ただ、自分のためではなく。高校入学を拒否された少年の闘い

    年齢が通常より上であっても、公教育を受ける権利はある。しかしいくつかの州では、10代の移民の子どもたちが学校から排除されていることがわかった。

    17歳のネーミー・アントワーヌと父親のエミールは、10代の子どもがアメリカの高校に入学するのは簡単なことだと思っていた。彼らはアメリカ国籍を持っていたからだ。

    ハイチからの移民である2人は、2016年3月のある午後、ネーミーのパスポートとソーシャルセキュリティー・カード、成績表を携えて、ゴールデンゲート高校に出かけた。数学と音楽が大好きなネーミーは、ハイチですでに代数Iと幾何を終わらせており、近い将来、大学でコンピューター科学を学びたいと思っていた。

    学校の管理運営に携わるアドミニストレーターは、ネーミーにリーフレットを手渡したが、家族によると、ネーミーも父親もハイチ語が母語のため、内容を理解できなかったという。ゴールデンゲート高校には通訳がおらず、2人は困惑しつつ、ほんの2~3分で学校をあとにした。

    翌日友人がそのリーフレットを訳してくれたおかげで、要するに学校側は「帰れ」と言っていたのだとようやく理解したと、現在19歳のネーミーは語る。リーフレットには、「フロリダ州コリアー郡において、従来の高校卒業証書を取得する資格がない人」について書かれていた。理由は年齢的なものだった。代わりに、オンラインプログラムや、職業訓練、GED(一般教育終了検定:高校卒業同等以上の学力があることを証明する試験)準備クラスなどが勧められていた。ネーミーが行きたいと思っている高校の普通クラス以外は、すべてが可能であるようだった。

    「ぼくが本当にやりたいことは、学校に行くことです」とネーミーは言う。彼は今、地元のスーパーのチェーン店で、夜遅くまで、品物を買い物袋に入れる仕事をしている。「それ以上に大切なことはありません」

    南部貧困法律センターが提訴し、2019年に公判が開かれることになっている訴訟によると、ネーミーは、フロリダ州コリアー郡で高校に入学できないと言われた推定200人にのぼる移民の若者のうちの1人だ。

    州法では通常、少なくとも19歳までの生徒に、学校は無償で教育を提供しなければならないとしている。それでも、増え続ける告訴の件数が、アメリカ中の学区で、何千人もの10代の移民の生徒たちが入学を却下されていることを示している。その多くは、必要な語学力を備えていない、あるいは、フロリダ州の法律で認めてられている「期日までに卒業できない」という理由によるものだ。

    集団訴訟が審理されているコリアー郡のケースは、これまでのところ、この問題に関して人権活動団体が告訴した4件の訴訟のうちの1件だ。残り3件は、ペンシルベニア州ランカスター郡、ニューヨーク州ユーティカ市、フロリダ州パームビーチ郡のケースで、そのうち2件が集団訴訟だ。フロリダ州のケースでは、合意の一環として、学区が最終的に、10代の移民の生徒たちの入学を認めている。

    しかし、この問題の規模は、4件の訴訟よりはるかに大きい。コロンビア大学ジャーナリズム大学院の教育報道に関するフェローシップ「ザ・ティーチャー・プロジェクト(The Teacher Project)」は、18の地域で、人権活動団体が学区や州、連邦政府に訴えかけていることを確認している。その中には、2017年にペンシルベニア州の米自由人権協会がハリスバーグ学区に対して、5歳の難民の子どもたちの入学を遅らせるのをやめるよう書簡で訴えたものや、2018年に南部貧困法律センターがマイアミ・デイド郡公立校学区に対して、中米からの10代の移民の子どもたちを拒否するのをやめるよう要求したものがある。

    さらには、AP通信が、保護者のいない中米からの未成年の移民に絞って行った2016年の分析では、少なくとも14州の35学区で、移民の生徒たちが従来の公立学校に行くことを諦めさせた(無条件に却下したのではなくとも)ことがわかった。

    学区は、生徒が不法滞在であるなしに関わらず、入学を却下したことを非難されている。移民弁護士は、このような措置は、5年前、何万人もの保護者のいない未成年者が、暴力を逃れて中米諸国からやってきたころから急激に増え始めたという。多くの学区は、新しくやってきた人たちに対して、言葉をはじめとするさまざまなサポート体制がなく、英語をほとんど話せない場合が多い10代の子どもたちが、学区の試験成績や卒業率を低下させることを恐れたのだ。

    学区は、法律の抜け穴とも言えるものに頼ってきた。連邦政府は、公立学校が受け入れなければならない生徒の最低年齢を、障害がある生徒の場合を除き、明確に表していないのだ。州政府教育委員会(Education Commission of the States)によると、各州は学校に対して通常、19歳,20歳,あるいは21歳まで、無償教育を提供することを要求している。しかし、フロリダ州を含む4つの州では、学区が独自の方針を取ることができる(連邦法は、学校が在留資格に基づいて入学を拒否することはできないとしている)。

    コリアー郡公立校学区で責任者を務めるカミーラ・パットンは、コメントを求める声には答えず、弁護士を通して、学区は係争中の訴訟についてはコメントしないと回答した。公式の裁判所記録によると、「2016年春に、アドミニストレーターがゴールデンゲート高校へのネーミーの入学を拒否した」という家族の申し立てに対し、学区は異議を唱えている。しかし学区は、「ネーミーは9年生としての十分な学力がなかった」と主張し、彼を高校から社会人教育機関へ転換させた決定を擁護している。

    裁判所文書で学区は、「州法は学区の職員に対して、入学に際して独自の年齢制限を設ける柔軟性を与えている」とつけ加えている。また、年齢が上の、単位が足りない生徒を社会人教育プログラムに転換させることは、在留資格に関係なく、すべての生徒に適応される措置だとも主張している。

    コリアー郡教育委員会のロイ・テリー委員長は、「22歳や23歳の人を、14歳と同じ学校に入れるのが良いことだとは思いません」と語る。

    ネーミーの家族は、アメリカで従来の高校教育を受ける上で、ネーミーが歳を取りすぎているとは思ってもいなかった。彼らは、ネーミーが18歳の誕生日を迎える前に、急いで彼をハイチからフロリダに移住させた。未成年のほうが市民権を取りやすいことを知っていたからだ。

    2年前のあの午後、2人がゴールデンゲート高校を出たあと、エミールはアドミニストレーターが電話をかけてくるだろうと思った。しかし電話はなかった。彼はネーミーを何とか入学させようと、電話を3本かけ、さらに2度学校に出向いた。結局諦めて、リーフレットで勧められていたプログラムの1つに息子を入れた。ロレンゾ・ウォーカー・テクニカル・カレッジで行われている、学区が運営する社会人向け英語プログラムだ。

    今もネーミーは、何とかして普通の高校に行きたいと思っている。「このせいで、ぼくの人生、キャリア、そして未来は遅れを取ってしまいました」。2017年夏、ネーミーは書面による証言でそう語った。「ぼくはただ、本当の学校への入学を求めているだけなのです」

    2016年2月、ハイチの首都ポルトープランスから、フロリダ州フォートローダーデールに降り立ったネーミーは、アメリカに親しみを覚えると同時に、ハイチとの違いを感じた。フロリダ州ネイプルズの道路やビーチはハイチを思い出させたが、ネイプルズには、一時停止の標識が立ち、道路に点線が書かれていた。また、ホテルが立ち並ぶ海岸では、海水浴客が日焼け止めを塗りたくっていた。ネイプルズは空気も冷たかった。ハイチでは、5分日ざしを浴びただけで肌が焼けた。

    ネーミーは身震いした。故郷の学校や妹、5人の兄弟たちが恋しくなった。彼らがここに来るまで、あと2~3カ月も待たなければならない。わが家が懐かしかった。ハイチの北西の沿岸にある都市ポールドペの中心地で、ジャガイモやパパイヤや人参を育て、鶏を飼っている小さな農場だ。

    ネーミーには、ネイプルズは平和に思えた。ポールドペのような銃声もしない。サックスとフルートを愛するネーミーは、亡くなった人がいると、ほかのミュージシャンと一緒に葬列に加わり、演奏しながら通りを歩いていた。「誰かが亡くなると、みんな泣きます」とネーミーは言う。「心が、あるべきところにないのです」

    ネーミーの家族は、全員がアメリカの市民権を得る、あるいは合法的に滞在するために、何年も黙々と働いた。より良い職や教育が得られると思えば、手に入れようと懸命だった。母親からアメリカ国籍を受け継いでいたエミールは、フロリダ州に何年も住んで働き、妻と子どもたちに仕送りをしていた。数年前、エミールと妻は、家族みんなでネイプルズに移り住むことを決意した。まずは、7人きょうだいのまん中のネーミーからだった。18歳になる前にアメリカに来れば、父親から国籍を受け継ぐことができるからだ。飛行機代とパスポート取得にかかる金銭的な問題があったため、その後、家族が時期をずらして移住した。

    家族全員がアメリカにやってきてから何カ月もの間、子どもたちのうち5人は、狭いアパートの床で寝ていた。そのうち、地元の牧師が一緒にベッドを探してくれた。彼らは生活していくために、全員が懸命に協力しあっている。母親は夜、ウォルマートで働く。ネーミーを含む年長の子どもたち4人も、スーパーマーケット・チェーン「パブリックス(Publix)」や、「ザ・ホーム・デポ(The Home Depot)」、「ロウズ(Lowe's)」などで仕事をしている。エミールは料理人や電気工として働いていたが、2010年のハイチ地震で怪我をした背中が痛み、立ち仕事ができなくなった。妹弟たちは、年齢が下なので公立学校に入学することができた。2人の弟は、ゴールデンゲート高校に通っている。

    フロリダ州にやってきたとき、ネーミーは英語がほんの少ししかわからなかった。「Nada(まったくできなかった)」と彼は言う。英語のクラスで、初日に受けた簡単なテストで答えられた質問は、「あなたの名前は何ですか」と「あなたは何歳ですか」の2つだけだった。

    しかしネーミーは、英語のプログラムでたちまち上達した。自分でかなり勉強したせいもある。Google翻訳で次々と単語を調べ、アメリカ英語を学ぶためにYouTubeの動画を見た。数カ月すると、英語プログラムを卒業し、GEDに向けて勉強し始めた。高校レベルの学力があることを証明できるテストだ。

    ネーミーが訴訟のことを知ったのは、1年以上前だ。英語とGEDのクラスを取っていたロレンゾ・ウォーカー・テクニカル・カレッジの外で、南部貧困法律センターの職員から名刺を渡された。数日後に連絡をした。

    2016年以降、コリアー郡の訴訟において、ほかの6人の原告(全員がハイチかグアテマラ出身)が、年齢が上になり、高校に入るのを諦めて去っていった。現在、この訴訟にはもう1人別の原告がいる。グアテマラ出身の生徒で、彼女のおばが代理人を務めている(ネーミーは未成年ではないため、本人が原告になっている)。

    弁護団によると、この集団訴訟の申し立てで200人となっているのは、「控えめに」見積もった人数だという。この数字は、コリアー郡で社会人向け英語プログラムに登録した、外国生まれの15~21歳の生徒で、かつ最終学歴がアメリカ以外の人の数をもとにしている。2013~2017年の間に、同郡ではそのような生徒が1614人いた、と訴状には述べられている。

    ネーミーは訴訟に熱心に取り組んでいるが、自分の名前が載っている生徒が自分1人だけである状況には、尻込みしてしまうと語る。「海岸で、海に入るのを怖がっている人が200人いたら、ぼくも入るのが怖くなってしまいますから」とネーミーは言う。

    だが、自分のあとから来る人たちの助けになるかもしれないと考えると、元気が出るという。「ぼくは高校に行くチャンスがないかもしれないけれど、ぼくより年下の人たちのために戦い続けようと思います」とネーミーは述べる。

    コリアー郡の学校当局は裁判文書の中で、ネーミーたちに成人学習プログラムを紹介したことを正当化するおもな理由を2つ示している。1つ目は、連邦法も州法も、17歳以上の市民に公教育を無料で提供することを学区に義務づけていないということ(フロリダ州で義務教育が受けられる上限は16歳)。普通の高校に入れないのは年齢の問題であって、生まれた国は関係ないと彼らは言っている(コリアー郡の方針は、19歳になる前に卒業に必要な単位が取れないと判断するのが「妥当」な場合、17歳以上の学生がセカンダリースクール[中・高等学校]に通うことを禁じている)。

    2つ目は、生徒が自分のペースで勉強を進められるため、同学区の成人学習プログラムのほうが従来の高校よりもネーミーのような生徒には適しているということ。コリアー郡公立学区の教育委員会のテリー委員長によれば、同学区が成人に提供している「第二言語としての英語(ESL)」プログラムは、彼らのニーズを満たせるようにうまく工夫されているという。テリー委員長は、「私たちの念頭にあるのは、コリアー郡にいる彼らのような学生の支えになってあげること、社会に出たときに生きていくためのお金を稼げる力を身につけられるようにしてあげることです」と述べる。

    しかし、近々行われる教育委員長の選挙にテリー委員長の対立候補のひとりとして出馬する、コリアー郡の元教師メアリー・エレン・キャッシュは、もし選ばれたら、いまの方針を変えるために戦うつもりだと話す。「彼らがここで暮らしている以上、私たちには、彼らを教育する受託者責任があります」とキャッシュは語る。彼女も4歳のときに、キューバからニュージャージー州に移住した。「それを制限しようとする方針が、私には理解できないのです」。

    一方で、ワシントンD.C.を拠点とするシンクタンク「移民政策研究所」(Migration Policy Institute:MPI)でシニア政策アナリストを務めるジュリー・シュガーマンは、必ずしも従来の高校が、すべての生徒に最も適しているとは限らないとする主張に共感を示している。とくに、英語がほとんど話せない10代後半の生徒の場合は。「最高のサポートが得られたとしても、ついていくのは難しいでしょう」と彼女は語る。「彼らには、成人教育のほうが適しているのではないでしょうか。職業能力を身につけられる場所や、英語を学べる場所のほうが」

    ここ何年か、英語を話せない移民の流入によって、多くの学区が苦境に追い込まれていると彼女は付け加える。「校長に対する説明責任のプレッシャーが、標準テストで良い点数をとれる可能性がなく4年以内に卒業できる見込みのない生徒は置き去りにされるという歪んだ結果を招いています。学校も管理者も、それで評価されてしまうからです」

    学校当局が透明性の高い運営を行うこと、さまざまな選択肢を提供すること、そして学生と力を合わせて、本人にいちばん適したプログラムを見つけてあげることが重要だとシュガーマンは言う。「学校はどのような選択肢があるのかを教えるべきです」と彼女は話す。

    移民の各擁護団体は、こうしたことはコリアー郡内の学校では行われておらず、入学に関する学区の方針は、10代後半の移民の子どもを閉め出すために特別に定められたものだと主張している。この訴訟の発端は、6年以上前にパルメットリッジ高校が当時17歳のキューバ難民アルマンド・パドロンの入学を拒否したことだった。

    当時、「カトリック・チャリティーズ」という団体のネイプルズ支部で教育アドバイザーを務めていたマイケル・スキャンランは、アルマンドの両親に付き添って、学校アドミニストレーターとのミーティングに参加した。彼らはその席で、アルマンドの年齢や限られた英語力、アメリカとキューバの教育格差を理由に、卒業は難しいと伝えられた。

    スキャンランと彼の同僚は何カ月にもわたって、最高責任者のカミーラ・パットンをはじめとする学区の当局者に対して、アルマンドの入学を認めてくれるように求めた。しかし2013年3月、学区はパルメットリッジ高校の決定を支持した。そして5カ月後、教育委員会はこの方針を成文化した。スキャンランは裁判文書の中で、アルマンドは結局、最低賃金の仕事に就くことになり、高校も卒業できなかったと述べている。

    スキャンランは、この方針の影響を受ける移民の子どもたちを助ける「頼りになる存在」の役目をみずから買って出た。結局、彼は30組の家族の力になり、その多くは最終的に子どもを高校に入れることができた。

    ネーミーの弁護団は、連邦法と州法の両方が、学区に対して、英語を勉強する生徒に対して教育を受ける機会を平等に与えることを義務づけていると指摘する。「英語を話す17歳以上の生徒を教育している学区は、英語を勉強している生徒にも同じ機会を与えなければなりません。そうしていないなら、連邦法に違反している可能性があります」と話すのは、南部貧困法律センター(SPLC)の「Immigrant Justice(移民の法的正義)」プロジェクトで臨時代理法務ディレクターを務めるミッシェル・ラポイントだ。彼女はネーミーの訴訟の陣頭指揮をとっている。

    ほかの訴訟が行われたペンシルベニア州ランカスターとニューヨーク州ユーティカ、フロリダ州パームビーチ郡でも、申し立ては同じような内容だった。ユーティカでは難民の子ども数人が、学区当局によって普通の高校への入学を拒否され(アメリカ国内のほかの学区で入学経験があったにもかかわらず)、通常の卒業証書ではなく、GED(一般教育修了検定)のための勉強をする、標準を下回るレベルのプログラムに入れられたと訴えた。ランカスターでも難民の子どもたちが、学区の指示でブートキャンプ(新兵訓練)スタイルのオルタナティブスクールに入れられ、連日ボディーチェックを受ける一方で、まともな英語の授業は受けられなかったと訴えた

    どちらの都市も、コリアー郡と同じように、ここ数十年で移民や難民のコミュニティーが爆発的に大きくなっている。たとえばランカスターは近年、アメリカ国内のほかの都市と比べて、住民一人当たりで20倍の数の難民を受け入れている

    ほかのケースでは、公民権運動グループが学区に直接嘆願したり、訴訟に踏み切れない状態の州や連邦政府の機関に書面で苦情を申し立てたりしている。ニューヨーク州では検事総長が、移民の生徒に平等な教育機会を与えることを定めた協定を22の学区と結んでいる

    移民問題を専門に扱う弁護士たちによれば、苦情の多くは文書として記録されないという。多くの場合、擁護団体が学区当局に電話をかけるだけで、問題は解決する。少なくとも短期的には。「悩んでいる親がいたら、電話をかけて『この子を入学させなさい』と言うだけで一件落着の場合もあります」とニューオーリンズで活動する移民擁護団体「Our Voice Nuestra Voz」の共同設立者メアリー・モランは言う。

    その一方で、ネーミーのケースとは異なり、名乗りを上げない移民の家族もたくさんいる。擁護団体によれば、トランプ大統領が政権を握り、ハイチ人を含む多くの移民コミュニティーの国外退去を推進するようになってから、この「沈黙」は広がりを見せているという。

    「親たちは、グループに入ることを恐れています」とモランは語る。「『子どもの教育をとても気にかけている。だから、それを擁護するために最前線で戦う』と声をあげること自体が大きなリスクなのです」

    コリアー郡公立学区は広大で多様性に富んでおり、高校が9校と、ひときわ特徴がある地域が2つある。メキシコ湾岸沿いの緑に囲まれたネイプルズは、冬になると多くの観光客が訪れる高級リゾート地だ。そこから東に移動したところの内陸に位置するのがイモカリー。ここには低所得者のコミュニティーがあり、大勢の出稼ぎ労働者や移民が、トレーラーパークで暮らしている。

    それぞれの地区の学校は、この「住み分け」を如実に物語っている。ゴルフクラブと学区本部に挟まれるようにしてネイプルズに位置するバロンコリアー高校の昨年度の生徒の割合は、白人が60.5パーセント、ヒスパニックが27.2パーセント、黒人が5.8パーセントだった。それに対してイモカリー高校は、白人が1.8パーセント、ヒスパニックが77.5パーセント、黒人が18.8パーセントだった。ネーミーが入学を希望していたゴールデンゲート高校は、この中間に入る。

    コリアー郡の公立高校に通う生徒の半数以上が、自宅では英語以外の言葉を話している。42パーセント近くがスペイン語を、7パーセント強がネーミーのようにハイチ語(ハイチクレオール)をしゃべっている。

    ネーミーが受けているGEDプログラムでは、高校卒業に必要な単位は取得できない。GEDでテストされる4科目(言語技術、数学、科学、社会)の合格に向けた、必要最小限の教育しか受けていないと本人は話す(コリアー郡公立学区は裁判文書の中で、同学区の成人向けESLプログラムは、数学や言語技術、社会など、さまざまな学術的トピックに生徒を触れさせることによって、彼らの学力向上に大いに役立っていると述べている)。最終的にテストを受けるときには、128ドルの受験料はネーミーが自己負担することになる。ほとんどひとりでパソコンを使って勉強している彼は、高校生活につきものの学習活動や課外活動に参加できない。本来なら無料で食べられる給食もない。大好きなフランス語の授業もない。

    昨年2月のある日の昼下がり、ネーミーは日なたから飛び出すようにして、ロレンゾ・ウォーカー・テクニカル・カレッジの大きな灰色の建物の中へと足を踏み入れた。彼が受けているGEDプログラムの授業は、コリアー郡公立学区によって運営される同校の中で行われているのだ。

    ランチ休憩から遅れて教室に戻ったネーミーだったが、それを知ってか知らずか、2人のインストラクターは何も言わなかった。2人のうちの1人(元配管工で、法執行機関で働いていた経験もあった)は、ホワイトボードのそばの机に座って、パソコンに没頭していた。GEDプログラムのリーダーのほうはといえば、フットボールコーチのような精力をみなぎらせ、腰のカラビナにつけたカギをジャラジャラ鳴らしながら、教室を慌ただしく出入りしていた。そして時おり足を止め、教室の前半分にある机に座る7人の生徒の誰かひとりのまわりをウロウロした。ほかの20人の生徒は、教室の後半分にある机に座り、しゃべったり、スマホの画面を見たりしていた。ネーミーはそんな彼らに混じって席に着いた。

    生徒のほとんどは10代後半のようだった。その日の午後、彼らは入退室時に用紙への署名を求められていたが(授業時間は毎日午前8:20~午後2:30)、遅刻しようが早退しようが、あるいは出席しようがしまいが、そのことで彼らが責められるようなことはなかった。ネーミーは同級生の大半を知らなかった。彼の勉強は、絶え間なく教室を出入りする生徒たちによって、何度も中断させられた。

    ネーミーに宿題はない。定期的な保護者面談も行われないし、大学カウンセラーもいない。格差はどんどん大きくなっていく。平均すると、GED合格者よりも高校卒業者のほうが就業率が高く、収入も多い。また、高校卒業者のほうが進学率はるかに高い。「GEDに合格しても、高校卒業者が手にするのと同じ機会はほとんど与えられません」と、移民政策研究所のシュガーマンは語る。「就職や進学に関して、両者のあいだには大きな違いがあることを知っておかなければなりません」

    コリアー郡では、すべての移民がGEDプログラムを受けられるわけではない。彼らはまず、5つのレベルからなる成人向けESLクラスを修了しなければならず、これが多くの脱落者を生み出している。

    「いま17歳で、英語を習得するのに3年かかるとしたら、GEDでさらに3年間、がんばり通せるでしょうか?」と、前述のマイケル・スキャンランは語る。「たぶん、無理でしょう」。ネーミーと違って、もうひとりの原告は、まだESLを修了していない。裁判文書によると、彼女がESLに取り組み始めたのは1年3ヶ月前のようだ。

    ネーミーの弁護団は、彼がロレンゾ・ウォーカー・テクニカル・カレッジの社会人向け英語プログラムで教えられた英語は、学区や州、連邦政府の基準に達していないと主張している。包括的で学術的な英語を学ぶ資格があるにもかかわらず、成人プログラムの生徒のほとんどは、日常会話レベルの英語を教わっていると彼らは言っている。

    これに対してコリアー郡公立学区は、範囲を広げた新しい英語プログラム「ELCATE」で、将来の就職や進学に役立つことを目的とした指導を移民の学生たちに行っていると反論している。そして、GEDに合格すれば、たとえ高校を卒業しなくても、フロリダ州でトップクラスの公立大学に進学できると付け加えている。

    席に着いて5分後、ネーミーは校区から支給されたボロボロの教科書『Common Core Basics in Social Studies(社会科学における共通の核となる基礎)』をめくり、「第二次世界大戦」と「冷戦」「1950年代」の練習問題を解き始めた。彼の左側では、何人かの生徒たちが答えを教え合っていた。

    近くでは、また別のグループがデスクトップコンピューターでゾンビ映画を楽しんでいた。1人の10代の少年がガムをかみながら、かったるそうにスマホの画面をながめていた。

    授業が終わると、生徒たちはそれぞれひとりで家路についた。校区内の高校に通う生徒たちが無料で利用できるバスサービスは、成人教育を受けている生徒たちには提供されていないのだ。もしゴールデンゲート高校に通っていたら、ネーミーはマーチングバンドに入っていたかもしれない。あるいはサッカーチームに入っていたかもしれないし、エンジニアリング系の課外活動に参加して、ロボットをつくったり、コンピューターサイエンスについて学んでいたかもしれない。このような活動を友だちといっしょに楽しみたかったとネーミーは話す。

    GEDプログラムには仲間意識が欠けているが、彼は、地元の教会「エグリーズ・ド・ジーザズ・クライスト・フル・ゴスペル(イエス・キリスト完全なる福音の教会)」の支部で仲間意識を得ている。彼はハイチにいたころ、物心がつく前から週3回、その宗派の教会に通っていた。「僕は教会で生まれたんです」とネーミーは言う。

    ネーミーの普段はポジティブな姿勢だが、ゴールデンゲート高校を訪れると、そうした姿勢はすっかり萎えてしまう。だから、弟の兄としてやむをえない場合を除くと、彼がそこに行くことはほとんどない。ネーミーはこれまでに2度だけ、父の通訳として保護者面談に同席するためにゴールデンゲート高校に足を運んでいる。ネーミーは大人の代役を務めることに慣れている。つまり、コーチされる側ではなく、コーチする側に回ることに。そんな彼は、家族の車(彼が呼ぶところの「リトルベイビー」)の運転や、アメリカンアクセント、楽器の演奏などをすべて独学で身につけた。最近では、年下のハイチ系アメリカ人の学生たちに作曲のしかたを教えたりもしている。

    この前の日曜日の夜、ネーミーは友人宅のリビングルームで折り畳みイスに座り、ティーンエイジャーで構成されたブラスカルテットを指揮した。まずは彼らに向かって「静かに!」というしぐさを見せ、励ましの言葉をかけてからだ。その場には、7~20歳のハイチ系アメリカ人の若者10人ほどが集まり、リノリウムの床に三々五々散らばっていた。彼らは、その日の大半を教会で過ごしたあと、練習するために楽器を持って来ていた。彼らの多くはコリアー郡の公立校に通っている。年長グループの何人かは大学に入学を申請している。ネーミーは、いつか自分もフロリダ州立大学に通えたらと思っている。それがいつになるのかはわからないが。

    南部貧困法律センターが行っているような法的手続きは、何年もダラダラと続く場合もある。ネーミーの訴訟は、2019年に公判が開かれることになっている。しかし、ネーミーの弁護団が提出した仮差し止め請求(もし認められれば、ネーミーたちはその間の通学を許可してもらえることになっていた)は、高校を卒業しなくてもGEDに合格すれば大学に出願できるという裁判官の判断により、先日却下された

    この裁判官の判断は、ネーミーにはほとんど慰めにならなかった。長引くにしたがって、貴重な時間が失われていくとネーミーは言う。「一日経つごとに、普通の高校生と僕の差は広がっていきます」とネーミーは語る。「僕が心待ちにしているのは、高校に通うことなんです」



    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:浅野美抄子、阪本博希/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan