【モスル奪還作戦】「メディアは武器」イラク軍、各国の従軍取材手配

    最前線からのレポート

    10月17日早朝、満を持して開始された、IS(イスラム国)からイラク第2の都市・モスルを奪還するための攻撃。11月1日、イラク軍はモスルの南東部に到達した

    この戦いの正式な開始時期をめぐっては、1年以上前から憶測が飛び交っていた。政治指導者たちは数カ月にわたり、迫りくる戦闘の主導権を握ろうと動いていた。作戦が始まった約2週間前、モスルをISが手中に収めてから2年以上が経ったいま、進軍する兵士たちは、モスル奪還に貢献したくてたまらない様子だった。

    「良い気分だ。これで片がつくことを期待している」。33歳のハズム・カレドは、戦闘に向けて軍用車「ハンヴィー(高機動多用途装輪車両)」の準備をしながらそう語った。

    モスルの東にあるハジルの前線をクルド人部隊が進軍するのとは別に、イラク軍も、モスルの南から攻撃に乗り出した。10月17日未明から朝にかけ、空爆の音が鳴り響いた。さらに、モスル包囲に向けた組織的な作戦の一環として、モスル周辺のIS拠点への攻撃も1週間にわたって実施されると見られている。イラク政府によれば、イラク軍の兵士4万5000人がこの攻撃に参加するという。

    推定100万人が暮らすモスルは、ISが支配する最重要都市だ。ISがその悪名を全世界にとどろかせたのは、2014年6月のモスル掌握がきっかけだった。当時ISは、イラク軍を叩きのめし、米国の提供した武器を奪い、カリフ制国家の樹立を宣言した。

    ISにとってモスルの重要性は高い。奪還作戦に参加する兵士たちのなかには、厳しい戦いになると覚悟している。「(ISは)従来の軍隊ではない。結果は予想できない」。イラク軍のエリート特殊部隊に所属するベテラン将校は、イラク北部の基地でそう語った。「彼らが目論んでいるのは、作戦の早い段階で我々を痛めつけ、戦意を喪失させることだ」

    昨年ISから逃亡し、現在はトルコ南部にいる元IS指揮官に電話で取材した。彼も、ISがモスルを死守しようと必死で戦うだろう、と予想していた。「モスルはISにとって、人材と精神的価値の貯蔵庫であり、シリアとイラクを結ぶ戦略的拠点でもある。モスルはISの頼みの綱なのだ」。元指揮官はそう語った。「戦闘員たちにとってモスルは、心情的にきわめて重要な意味を持っている。彼らは猛然と戦うだろう」

    救援活動に携わる者たちは、新たな避難民の殺到に備えている。今回の戦闘により、すでに危機的なイラクの人道的状況がさらに悪化し、多くの住民が逃れてくると予想されるためだ。前線付近にいる医師たちは、死傷者が出ることを予想し、ハジル近くに当座の応急医療センターを設けている。

    クルド人部隊は、長い車列を組んでハジルの前線を進軍し、北部にあるIS支配下の村を目指していたが、17日朝、迫撃砲の攻撃にさらされた。クルド人部隊が主要な進軍目標とするバルテラでは、煙が空へと立ちのぼっていた。米軍主導の空爆の視界を遮るために、ISがタイヤの山を燃やしていたのだ。マシンガンの音が散発的に響くのは、ISがクルド人部隊の前進を食い止めようとしていたためだ。

    だが、それらは所詮、退却する反政府武装集団の戦術だ。前線のあるこの地域は、つい一晩前まではISの支配下にあった。この前線にクルド人部隊が投入した兵員は、小さな村々に潜伏するIS戦闘員を圧倒する途方もない数だった。何十台もの車両が連なり、曲がりくねった道を進んでいく。武装したハンヴィー、マシンガンを据えたトラック、兵士を満載したバス。ハジルに展開するクルド人部隊の将校、サイード・オマル大佐は、このあたりのほぼ見捨てられた村々にいるIS戦闘員を火力で制圧したいと考えている。「我々の目標は、こちらの人的損害を最小限に抑えることだ」とオマル大佐は言う。「村を包囲し、ISが中にいれば砲撃するつもりだ」

    今回の組織的な攻撃は、米国が2年以上にわたって積み重ねてきた努力の成果だ。その中心には2つの目標があった。まずは、空爆でISを弱体化させること。第二は、それと同時に、訓練と武器、アドバイザー、そして前線周辺での米軍による支援を通じて、イラク地元部隊の力で領土を奪い返せるようにすることだ。モスル奪還作戦では、ペシュメルガからイラク軍、スンニ派部族の戦闘員、イランの支援するシーア派の民兵まで、非常に多様な勢力が戦闘に加わる必要がある。

    作戦初期には、ペシュメルガの支配地域にイラク軍が流れこむ光景が見られた。こうしたの協力態勢は、米国の軍事プランナーの戦略的成功といえる。だが、多種多様な各勢力はいまだに、互いに深い猜疑心を抱いている。今回の攻撃でイラク軍と密に連携しているペシュメルガのある上級将校は、匿名を条件に取材に応じ、「いまのところ、イラク人との協力関係は良好だ」と語った。「だが、長くは続かないだろう」

    モスル掌握で突如として全世界に存在感を示したIS。果てしなくエスカレートする破壊と残虐行為で、その名をメディアを通じて知られるようになった。対ISで一致する各勢力は、今回の作戦をまとめあげる一方で、世間の注目への対応も急ピッチで進めていた。イラクのクルド自治政府は、前線取材を管理するための特別な事務局を設けた。自治政府の関係者によれば、戦闘の初期段階に、ペシュメルガだけでも、50件を超える国際チームの従軍取材を手配したという。

    ペシュメルガとイラク軍のメディア担当者によると、両者は米国の後押しを受け、今回の攻撃に関する特別な合同メディア組織を立ち上げたという。イラク軍合同作戦司令部の報道官を務めるヤーヤ・ラスールは「メディアは武器だ」と語った。

    記事執筆にあたっては、トルコのムンゼル・アル・アワド(Munzer al-Awad)が協力した。