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LGBTメディアに未来はあるか?

いまは、メディアにとっては暗黒時代だ。特にLGBTメディアにとっては。ではなぜそうなったのだろうか。そして、生き残るにはどうすればいいのだろうか。

筆者はつい最近、この3年で2度目の離職をしたばかりだ。

最初の離職は2年前のことだった。当時筆者は、レズビアンやバイセクシャル、クィア女性向けのコンテンツを専門に扱う最大のウェブサイト「アフターエレン・ドットコム」の編集長をしていた。

筆者は2007年以来ずっと、出版に関わる仕事をしてきた。フリーの寄稿者から、ブログの編集者、そして編集長へとキャリアを重ねてきた。しかし、当時働いていたイヴォルヴ・メディアから2年前、財政問題を理由に解雇を言い渡された。その時、残っていた正規従業員は私だけだった。

大手メディアも小規模メディアも「動画」に焦点

2020年1月末、ゲイ男性向けマッチングアプリのグラインダーを運営する企業から、8人の正社員と8人の契約社員が解雇された。私もそのうちの1人だった。

誕生から1年半しか経っていないLGBTコミュニティ向けのデジタル書籍サービス「イントゥー」の閉鎖が、従業員解雇の大きな決め手となったようだった。

グラインダーは 声明 で、「動画により重点を置くことに決めた」と述べた。

しかし、こういった動きは今に始まったことではない。主流派の大手メディア企業も、マイノリティに焦点を置いたもっと小規模な独立系企業も、どちらも近年は完全な閉鎖か「 動画への軸足の変更 」のどちらかによって、人員を削減している。

アメリカでは、ほんの数年前まで、LGBTメディアは全盛期を迎えていた。ハフポストやBuzzFeed News、NBC NewsがLGBTに特化した部門を、それぞれ2011年、2013年、2016年に立ち上げた。

エンターテイメント・ウィークリーやニューヨーク・タイムズのような、発行部数がとてつもなく多い紙媒体の出版物も、LGBT関連の話題を以前よりも定期的に取り上げるようになっていた。

だが現在、メディア界における大量解雇の波はそのまま押し寄せており、業界に大きく影響を及ぼしている。そしてLGBTメディアはより流動的な状況に置かれている。上記で述べた二つのサイト(イントゥとゼム)は、新時代のメディアとして開設された。

しかしそれから2年もたたないうちに、リーダーたちはそこを去った。これらの伝統ある二つのメディアも、新しい時代を迎えようとしているのだ。同時に、メディアにおいてLGBTに特化したコンテンツは減りつつある。

そんな感じで、デジタルメディアは下り坂になり、老舗メディアが再び熱くなりつつある、というのが今の現況だ。

この約20年、そして特に注目が集まっていたここ5年、老舗メディアが頻繁にLGBTメディアをサポートする姿勢が見られた。

LGBTメディアは本当に継続可能か?

だが、LGBTメディアは果たして本当に継続可能なのだろうか? 私たちはサンデー・タイムズでもLGBTについての記事が読めるし、ゲイ向けのツイッターアカウントから、インスタグラムのミームアカウントのページまで、至るところでコミュニティーに参加でき、LGBTに関する情報を見つけることができる。

コンテンツを発信したいように見せているけど、実はそれほど関わりたくもない、そんな考えを持ったストレートやシスジェンダーの人たちが率いる企業や広告主と共にコンテンツを作成して、LGBTにまつわる記事に価値があるだけでなく「(ビジネス的にも)安全だ」と証明する必要が、本当にあるのだろうか?

ほかのビジネスでよくあるように、当初は良く聞こえても、後に失敗だとわかり却下されるということはないだろうか。そして、私たちはそもそも、LGBTメディアが最初に作られたその意義から逸脱してしまっていないだろうか。

どうすればLGBTメディアを存続させられるのか。それを知っている人物がいるとすれば、それはトレイシー・ベイムだろう。自らもレズビアンであり、シカゴのLGBT向け新聞「ザ・ウィンディ・シティ・タイムズ」のオーナーで、隔週刊誌の「シカゴ・リーダー」の発行者でもある彼女は、20代のはじめからLGBTメディアで働いてきた。

ベイムは筆者に、こう話した。「大学時代の先生たちは、保護者のように干渉してくる人たちでした。『ゲイであることをオープンにしたら、ジャーナリストにはなれない』と言われ続けていたので、この先私は人と違う道を歩むことになるだろうとは思っていました」

LGBT向けメディアの発端は、主流はメディアによる中傷

ベイムは2012年に「ゲイプレス・ゲイパワー:アメリカのLGBTコミュニティーに関するコンテンツの成長」という本を編集・出版した。この中でベイムは、LGBT向けの新聞が最初に作られた理由を説明している。そのひとつには、主流派メディアは何十年もの間、クィアの人々を中傷するか、完全に無視するかしてきたということがある。

1966年にはタイム誌にて「米国のホモセクシャル」という悪名高き記事が掲載された。ニューヨークでLGBTの人々が警察に立ち向かった「ストーンウォールの反乱」が起きる3年前のことだった。

この記事から、ゲイに対する恐ろしい既成概念と、(ゲイは”治療”で治すことができるなどの)虚偽が広まり、記事の載ったTime誌の販売が終了した後もなお、こういった被害は広まっていった。


当時はLGBTの人々がタイム誌の間違いについて反論や批判できる場も限られており、アメリカ初のレズビアン雑誌「ザ・ラダー」のような小さな雑誌だけだった。ザ・ラダーは、レズビアンの公民権を保障するために設立されたアメリカ初の団体「ビリティスの娘たち」によって創刊・出版されたものである。

いくつかのゲイ、レズビアン向けメディアは出版物となり、世間に広く知られるようになった。ザ・ラダーやワン、マタシンレビューなどがその代表である。

1970年代以前にもあったLGBT向け小規模メディア

しかし、1970年代にLGBTの出版社が実際に登場する以前でさえ、そうしたメディアはほかにも多数存在していた。第二次大戦後、クィアの人々にとって、フィクションや詩、芸術とともにニュースや政治も掲載していたこれらのメディアは、とても重要なものだった。

「アドヴォケート」は1967年に、ある団体のニュースレターとして初めて発行された。ロサンゼルスのLGBTコミュニティへのイベント告知手段として作成されたものだ。ベイムの著書であるゲイプレス・ゲイパワーの巻頭で、ジョン・デミリオ(イリノイ大学の名誉教授、専攻は歴史学、女性学、ジェンダー学)も書いていたが、それから2年も経たないうちに、アドヴォケートは国内で注目を集めるニュース雑誌となり、何万人という購読者を集めた。

同時に、フィラデルフィアやニューヨーク、シカゴ、デトロイト、ボストン、ワシントンDC、サンフランシスコのような大都市圏でも、地域ごとの出版物が誕生し始めた。

「すべてが愛情と犠牲の賜(たまもの)だった。最初の頃は、ボランティアによる労働と寄付に頼って運営を続けていた」デミリオは後にそう述べた。

このようなLGBTコンテンツを作成する出版物に対して、広告を出してくれる企業を見つけるのは困難だった。当時のLGBT運動を支えた主なビジネスはバー経営だったが、経営者たちはお店がゲイの集合場所と特定されることを嫌がった。ストーンウォールの反乱の後でさえ、警察による嫌がらせが大きな懸念となっていたからだ。

反発を受ける可能性は少なくなかった。それでも何人かの勇敢な発行人や編集者、記者たちは、署名で実名を使い始めた。ザ・ラダーのようなストーンウォールの反乱以前の出版物においては、それは初めての試みであった。

1969年にはタイム誌が、1966年に問題になった記事を厳しく追跡する内容で、より抑制の効いた記事「ホモセクシャル:新たに見えるようになった人々の新たな理解」を出した。そのころには、LGBTメディアは自らの言葉で人々に語りかけるようになっていた。

LGBTメディアの当初最大のトピック:HIVとAIDS

LGBTメディアは、主に人々からの必要性と活動の中から生まれた。そのため最初の頃の記事は、LGBTコミュニティに関連した最も重要な問題に焦点を当てていた。

中でも最大の関心事はHIVとAIDSだった。ゲイプレス・ゲイパワーによると、AIDSについての初めての記事は、ニューヨークで1980年~1997年に出されていたLGBT向け新聞「ニューヨーク・ネイティブ」が、1981年5月に出したものであった。

その夏以降には、ニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズ、サンフランシスコ・クロニクルが、揃ってAIDSを取り上げた。

ゲイプレス・ゲイパワーでは、このように綴られている。「AIDSによって、ニュースメディアは、ニュースルームの内側でも外側でも、危機を解決することを強いられた。初期の記事の多くは同性愛者に対する嫌悪感で溢れていたが、1990年代を迎える頃までには、各メディアはAIDSをより適切に伝えるようになっていた。ただしほとんどの新聞は、この問題をまったく取り上げていなかった」

結果として、AIDSの台頭により、主流メディアはLGBTやHIV、AIDSを専門に扱う記者をさらに置くことになった。他のメディアも徐々にその例に従っていった。

だが、HIVやAIDSの記事は、第一面を飾る価値があるニュースとは見なされなかった。ゲイやレズビアンについての他の記事は通常、ゲイに反対する勢力からの声と、バランスを取る形で掲載されていた。

それでも、LGBTメディアで働いている人の中には、今でも90年代を最盛期と呼ぶ者がいる。LGBT運動が進むにつれ、メディア報道も進んでいった。そして、自らもLGBTである有名人たちが少しずつ表に出始めた。

バニティ・フェアでは、性的な内容を含む同性愛の巻頭記事が大物セレブの隣のページに載ったり、「エレンの部屋」で有名なエレン・デジェネレスのカミングアウト記事が、あのタイム詩の巻頭を飾ったりした。

そして、レズビアンたちは自分たちで雑誌を発行し始めた。全国的に注目を集めた「ドヌーブ(後にカーブに名前を変えた)」や、現在は生産されていないが「ガールフレンズ」といった雑誌だ。

そのころには「レズビアン・シック」という言葉が異性愛者の人にもすんなり受け入れられるほど、世間がLGBTを認知し始めていた。クィアな女性たちは、主流派のメディアとは別に、LGBTメディアでも同様に自分たちのサブカルチャーを切り拓く場を求めていたのである。

貧困層の多いLGBTをターゲットにしても、収益化が望めない

90年代半ば~後半から2000年のはじめにかけては、少し風変わりなメディアが花盛りで、アブソリュートのように、LGBTマーケティングの主要な支援者になってくれるブランドもいくつか出てきた。中にはLGBT市場に可能性を見出すブランドもあった。

成功したキャンペーンの例として、ターゲット広告でマルチナ・ナブラチロワを起用し、レズビアンコミュニティからの支持を得たSUBARUや、1993年に「外へ出よう」というキャッチフレーズを打ち出したプレミアムビールのブランド「ミラー・ジェニュイン・ドラフト」がある。

さらに、ベイムはこのように話す。

「90年代半ばには、新時代の広告代理店が、よく考え抜かれた素晴らしいコンテンツを作りはじめました。それはロイヤルティの要素を生み出すような方法で、結果として市場に深く根付いて行きました。しかしその後、それらの広告は姿を消しました」

LGBTコミュニティにはいつも、お金の問題が付きまとう。貧しい暮らしを送るLGBT、その中でも特にトランスジェンダーが異常に多いことを考えると、そのような人々の購買力や消費の価値を証明するのは少し無理がある。

それでも、LGBTメディアにとって、お金は必要悪だ。

「革新的な」LGBTメディアを創るため 企業の新たな挑戦

2017年7月、グラインダーがイントゥを立ち上げた(筆者は同年の11月に、編集長に就任した)その直後、コンデナストがLGBT部門ゼムの始動を発表した。どちらも、アドヴォケートのような老舗ゲイメディアや、その妹分メディアの「アウト」とは一線を画す「革新的な」メディアをつくるという、新しい動きの前兆だった。

アドヴォケートは、最も歴史の長い全米規模のLGBT雑誌で、ロサンゼルスを拠点に、ニュースや政治の話題を発信している。一方でアウトのほうは、アドヴォケートより対象年齢が低く、流行を意識したきらびやかな雑誌だ。これらの出版物は再三にわたり、スタッフや内容、読者の多様化を試みている。

しかし、表紙の多くには白人男性のみが起用されており、また発行人の欄には白人のゲイ男性が名を連ねていると批判されている。

イントゥとゼムは、しばしばミレニアルサイトと呼ばれていた。おそらく、ミレニアル世代が責任ある立場を任されていたためだろう。しかしいずれも、立ち上げから1年が経過したころ、若いシスジェンダー(心と体の性がどちらも一致している人)のゲイ男性たちがその立場を離れ、老舗LGBTメディアの指揮をとるようになった。

2017年、アドヴォケートとアウトを所有する会社が変わった。「オレヴァ・キャピタル」のアダム・レヴィンとマックス・アブラモウィッツに買収されたのだ(彼らはどちらも異性愛者の白人男性で、ハイ・タイムスも所有していた)。そして、自らもゲイを公言するネイサン・コイルがCEOに起用された。

コイルはまず、編集責任者の刷新を図った。そして、初の黒人編集長であるザック・スタフォードが編集責任者に就いた。

ゼムを立ち上げ、クリエイティブディレクターを務めていたフィリップ・ピカルディも去り、アウトに就任した。

ピカルディは筆者の取材に対し、「私がコンデナストを去ることに決めたのは、売り上げが最優先になっていたからです。そのため、私がやりたいように編集を取り仕切ることはできませんでした」と語った。

ピカルディは数年前からコンデナストで働いていた。デジタル版「ティーン・ヴォーグ」の仕事を評価され、そのブランドを代表する人物になっていた。ピカルディはしばしば、アメリカ版ヴォーグ編集長アナ・ウィンターの弟子と言われた。人気ドラマ「プラダを着た悪魔」での、メリル・ストリープが演じる冷酷な上司と、アン・ハサウェイ演じる、その上司に振り回される部下のような関係だ。

そのピカルディが去っても、ゼムは前進を続けている。新編集長のセウェルは、ティーン・ヴォーグの元チャンネルマネージャーで、数カ月後に新プロジェクトを発表すると述べていた。コンデナストの広報担当者によれば、セウェルは「私たちはこれからも、私たちの幅広いコミュニティを代表するという責任を反映したコンテンツをお届けするつもりです」と述べていたという。

また、企業としてのコンデナストにとって重要なことは「新しい声や視点を伝えるためのプラットフォームを提供すること、彼らの物語を記録し、たたえること」であり、「読者、ビジネスどちらの観点から見ても、私たちは立ち上げ以降、着実な成長を遂げています」とも述べた。

「着実な成長」は、LGBTメディアからよく聞かれる言葉ではない。LGBT関連のデジタルメディアは、地域、地方、全米といった規模にかかわらず、大多数が無料で公開されている。収入源は、広告、スポンサードコンテンツ、ブランデット商品、イベントだ。

アドヴォケートやアウトなどの購読モデルを採用しているメディアも、購読者数が100万人を超えたことはない。多くのLGBTメディアを管下に置く「プライドメディア」は、印刷媒体の発行部数を71万1000冊と見積もっている。この数字には、アドヴォケートとアウトだけでなく、HIVに特化した「プラス」、都市のミレニアル世代を対象とした「チル」などのメディアも含まれている。

しかし、プライドマーチに様々なブランドや政治家も参加しているように、企業とコミュニティの関係は複雑化することもある。LGBTメディアはもともと、LGBTコミュニティの情報共有や説明責任の必要性から生まれた。それが現在、そのコミュニティに価値を見いだしたあらゆる企業が、広告を掲載している。さまざまな思惑が渦巻くのも当然だ。

アドヴォケート、チル、プラスの編集ディレクターを務めるダイアン・アンダーソン=ミンシャルはこのように語っている。

「大まかにいうと、私たちは主張する側の出版物です。意見を持たず、ただ傍観しているつもりはありません。私たちの編集や選択を見れば明らかです。その結果として、私たちがどのような人々を支持するのか、あるいはしないのか、また誰からお金を受け取るのか、それらがコンテンツ全てにおいて、反映されています」

重要な転機点の今、必要なのは一つ以上の武器

CEOのコイルによると、広告の問題においては、アウトよりもアドヴォケートの方が、抱える問題は大きいという。アドヴォケートはニュースと政治に特化しており、アウトはライフスタイル、ファッション、エンターテインメントを重視してきた。

「アウトの方が、広告の問題はそこまで大きくありません。フィリップ(・ピカルディ)の指揮下では、難しいテーマを取り上げないというわけではなく、もちろん難しいテーマも扱います。ただ全般的に、アウトで扱うコンテンツの話題や分野は、広告主の立場に反する可能性がはるかに低いというだけです」とコイルは説明する。

「広告主が(アドヴォケートに広告を出すことを)不快に感じるケースはあると思います。しかし、私たちにとっては全く構いません。代わりにその広告を、アウトやプライド・ドットコムに持ち込めばいい話だからです。そうすれば、その問題は解決します」

プライドメディアは業界最大手のメディアだが、少なくとも現時点では、必ずしも市場を独占しているわけではない。しかし、ベイムによれば、これは良いことだという。

「たとえば、自分の価値を証明するには、何か1つ以上の武器が必要です。メディアにおいても、特定の狭い市場に所属している場合、少なくともほかの都市に仲間がいれば、広告主がコンテンツをつくる価値を見いだすような出版物や、メディアのネットワークを構築できます。私たちLGTBメディアは、とても重要な転機を迎えているのです」

カミングアウトをしていない人にとって、運用型広告は危険

ベイムは、現在出版社が直面している大きな問題の一つとして、運用型広告への移行を挙げる。ブランドはかつて、各メディアで働くLGBTの人々と緊密に連携し、雑誌の中、裏表紙、オンラインに掲載する専用のアートワークを制作していた。

ところが現在、広告主(そして、一部のメディア企業)は、手軽な代替手段を求めている。人々がどのサイトを訪問したか、何を検索したか、誰をフォローしているかを基準に広告を掲載する。これが運用型広告の方法だ。

ベイムはこのように話す。「(広告代理店は、)かつてはクリエイティブな広告を制作し手数料を受け取るだけで、残りのお金のすべてはLGBTメディアの懐に入っていました」

「今は、ほぼすべての代理店が、『あの人たちをターゲットにFacebookキャンペーンをして、Twitterキャンペーンを行うから、そのためのコンテンツをつくろう』といった形に変わりました。これの良くない点としては、広告代理店内で話が全て進められ、そちらですべてのお金をコントロールしていることです」

こうした変化によって損失を被っているのはLGBTメディアだけではない。LGBTの消費者たちも潜在的な被害者だ。ゲイ関連のサイトを訪問すると、インターネット上の至るところに、ゲイ関連の広告が表示される。クィアであることを公言していない人にとっては、危険なことだ。

しかし、LGBT関連であるかどうかにかかわらず、メディアはいまだに運用型広告を使用している。2000年代半ばには、「トールロード」や「クィアティ」といったオンライン限定のメディアが台頭し、既存のメディアより安い経費で運営できるようになった。

一方で、進歩的な主流メディアは読者拡大の好機を見いだし、より情報を発信していくメディアとして売り込んだ。背景には、LGBTの権利に対する一般市民の支持が拡大したことがきっかけだ。

これらのメディアは、突然好ましいものとみなされたピンクマネー(LGBTコミュニティの購買力)を求め、LGBTに特化した市場形成や、プライドマーチをテーマにした編集で広告主を魅了した。

資金のないLGBTメディア 一部は封鎖も

独立系メディアは長年、レズビアンを含むクィアの人々も消費行動を行うということを広告主に理解してもらうために闘ってきた。それが突然、大きな出版社と広告費を奪い合うことになり、資金繰りに困っていた一部のメディアは閉鎖に追い込まれた。

現在、地方レベルのLGBTメディアは20たらずしか残っていない。ベイムの運営するウィンディ・シティ・タイムズもその一つだ。ウィンディ・シティ・タイムズは、全米LGBTメディア協会に加盟している。この協会は、米国の主要市場で発行されている12のゲイ専門地方紙のネットワークで、リベンデル・メディアと提携している。

リベンデル・メディアは、LGBTに特化したメディア掲載・企画・調査会社としては唯一の企業であり、現存するLGBTメディアのうち95%以上の代理店を務めている。ベイムによれば、LGBTメディア協会は毎年、広告契約収入の5%を共同で出資にあてているという。「アドエイジ」などのマーケティング誌に広告を出し、格式の高い地元のLGBTの人々に届けることが目的だ。

LGBTメディア協会は、全てのLGBTメディアの繁栄を願い、運営されている。ウィンディ・シティ・タイムズのような地方メディアも、地方レベルの広告と、全米規模のキャンペーンの両方に依存しているためだ。

「2019年には、全米規模の広告が大幅に減少しました」とベイムは話す。「全米規模のメディアの現状は知りませんが、間違いなく、2019年は減少しました。テレビと運用型広告の台頭が原因であると確信しています。」

ただし、すべての人が悲惨な展開を予想しているわけではない。アドヴォケート、チル、プラスの編集ディレクターを務めるアンダーソン=ミンシャルは、「特定層を相手にした市場の出版社は好調です。私たちの場合、広告の減少はわずか6%でした」と述べている。

「雑誌の広告主の上位50社を見ると、2017年の広告費は前年から6%しか減少していません。確かに広告収入は落ち込んでいますが、それほど大きな減少ではありません。今後、従来型の広告による収入が大きく増加することはないでしょう。そのため、従来型の広告が将来の計画に含まれることはありません」

LGBTメディアの代理店を務めるリベンデル・メディアのトッド・エバンスは、「私たちは今、デジタル世界へと突き進んでいますが、実際はまだ印刷媒体の市場です。つまり、最もデジタルなサイトでさえ、実際は印刷物の延長上にあるということです」と語る。

「この3年間、印刷物の非常に力強い成長が見られます。皆さんが言っているようなデジタルメディアの台頭とは、正反対のことが起きているのです」

マイノリティに特化しても、成功しているメディアもある

黒人やヒスパニックなど、ほかのマイノリティをターゲットにしたメディアは、デジタルだけでなくモバイルに移行し、大成功を収めている。ただし、「エボニー」(購読者数75万人)や「People en espanol(雑誌ピープルのスペイン版)」(購読者数50万8156人)などに代表されるこうしたメディアは、伝統的に発行部数が多い。

黒人とヒスパニックの市場は、BET:ブラック・エンターテインメント・テレビジョン(視聴者数9100万世帯以上)、テレムンド(1億8233万440世帯)などのテレビ局も好調だ。

テレビ広告は、印刷物、デジタル、SNSに比べ、広告料がはるかに高い。テレビで30秒の広告を流す場合、2150万円〜6470万円の費用がかかる。一方、印刷物やデジタルの場合は、5300円~1600万円でかなり大きな広告を出すことができる。

しかし、LGBTに特化したプラットフォームはこれほど成功していない。「ル・ポールのドラァグ・レース」を生みだした、バイアコムの「ロゴTV」などのLGBT専門チャンネルが存在するにもかかわらずだ(ル・ポールのドラァグ・レースはリーチを拡大するため、20、30代をターゲットにしているアメリカのケーブルテレビVH1で放送されるようになった。なお、ロゴTVは、2015年の時点で契約数はわずか5133万7000世帯だった)。

広告費の大部分は、デジタル以外の場所に投じられている。一部のLGBT出版物や特定の人々をターゲットにしている市場は、セットで宣伝できる印刷物やテレビ番組を持っていない。それでは、デジタル限定のサイトはどうすればよいのだろうか。 そこで目をつけられたのが、動画への転向だ。

「ミック」から「マッシャブル」「デイリードット」など、苦境にある多くのサイトが、数年前からこの戦略を試している。そして、動画コンテンツを強化するため、編集スタッフを解雇している。

動画コンテンツなど 収入源を模索するLGBTメディア 

しかし、動画はお金がかかる。制作費を多くつぎ込んだからといって、読者や売上が増えるとは限らない。2018年10月には、Facebookが広告主に訴えられた。長年にわたった動画の視聴者数の水増しが原因だ。その結果、すでに何百人ものジャーナリストが職を失っていた。膨大な量の情報が偽造されていたのだ。

それでも、動画はその魅力を維持している。グラインダーは、筆者とイントゥーの同僚たちを解雇したとき、動画への転向に言及した。プライドメディアも同様だ。

アウトやアドヴォケートのCEOであるコイルによれば、動画は売上の拡大・増加の「鍵」を握るという。さらにコイルは、ほかの機会も検討している。例えば、以前彼が働いていたメディア会社のドミノでは、会社でデザインしたテーブルを、様々な生活用品を扱うブルーミングデールズやアンスロポロジーなどの小売店で販売したそうだ。

「ここの状況はかなり違います」とコイルは述べる。

「確かにLGBTメディアから収益を得ることは、数年前、さらには数十年前から困難な状況にあります。しかし、広告主から収入を得るということは一旦置き、ビジネス、収入源をどのように確立していくかを考えた場合、LGBTメディアにはとてつもなく大きな可能性を感じます」

HIV治療薬メーカーに依存している現実

もちろん、出版社は広告主以外からの収入源を見つけようと必死になっており、それにはもっともな理由がある。あらゆるLGBTメディアに共通する主な収入源の一つが、大手製薬会社、なかでもHIV治療薬のメーカーだ。

LGBTメディアと抗HIV薬のメーカーは、理想の組み合わせに見える。暴露前予防投与(PrEP)を目的としたHIV治療薬「ツルバダ」の広告は、HIV/AIDSの予防が特に必要な人々に表示されるべきものだ。

しかし、巨大企業から絶えず流れてくる収入に依存すると、その巨大企業が突然LGBTメディアから撤退したとき、悲惨で絶望的な状況に陥ることがある。最近のGilead(ギリアド)がまさにそうだった。

ギリアドは、ツルバダを製造しているバイオ医薬品メーカーで、エムトリシタビンの特許も所有している。エムトリシタビンはツルバダの有効成分で、安価なジェネリック医薬品の製造にも使われている。

ギリアドは、イントゥーやゼムをはじめとする、全米・地方レベルのLGBTメディアほぼすべてに多額の広告費を投じていたが、突然、広告の掲載を取りやめた。

リベンデル・メディアのエバンスによれば、新しいCEOが就任した直後の2018年5月以降、ギリアドはどのLGBTメディアにも広告を出していないという。その代わりに、テレビと主流メディアへの広告移行が進められている。

「私たちは、米国のゲイ、レズビアン関連メディアすべてに掲載されているすべての広告を追跡しています。主にLGBTの顧客に商品やサービスを売り込みたい企業が、それを主流メディアでやりたいというのは、私にとっては心がかき乱されるような不快なことです。本当にそれがLGBTコミュニティの助けになると思っているのでしょうか?」とエバンスは問い掛ける。

「アウトやアドヴォケートのような購読モデルのメディアを含むほぼすべてのLGBTメディアが、記事を書き、調査を行い、米国に暮らすLGBTの平等の権利を守るための資金を広告収入で賄っています。それを考慮すれば、私は、この動きは間違っていると心から思います」

ベイムも、「ギリアドが移行を進めているのは明白です」と話す。

「どこから見ても明白なことであり、間違いなく、LGBTメディアにとっては痛手です。LGBTメディアは苦しんでいます。私にはわかります。現在、CNNやFOXなどの大手ニュース局でも(ギリアドの広告を)目にします。製薬会社はいつの時代も、強いカテゴリーの一つです」

「ただし私は、数十年前からずっと、あのカテゴリーへの依存から脱却し、多様化しなければならないという大きなプレッシャーを感じていました。それでも、あの『まばゆいばかりの大金』に引き寄せられないのは、難しいことでした」

一方、コイルは、ギリアド1社を失ったことに不安を感じていない。

「製薬会社の広告主はほかにもたくさんいて、私たちは素晴らしい関係を築いています」

これに対しギリアドにコメントを求めたが、回答は得られなかった。


今も昔も変わらない 根強く残る人種の壁

アメリカのあらゆる業界と同様に、LGBTメディアも、以前から性差別や人種差別、年齢差別に悩まされており、その変化は遅々として進んでいない。

全米規模の非営利LGBT団体の多くがそうであるように、LGBTメディア出版社の発行者と編集者の大半は、以前も現在も、白人シスジェンダーのゲイ男性の下で働いている。

トレヴェル・アンダーソンは2018年11月、ロサンゼルス・タイムズ紙を辞め、LGBTQ向け月刊誌アウトのエンターテインメントとカルチャー担当に就いた。アンダーソンは、黒人ジェンダークィアのジャーナリストであり、全米黒人ジャーナリスト協会ロサンゼルス支部の支部長でもある。

同氏は、LGBTメディアを指揮する白人ゲイ男性は一般的に、「私がLGBTメディアに求めていたような揺るぎないコミュニティ報道」とは何かをわかっていなかったと述べた。

「私が個人的に目にしていた報道の大半は、アウトとアドヴォケートでさえも、私のような体の人が経たような経験が含まれない記事が中心になっていました」とアンダーソンは話す。

「報じられていた内容があまりよくなかったというわけではありません。取り上げるべきだと私が考えていた事柄が報道されていなかっただけです」

アンダーソンの新たな同僚は、マネージングディレクターのミシェル・ガルシア、編集長のラクエル・ウィリス、イントゥーで常勤ライターを務めていたマシュー・ロドリゲスなどだ。

ネイサン・コイルCEOが、白人シスジェンダーばかりが仕切ってきた過去のアウトとは違うと、胸を張って採用したチームである。

アンダーソンはこう語る。「LGBTメディアの現状は──そうですね、報じているコンテンツの種類としては、ブログとほとんど変わらないような、低品質なサイトがまだあると思います」

「けれども、深く踏み込んだ報道を目指し、白人のシスジェンダー男性に限らずクィアコミュニティ全体についてしっかり伝えようとしているクィアメディアもたくさん存在します」

コイルは、「多様性と包括性は、私にとって、そして会社にとって、きわめて優先順位が高いものです。そして、心から胸を張って言えるのは、それを口先だけではなく実際に行動で示していることです」と述べた。これは、なかでもアウトが、多様性をめぐって批判にさらされてきた過去を引き合いに出したコメントだ。

現在の状況についてコイルは、笑ってこう続けた。「例外がひとつ。アウトの全スタッフのなかで、編集長のピカルディだけが、非ラテン系の白人シスジェンダー男性なんです」

筆者はピカルディに対して、「あなたがアウトに採用されたのは、出版業界を仕切るトップはシスジェンダーの白人ゲイ男性でなければならないという、昔ながらの慣行が理由にあったからだと思うか」と問いかけたところ、メールで次のような答えが返ってきた。

「(自分が採用されたのは、)これまでの慣行を『引き継いだからだ』という意見は、断固否定します。なぜなら、現在のスタッフはアウト史上、もっとも多様性にあふれているからです」

「それに、私はこの職に就く前から、多様性を優先事項として明確に掲げてきました。採用担当者としてのこれまでのキャリアにおいても(短いものではありますが)、何よりも重要視してきています」

「改めて『しかし』と強調しておきたいのは、ゲイの白人男性は特別扱いをもっとも受けやすい立場にあり、役職に就いたり昇進したりする機会がよくあるということです。私たちが役職を得たり昇進したり、目立つ仕事を与えられたりする可能性が高いのは、そうした特別扱いが少なからず関係しています」

「これはおそらく、LGBTQコミュニティに限らず、より広い世界でも容認されていることでしょう。私がこれまでのキャリアで幾度となく役職に就いてこれた背景には、そうした特権があったことを認めないわけではありません」

メレディス・タルサンは当初、ピカルディの下でアドヴォケートの編集長を務めていた人物だ。のちに寄稿編集者となってからは、「自分の専門分野が役に立つ長文記事とトップ記事」を中心に取り組んでいる。

タルサンは出版社における動きについて、白人のシスジェンダー男性が要職に就くという観点とは違う見方をしながら、ピカルディは有能なリーダーだと確信していると述べた。なぜなら、ピカルディはQPOC(Queer People of Colorの略で「有色人種のクィア」を指す)の発言力を高めるからだという。

タルサンはメールで、「ピカルディのモデルが持続しうるのは、発行部数の多いクィア雑誌をゲイの白人男性が指揮するという見方をするからこそだと思えます。ただし、とても保守的な人口層を対象にした雑誌であれば話は別です」と述べた。

年齢が高めの人口層を主要な対象にすることはまさに、伝統的な出版社が抱え続ける問題だ。

LGBTメディアにおける「多様性」のあり方

「アウトもまた、これまでを見ると、人間のタイプ、身体的なタイプ、記事のタイプについて特定のイメージを求めるようになったブランドではないでしょうか。そして現在のチームは、それに対しての新たな切り口を試みているのだと思います」と、アウトのアンダーソンは言う。

「とりわけ、チャレンジをしているのは私です。よくこう言うんです。自分たちは、ほかの種類の報道にもオープンな姿勢を持つよう、読者を訓練しているんだ、と」

そうした取り組みは、一夜にして成し遂げられるものではない。アンダーソンによると、ピカルディ指揮下による第1号の表紙を公開したときには反発を呼んだという。表紙に起用されたのは、トランスジェンダー俳優のハリ・ネフと、ゲイ俳優のトミー・ドーフマンだった。

ピカルディは、「私が手がけた第1号の表紙について、興味深い反応があったのは確かです。2月号はハリウッド特集で、表紙にトランスジェンダー女性とシスジェンダーのゲイの男性を起用しました。ただ、2人とも白人だったのです」と話す。

「新時代のアウトは、多様な人種を表紙に起用するだろうと期待していた人がとても多かったのです。そのため、否定的な感想が寄せられました。『いまだに白人ばかりじゃないか!』という声もありましたが、それは、アウトという雑誌は何なのかという本質についての正当な批判だと思います」

アドヴォケート初の黒人編集長となったスタフォードは、就任してからまだ9日目のメールでこう述べた。

「シスジェンダーの白人を中心にした場所だけをつくっていたことで、メディア業界全体が犠牲になってきました。だから、伝統的な出版物の編集長を務める黒人として、アウトのスタッフとともにこれから何ができるのかを考えるとワクワクします」

トランスジェンダー向け季刊誌「オリジナル・プランビング」の共同発行人兼創業者であるロッコ・カイアトスは、「男性を特別扱いする慣行は、どんな社会でも根強く残っています。それは、異性愛者の間であろうがLGBTコミュニティであろうが同じです」と語る。

カイアトスは、音楽アーティストとしてキャリアを歩み始めたトランスジェンダー男性だったが、最初は、共同発行人エイモス・マックとともに、トランスジェンダー男性向けに独自の出版物を発行しようと考えた。

それは、自分と同じトランスジェンダー男性は、メディアで無視されているか、ただ単に象徴化されているかのいずれかだと感じていたからだ。そしてそれはLGBTメディアでも同じだった。

「クィアメディアに新顔が入ったという話になっても、私に言わせれば同じに見えるのです」とカイアトスは言う。

「編集長に、女性やトランスジェンダー女性、有色人種のトランスジェンダーを採用するようにならなければなりません。若い人や白人、標準的なゲイ男性を編集長として採用し、それから有色人種やトランスジェンダーのスタッフを採用しても、足りないのです。それで十分とは言えません。実際に権力を握る立場に、有色人種やトランスジェンダーを採用する必要があります」

買収の可能性と、メディアとしてのあり方の葛藤

オリジナル・プランビングは10年にわたって発行され、2019年の20号をもって幕を閉じた。LGBTメディアが採用するスタッフや、表紙に起用する人間という点では、トランスジェンダー男性や男性寄りトランスジェンダーの置かれた状況はまだ改善されていないとカイアトスは話す。

オリジナル・プランビングは販売システムを構築し、イベントを成功させて印刷費をどうにか賄っていたが、同種の出版社はいまも赤字だ。広告を掲載してくれるのは主に、クィアが経営する小規模ビジネスや、性的な道具を扱う専門の販売店だった。

「私たちは、オートストラドールを真似て、規模拡大を目指して模索しましたが、結局は最後まで、2人だけで発行していました」とカイアトスは振り返る。

オートストラドールは、レズビアンとバイセクシャル女性向けとしては最大の規模と人気を誇るメディアサイトだ。2019年に10年目を迎えたが、同メディアも、今後については手探りだ。

熱心なフォロワーがおり、売上は年々上昇しているにもかかわらず、創業者で編集長でもあるリーゼ・バーナードは、忠実な読者を驚かせかねない考えを持っている。「買収」だ。

このメディアでは、クィア女性が独立所有し、編集・発行を行っている。これまで生き抜いてこれたのは、有料の定期購読制であることと、個人からの寄付、例年開催しているキャンプなどのイベント、そして苦労の末に獲得しているわずかばかりの広告費のおかげだ。

数年前には、プライドメディアと提携した。互いに経済的メリットが得られるのを期待しての動きだった(オートストラドールは以前にも、イボールブ・メディアならびにアフターエレンと同じように提携をしたことがある)。

オートストラドールはいまのところ、広告パートナーシップ以上の提携は考えていないが、状況は変わる可能性があるとバーナードは話す。

「買収の可能性について協議をするときはいつも、編集権などを手放すようなことは絶対にしないと、固く心に決めています」とバーナードは語る。

「買収されるとどのような関係になるのか、そういったことはあまりわかっていません。私を含むチームの誰であれ、体裁を繕ったり、率直さに欠けたりするような記事を書いたら満足できないと思います」

「正直さと信ぴょう性は、オートストラドールというブランドにとって、そして、私たちの生き方や大切にしていること、メディアとしての信念にとって、非常に重要なのです。だから、そうしたものを犠牲にしなければならない状況は、なんであれ、うまくいくわけがないと思っています」

レズビアンは地味 押し付けられた偏見による売上への影響

レズビアンとクィア女性向けのメディアがとりわけ苦労してきたのが売上だ。苦労する理由のひとつに、レズビアンはナイトライフやファッションにまったく関心がなく、非社交的で地味な人間だというステレオタイプが存在し、華やかさのあるゲイとは違うと思われていることがある。

そのせいで、広告主をなかなか説得できない。

紙媒体の雑誌を現在も全米規模で発行しているレズビアンメディアは「カーブ」のみであり、またリベンデル・メディアがカーブの代理店になったのは、ごく最近のことだ。

「アメリカでは、レズビアン市場はまったく手つかずです」とリベンデル・メディアのエバンスは語る。

「理由はよくわかりません。私はかなり力を注いできました。それは単に、レズビアン市場を支援しなくてはならないという義務感があるからです。レズビアン市場はいまも、偏見のせいでとても苦しい状況に置かれていると思います」

レズビアンコミュニティのために費やしてきた10年間で、バーナードはレズビアンや他のクィア女性を貴重な市場勢力だと考えなかった人々を多く見てきた。

「私たちのメディアに広告を掲載したい人はまったくおらず、むしろ何のかかわりも持ちたくないとまで思われていました。しかしその分、私たちは言いたいことを自由に言うことができました」とバーナードは述べる。

「ただ、普段の生活では、私たちはあまりにも心もとない存在です。これは発言しても大丈夫なのか、と不安になる事柄は、いずれにせよまだあります」

クィアメディアがいまだに苦戦を強いられているのが、セックスとセクシュアリティをめぐるコンテンツの掲載だ。そのせいで、オートストラドールはきわめて不運な影響を被っている。

「Googleアドセンスなどの広告サービスを利用していたときは、ブロックプラグインを設定して、私たちのコンテンツのほぼ半分が掲載されないようにしなくてはなりませんでした。セックスに関した広告はいっさいお断りというわけです」とバーナードは言う。

「私たちの取り上げているコンテンツがあまりにも性的すぎるとか、セックスに関するものが多すぎるからという理由で広告掲載を拒否されるのは、腹立たしくてなりません」

「その一方で、女性向け月刊誌のコスモポリタンは、何も気にせずに広告を出し、大手ブランドの力を発揮して多額の広告売上をあげています。そうした大手メディアでも、クィアのセックスに関する記事を掲載していて、レズビアンのセックス記事のSEOで、私たちよりも高い成果をあげていることがよくあるんです」

買収が実現しなかったら、6人の社員を抱えたオートストラドールはどうなってしまうのか。バーナードは途方に暮れている。

「援助がなければサイトを閉鎖しなければなりません。私が個人的に投資した金額はかなりの額にのぼります。それに、女性を中心にしたLGBTメディアが少ないことを思うと、少し恐ろしいです」とバーナードは言う。

「女性がトップに立つ出版社が存在することも大切です。『ほかの出版社も、女性関連の記事をもっと掲載したり、女性スタッフを増やしたりすべきだ』という声がよく聞かれます。たしかにそうなのですが、私が思うに、女性が指揮を執る出版社が存在することも重要です」

「私たちが単なる特定の層向けメディアや、ごく一部を占めるスタッフにすぎない存在になってしまわないよう、女性のために尽力する出版社が存在しなくてはなりません。陣頭に立って全体を取り仕切っているのは私たちだ、と思うことが大切です」

メディアの規模の縮小 コンテンツの大幅な変更 

LGBTメディアの誕生間もないころから、レズビアンとクィア女性は、実質的に分離主義者にならざるを得なかった。

レズビアンフェミニストの出版社は、記事集めからニュースレター、出版物までさまざまだったが、アフターエレンやオートストラドールのように、業界に広く知れ渡ったところはとても少なかった。

筆者がフリーランスとしてアフターエレンで働き始めた2006年当時、4人の女性フルタイムスタッフは全員が編集者だった。

アフターエレンは、2002年にサラ・ウォーンによって立ち上げられ、のちにバイアコムが、LGBTを統括するケーブルテレビチャンネルLogoを立ち上げた際に買収された。つまりアフターエレンは、Logoのレズビアン部門というわけだ。

筆者は2007年にフルタイムとして採用されたが、それから3年未満で、フルタイムのエディターは、新しく雇用される予定もないまま2人に縮小された。2014年にアフターエレンがイボールブ・メディアに買収されると、筆者は編集長となった。

それからは、レズビアンコミュニティ向けにサイトをどうマーケティングし役立てていくかについて、(異性愛者の)セールススタッフとのやりとりが増えるようになった。

筆者は、スライドショーを作成して国際チームにプレゼンテーションを行い、クィア女性が好んで消費するのは何か、ライターはどんな人間で、読者層はどのようなタイプで何を求めているのかを訴えた。それでも、大型の広告契約を獲得できることはめったになかった。

例外はNBCと契約したことで、短命に終わったレズビアンコメディ番組「One Big Happy(ある一つの大きな幸せ)」の宣伝コンテンツでサイトはいっぱいになった。

1年後にイボールブ・メディアは、筆者のアシスタント編集者だったダナ・ピッコリを解雇した。最終的には、フルタイムスタッフはもう採用しないと告げられた。その代わりに、古いコンテンツを焼き直して掲載し、フリーランスで活動しているライターの記事でときどき補うことになった。

ところが、親会社は私たちの読者の熱意を甘く見ていた。熱心なクィア女性読者(その大半は、オートストラドールの読者でもあった)は、コメディ番組を運営する異性愛者の白人男性のやり方に大いに不満の声をあげた。

こうしたレズビアンたちを満足させようとして、イボールブ・メディアはパートタイムエディターを1名採用したが、その人物がサイトの雰囲気を大幅に変えてしまった。

彼女はトランスジェンダーに対して、過激で排他的なイデオロギーを用いたのだ。それどころか、アフターエレンの新しいライターたちは、あえてトランスジェンダー女性を遠ざけるようなことをした。レズビアン業界とその影響力を矯正しようというのがその思惑だった。

あまりにも極端な変貌ぶりに、世界各地のクィア女性向け出版社たちが、それぞれの職場にいるトランスジェンダー女性を支援しようという旨を記した共通書簡に署名し、公開した。アフターエレンの現エディター、メモリー・ジョエルにコメントを求めたが、返事は得られなかった。

クィア女性に言わせれば、アフターエレンはもはや、かつての姿をとどめていない。しかし、イボールブ・メディアが人材を減らそうと決断する前からすでに、アフターエレンの崩壊はLGBTメディアについて重要な疑問を提起していた。

つまり、「クィアは独自の出版社を維持できるのか。それとも、より広い層の読者の力に頼る必要があるのか」という疑問だ。

届けたい読者は誰なのか 誰のためのLGBTメディアなのか

LGBTに特化したメディアのなかには、より広い読者たち(つまりは異性愛者の人々)とLGBT読者の両方に記事を届けようと考えているところもある。

「NBC out」の編集マネージャーの1人、ブルック・ソペルサは、NBCの名前があるからこそ、ジャーナリストたちはニュースネットワークとして長年培ってきた尊敬のもとで活動ができ、快く仕事ができると述べた。その反面、読者はLGBTの人たちだけに限らないという。

「NBC outでは、『私たちの手で、すべての人に』という姿勢で報道にあたっています。私たちのコンテンツは、ほかの多くのLGBTニュースメディアと同様、クィアコミュニティについて深い知識を持ったジャーナリストが執筆・編集をしているのです」とソペルサは言う。

「とはいえ、多くのLGBTメディアとは異なり、またNBC outが主流の大手ニュースサイトの一員であることもあって、私たちの読者は幅広く、レズビアンやゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィアだけに限りません」

「私たちは、クィアコミュニティの内と外、両方の人たちが興味を持ち、情報を手に入れられるようなやりかたで報道するよう懸命に努めています」

そういった取り組みには価値がある。クィア問題についてあまり知識を持たないであろう人たちが、主流メディアに含まれるLGBTに特化した記事やコンテンツを通じて、LGBTコミュニティの人間性や、LGBTの権利を支援する価値について学ぶことができるという点だ。

そのうえ、LGBTの読者たちは、いままではあり得なかったであろう主流メディアで自分たちが取り上げられ、表現されることを実感できる。

とはいえそうした取り組みは、LGBT新聞やニュースレターの創刊者たちが目指してきたことと明らかにかけ離れてもいる。そこで、次のような疑問が生じる。

「LGBTメディアは誰のために、何のために存在するのか」。そして「どんな犠牲を払うのか」という疑問だ。


それでもまだLGBTメディアを続ける理由

いまから5年後、10年後、20年後に私たちが見る動画や読む記事には、検索履歴をもとにあらかじめ設定された広告が表示されているのだろうか。

私たちLGBTだけを念頭に置いたコンテンツがまだ作成されているのだろうか。もしそうだとすれば、誰が作成しているのか。関心を持つ人はいるのか。

ジャーナリズム自体、必ずしも安定した業界だというわけではない。2018年は、「デジタルメディアの激変」と呼ばれた広告時代だ。このような業界内で生きるマイノリティは、目指すべきキャリアの姿としては、なおのこと好ましいとは言えない。

ただし、それはマイノリティ側に立つことを選択肢として見た場合に限られる。

LGBTメディアで働き始めた当時を振り返って、アンダーソン=ミンシャルは、「私たちはみな、好奇心を持って仕事に取り組むことが必要でした。影にひそんだまま、メディアで働くことはできません」と語った。

「というのも、私たちのメディアに所属する記者たちはずっと以前に、身の危険を感じたり、殺人の脅迫を受けたりしていたからです。LGBTメディアで働くのは、使命であり、また天職でもあって、『仕事』ではないように感じていました。だからこそ、時給1300円でも楽しく働いているんです」

バーナードはオートストラドールのスタッフについて、「私たちはみな、お金も無いし、ストレスも溜まっています」と語る。

「でも、なんとか生き延びています。いまの仕事が大好きで、自分のコミュニティが大好きで、書いている記事が大好きで。広めるべきだと考えている記事を発信できること、文化的なコミュニケーションのなかで発言できることが嬉しいのです」

「そして、お互いに心から愛し合っています。チームメンバーのほとんどは、私にとって家族も同然です。まるで親友のような存在なんです。だから、『これでお金がもらえるなんて嘘のようだ。信じられない』と思うことだってあります」

特定の層をターゲットにしたメディアの必要性

アンダーソンはさらに言う。「特定の層をターゲットにするメディアは必要だと強く信じています」

「主流メディアを監視し、均衡を保つチェック・アンド・バランス機能として必要なのです。主流メディアのニュースルームは、大半のクィアメディアのオフィスとは顔触れが全然違います」

「私たちのチームには、トランスジェンダーやクィア、有色人種のスタッフが多くいます。確実に言えるのは、何年も前のアウトとは違うということです。どんなメディアであれ、よりいっそう努力して、さらに多様性のある記事を発信し、そうした人々が自分のコミュニティについて発言できるよう、自分が属さないコミュニティに向けて発信できるようにしていかなくてはなりません」

LGBTメディアの今後をめぐる疑問は、その中にいる人たちよりも、外にいるLGBTの読者ならびに消費者に、より関係があるのかもしれない。私たちのコミュニティは、クィアの読者が作成するコンテンツ、ならびにその人々に向けたコンテンツに、どのような価値を置くのだろうか。

ただ結局、生き抜いていくうえで、頼れるのは自分たちしかいないのだ。


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BuzzFeed Japanは、世界各地でLGBTQコミュニティの文化を讃え、権利向上に向けて支援するイベントなどが開催される毎年6月の「プライド月間」に合わせ、2020年6月19日から、セクシュアルマイノリティに焦点をあてたコンテンツを集中的に発信する特集「レインボー・ウィーク」を実施します。

記事や動画コンテンツのほか、LGBTQ当事者からの様々な相談を、ゲストのりゅうちぇるさん、ぺえさんと一緒に考える番組を配信します(視聴はこちらから)。

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:藤原聡美、米井香織、遠藤康子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan