ハリウッドのトランス俳優たち:賃金格差への取り組み始まるが、まだ仕事探しに苦労

    「私がもっと高い賃金を得られるようにすべきだと誰かが交渉してくれたことは、一度もありませんでした」

    ハリウッドに初めて来たとき、トランスジェンダーの俳優はいませんでした。トランスジェンダー向きの仕事があるのかどうか、わかりませんでした。エージェントと最初に契約したときにも、そう言われました」。そう語るのは、ABC局からCMT局に移って復活したカントリーミュージックドラマ「Nashville(原題)」に出演しているジェン・リチャーズだ。

    それから3年が過ぎても、リチャーズはまだ、すべてのオーディションと、出演契約した役について、「教育的な瞬間」だと見なしている。ハリウッドのキャスティングディレクターやプロデューサーたちに、もっとトランスジェンダー俳優を起用してもらうための「教育的な機会」だというのだ。自分は「Nashville」に登場する初めてのトランスジェンダー俳優であり、CMT局全体でもそうなので、良くも悪くも大きな影響力のあるプロジェクトに参加しているということを自覚しているという。「彼らがこれまでに会った俳優たちのなかで、自分がトランスジェンダーだと公言しているのは私が初めてかもしれない、と強く意識しています。そして、彼らがトランスジェンダー俳優といっしょに働くのは、今回が初めてであるのはたしかです」

    有色人種のシスジェンダー(非・トランスジェンダー)たちは、男女ともに、業界での性別や人種による賃金格差を縮めようと闘い、仕事仲間一般市民カリフォルニア州の議員から支持を得続けている。しかし、リチャーズのようなトランスジェンダー俳優は、それとはまったく異なる闘いに挑んでいる。新人だけでなく、もっと名の知られている者も含めて、トランスジェンダー俳優たちは、主要な関心事は賃金の平等ではなく、仕事探しだと語っているのだ。

    2人のトランスジェンダー女性を描いてエミー賞にノミネートされたウェブシリーズ「Her Story(原題)」で、主演のほか、共同クリエイターと共同脚本家も務めたリチャーズは、「トランスジェンダー俳優たちはかなり後れを取っているので、今のところ、賃金平等はまだ問題になる状態ではありません」と語る。「トランスジェンダー俳優なら誰でも、重要な役を手に入れて報酬をもらえるだけで大喜びすると思います。大きな進歩のように感じられるでしょう」

    トランスジェンダー俳優がもらえる仕事自体が少ないので、報酬アップを求めて闘う立場にある者はほとんどいない。リチャーズは最近になって初めて、米映画俳優組合(SAG-AFTRA)が示す最低賃金を上回るギャラを求めて交渉する資格があると感じた。まだ発表されていないTVシリーズにおいて、報酬が「平均よりかなり高い」シリーズレギュラーの役を得た後、リチャーズのエージェントは、リチャーズのために交渉してギャラのアップにこぎつけたのだ。

    自身の成功について、リチャーズは次のように述べる。「1つの番組でこれだけの金額を稼ぐようになったので、今後は、それを下回る仕事を引き受けるようエージェントから勧められることはないと思います。経験豊富で長年にわたってこの業界で働き、私を心から信じて道を誤らないようにしてくれるすばらしいエージェントに恵まれて、本当に幸運です。それに、他の顧客と同じように扱ってくれるので、他のところが私を、他の顧客と異なる扱いをするのをエージェントは許さないでしょう」

    近年、トランスジェンダー俳優向きの役は比較的増えてきた。たとえば、「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」でエミー賞にノミネートされたラバーン・コックスのほか、「トランスペアレント」でトレイス・リセットやアレクサンドラ・ビリングスが演じた役などだ。だが、それでもチャンスはまだ少ない。LGBT擁護団体「中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟」(GLAAD)の調査結果によると、2017~2018年シーズンの放送番組やケーブル番組、ストリーミングTVシリーズ全体で、レギュラーまたは複数回登場するトランスジェンダーの登場人物は17人にとどまる。ただし、2015年の7人からは大幅に増加している。

    俳優のマクシミリアナは、トランスジェンダーの役が珍しく存在しても、シスジェンダーの俳優がその役を得ることも多いと語る(マクシミリアナは、TVシリーズ「Clueless(原題)」の「背の高い女性」役や、オリジナル版の「ギルモア・ガールズ」の「マリリン・モンロー」役で出演した経験がある)。

    自分のジェンダーは流動的なものだと考えているマクシミリアナは、「仕事はシスジェンダー俳優に回されるのが一般的なので、仕事をオファーされてスタートを切るまでが闘いです」と語る。マクシミリアナは、近日公開の映画『Anything(原題)』を非難した。男優のマット・ボマーを主役のトランスジェンダー女性の売春婦役に起用したことで、物議を醸している作品だ。そのようなケースは、エディ・レッドメインがトランスジェンダー女性を演じてアカデミー賞にノミネートされた『リリーのすべて』や、ジャレッド・レトがエイズ患者のトランスジェンダー女性役でアカデミー助演男優賞を受賞した『ダラス・バイヤーズクラブ』でも生じた。また、4シーズンにわたって「トランスペアレント」で、トランスジェンダー女性の主人公「モーラ・フェファーマン」を演じたジェフリー・タンバーもいる(なお、タンバーはその後、元アシスタントのヴァン・バーンズおよび共演者のトレイス・リセットからセクハラを受けたと告発されたあと、アマゾン・スタジオから解雇された。タンバーは代理人を通じて「根も葉もない告発」だと述べ、アマゾン・スタジオによる調査を非難した)。

    スリランカ系アメリカ人のコメディアン兼俳優ディーロによると、彼のようなトランスジェンダー男性の場合は、仕事探しが特に難しいことがあるという。「われわれはいまだに、人々が『TV界のトランス的瞬間』と呼んでいる世界にいます。けれども、ほとんどの物語はトランスジェンダー女性についてのものです」

    GLAADの調査結果によると、2017年にスクリーン上に現れたトランスジェンダーの登場人物17人のうち、9人がトランスジェンダー女性、4人がトランスジェンダー男性で、残り4人は男性でも女性でもなかった。

    トランスジェンダー男性と、トランスマスキュリン(どちらかといえば男性に近いトランスジェンダー)の仕事が不足しているのは、多くの問題に起因している可能性がある、とリチャーズは語る。だが、つきつめれば、「よくある女性嫌悪」や、シスジェンダーであるストレートの男性視聴者の欲望の対象として女性を描くハリウッドの傾向の問題だと述べる。「トランスジェンダー女性のほうが、想像力をやや強く刺激する面があります。われわれのデフォルトが男性だからです」とリチャーズは語る。「そういった恵まれた立場を捨てて女性になった男性のほうが、男性になる女性よりも興味深い存在なのです。『男性になりたい気持ちはよくわかるよ』という感じなのです」

    ディーロは、Netflixの人気SFシリーズ「センス8」と「トランスペアレント」でちょい役を得たが、これまでの出演料では請求書の支払いができないと語る。「ほとんどは後払いで、超低予算です」。ディーロは生計を立てるために、デジタルプロジェクトで主役を演じ、スタンドアップコメディアンや劇場の出演者として米国内を巡業し、脚本と演技に関するワークショップを手伝っている。TVは「もっと機会を得るための入り口」だとディーロは言う。TVは、ちょうどリチャーズが最近実現したように、個人の評価、「俳優の相場」を確立する道筋でもある。

    ディーロにとって、ギャラの交渉はこれまで選択肢ではなかった。「エージェントが仲介したら、1日料金(day-player rate)を得ることになるでしょう」。1日料金とは、せりふを1日話した場合に、SAG-AFTRAが要求する最低金額だ(現時点では、1日契約の役者の料金は956ドル)。「基本的に、私がもっと高い賃金を得られるようにすべきだと誰かが交渉してくれたことは、一度もありませんでした」とディーロは説明する。

    トランスジェンダーもハリウッドの賃金格差の議論に参加するために。

    だが、トランスジェンダーの権利の擁護者である俳優アンジェリカ・ロスは、もっと高い報酬を要求する立場にある。「これまでにこなしたどの仕事でも、契約を結ぶ際には常に交渉してきました」

    ロスは、何年もこつこつ働いてSAG-AFTRAの組合員になった後、リチャーズのウェブシリーズ「Her Story」に出演して有名になった。ラバーン・コックスとともにCBS局のドラマ「Doubt(原題)」の1エピソードと、「トランスペアレント」の1エピソードに出演。マネーロンダリングをしているネイリスト5人を描いた、ラシダ・ジョーンズ制作のTNT局のドラマ「Claws(原題)」でも、繰り返し登場する役を得た。その後は、交渉過程で、出演番組に対する批評家の称賛を利用できた。役を失う危険性は常にあると認めながらも、評判と信用に基づいてハリウッドの幹部たちに起用されてきた、とロスは語る。「エミー賞のノミネート作品であろうと、受賞作品であろうと、こうしたことすべてが積み重なって交渉のポイントになります。私は仕事をやり遂げると思われています。プロだとわかってもらっています。私は時間どおりに現れますし、もたもたしたりしません」

    ロスは今夏、「Glee」や「アメリカン・ホラー・ストーリー」のライアン・マーフィーが共同制作するFX局のTV向け次期ミュージカルシリーズ「Pose(原題)」に主演する。全8話のこのドラマは、1980年代のニューヨークのボールカルチャー(Ball Culture:LGBT文化のひとつで、ドラァグクイーンたちのコンテストなどを含む。)を描いている。台本が用意された米国のTVシリーズのなかでは最大人数のトランスジェンダー俳優がレギュラー役で登場し、LGBT俳優も最大人数を起用している、「歴史を作る」プロジェクトと宣伝されている。

    ロスは、ハリウッドの賃金格差に関する会話に加わりたいと思っている。シスジェンダー俳優が、有色人種やトランスジェンダーに対してそれほど包摂的でないと感じているからだ。TVにおける人種の多様性は近年増しているが、有色人種がつかむ役は、白人と比べるとまだ少ない。有色人種のトランスジェンダー俳優となると、この差がさらに広がる。GLAADが算定した17人のトランスジェンダー役は、白人13人、黒人2人、ラテン系とアジア・太平洋諸島系が各1人だった。

    「わたしはTVと映画に出演してきました。ほとんどの役は主役以外ですが、長年にわたってこの仕事に携わることができているのは幸運なことです。けれども業界は、特定の人材、特に有色人種にお金を注ぎたがらないことは誰もがわかるでしょう」とロスは語る。「興味深いことに、全体的に見ると有色人種は、仕事を得る前に自分の能力を証明し、多くの書類や作品の目録、これまでの売り上げ、賞賛の言葉がなければなりません」

    ロスによると、ラバーン・コックスとともに、報酬について話し合い始めたという。「コックスと一緒に少しずつ、ギャラについて話し始めました。(中略)いくつかのことについてコックスに打ち明けました」。だが、トランスジェンダー俳優が報酬について話し合うといっても、その程度だ、とロスは言う。「われわれが皆、ギャラについて率直に話せるような世界ではないのです」。トランスジェンダー俳優に関するデータ不足も、そうした目的の足を引っ張っている。

    「SAGに加入する費用が高すぎるので、トランスジェンダーを自認する俳優は、SAGにはほとんどいません。だから、トランスジェンダー俳優がもらっているギャラに関するデータを入手しようとしても、情報を知るにはほど遠い状態です」とロスは述べる。「けれどもその一方で、わたしは、自分の役割や、白人のトランスジェンダー女性であるトレイス・リセットの役割について考えています。わたしたちは、女性や黒人女性と一緒に、こうした賃金格差に関する会話に参加する必要があります。

    だが、リチャーズとディーロはいずれも、トランスジェンダーの俳優たちは、賃金平等を求めて闘っている有色人種の男女のシスジェンダーと同じように、働く機会を増やさないと賃金アップを要求できないと強調した。

    「焦点は、番組に出演するトランスジェンダーを増やすことにを合わせる必要があります。つまり、トランスジェンダー向きであるもっと多くの良い役を脚本に書き、トランスジェンダー用に書かれていない役を演じる機会も、トランスジェンダー俳優に与えるということです」とリチャーズは言う。

    前途は長いが、リチャーズは相変わらず楽観的だ。リチャーズは、ハリウッドが成し遂げたささやかな前進に言及した。「画面に登場するトランスジェンダー俳優は少ないですが、若い人々がそれを見て、『今はああいう職業に進むことができるのだ』と考えるようになることを期待しています」



    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan