自分で2度、中絶をした女性たちは、なんとか生き延びた

    違法な中絶を2度、自ら行い、なんとか生き延びた後、ベアトリスは今、闇市場で経口避妊薬を販売している。経済と政治の危機が深刻化するベネズエラの女性たちを助けるためだ。

    ベネズエラ、カラカス発 ― ベアトリス(27歳)が手首を振ると、トップスの中から経口避妊薬が2シート出てきた。

    ベネズエラでは、経口避妊薬が不足しており、ほとんどの薬局で品切れが続いている。そのため女性たちは、ベアトリスのような闇商人に頼るしかない。闇市場の相場は1カ月分1ドルだが、これは1週間の賃金に相当する金額だ。これほどの法外な価格にもかかわらず、買い求める女性は後を絶たない。

    経口避妊薬の闇市場は、首都カラカスに隣接する街ペタレで急拡大している。ペタレでは、労働者階級の住宅が無秩序に広がり、あらゆる模造品が販売されている。ベアトリスは縁石に座って、経口避妊薬の飲み方を説明してくれた。セックスに関するおせっかいなアドバイスを織り交ぜながら。

    「彼を満足させてあげて。彼を喜ばせるのよ」とベアトリスは言い、「毎日同じ時間に忘れず飲んでね。そうしないと大変なことになるから」と付け加えた。ベアトリスの言う大変なこととは、望まない妊娠のことだ。ベネズエラでは、コンドーム1個に最低賃金2日分を支払わなければならないこともあり、望まない妊娠が増加している。

    ベネズエラでは、追い詰められたニコラス・マドゥーロ大統領が独裁体制を強化し、経済と政治が危機的な状況に陥っており、その結果として、女性たちが自分の体について、難しい決断を迫られている。現在のベネズエラでは、多くの親が食事を与えないまま子供を寝かせるか、中南米諸国への集団脱出に加わっている。こういうなかで、女性たちの決断はしばしば命に関わる。まともな医療を受けられない女性は中絶するしかない。カトリック教徒が大多数を占めるこの国では、中絶は違法で、最長2年の実刑を受けることもある。自宅で中絶する女性もいる。多くの場合は自分で中絶する。

    10代の妊娠は以前から増加していたが、国内情勢の悪化によって非常事態へと発展している。世界保健機関(WHO)によれば、2018年、ベネズエラの10代の妊娠はボリビアとともに南米で最も多かった。ベネズエラ保健省の最新データによれば、乳幼児と妊産婦の死亡率は、2015~2016年にそれぞれ30%と65%上昇している。

    医療用品の不足を心配し、徒歩で国境を越え、隣国のコロンビアで出産する女性もいる。何千人もの妊婦が押し寄せ、コロンビアの病院は対応に追われている。

    しかし、ほとんどの女性は国境を越えるという選択肢を持たない。さらに、多くの場合は、セックス中に自分の身を守るという選択肢も与えられていない。

    中絶手術を行うクリニックや、女性の権利を擁護する団体によれば、ベネズエラではここ数カ月、中絶の数が増加しているという。中絶は憲法で禁止されており、政府も記録を取っていないため、実態を把握するのは不可能だ。しかし、数十人に上る医師や社会活動家、女性たちの取材から、中絶を巡る危機が拡大していることは明らかだ。女性たちはしばしば、重度の合併症で病院に運び込まれる。しかも、中絶の失敗によって命を落とした女性の数を知る者はいない。

    NPO「ベネズエラ代替性教育協会(AVESA)」の代表マジマー・レオンは「女性たちはもはや自分の生殖すらコントロールできません」と話す。「これは危機的な状況です」

    ベアトリスも、こうした事態をよくわかっている。ベアトリスには2人の娘がいて、何年も避妊を続けてきた。6年前に中絶を経験し、その後、あらゆる予防策を講じていたにもかかわらず、2018年11月に再び妊娠した。妊娠が発覚してすぐ、ベアトリスは仕事を増やし、自分で中絶するのに必要な薬を買おうとした。

    2週間後、ベアトリスは救急救命室(ER)で、生きるために闘っていた。

    ベアトリスが体験した2度の中絶は、ベネズエラの現代史でも全く異なる2つの政権下で行われた。

    6年前、2人目の娘を出産してすぐ、ベアトリスは妊娠した。最大の懸念は、中絶という汚名を着せられることだった。当時はまだ、マドゥーロ大統領の前任者ウゴ・チャベスが存命だった。そして、チャベスが開始し、オイルマネーによって支えられていた社会主義革命のおかげで、労働者階級は最低限の生活を送ることができていた。ぜいたくをする余裕さえあった。ただし、中絶に対する姿勢はそれほど寛大ではなかった。

    ベアトリスは2019年2月、職場の近くにあるレストランで、当時は家族にどう思われるかが怖くて、誰にも言いたくなかったと振り返った。世界中の女性が性に関する二重基準を課されているかもしれないが、ベネズエラは特にそれが厳しい国だ。女性はしばしば、思春期からセックスを始めることを期待され、その一方で、早すぎる妊娠は家族の恥と見なされる。

    最初の妊娠が発覚した当時、ベアトリスは21歳で、妊娠3カ月半だった。ベアトリスによれば、相手はマランドロ、つまり悪党だったという。面倒な事態になることを恐れたベアトリスは母親の家に行ったが、自分がしようとしていることを打ち明けたのはいとこだけだった。

    母親の家に着くと、ベアトリスは大量のカモミールティーを飲んだ。温かい飲み物によって子宮が柔らかくなると聞いたことがあったためだ。ベアトリスはベッドに横たわり、膣に薬をいくつか挿入した。

    ミソプロストールという薬で、胃潰瘍の治療薬として米食品医薬品局(FDA)に認可されているが、子宮収縮作用があるため、ほかに選択肢のない多くの女性が中絶に使用している。ミソプロストールによる中絶は「不完全な中絶になる恐れがある」とFDAは警告している

    ベアトリスはカモミールティーを飲んで待った。

    間もなく、耐えられないほどの痛みに襲われ、ベアトリスはトイレで懸命に叫び声を抑えた。膣からの出血が、便器にたまっていった。その時が来て、いとこがへその緒を切った。

    当時、こうした行為は残酷な試練だった。一方、経済危機のさなかにある今は、恐ろしくて危険なだけでなく、高額な費用がかかり、多くの場合、女性たちは無一文になる。

    2月の時点で、ミソプロストールの価格は1錠2万ボリバル(約5.70ドル)だった。1カ月の最低賃金より高い。ベアトリスによれば、妊娠4週間で中絶する場合、5錠のミソプロストールが必要だという。2019年、インフレ率は1000万%に達すると予測されている。さらに、慢性的な供給不足に陥り、多くの薬局で品切れしているため、たとえ購入する余裕がある者でも、簡単には入手できない。

    「この国の現状では、子供がもう一人増えたら養うことができません」。自分で中絶した罪で収監される恐れがあるため、ベアトリスはミドルネームのみを明かすという条件で取材に応じてくれた。

    現在のベネズエラは下方スパイラルに陥り、4年前から急激に情勢が悪化している。マドゥーロ政権が野党の権限を奪い、国家機関を味方のみで固め、不正を批判されながら、第2期を始動したためだ。1月、国民議会の議長を務める野党のフアン・グアイドが暫定大統領に就任すると宣言したことで、政権支持者たちもマドゥーロに反発。マドゥーロはかつてない困難に直面している。多くの国民が固唾(かたず)をのんで見守っているところだ。

    女性の権利を訴える活動家たちは、中絶を禁止する法律の撤廃を求めているが、政治危機の影響で、ほとんど前進していない。憲法制定国民議会での法案の審議も進んでおらず、中絶が合法と見なされるのは、母親の命が危険にさらされている場合のみだ。中南米で最も厳しい制限事項の一つとなっている。

    カラカスにある家族計画クリニック「プラファム(Plafam)」で働くユライマ・マルチネスによれば、中絶が違法であるにもかかわらず、1月後半、中絶の希望者は過去最高を記録した。中絶を希望した20人のうち13人が、子供を養うことができないという「経済的」理由を口にしていたと、マルチネスは話している。

    「これは前例のないことです」とマルチネスは言い、さらに新たな傾向が見られると補足した。子供のいない男性がパイプカットを希望しているというのだ。プラファムでは2018年、12人が手術を受けた。やはり多くの男性が「経済的な理由だと話していました」

    ベアトリスはいろいろ経験したが、それでも幸運な方だ。ベアトリスが最初の中絶について詳しく語ってくれたとき、すぐそばで友人のクリスベルが静かに聞いていた。クリスベルの妹は、妊娠4カ月で中絶を希望したそうだ。ところが、中絶に必要な薬を買う余裕がなく、結局、育てる余裕のない子供を産むことになった。

    ベアトリスは二度と妊娠しないよう、可能な限り手を尽くした。2018年10月、闇市場である薬を購入した。3カ月の避妊効果がある薬だ。ベアトリスはハンドバッグに薬の箱を入れ、最寄りのプラファムに行き、看護師に薬を挿入してもらった。

    ベアトリスとパートナーは毎日セックスしているという。ベアトリスの日常に残された数少ない楽しみの一つだが、同時にベアトリスは、セックスしなかった場合、ボーフレンドがどう反応するかを心配している。「エル・セ・アレーチャ(彼は怒る)」と、ベアトリスは言う。

    1つの部屋に、ベアトリスとボーイフレンド、2人の子供が暮らしている。家具は、シングルサイズのマットレス2つ、古いテレビが置かれた小さな台、調理用のガスボンベ2つのみだ。カップルがプライバシーを確保するのは難しい。

    薬の挿入から1カ月後、ベアトリスは生理が遅れていることに気付いた。ベアトリスはすぐに妊娠検査を行い、悪い予感が的中したことを知った。たちの悪い露天商に薬をすり替えられ、1カ月しか効かない薬を渡されたに違いないと、ベアトリスは考えている。

    ベアトリスはミソプロストールを購入するため、労働時間を増やした。最初の中絶を思い出し、今回は身近な家族にも打ち明けることにした。そうしてベアトリスは6年後、再び母親の寝室に入り、自分の手で中絶を実行した。

    やり方は6年前とほとんど同じだ。ベアトリスは夕方に薬を挿入し、真夜中を迎えるころには体を折り曲げて痛みに耐えていた。やはり出血は大量だった。

    ところが、痛みと出血は日を追うごとに悪化した。それが2週間続き、ベアトリスはついに近所のクリニックに行った。医師は単刀直入、中絶したかどうかを尋ねてきた。「本当は違法ですが、国の状況を考えると理解できます」。医師はそう言ったと、ベアトリスは振り返る。

    医師はベアトリスに対して、胎児の遺体が排出されていないため、子宮の中からかき出さなければならないと説明した。掻爬(そうは)と呼ばれる手術で、全身麻酔が必要になる。

    ベアトリスは、ガーゼから手袋まで、手術に必要なものすべてを闇市場で入手しなければならなかった。医療制度が破綻しているため、手術に必要なものは患者がすべて用意するのが標準となっている。ベアトリスは、家を塗装するためだった貯金を握りしめ、ペタレの丘を登った。

    ベアトリスは順番待ちを避けるため、午前5時に病院を訪れた。その夜、バイクタクシーで帰宅したが、道路の凹凸があるたびに、身をこわばらせていた。

    ベネズエラ全域の病院で、ベアトリスのような患者がどんどん増えている。2018年8月にAVESAが調査した3つの病院では、中絶に関連した患者が1日平均10人を数えていた。

    調査の対象となったカラカスのコンセプシオン・パラシオス産科病院で働く医師によれば、自分で中絶した女性の合併症を治療するための医療用具はおろか、最も基本的な医療用具でさえ盗まれることが珍しくないという。

    報道機関の取材を受けることを禁止されているという理由で、匿名を希望するこの医師によれば、掻爬を必要とする患者はこの1年で大幅に増加しているという。そうした患者の多くが、自宅で中絶して失敗したか、栄養不良によって赤ん坊を失ったかのどちらかだ。

    コンセプシオン・パラシオス病院の入り口では、毎日、夜が明けると、治療を希望する女性たちが集まってくる。その一人マリアは、10代の娘と一緒に座っていた。娘が出産したばかりの赤ん坊を登録するためだ。マリアは中絶の拡大に言及し、近所にもアパートで違法なクリニックを始めた人がいると語った。マリアによればそのクリニックでは、女性の膣に石けんを挿入して中絶を行っているという。

    コンセプシオン・パラシオス病院からそれほど離れていないプラファムの周りにも、女性たちの列ができていた。クリニックの外壁には、高価な子宮内避妊器具(IUD)を含むさまざまな避妊法の価格表がある。

    価格表の横には、数日前の看板がそのまま掛かっていた。「品切れ」のため、次の土曜日は休診すると書かれていた。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan