「言論の自由は死んだ」政府をおそれ、ネット上の投稿を削除する学生たち

    「書き込んだものを残らず消しました」。ある学生はBuzzFeed Newsにそう語った。「言論の自由は死んでしまいました」

    バングラデシュで1週間以上にわたって続いていた大規模な反政府活動は、終わりを迎えた。政府当局が、学生によるデモを、ネット上でも路上でも厳しく取り締まったためだ。

    声を上げた人たちのうち、数十人が身柄を拘束され、ジャーナリストが攻撃され、カメラマンが逮捕された

    デモに参加した学生はBuzzFeed Newsに対し、抗議活動後に逮捕されることをおそれ、ネット上に投稿した支持メッセージを残らず削除していると話した。また、デモの取材中に重傷を負ったフォトジャーナリストは、デモの状況を「カオス」と表現し、カメラを持っている者は誰であれ攻撃対象になったと語っている。

    こうした不安の大半は、バングラデシュで12年前に成立した、表現の曖昧な法律が原因になっている。一般には「情報通信技術法第57条」と呼ばれるこの法律により、閲覧者を「堕落および腐敗」させる、「法秩序の破壊」につながる、もしくは「国や特定の人のイメージ」を毀損するおそれがあると政府当局が判断した内容をネット上に投稿したら、誰であれ起訴される可能性がある。

    人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が2018年5月に公開した重要なレポートは、この条項を「情け容赦のない」ものと表現している。

    また、人権団体「フリーダム・ハウス」が2018年に公開した言論の自由に関するレポートでは、この法律のもとで複数の活動家やライターが身柄を拘束されたとされている。そして、「デジタルコンテンツの検閲および監視が(中略)日常的なものになりつつある」と書かれている。

    BuzzFeed Newsが取材した学生やフォトジャーナリストは、不安が広まっている大きな要因として第57条を挙げた。彼らはみな、身元を特定されることを恐れ、匿名を条件に取材に応じた。

    デモの最初のきっかけは、暴走するバスに轢かれて十代の若者2人が死亡した事故だったが、ほどなくして、政府の腐敗に抗議する大規模な路上ムーブメントに発展し、数万に上る人々が、バングラデシュの悪名高い危険な道路と効率の悪い政府機関への怒りをあらわにした。

    ティンエイジャーを中心とするデモ隊は8日間にわたってダッカの繁華街を行進したが、このデモは、暴力行為によって妨害された疑いがある。ネット上で共有された動画や写真には、バングラデシュ与党のアワミ連盟を支持する学生政治組織「バングラデシュ学生連盟」(BCL)のメンバーが、行進中の学生とジャーナリストを攻撃している様子が収められている。

    デモの現場で複数の学生が殺され、女性4人がレイプされたという噂も流れた。ただし、ある女性ジャーナリストが痴漢行為の被害に遭ったと報じられているものの、デモの最中に、反デモ勢力によって女性がレイプされたという証拠はない。

    どちらの噂も口コミで広まり、画像や同様のメッセージがソーシャルメディアのアカウントで共有されているが、事実だと立証できる者はいない。また、死亡事件や性的暴行が起きたという公的な記録も存在しない。

    学生のアズワードはBuzzFeed Newsに対して、「ここの状況は信じられないくらい悪いです」と語った(アズワードは、報復に対するおそれから、記事に出すのはファーストネームだけにしてほしいと求めた)。「すごく気を張っているし、怯えています」

    19歳のアズワードは、間近に迫った大学入学に向けた勉強をしている最中だ。

    WhatsAppを通じて語ってくれたところによれば、8月6日にダッカの大通り沿いにあるボシュンドラ・ゲート近くの抗議活動に参加していたときに、暴力行為が起きたという。

    「そのとき、親政府グループの連中(BCL)が道の片側から攻撃してきました。警官たちも、僕たちに向けてゴム弾や実弾、催涙ガスを撃ち始めました」

    アズワードによれば、デモの参加者は散りぢりになり、何人かは安全な場所を求めて近くの大学の構内に逃げ込んだが、彼自身は道路わきの小さな建物に行き着いたという。逃げようと走り出したときに、「連中が竹の棒で攻撃してきたから、僕たちはみんな、必死になって走りました。軽い打撲だけで、どうにか逃げ切りました」

    この暴力行為のあと、バングラデシュの「デイリー・スター」紙は、8月7日に多くの学生が器物損壊などの疑いで逮捕されたものの、与党アワミ連盟につながりのある者は誰ひとり身柄を拘束されず、尋問さえ受けなかったと報じた。

    ダッカ首都圏警察のある高官は、同紙に対して匿名で次のように話した。「政治家がそう判断したのでもない限り、与党の活動家を起訴する根性のある警官がいるだろうか?」

    アズワードによれば、デモのあと、何人かの友人が所在不明になり、「友人の多くが負傷している」という。「僕たちは無力で、希望を失っています」とアズワードは言う。「国は、実にうまく事実を隠し、作り話でごまかしています」

    アズワードはその後、バングラデシュ内務省から送られてきたというテキストメッセージを見せてくれた。

    メッセージにはこう書かれている。「(首都ダッカの1地区である)ジガトラで、殺害またはレイプされた学生はいません。学生たちが伝えている状況は、すべて作り話です。そうしたニュースに動揺しないでください。その手の噂を広めている人に関する情報を、警察に提供してください」

    だが、その噂はバングラデシュ国内で大きな注目を集めた。バングラデシュ学生連盟」(BCL)の書記長を務めるゴラム・ラッバーニは、デイリー・スター紙の別の記事で、BCLメンバーによるレイプの噂を直接否定した。

    「一部の利権団体が、Facebookでレイプや殺人の噂を流している。それは完全なでっちあげだ」

    ラッバーニ書記長は8月4日の記者会見でそう述べた

    ラッバーニ書記長のこうしたコメントも、ネット上で膨らむ怒りを止めることはできなかった。ネット上ではフェイクニュースが口コミで広まり、多くの場合は「#WeWantJustice(我々は正義を求める)」のようなハッシュタグが付いていた。

    こうした情報を広めたアカウントの多くは、韓国の男性7人組グループ「BTS」(防弾少年団)のファンページだ。そうしたファンアカウントのフォロワーは、合計で数万人にのぼる。

    BTSのTwitterアカウントがバングラデシュのデモについてツイートし始めたのは、8月2日のことだ。「ARMYs(軍団)」を自称するBTSのファンは、しばしば世界的な問題についてツイートしたり、関連記事を共有したりする。

    数日のうちに、そうしたファンアカウントが協調し、フォロワーに対して、バングラデシュの状況についてツイートしてほしいと促すようになったツイートの多くは、数万件のリツイートを稼いだ。InstagramやFacebookでも、同じ動画や写真が画面を埋め、繰り返し共有された。

    そうしたネット上の投稿では、国際的なメディアがこの話題を取り上げていないとして、ニュースを共有するよう促していることも多かった(実際には、BBCニューヨーク・タイムズCNNガーディアンワシントン・ポストなどが、いずれもバングラデシュのデモをとりあげている)。

    さらに、InstagramとTwitterのアカウントは、記者やニュース組織のソーシャルプラットフォームに向けて、学生の扱いや反デモ勢力の行動に関するダイレクトメッセージを大量に送った。そうしたメッセージの多くは、同じ様式に従っていた。

    BuzzFeed Newsが接触したアカウントの多くは、バングラデシュ在住の人のものではなかった。そうしたアカウントは、ダッカで起きていることに注意を払えと繰り返し記者をせっつき、殺人やレイプの疑いがあることに触れていた。だが、彼らがどこでその噂を最初に耳にしたのかについては特定できなかった。

    ダッカのオーサヌラー科学技術大学で学ぶ21歳の匿名希望の学生はBuzzFeed Newsに対し、「いまは、相手が誰であっても、信じるのはとても難しい」と語った。

    「政府は、メディアを利用して嘘のニュースをテレビで流し、実際に起きたことを何でもかんでも事実ではないと主張し、責任を野党に押しつけています」とその学生は話す。彼女は、もう抗議活動は起きないだろうと語り、「政府は、(デモに関する)記事やイベントを共有している人を追跡し、逮捕しています」と訴えた。

    「友人という友人から、何もかも削除したほうがいいという電話が来ています」と彼女は付け加えた。

    地元メディアの報道によれば、逮捕された学生は少数だが、著名フォトジャーナリストのシャヒドゥル・アラムの逮捕は、8月5日に世界中のメディアで大きく報じられた。

    アラムは、アルジャジーラのインタビューを受けたあと、情報通信技術法第57条を根拠に、「挑発的な発言」をした疑いで逮捕された。この逮捕は国際的な非難を浴びた。

    アラムは、8月8日に出廷する際に、拷問を受けたと周囲に訴えた。その後、アラムは病院に移送されたが、すぐに警察の拘束下に戻った。国境なき記者団はこの一件を、「報道の自由の暗黒の1日」と表現した

    国境なき記者団が報じたところによれば、8月5日にデモを取材していたジャーナリストのうち、少なくとも23人がダッカの路上で攻撃されたという。

    そのうちの1人であるフリーランスのフォトジャーナリストが、匿名を条件にBuzzFeed Newsの取材に応じ、ダッカの自宅から当時の状況を語ってくれた。彼は脚の打撲の治療中で、動きまわることのできない状態にある。現在は落ち着いた状況だと話したが、デモの取材中に目にしたことに衝撃を受けたという。

    「交戦地帯で取材をするときでも、なんらかの決まりごと、なんらかのルールは存在します。でも、ここでは、ジャーナリストやカメラを持っている人、写真を撮ろうとしている人が標的になっていました」と、彼はWhatsAppを通じて語った。

    世界中で活動しているそのフォトジャーナリストによれば、8月6日の夜までは、デモはよく統制がとれていたという。雰囲気が変わったのは、群衆のなかに、大勢の学生、BCLのメンバー、警官が混ざっているのに気づいたときだ。「その瞬間、自分がその場にいる唯一の国際メディアのフォトジャーナリストだと気づきました。EPAやAFP、ロイター、APのジャーナリストは、その時点では全員いなくなっていたのです」と彼は書いている。「地元のメディアが、ちらほらいるだけでした」

    彼によれば、突然群衆が、カメラを持っている人たちに向かい始めたという。「私は幸運でした。その場にいたのは男2人で、1人に蹴られ、1人に木の棒で殴られました。脚を負傷しました。靭帯が傷つき、痛みとショックもありました。いまも普通に歩くことができません」

    「同業者の多くが怪我をし、重傷を負った人もいます」と彼は語った。

    彼は繰り返し、次に起きるかもしれないことに対する不安を吐露した。「監視の強化がすでに始まっています。おそらく、活動家やフォトジャーナリストのような、国際メディアと接触しようとしている人たちは追跡されているでしょう」

    「状況はまったくのカオスです。現時点では私は自宅にいますが、それでも、どうなるかはわかりません」

    こうした不安感を、ほかの学生たちも訴えている。

    17歳の学生ヌール(ファーストネームのみを出すことを希望した)は、Instagramのダイレクトメッセージを通じてBuzzFeed Newsに対して、「実際にあったこと、単なるでっちあげではないことを、みんなに知ってもらう必要があります」と語った。

    デモが収束した8月8日までに、ダッカの状況は平穏になったとヌールは認めた。「みんな、あきらめてしまったようです」とヌールは言う。「学生たちはもう抗議していません。誰も助けに来てくれませんでした。すべてが無駄になりました」

    「政府に対抗して闘っても無意味だと悟ったんです」

    ヌール自身はデモ行進に参加していなかったが、InstagramとFacebookにデモを応援するメッセージを投稿したことから、デモ参加者の支持者と見なされるのを心配していると語った。

    「私たちの状況を明らかにしようとした人たちが逮捕されています」とヌールは言う。「私たちはみんな、抗議活動に関する書き込みをやめてしまいました。いまは誰もが希望を失っているし、これ以上、命を犠牲にしたくありません。それに、書き込みをしていた人たちにとっては、おそろしい状況になっています」

    バングラデシュ政府の対応を見たヌールはいま、ソーシャルメディアのアカウントの書き込みを必死に削除している。「書き込んだものを残らず消しました」

    「数人の逮捕により、不安の雰囲気がエスカレートしました。それだけでも、誰もが書き込みを削除する十分な理由になります」とヌールは言う。「言論の自由は死んでしまいました」

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:梅田智世/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan