極右政権下のブラジルで、黒人のトランスジェンダー女性2人が州議会議員に

    ブラジルの新しい州議会議員となったエリカ・ヒルトンとエリカ・マラングイノは、新しい極右の新大統領を恐れてはいない。だが、前途に待ち受ける闘いについて、幻想を抱いてもいない。

    サンパウロ──ブラジルの過去の独裁を賞賛してきた極右のポピュリストが権力の座に就いた選挙で、黒人のトランスジェンダー女性2人が歴史を作った。

    10月28日に大統領に選出されたジャイル・ボルソナロは、人種差別発言や性差別発言、同性愛者に対する口撃で有名だ。だが、そのわずか数週間前、エリカ・ヒルトンとエリカ・マラングイノは、トランスジェンダー女性として初めて、国政への影響力も強いサンパウロ州で州議会議員になった。

    一人は、ホームレスとして10代を過ごした。もう一人は、活動家の家庭出身。2人がこれまで歩んできた道のりは異なる。だが、ヒルトンとマラングイノは共通して、先進的なビジョンを持地、他のアフリカ系ブラジル人に力を与えている。

    2人は、次期大統領のボルソナロやその支持者の発言にはひるまない。ボルソナロの今後の行動にもひるまないだろう。2人にとっては、これまでの人生で受けてきた差別と何ら変わりはないからだ。

    歯に衣着せずに物を言う黒人の同性愛者であることは、今のブラジルの状況下では生死に関わる問題だ。ボルソナロの選出は、こうした時期に行われた。

    リオデジャネイロの市議マリエリ・フランコが2018年3月14日、頭部を4発撃たれ運転手とともに殺害された時には、LGBTコミュニティメンバーに対する暴力は、すでに史上最高の水準に達していた。

    暗殺されたと疑われているフランコは、黒人の同性愛者で、活動家から政治家に転身し、リオ貧民街での警察の蛮行を長年にわたって声高に非難してきたほか、女性やシングルマザー、貧困者の擁護者として知られていた。

    フランコの死は、ブラジル全土と世界中に衝撃を与え、ブラジルに蔓延する人種差別と暴力が明るみに出た。

    フランコの死から8カ月が経過しても、逮捕者は出なかった。アムネスティ・インターナショナルは、捜査に進展が見られないのは容認しがたいことだと発表した。

    緊迫した政治環境のせいでの2人の当選が意味するものは大きい。ボルソナロ政権下のブラジルで、ブラジル史上初のトランスジェンダーの州議会議員となった2人にしかできない仕事を抱えることになるだろう。

    ヒルトンの政界への進出は、3年前に起きたバス会社との闘いから始まった。

    当時22歳だったヒルトンは、サンパウロの北東約60マイルのところにある小都市イトゥーで、バスの定期券を購入しようとした。だがバス会社は、トランジション(性別移行)後にヒルトンが自分で選んだ名前、「ソーシャルネーム」を印刷するのを拒んだ。

    サンパウロにはトランスジェンダーの権利を守る州法があるが、適用されるのは州の公共機関だけで、ヒルトンが利用していた民間企業には適用されなかった。

    この時の議論がきっかけで、ヒルトンは、トランスジェンダーが自分の名前を選べるようにするよう求める2種類のオンライン請願を開始した。最終的にその闘いに勝ち、いつの間にかトランスジェンダーの権利の擁護者として名声を得た彼女は、すぐに、大学構内で開催される講演会に招待され始めた。政治についても学び続けた。そして最終的に、10月選挙での勝利につながったのである。

    サンパウロのカフェでBuzzFeed Newsの取材に答えたヒルトンは、「Bancada Ativista」(「活動家のベンチ」の意)と呼ばれる左翼の政治団体が出馬の話を持ちかけてきた時は、うまくいくかどうかわからなかったと語った。

    だがその後、結果に関係なく、黒人のトランスジェンダー女性として出馬する象徴的な意味を考え始めた。団体内に黒人の代表を増やすことや、トランスジェンダーの代表が参加することの意味について考えた。

    「そこでBancada Ativistaの誘いを受け、自分の経験、『トランスジェンダーである』身体や政策目標を特色にしようと考えたのですが、議員になることは考えていませんでした」。アイスティーを飲みながらヒルトンはそう語った。「予想してはいなかったけど、結局議員になりました」

    ヒルトンはBancada Ativistaの旗印の下で出馬したので、厳密に言えば、9人のメンバー全員で1議席を獲得したことになる。そのためヒルトンの勝利は、マラングイノの場合とは少し異なる。マラングイノは、殺害されたリオデジャネイロのフランコ市議が所属していた社会主義自由党の党員として、個人として立候補した。

    サンパウロの繁華街にある流行りのレストラン。インタビューのためにやってきた36歳のエリカ・マラングイノは、席につくとまず、ラミネート加工した鮮やかな緑色のフォルダーをテーブルの上に叩きつけるように置いた。

    それは、マラングイノが歩いていた時に、通りで誰かに渡された履歴書だった。選挙以来、行き当たりばったりに近づいてくる人々から、求職の問い合わせを10件近く受けてきた、とマラングイノはズッキーニのラザーニャを食べながら語った。

    政治の世界に入った理由を訊かれると、マラングイノはすぐに、その質問は白人の政治を指すのか、黒人の政治を指すのかと尋ねた。彼女にとっては、ブラジルで黒人として生きているだけで、政治的な問題に直面することが多いのだ。

    ブラジルは、西半球でアフリカ人の子孫が最も多いが、奴隷時代から引き続き、いまだに、黒人に対する人種差別や肌の色による差別、警察による蛮行が続いている。

    「人種によって階層化したこの社会では、黒人として生きていることが最大の抵抗です」とマラングイノは語る。

    マラングイノは、ブラジルでの主流派の政治は、アフリカ系ブラジル人の歴史を無視することが多いと付け足した。アフリカ系ブラジル人の歴史には、1600年代にブラジルで逃亡奴隷が築いた集落「キロンボ」のようなものも含まれている(ブラジルは1888年に、西欧世界で最後に奴隷制度を廃止した国だった)。

    マラングイノは2年前、サンパウロに独自の現代版キロンボを作った。「Aparelha Luzia(アパレリャ・ルジア)」と呼ばれ、芸術や教育、アフリカ系ブラジル人の文化や抵抗を称える包摂的な空間である。

    無所属ではなく党の候補として選挙に出馬しようと決めたものの、自分のキロンボが目指す理想が政治信条にも投影されることを、彼女は理解していた。その理想とは、黒人やLGBTの人々、貧困者など、社会の片隅に追いやられた人々の地位向上だ。それに、左翼の大政党はいずれも、十分にラディカルではなく気に入らなかったという。

    ボルソナロが大統領に選ばれたのは、極右の白人至上主義だけが理由ではなく、「左派がラディカルさにかけ、人種を拠り所にして権力を持ってきた者たちもラディカルではなかった」結果だとマラングイノは確信している。そうしたラディカルさの欠如によって、「人種差別主義や同性愛嫌悪、女性嫌いといった思考が、ボルソナロだけでなく、国民の間でも力を持ってしまった」という。

    今回のブラジル選挙で、若者や女性が多く、多様性にあふれた左派が台頭してきたことは、11月6日のアメリカ中間選挙後に民主党の顔ぶれが変わったことと似ている。アメリカで民主党が下院を奪還するのを見て励みになった、とヒルトンは語った。

    しかしブラジルの現状を考えると、ヒルトンとマラングイノは危険にさらされる可能性もある。だが、黒人のトランスジェンダー女性として議員在任中に直面するかもしれない危険は、これまでの人生で経験した理不尽とそう変わらないのである。

    マラングイノにとって、ブラジルが抱えている最大の問題は、アフリカ系ブラジル人の権利が剥奪されていることだ。こうした状況は、ボルソナロが大統領に選ばれる前から変わらない。

    アフリカ系ブラジル人は、総人口の51~54%を占めるが、歴史的に政府内では少数派である一方で、刑務所や貧困地域にいる者の割合が大きい。

    10月の選挙前は、国会議員の71%を、白人のブラジル人が占めていた。オックスファムのブラジル支部による2015年の調査では、全職業部門におけるアフリカ系ブラジル人の所得は、白人のブラジル人と比べて56.5%少なかった

    「教育や健康、住居という個別の問題だけでなく、黒人を貧困に陥らせる人種差別意識が蔓延していることが問題なのです」と、マラングイノは言う。

    次期大統領のボルソナロのアフリカ系ブラジル人に対する言動が今後も続くのならば、マラングイノは大きな課題に直面するだろう。ボルソナロは2011年に地元のテレビ番組で、黒人女性は十分な教育を受けていないので、自分の息子たちとつき合うことは許さないと述べた。より最近では、7月のインタビューで、黒人のブラジル人たちが、奴隷制度の賠償を得るべきだとは思わないと宣言した。

    「奴隷制に対してなんの債務がある? 私は人生で誰も奴隷にしてこなかったし、歴史を振り返れば、ポルトガル人は、アフリカに足を踏み入れすらしていない。黒人自身が奴隷を売っていた」とボルソナロは主張した。

    ボルソナロはさらに、各地のキロンボに住んでいたアフリカ系ブラジル人たちを「パラサイト(寄生者)」と呼び、「繁殖にさえ適さなかった」と批判した。

    また、大学で黒人のブラジル人や貧困者を優遇するアファーマティブ・アクション(マイノリティー優遇措置)関連の連邦法を制限する計画をほのめかしている。

    ブラジルは、トランスジェンダー女性に対する殺人件数が世界で最も多い。こうした国で、初めてのトランスジェンダーの政治家として世間の注目を浴びるのは怖いかと尋ねたところ、2人の答えは分かれた。

    ヒルトンは、「恐怖」は自分の最近の人生を正確に要約する言葉だ、と語った。彼女は14歳の時に家から追い出され、数年間にわたって路上生活を送り、生きていくために売春したこともあった。もうすぐ政治家になるが、苦労していた10代の時に出会ったトランスジェンダーの人々と自分の人生に、何ら違いはないという。

    自分が家を出るのが怖いとすれば、「それは議員であるからではありません」とヒルトンは言う。「黒人女性でありトランスジェンダー女性でもあるので、家を出るのが怖いのです。社会の片隅で路上生活を送る麻薬中毒者と同じように、私は脆弱なのです」

    他のトランスジェンダー女性との唯一の違いは、今は変革への影響力が少し大きいことだ、とヒルトンは語る。その一方で、保守的な州議会を非難することで危険に直面する恐れがあることも認めた。

    マラングイノの場合は、黒人のトランスジェンダー女性としてブラジルで生きることの意味を受け入れることで、恐怖からほぼ解放されているように見える。

    「怖くはありません。制度だけを見れば、私はすでに、生まれた時に死んでいたのですから」と語った。

    しかし、自身の感情はさておき、黒人社会やLGBTコミュニティに属する他の者が恐れながら暮らしていることについては常に考えていると付け加えた。

    こうした不安と闘うため、マラングイノは、自分の政治的な仕事のほとんどを、ボルソナロ政権下で「反対を表明するという必要な仕事を自分たちが行えるようにする、連帯ネットワークや保護ネットワーク、経済ネットワーク」の構築に注ぐつもりだ、と語った。

    10月の投票は、ボルソナロを個人として支持するだけでなく、その政治的・文化的見解をも支持する者がどれほど多いのかを明らかにした。ボルソナロは、(特に新ペンテコステ派とカトリックの)宗教を支持し、社会的には保守的で、警察を支持する自由市場主義者だ。

    ブラジルでは、軍事独裁が21年間続いた後、左翼のブラジル労働者党が13年間指揮を執っが、数十億ドルの贈収賄汚職をめぐって、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ元大統領の収監とジルマ・ルセフ元大統領の弾劾が行われ、こうした時代は幕を閉じた。経済が低迷し、暴力が急増する中、有権者はボルソナロが変革をもたらすのではないかと期待した。

    だが、今回の選挙では、多くの人々がヒルトンとマラングイノを支持していることも明らかになった。ボルソナロが大統領に就任する1月まで、2人は州議会議員としての役割を公式には担わないが、すでに地元の有名人のように扱われつつある。

    この記事のために写真撮影が行われた時には、1人の男性がヒルトンに近づき、彼女が選出されてうれしい、変化をもたらしてくれると期待している、と話しかけた。ヒルトンは最近、名門のサンパウロ大学で、代議制の重要性について講演した。30分近い演説中、学生たちは静かに座ってヒルトンに注意を集中し、最後にどっと拍手喝采した。

    Aparelha Luziaにおけるマラングイノの政治的基盤は確固としている。マラングイノが当選確実となって真っ先に向かったAparelha Luziaは、政治活動だけでないあらゆる活動のための活発な出会いの場所であり続けるだろう。

    インタビューが行われたレストランの支配人は、その間に何度もマラングイノをハグしてから、彼女の分は店のおごりだと言い張った。

    ヒルトンは、不安定な情勢の中で歩みを進めるには、微妙なバランスを取ることが必要だと述べ、ブラジルで起きていることに注意を払い続けるよう、他の国に懇願した。

    「われわれは、軍が力を取り戻そうとしている時代に生きています。今回はクーデターではなく民主的なプロセスを経て、そうなろうとしています」と、ヒルトンは述べた。「実際にそうなれば、軍にはあらゆる権力が与えられるでしょう。われわれにはすでに、軍が権力を握ってしまった時の記憶があります」

    「ブラジルから目を離さないで。われわれは崩壊を経験しようとしているのです」


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan