパーにとっては怪物のような存在だ。憲法修正第1条に詳しい弁護士のマーク・ランダッツァは、「憲法修正第1条を専門とする弁護士の集まりで、彼の名前が出なかったことは一度もないと思います」と語る。

    セックスワーカー擁護活動家で、FOSTA-SESTAなどの法律が業界に与える影響を減らそうとして議員たちと協力しているケイト・ダダモは、「副次的な影響は巨大なものになる可能性があります」と話す。「人を捕まえる方法があまりにもたくさんあるのです」

    そして、捕まえることが目的のひとつであることを、法案の提案者は認めている。女性や子どもの人身取引撲滅を訴える団体「Coalition Against Trafficking in Women」で活動するメラニー・トンプソンは、自身も性的人身取引の被害者として、「私はもちろん、女性の安全を望んでいます。売春はしてほしくありません。人身売買と呼ぼうと、自分を売るのが自分の生き方だと言おうと、根絶したいと考えています」と語る。

    セックスワーカー側も、自分たちの業界をターゲットにした土地利用規制条例が可決されていることを把握している。そして、自ら対策に乗り出し、勝利をおさめている。中でも注目すべきは、ルイジアナ州ニューオーリンズのケースだ。

    元ニューオーリンズ市長のミッチ・ランドリューは2017年、バーグソールド弁護士を招聘し、ニューオーリンズのバーボン・ストリートにあるストリップクラブを狙い撃ちにするために土地利用規制条例を改正しようとした。それに反発して戦いの先頭に立ったのは、ストリッパーたち自身だった。

    ニューオーリンズ市議会は、3月末に新たな土地利用規制条例を承認する予定だった。しかし、市内で働くストリッパーたちは緩やかな連合を組み、承認直前の土壇場でロビー活動を展開。その年に実施された取り締まりでは、人身取引の証拠が見つからなかったと述べ、土地利用規制を厳しくすればダンサーたち、とりわけ有色人種女性は生活の糧を失うだろうと主張した。

    その取り組みが功を奏し、市議会は3月22日、提案されていた土地利用規制条例の改正案を否決した。

    一方、ワシントンD.C.の市議会では2017年、デイヴィッド・グロッソ議員が、あらゆる形の性産業を解禁するための法案を提出した。この法案は、国内でもっとも古いセックスワーカー支援団体のひとつ「Helping Individual Prostitutes Survive(HIPS)」をはじめとする組織の支持を得ており、市議会は年内中に立法へ向けて動き出すのではないかと、活動家は期待する。

    この法案が可決されるか否かは、ある意味、重要ではない。アダルト・エンターテインメント業界には汚名がつきまとっている。それを考えれば、主要大都市の行政が性産業の解禁を真剣に検討するという事態は、これまで日陰的な存在だった支援団体にとっては、それ自体が重要だ。

    政治における重要戦略は、地位を確立している現職議員から議席を奪おうとする候補者を支持することだ。そういった意味で、ニューヨークのセックスワーカーたちは、ニューヨーク州の民主党上院議員候補者ジュリア・サラザールに望みを託している。

    8月のある日曜日の午後、ブルックリンのマッカレン公園。約35人のセックスワーカーとその仲間たちが、雨を避けるようにしながら、大きな木の下に集まっていた。若い男女から成る一団は、枝葉から落ちてくる雨粒をよけながらピザを食べ、政治団体「米国民主社会主義者(DSA)」のメンバーから、戸別訪問のやり方を簡単に教わった。

    この戸別訪問は、27歳のサラザールを支援するセックスワーカー活動家たちが主催したもので、ニューヨークのセックスワーカーたちが街に繰り出し、ドアをノックして候補者への支持を呼びかける初めての機会となった。

    そしてセックスワーカーたちの努力は報われた。サラザールは9月13日の予備選挙で、16年間のキャリアを持つ現職議員に勝利したのだ。

    選挙区の中心は、高級化したウィリアムズバーグで、リベラル派の多い土地柄だが、民主党支持者であっても、セックスワーカーの権利には冷淡だ。サラザールはそのことをよくわかっている。予備選挙の数週間前にBuzzFeed Newsの取材を受けた際、この問題を公然と取り上げることは政治的なリスクを伴うと述べていた。沈黙を守れば回避できるリスクだ。ただし、サラザールは同時に、セックスワーカーに対する世間の認識はここ数年で和らぎ始めていると指摘し、この職業の汚名が消えるためには、政治家が声に出して支援することが重要だとも述べた。

    「仮定の話をすれば、私はセックスワーカーを擁護する人たちに、私はあなたたちを支持しているとただ伝え、公には何も発言しないまま彼らを支援することも可能でした」とサラザールは述べる。「しかし、セックスワーカーたちはあまりにも多くの汚名を着せられていると思います。ためらいや臆病さに負けることは、こうした汚名を増幅させることであり、私はそれ以上のことを行動する必要があります。セックスワーカーたちに苦痛を与え続けている汚名を、何とかしなければならないのです」

    セックスワーカーという職業は古くから存在するが、セックスワーカーを対象とした戦いも、それと同じくらい古くからある。そうした戦いは、フェミニストとキリスト教徒を団結させてきた。例えば1910年には米国議会で、マン法(Mann Act)という別名で知られる白人奴隷売買禁止法(White Slave Traffic Act)が可決された。売春または不道徳なわいせつ行為に従事した女性に厳しい刑罰を科すための法律だ。あらゆるセックスワーク反対運動の根拠とされてきたこの法律は、キリスト教徒の活動家と、初期の婦人参政権運動の助けを借りて成立した。この2つの勢力は10年後、全米に禁酒法を強要した連合でも重要な役割を果たした。

    しかし、1960年代に性の革命が起き、1960年代から1970年代にかけて憲法修正第1条を巡る歴史的な裁判が相次いだとき、流れが一変したかに見えた。1990年代までには、ポルノが合法化されただけでなく、ロン・ジェレミー、ジェナ・ジェイムソンといったポルノスターがトーク番組のレギュラーを務めるまでになった。そして、ポルノ映画のストリーミング配信からウェブカメラを使ったパフォーマンスまで、インターネットがポルノ業界の新しい道を開いた。

    ワシントンD.Cなどの都市では、公衆衛生団体がセックスワーカーの権利を公然と擁護し始めた.。また、自治体のなかには、基本的な医療サービスやコンドームの無償提供、HIV検査など、セックスワーカーの支援に動くところも現れた。

    一方、セックスワーカーたちは、「Backpage.com」などのウェブサイトや、Craigslistの性的サービスセクション、顧客データベースサービスを利用することで、街角から姿を消し、顧客候補や暴力的な嗜好をもつ人々、法執行機関との間に安全な壁を築き、離れた場所から自分の仕事を宣伝できるようになった。さらに、セックスワーカーたちは団結し、自分たちの身を守ることができるようになった。具体的には、暴力的な客や危険な客をまとめた「要注意人物リスト」のほか、顧客との関わり方から金銭管理まで、あらゆることを支援してくれるウェブサイトなどを利用できるようになった。

    ただし、インターネットがセックスワーカーの万能薬になったというわけではない。セックスワーカーを標的にする手段として、インターネットを使う者もいるためだ。また、Backpageやスクリーニングサービスを利用するには、インターネットにアクセスする必要があり、極貧生活を送る人にとっては障壁となり得る。

    セックスワーカーがより幅広く受け入れられる文化になってきたという事実は、反対派にとって、戦術を変更しなければならないことを意味する。かつて、道徳関連の法律が、のぞき見ショーやストリップクラブを閉鎖に追い込んできた場所では、憲法修正第1条による保護が主張されるようになった。

    弁護士のランダッツァは、「自宅ですらポルノを楽しめなかったのは、それほど昔のことではありません…それが現在の文化では、大きな許容性があります」と話す。そのため、反対派は道徳を説くのをやめ、人身売買と戦っているという主張を展開し始めた。

    人身売買ほど、普遍的な非難や嫌悪を引き出す論点はなかなかない。だからこそ政治家たちは、人身売買の抑制案を提示されたら、迷わず飛びつく。

    2012年に性的人身売買禁止法が制定されたアラスカ州をはじめ、いくつかの州では、売春関連の犯罪はほとんどが重罪となる。簡単に言えば、セックスワーカーは自らを人身売買した罪に問われるのだ。また、セックスワーカーたちはしばしば、人身売買業者が使っているのと同じオンライン送金サービスを利用するため、資金洗浄の捜査を受けることもある。

    しかし、3月に可決されたFOSTA-SESTAは、セックスワーク反対派がこの数十年に収めた勝利の中でも格別だった。違法なセックスワークを標的にしているだけでなく、結果的に、合法的なセックスワーカーまで影響を受けている。セックスワーカーたちによれば、例えば、Skypeのようなビデオチャットサービスは、ウェブカメラでパフォーマンスを行うセックスワーカーを閉め出し始めているという。

    ほかにも、性的人身取引で有罪となった人が住宅支援を受けられないようにする法案や、資金洗浄対策法の強化を目的とした法案が可決を待っており、セックスワーカーのコミュニティーによる政治運動が相次いでいる。7月には、数十人のセックスワーカーが全米からワシントンD.C.に集結し、業界初のロビー活動を行った。さらに、合法的なセックスワーカーと違法なセックスワークに従事する人々が団結し始めている。

    しかし同時に、セックスワーカーは危険にさらされている。ピンプたちがセックスワーカーにアプローチを始めているのだ。彼らは、新法が成立すればセックスワーカーたちは彼らの「保護」が必要になると警告している。また、セックスワーカーたちによれば、暴行も増えているという。その一因は、客を事前にチェックして選ぶという対策が不可能になったことだ。

    こうした危険は、多くの人が業界から去っていくことを意味する。生きるための重要な選択肢を奪われてしまうと、ドロショーは嘆く。しかも、有色人種のトランスジェンダー女性は特に影響が大きいという。「彼らは貧困に直面しようとしています。すでに社会から取り残されていて、すでに金持ちとは程遠いにもかかわらずです」

    ドロショーはさらに、十分なセーフティーネットがなければ、セックスワーカーたちはどうなってしまうのだろうと問いかける。「セックスワーカーのトランスジェンダー女性には何が待ち受けているのでしょう? セックスワーカー全体は、どのような運命をたどるのでしょう?」


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:遠藤康子、米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan