中国の「TikTok」は世界を支配できるか

    ソーシャルメディア時代を作ったのはシリコンバレーだとしても、その未来は中国にあるのかもしれない。

    世界1位と2位の経済大国であるアメリカと中国が繰り広げる貿易戦争は、にらみ合いによって過熱する一方だ。アメリカのドナルド・トランプ大統領は、中国製品の関税率引き上げ対象品目を増やすと脅しをかけ続けている。アメリカ政府はすでに、連邦政府機関において中国企業ファーウェイやZTE製の通信機器を使用することを禁止した。

    さらに、トランプ大統領は5月16日、外国勢力がアメリカの情報基盤と通信基盤の脆弱性を悪用していると宣言する大統領令に署名した

    それなのに、今のアメリカで(ついでに言えば世界で)最もポピュラーなソーシャルメディア・プラットフォームのひとつが中国製だというのは奇妙な話だ。「TikTok」は、中国の典型的なソフトパワーとは様相が異なるが、アルゴリズムを使った影響力の、より巧妙なかたちだと言えるだろう。中国の先進的なAI(人工知能)が、非常にたくさんのアメリカの若者の間で共有されうるバイラルコンテンツをコントロールしているのだから。

    TikTokは、過去10年にわたって世界的な影響力をふるってきたフェイスブックやグーグル、ツイッターと大して違わない。ソーシャルメディア時代を作ったのはシリコンバレーだとしても、その未来は中国にあるのかもしれない。

    TikTokは、北京を拠点とする中国企業バイトダンス(ByteDance)が開発したショート動画共有アプリだ。2018年11月には、米アップルのApp Storeで、中国企業としては初めてダウンロード数1位を獲得した(ただし、以降は20位以下に落ちている)。

    そして奇妙なことに、TikTokがアメリカで成功できたのは、アメリカ発のプラットフォームに逆行して、中国のソーシャルメディアで要になっている機能を積極的に取り入れたためだ。TikTokは、ユーザーデータ猛烈にマイニングしている。投稿する動画には音が必要だし、レコメンドの際に主に頼るのは、ユーザーの友だちや家族のつながりではなく、趣味嗜好を判断するメイン・アルゴリズムだ。個人のインフルエンサーよりも、ミームとチャレンジに力を入れている。そして、シリコンバレーがスクリーンタイムを減らそうという怪しげなツールを導入するのを尻目に、中毒になりそうな機能を次々と追加して、やめられなくなるよう仕向けている。

    ロサンゼルスのオフィスを拠点とするTikTokグローバルマーケティング責任者のステファン=ハインリック・ヘンリケスは、アプリが中国発であることに大きな意味はないと考えている。BuzzFeed Newsとのインタビューのなかで同氏は、バイトダンスで働くのは、アメリカのテック企業で働くのと比べて、これといった違いはないと述べた。

    しかし、米メディアがここ半年ほど報じてきたTikTok関連のニュースを考慮すると、アプリが中国製であるという思いはなかなか振り払えそうにない。

    最も人気があるソーシャルアプリが中国所有のAIで動いていると考えると、決して心安らかではいられないのだ。中国政府は、監視や検閲を行う目的で技術を導入したり、国内の少数民族を追跡したりしている。とはいえ、そういった状況ばかりを気をとられていると、今のTikTokをめぐる、より重要な点を見落とすことになる。アメリカ中の子どもたちが、TikTokに夢中になっているのだ。

    TikTokの前身は、上海を拠点としたリップシンク(口パク)音楽アプリ「musical.ly」で、利用できたのはアメリカと中国だけだった。2017年にmusical.lyを買収したのが、TikTokのアルゴリズムを開発していたバイトダンスだ。買収の目的は、「コンテンツ・クリエーターとブランドが新しい市場と結びつくための重要な世界的プラットフォーム」を作ることだった。バイトダンスは2018年8月、自社のショート動画アプリTikTok(中国名は「抖音(Douyin)」)とmusical.lyを統合した。

    中国版の姉妹アプリDouyinは閉鎖的で他国では使えないが、ヘンリケスはTikTokとDouyinの関係について、それぞれのアプリを地域のニーズに応じて調整させることが可能な「地域的なアプローチ」だと述べる。

    中国でのみ利用可能なDouyin(「ビブラート」という意味)は現在、中国で最も人気のあるショート動画共有アプリだ。Douyinは、中国では使えないTikTokと似ているが、TikTokとは異なる機能がいくつか搭載されている。

    TikTokのサーバーは中国にはなく、TikTokが利用できる国だけにある。それぞれのアプリを動かすAIにどれほどの類似性があるかは定かではないが、両方を試した人によれば、ユーザーエクスペリエンスはほぼ同じだという。

    2つのアプリはそれぞれ壁で守られていて、連携はできない。Douyinに投稿される動画は、中国の検閲規則に従っている。見ることができるのはDouyinアプリ上のみだし、ダウンロードは中国のアプリストアからしかできない。だが、熱心なユーザーは、両方のアプリをダウンロードし、同じ動画をそれぞれに投稿している。

    たとえば、台湾の複数の大規模フェイスブック・グループとページは、Douyinで人気の動画をダウンロードして、欧米のソーシャルメディアに再投稿している。TikTokで大きなトレンドとなったミーム「4世代チャレンジ」も、厳密に言えば、フェイスブックやツイッターに再アップロードされたDouyinのミームだ。

    TikTokは、世界で最もホットな新しいアプリという地位を手に入れたが、これまで騒動を起こしたことがないわけではない。2019年2月には、アメリカ連邦取引委員会(FTC)に対して570万ドルもの罰金を支払うことで合意した。これは、musical.lyとして知られていたころに、13歳未満のユーザーの個人情報を違法に収集していたことが明らかになったためだ(13歳未満から個人情報を収集する際には保護者の同意が必要と定めた児童オンラインプライバシー保護法に違反)。

    4月にはインドで、TikTokが児童ポルノや虐待を助長するという非難の声が上がり、道徳をめぐるちょっとした騒ぎになった。インドやインドネシア、バングラデシュなどの国々では、アプリ使用が暫定的に禁止されている。

    さらに、『ニューヨーク・タイムズ』紙は5月2日、プライバシーに関するプロジェクトの一環として、「We Should Worry About How China Uses Apps Like TikTok(中国が、TikTokのようなアプリをどう使っているかを懸念すべきだ)」と題した意見記事を掲載。TikTokについて、検閲や監視を蔓延させていると非難し、「反自由主義的イノベーション」と呼んだ。

    米経済メディア「Quartz」も5月7日の記事で、2018年に起きたフェイスブック利用者の個人データ流用事件を引き合いに出しながら、TikTokは「データ爆弾が爆発寸前の中国版ケンブリッジ・アナリティカ」だと呼んだ。

    TikTokがプライバシーとデータに関する他の側面をどう取り扱っているのかも、はっきりしていない。TikTokを運営するバイトダンスは2018年、検閲を行う中国当局と協力して、同社が運営するニュースフィードアプリから「わいせつな」コンテンツを削除するために、モデレーターを何千人も採用した。

    また、Douyinは現在、中国の習近平政権のために、プッシュ通知と緊急警報を公式に送信している。これは要するに、中国政府とのコミュニケーションルートだ。

    こうした動きについて、中国のソーシャルメディア情報サイト「What’s On Weibo」のチーフエディター、マンニャ・コエツは、バイトダンスは戦略的に考えて、もはや中国政府との提携が避けられない規模の企業であることを意味すると話す。コエツはBuzzFeed Newsに対し、「そうした規模の企業は、自らの情報の流れを厳密に管理しなければ、中国本土での運営は完全に不可能となります」と述べた。「中国のオンライン環境にこれほど大きな影響力を持つ企業であれば、ごく自然な成り行きです」

    リップシンクアプリMusical.lyの陽気な遺伝子は今も、TikTokのユーザーエクスペリエンスのなかに流れている。だが、音楽や効果音などのクリエイティブ機能よりも重要度が高いのは、TikTokのAI(人工知能)かもしれない。そのAIは、あなたがアカウントを持っていようがいまいが稼働しており、見ている動画に即座に対応して、似たようなクリエーターによる動画やハッシュタグがついたコンテンツ、あるいは、同じサウンドを使ったコンテンツをさらに勧めてくる。

    TikTokは高度にパーソナライズされており、そのフィードには、永遠にスクロールできるほどのコンテンツが並ぶ。ユーザーはそうしたコンテンツをきっかけに、ミームを作り、チャレンジに挑戦するようだ。そして、それらはやがて、国境や文化を超えて広がっていく。

    TikTok内では、ネオナチも活動しているし、ハラスメント性的搾取も行われている。けれども、ユーザーのフィードを健全に保ち、自己嫌悪に陥らずに済むようなコンテンツで満たそうとする管理者がいるのは確実だ。コンテンツ・モデレーションのほとんどを担っているのは強力な人工知能だ。アプリ内でのユーザーの行動履歴に応じて、新しい動画をつねにレコメンドしている。

    TikTokには、「For You」というおススメ動画が並んだメインページがある。フェイスブックのニュースフィードが、ネットフリックスのランディングページくらい攻めた内容になった感じのものだ。「For You」を見ていると、仲間に入ってみたい、ミームを作りたい、ミームを共有したい、ミームを見たい、という気持ちにさせられるだろう。バイトダンスのAIは、コンテンツの管理・削除をかなり精力的に行っているので、TikTokではユーザーがとんでもない動画に遭遇することはほとんどない。

    台湾のベンチャーキャピタリストで、グーグル中国事業の元責任者カイフー・リー(李開復)はBuzzFeed Newsに対し、TikTokは「中国が支配する近未来のソーシャルメディア」を象徴する存在ではないかもしれないが、今のところ、最も意欲的に海外進出を目指している中国企業であるのは間違いないと語った。

    「TikTokは、複数の成功したアプリ群を有機的に発展させています。運営するアプリケーションの数は15で、ユーザー数は10億人にのぼります。ですからTikTokは、海外進出を目指す中国企業のなかで最も野心にあふれていると私は思います。そして、きっと成功すると考えています」とリーは語る。ただ、TikTokが経験している成功に刺激を受けて、「新たな企業がいくつか中国から生まれてくるかもしれません」

    TikTokは、自社の人工知能がユーザーにとって重要だと判断することなら、どんなことでも導入し続けていくだろう。TikTokのヘンリケスは導入される内容について、コンテンツを消費するユーザーが入力すべき情報量を減らすことや、動画作成と動画共有をやりやすくするツールをさらに開発することに関連するだろう、と話す。

    「私たちは実験をさらに重ねていくと思います。たとえば、テクノロジーや、もっと多くの人がコンテンツをどう作成するか、それらはどのようなかたちをとるか、といったことです」とヘンリケスは述べる。「そのベースになるのは、ユーザーの興味の対象と、実際に見る動画です」

    TikTokをきっかけにして、シリコンバレーの力が及ばない、まったく新しいソーシャルメディア世代が始まる可能性がある。そして何よりも重要なのは、「もしそれが、アメリカ発のソーシャルメディアよりも楽しいものであればどうなるか?」ということだ。フェイスブックやツイッターなどのプラットフォームは、ボットや荒らし、いじめが横行しているが、TikTokは「今のところ」、ほぼ無害のままだ。

    TikTokのアルゴリズムによって脚光を浴びるようになったユーザーにケビン・ペリー(@kevboyperry)がいる。カリフォルニア州ミッションビエホに住む18歳の男性で、現在のフォロワー数は150万人だ。ペリーは2018年10月、面白半分でTikTokのアプリをダウンロードし、ボトルフリップ(ボトルを投げて立たせるゲーム)の動画を投稿した。その際、彼は手に、「このボトルフリップが成功したら、君は僕のガールフレンドにならなくちゃならない」と書かれた紙を持っていた。この動画の再生回数が50万回近くに達したので、彼は新たな動画を投稿した。それも再び人気が出ると、次々に動画を投稿していった。

    ペリーは、「ペーパー・コメディ」というジャンルをTikTokで始めたのは自分だと自負する。ペーパー・コメディでは、映っている人が、ジョークや、興味を引くフレーズ、アイデアなどが書かれた紙を手に持っているのが一般的だ。

    「TikTokは普通のものじゃない。『もうひとつのインスタグラムやVine』じゃないんです」とペリーは話す。「TikTokが何をしようとしているのかはわかりませんが、新機能をどんどん加えて、最高のユーザーエクスペリエンスになるよう変化しています」

    TikTokの魅力について、説明するのは容易ではない。特定の動画を取り上げて分析するのは、夢を描写するようなものだ。たとえば2019年12月に投稿された、とてもうまくできたTikTok動画を紹介しよう。若い男性が部屋の中央に立っている。背後には、映画『アベンジャーズ』のテーマ曲が流れており、次第に大きくなっていく。曲が最高潮に達したとき、シーリングファンが回り始め、視聴者はそこで初めて、カメラがファンに取りつけられていたことに気づく。カメラはくるくると回りながら、ドラマチックに両手を広げる男性の姿を映し出す。とにかく、動画を見ればわかるはずだ。

    ニューヨーク州北部に住む大学2年生(19歳)のザハラ・ハシミ(@muslimthicc)は、自身の真面目でキュートな暮らしぶりを動画で投稿している。フォロワーは35万人だ。ウクレレを演奏したり、弟とぶらついたり、ドジな寸劇を演じたり。「受けを狙っています。どのくらいうまくいっているかはわかりませんけど、コンテンツを楽しんでもらえているようです。自分らしく、一風変わった健康的な姿を見せているだけです」と彼女はBuzzFeed Newsに語ってくれた。

    彼女は、TikTok内の大規模なイスラム教徒コミュニティで、あっという間に有名になった。「あなたのおかげで、ヒジャブをつけていても気楽にしていられるようになったと、たくさんの人に言われました」とハシミは語る。「自分の顔にもっと自信が持てるようになったと言われることもあります。TikTokにはイスラム教徒ユーザーがたくさんいるんです」

    TikTokに取って代わるのは何か。それを予測できる人などいないだろう。TikTokはこれからも、ユーザーが望んでいると思われることは何でも取り入れて進化し続ける、とヘンリケスは言う。

    途方もなく曖昧な表現だが、自由な約束だ。バイトダンスのAIのほうが、人間のインフルエンサーよりも投資対象として優れているとしたらどうだろう? TikTokのアルゴリズムが、ユーザーの気分を台無しにすることなく、これからも楽しくて気になるコンテンツをレコメンドし続けたらどうだろう? 表現に対する制限やアルゴリズムの厳しさが増すのだとしても、それによってソーシャルメディアのユーザーがもっと幸せになるのだとしたら? 私たちはそうしたことについて、どう対処すべきなのか?

    こうしたことすべてが、興味深いテーマを形成している。TikTokが私たちを楽しませ、ユーザー数をどんどん増やし、これまでにない新たな盛り上がりへとみんなを導いていくならば、アプリとしてのTikTokに備わる数多くの矛盾や粗さは、どうでもよくなってしまうだろう。

    Zorro Maplestone contributed reporting to this story.

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:遠藤康子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan