Facebook Messengerが変える未来。人工知能「M」を使ってみた

    Google検索に取って代わる日

    明日の天気が知りたい? レストランを予約したい? Messengerに聞けば、全部お任せできる未来が訪れるかもしれない。友達とのチャット空間に企業の人工知能が介在して、買い物から人生設計まで応じてくれる。ウェブ検索からメッセージングアプリに主役は移るかーー。

    「Messengerは、人々とサービスを新しい方法でつなぐ」。Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは4月12日、開発者向け会議F8で誇らしげに語った。Messengerで、企業などがボットというソフトを作れる仕組みを公開する。顧客と直接チャットできるようになる。

    Messengerは昨年、アメリカで最も成長したアプリだ。本家Facebookを上回った。ユーザーは世界9億人。

    「ここまで成長したので、エコシステムを育て始めている。最初に手をつけるのは、どう(利用者が)ビジネスとコミュニケーションできるようにするかだ」とザッカーバーグCEO。

    どういうことか?

    友人にメッセージを送るのと同じ感覚で、企業にメッセージをして、サービスを頼めるようになる。

    ザッカーバーグCEOが例に出したのが米ニュースのCNN。日々のニュースのダイジェストが送られてくる。「ジカ熱」について尋ねれば、関連情報を送ってくれる。

    花も注文できる。新たなアプリをダウンロードする必要はなく、いちいちクレジットカードの情報を入力する手間もない。

    たしかにFacebookはメッセージングアプリをプラットフォーム化する戦略では、LINEに遅れをとる。だが、Messengerのユーザーは世界9億人。しかも、人工知能が、使い勝手を向上させていく潜在力は計り知れない。

    Messengerのチームを率いるデビッド・マーカス氏はこう話した。

    「(人工知能の)Wit.aiチームは、この技術をもともと社内向けだけに培ってきた。今日、すべての人にオープンにできることを嬉しく思う。これによってみなさんは、高度な会話ができる自己学習するボットをつくることができます」

    SNSの巨人の一手はどんな世界をもたらすのか?

    仮想アシスタントが変える未来

    ボットにはFacebookの「M」という人工知能の技術が生かされている。Mを使ってみた日常を知れば、その未来が垣間見える。企業側にとっては、ビジネスチャンスのありか、も。

    BuzzFeed Newsの記者アレックス・カントロウィッツは昨年10月15日からMを使っている。世界中でアクセスを許されている一握りの人間だ。

    以下は、アレックス記者(僕)とMとの交流の記録だ。

    「面白いGIFを送って」とMに頼んだら、こんなのが来た。踊るアヒル。


    Mとの日常

    ある木曜日。映画「スターウォーズ」の新作の公開日だった。車に同乗していた上司が途方にくれていた。ネットでチケットを探すこと3時間、手に入らない。そこで、僕はMにチケットが欲しいと頼んだ。

    6分後、Mは上司が行きたがっていた映画館の3D上映チケットを4枚探してきた。僕は「買う」ボタンをタップし、Mにチケットを自分と上司にメールで送るように頼んだ。1分後、チケットは受信トレイに入っていた。

    Mは、友達とニューヨークメッツの試合を見に行く旅程を組む。格安航空券を予約し、航空券と試合のチケットが値下がりしたら、知らせてくれた。

    途中でストリーミングが止まった配信サービスからの返金手続きもやってくれた。オンラインで欲しかった品物を最安値で買ってきた。(アマゾンのプライム会員じゃないのに、なぜかプライム経由で配送料無料になった)

    コンサートでは終了間際に、カバンを忘れないようにと4通もメッセージをくれた。会場から近いバーも探してくれた。

    これだけじゃない。

    毎朝7時、アメフトチーム「ニューヨーク・ジェッツ」に関係する記事を選んで届けてくれる。野球チーム、ニューヨーク・メッツのヨエニス・セスペデス選手の健康状態のアップデートも。

    この間は「ツイてないから、なにか楽しいものを送ってよ」と頼んだ。届いたのはこれだった。

    「ついてない日だったって、気の毒に。これが助けになるといいな!」とM。ブルドックの写真だった。


    お絵描きも

    野球チーム、サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ジト投手の引退をお祝いしたいとMに頼んだら、人間には連絡を取れないと言われた。そこで、ジト投手に「引退おめでとう」と書いた絵を描いてと頼んだ。

    Mから「待たせてごめん。バリーの絵だよ」と届いた絵がこれ。

    Mにはできないこともある。「マーク・ザッカーバーグCEOが火山の上で、Facebookの旗を降って、火を吹く翼竜を追い払う絵を描いて」と頼んだら、拒否された。

    その代わりに、僕が火山にいて、Facebookロゴみたいなのが書かれた絵が届いた。

    絵にサインして欲しいと頼んだら、拒まれた。その後、ちょっと譲歩して「M」って書いてくれた。Facebookはまだ試行錯誤しているようだった。

    (同僚に頼まれたので)アダルトビデオをMにお願いしたら、Mは数日間落ちてしまった。Mは技術的な故障だというが、わからない。

    配車アプリ「Uber」でタクシーを呼んでくれなかったし、アメリカで超有名な掲示板「Craigslist」で自転車を売ろうとしたけど、できなかった。でも、それ以外は、ほぼ完璧だった。

    作詞も

    僕はこんなことも頼んでみた。

    僕「歌詞って書ける?」

    M「もちろん。どんな歌?」

    僕「ルームメートのブレンダンに、床掃除してくれてありがとうってやつ。短くていい。意味不明でも。長くて10行」

    M「いいよ」

    M「はいこれ」

    「ぼくがドアを開けるとすぐに
    君が床を掃除してくれたんだって気づく
    こんないい友達を持てるなんて
    どうやってお返ししたらいいんだろう
    ブレンダン、君こそがルームメート
    ブレンダン、床が輝いている
    ブレンダン、最高だ!」


    課題も

    Mの背後には、人工知能と人間の「訓練士」がいる。Messengerチームを率いるマーカス氏はBuzzFeed Newsの取材に「人工知能が返信を自動生成する。訓練士はその答えにOKを出すか、複数ある答えから一つを選ぶか、全く違う答えを書くか、全く別の答えを出すかする」と話す。

    Mとの会話は、相手が機械なのか人間なのか、判別するのが難しいこともあった。絵などはもちろん人間が描いたのだろう。朝7時に届くアメフトチームのジェッツの記事は人工知能が選んだのだろう。

    利用者が増えたとき、どこまで人工知能に任せ、どこまで人間が介在するか。バランスをとるのは難しい。

    人工知能がミスを犯した場合の対応も必要だ。例えば、Mはバージニア州のリッチモンドとカリフォルニア州のリッチモンドを混同した。

    Facebookが扱う個人情報も格段に増える。すでに、ユーザーの誕生日や友達リストを把握しているが、起床時間、好みの映画、応援する野球チームから恋愛観までわかってしまう。クレジットカードの情報、自宅やオフィスの住所も伝わる。

    Eコマースのハブに?

    いまやネットでの買い物は当たり前。ボタンひとつでタクシーも迎えに来る。部屋も借りられる。アマゾンで何でもそろう。だがMがもたらすのは、さらに進んだ未来だ。

    人々が買い物をするとき、Messengerを開くようになったらどうか。パソコンでは検索を独占するGoogleだが、スマホでは存在感が薄らぐ。

    アレックス記者は、Mに導かれて最初の1カ月で8万円近く(709ドル)を使った。Mは一度使うと、それがない世界に戻るのはつらかったという。Eコマースを手がける会社のビジネスチャンスは計り知れない。

    一部の小売店や航空会社KLMはすでにFacebookと協力している。Messengerでレシートが送られてきて、配送状況も吹き出しに表示される。飛行機の搭乗手続きもMessengerでできるようになるかもしれない。

    仮想アシスタントのベンチャー企業 GoButlerのナビド・ハザッドCEOはBuzzFeed Newsにこう話す。

    「いろいろな需要を集約できれば、収益化において有利な立場にいられる。それは、レストランや航空券の予約、食事の注文かもしれない」

    同社はすでに航空券や宿泊の予約といった取引で手数料収入を得ている。

    ドミナント戦略

    パソコンからスマートフォンへーー。その流れは止まらない。スマホの主役はアプリで、ブラウザーではない。Messengerはアプリで圧倒的な地位を築こうとする。

    「デスクトップでGoogleがしてくれることは、モバイルでデジタルアシスタントがするようになる」とハザッドCEOは話す。「これがモバイル機器の未来だ」

    ハザッドCEOが正しいとすると、一時代を築いた検索エンジンから、仮想アシスタントへ流れが加速するかもしれない。Facebookが抱えるユーザー数を考えると、ビジネスチャンスは計り知れない。(ただ、Googleも人工知能の会社DeepMindを買収。これが世界最強」囲碁棋士を破ったのは記憶に新しい)

    Mはどうなる?

    4月12日の開発者向け会議F8で、FacebookはMをどうするかについて言及しなかった。

    そこでアレックス記者はMに聞いてみた。

    僕「Facebookがきみを消して、新しいボットたちに取って代わられるのは怖い?」

    M「どう答えたらいいかわからないけど、何か助けが必要?」

    僕「きみがいなくなったら、さみしいよ」

    Mはハートマークと共にこう答えた。「必要なときは、いつもここにいるから」