トランプ氏とカナダのトルドー首相の選挙戦の共通点

    彼らはロックスターで救済者だった

    カナダ首相のジャスティン・トルドーは希望を旗印に、努力で選挙戦を勝ち抜いた。ドナルド・トランプは、怒りと誇大妄想、そして、この世の終わりを警告する言葉を発し、選挙戦を制した。

    今年、ドナルド・トランプの選挙戦を取材していく中で、私は2015年のある3カ月間のことを考え続けていた。それはカナダでの選挙戦のことだ。その時の選挙で43歳のトルドーの政権が誕生したわけだが、彼の対抗馬はトルドーの実績や家柄、ルックスが良いことまでもをばかにした。

    トルドーはかつて、ふざけた行動誇張した発言、度重なる失言などでよく知られていた。左派の新民主党の党首トム・マルケアが以前、ジャスティン・トルドーの勉強がよくできる弟が政界に進出するのは心配だが、あの軽い兄のほうなら心配ないと言って、支持者をなだめるのを耳にしたことがあるほどだ。。

    カナダの2015年の選挙で、トルドーは変わった。彼は髪を切り、スピーチの仕方を学んだ。多くの人々を惹きつけたトルドーの存在は、ライバルを小さく見せた。そして多くの人々がトルドーを支持し、驚くほど純粋で情熱的な愛情を彼に対して抱いた。

    トルドーの選挙戦は、今でもはっきりと説明するのが難しい気がする。だが、トランプの集会と似たような雰囲気を感じたと、私は断言できる。

    トルドーは元首相の、芸術を愛する演劇教師の息子で、髪型がいつも決まっていることで知られていた。トランプは、クイズ番組の司会者で、変わった髪型で知られていた。

    だが、集会での彼らは単なる政治家ではなかった。彼らはロックスターだった。彼らは救済者だった。トランプとトルドーは、人々の心の中に眠っている不満に訴えかけた。トランプにとってそれは、ワシントンのエリート集団への不満であり、白人以外の非キリスト教のアメリカ人に対する不満であった。一方、トルドーにとっては、それは人気のない保守党政府に対する不満であった。

    トランプ支持者が抱えているネガティブなモチベーションのほうに注意を払いすぎてしまうと、重要なことを見落としてしまう。彼らの中には強い希望を持っている人たちがいるのだ。彼らの中には、アメリカの将来は危うく、トランプは自国を救う救世主であると、本当に信じている人たちがいるのだ。

    先月、私はウィルクスバリ(ペンシルバニア州)のホテル・バーに座っていた。そこで、一人の黒人男性が、人種の異なるカップルがトランプについて語るのを見ていた。この黒人男性は、トランプのことを「怒った白人有権者の擁護者」だと言っていた。「彼は勝利するだろう。私は、彼のことをよく知っている」と、その男はうっとりしたようなトーンで言った。

    「彼のほうが良い。彼が勝たないと、この国はダメになってしまう」。そのカップルの、アジア系アメリカ人の夫は応えた。

    私はその時、小学生くらいの男の子がトルドーの遊説先で彼と握手した後、泣きそうな顔で両親に向かって「決して手を洗わない」と語るのを見た時に感じたことと同じことを感じた。

    それは、「一体全体、何が起こっているんだ?」というものだった。

    私は、アメリカの政治とは、カナダの政治を激しく表現したものであると感じることがある。アメリカの政治に見られる狂気を半分くらい差し引いてみてほしい。カナダ人も、アメリカ人が今回の選挙前に感じていた恐怖と、静かに向き合っていたのだと思う。保守党のスティーヴン・ハーパー首相がもう一期首相を務めたなら、カナダは再起不能になると、革新派は本当に思っていた。

    トランプに投票するのも、トルドーに投票するのも、どちらも気分がよくなかった。そして、それは独善的であると感じられた。

    トルドーの選挙戦の終え方は、最後の道のりをどうやって進むべきかを示す、トランプ勝利の青写真にも見えた。カナダの首相選挙では、右派と左派双方の、どちらに投票するか決めていない有権者たちが徐々にトルドーの方に集まってきた。

    アメリカ大統領選でも、どちらに投票するか決めていない驚異的な数の有権者が、雪崩を打ってトランプ支持に変わった。

    もちろん、この2人には無数の違いがある。打ち出していたトーン、戦略、組織、それに、物事の根本的な見方も違うと言えるだろう。だとしても、彼らの勝利には類似した点があったように見える。

    トルドーが首相の役割をこなせるのかは未知数だと思われていたが、カナダの有権者は彼に賭けてみようと考えた。多くのトランプ支持者は、彼が実際に公約を果たすことができるかどうか懐疑的だ、と私に話した。それでも、トランプにかけてみる価値はあると、彼らは考えたのだ。無計画な有権者たちはムーブメントに参加したがり、政治のプロよりも門外漢のセレブのほうがましだと考えた。

    現状維持を売りものにするのは難しい、ということなのかもしれない。そもそも、歴史の変革に参加したくない人など、いるのだろうか?