米国を二分する政況、アイオワ州親子の場合

    米ドナルド・トランプ大統領就任1周年の前日、ベトナム戦争以来最もこの国を分断した政況の中で、10代の少女たちとその父親たちは対立していた。ある親子は、この戦いをどのようにくぐり抜けているのだろうか。

    2人が注文したピザは、「チーズ」と「ミート・ラバー」が半分ずつ乗ったハーフ&ハーフだ。このピザが象徴しているのは、ピザを注文した2人。アイオワ州ウォータールー在住のリリー・ミラー、17歳と、父親のマイク、49歳だ。

    リリーはベジタリアン。父親は大の肉好きだ。リリーが第45代米国大統領に望んだのは、バーニー・サンダース上院議員だった。父親は、ドナルド・トランプ氏に投票した。2人は全く意見が合わないのだ。例えそれがたった1枚のピザであっても、政界でのリリーの未来であっても。

    「健闘を祈るよ」。いつか出馬したいというリリーの計画について私が尋ねた時、マイクが口にした言葉だ。「娘が私に同意するか否かは別にして、私と過ごした時間は、娘の一部となっていく。将来的に娘が下す決断に影響することになる」

    マイクは、黒人の権利運動ブラック・ライブス・マター(BLM)の抗議活動家は国を分断させるテロリストだと考えている。リリーは、BLMの活動を心から応援している。マイクは、ヒラリー・クリントン氏が投獄されるべきだと考えている。リリーは、サンダース上院議員が民主党予備選で敗れた後、クリントン陣営の選挙活動にボランティアとして参加した。銃規制、移民、教育改革、そしてトランプ氏が提案する国境の壁について、2人は意見が合わず議論になる。

    そして今、意見が合わずに真ん中で分けられたピザを、昼食として食べている。場所は、土曜の午後には1デシベルほど大きすぎる音量で80年代ヒット曲を流している、健全なスポーツ・バー兼レストランだ。通りの向こうにはウェスト・ハイスクールがあり、リリーはそこの2年生だ。マイクも同じ高校を30年前に卒業した。マイクは、アイオワ州の州都デモイスから北東に2時間ほど行ったウォータールー・シダー・フォールズの地域で生まれ育った。リリーも同様だ。リリーは、想像に難しくないことだが、この街に退屈していた。自分の政治的野心と、そしてカレージセールで大量に集めたビンテージもののジュエリーを胸に、どこか沿岸都市にある大学に進学したいと思っている。父親のマイクは、南部の学校に進学してほしいと考えている。


    これだけの違いがある二人だが、「自宅で政治の話は避ける」ことに関しては共に努力している。マイクは、農業機械メーカー「ジョンディア」のウォータールー工場で12時間のシフト勤務で働いており、互いに顔を合わせるのは1日せいぜい2時間ほど。この時間を言い合って過ごすのは、もったいないと互いに思っているのだ。それでも、意見の相違が2人の関係を形作るようになった。それは数年前、いつか政治の世界に入りたいと父親に告げ、お前には絶対投票しないと言われた時、リリーははっきりと悟った。

    これは、2016年の大統領選以降、10代の子と中年期の親という無数の親子が陥っている醜い現実だ。ほとんどの米国人にとって、これほどまでに国が真っ二つに——特に世代の違いで——分断されてしまったと感じたことは、人生で経験がなかった。分断は、家族も例外ではない。トランプ氏が就任してからの1年間、全米の親類たちは、大統領を支持するのか否かについて、なぜそうなのか、道徳的にそれはどうなのかと、互いを問いただしてきた。

    しかし反対する親類が自分の父親となれば、10代の少女たちにとってこの国の二大政党主義は、ずっと大きなものに感じられる。多感な年ごろの子たちはすでに、相当な負の感情を父親に抱いているものだ。トランプ氏は、セクハラや暴力の疑惑が持たれていたにもかからず、そして公的な場で娘のイバンカさんを含む女性の体について、性的な発言や批判的な発言を数々したにもかかわらず、大統領に選出された。トランプ氏は、自身が運営していたミスコンで、10代の女の子たちが着替えている更衣室に入って行ったことでも非難された。

    リリーのように若く進歩的な女性たちは、この1年間、自分たちがミソジニー(女性嫌悪)主義者だと考える人物が最も高い公職に就き、自分の父親がそれを手助けした、そんな世界に適応しなければならなかった。マイクのような父親たちは、選挙の夜に泣き崩れた自分の娘たちが、どういうわけか突然、社会主義や社会正義、そしてスノーフレーク*に共感するようになった世界に適応しなければならなかった。(*訳注:保守派がリベラルな人たちを侮辱的に呼ぶ表現で、自分たちと意見が異なる人に対して怒りやすい主に若い世代を指す)

    誰にとっても、たやすい1年ではなかったのだ。

    リリーはこの話を、こんな風に語る。両親は10年以上前に離婚。リリーと14歳の妹の親権は、両親が共同で持っていた。そして今から2〜3年前、妹と2人で父親の元で暮らすことになった。

    その後間もなくして、リリーは政治の世界に進みたいと父親に話した。学校では、学生や女子のリーダーシップ組織や民主党員クラブ、そして同性愛者を支援する学生らによる組織「ゲイ・ストレート・アライアンス」にすでに入っていた。リリーが政治に興味を持ったのは、父親にとって驚きではなかった。しかしいずれにしても、父親は笑ってしまった。なぜ笑うのかとリリーが尋ねると、父親はこう答えた。「血縁が政界に入ったのに自分がその人に投票しない日が来るなんて、全く思わなかった」。リリーがもっときちんと説明するよう求めると、父親はこう加えた。「私たちの意見が同じになることなんかないじゃないか。それでなぜお父さんがお前に投票すると思う?」

    リリーは、顔をぴしゃりと平手打ちされたような気がしたと言う。マイクは、リリーが将来、選挙運動をする時は支援するし、そのために寄付だってするだろうとは伝えたのだが、最終的には、素直な思いを娘に話したのだ。もし市長や市議会への立候補なら投票するかもしれない、とリリーに言った。政治というより、地方自治の役割だからだ。しかし州知事や大統領のようなものなら、論外だ。

    「そんなことを聞いても、どうしていいか分かりませんでした。ただそこに座っているしかなかった」とリリーは当時を振り返る。「そのあとしばらくは、父と話さなかったと思います」。マイクは、自分の言ったことの何がそんなにリリーの気分を害したのか、見当もつかなかった。

    「そのあと、ある意味、負け戦だったと気づきました」とリリーは言う。父親の気持ちを変えようと「頑張るべきではなかったんです。だってもし自分の娘にさえ投票しないなら、父の意見を変えるなんて他のどんなことに対してだって無理だから

    2016年の選挙シーズンが始まると、リリーはなんとかこれを念頭に置いて過ごした。党員集会や大統領選の時期にアイオワ州で暮らすということは、国内の他の場所では理解できないような量の電話や郵便物、コマーシャルが浴びせられ、さらには尋常でない数の訪問者が家に押し寄せるということだ。リリーはすぐに、サンダース氏に候補者としての魅力を感じた(マイクはサンダース氏が大嫌いだった)。マイクはトランプ氏にすぐに引かれたわけではなかったが、民主党の候補者がヒラリー氏だとはっきりしたころには、完全にトランプ氏支持になっていた。マイクは政治など不正ばかりだと考えているが、トランプ氏の政治経験なしという事実に、興味をそそられたのだ(トランプ氏の経験不足はリリーにしてみれば恐怖でしかなかった)。

    「ある意味、トランプ氏ができるのか見たかった」とマイクは言う。「見れば見るほど、聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、まさに私たちに必要な人物だった。キャリア政治家じゃない誰か。もしかしたら、珍しく若干の常識を持っているかもしれないから」

    マイクは、トランプ氏が異端的で頭が切れ、一代で財を成した人物だと考えている。クリントン氏のことは嫌いだが、女性が候補者であることには何の異論もない、とリリーには伝えている。とは言っても、女性が大統領になったら、生理中に性急な決断を下すのではないか、と一度ジョークを飛ばしてしまったが。マイクはただ、政治家全体にとんでもないほどの強い不信感を抱いているのだ。ロビー活動を行う人を全員、ワシントンD.C.のナショナル・モールに引きずって行きムチ打ちすべきだとか、自分が育った70年代や80年代と比べて人種的にも政治的にもずっと分断されてしまったこの国が、「元に通り一つに戻る」のを見たいなどとも思っている。

    「『自分たちは抑圧されている』と言って、人種を切り札として使いたがる人がとにかく多すぎる」とマイクは話す。「それに、民主党側が私たちを馬鹿扱いしてまくし立てるのにほとほと嫌気がさしているんです。私たちが物事を知らないなんて言ったり、宗教や銃や古い価値観を理由に、私たちには投票させるべきじゃないなんて言ったりするんです」

    確かに、ここ数十年、政治について意見が合わないという親子は多い。マイクが高校生の時に放送していたテレビ番組「ファミリータイズ」は、まさにこれを前提にした話だった。しかし2015年に行われた調査によると、「親の支持政党を誤解している、または拒絶している」子供の数は、これまで考えられていたよりずっと多く、全米の子供の半数以上に達すると示唆された。トランプ氏が当選した時、支持者は49歳以上の男性が多く、約56%対約38%でトランプ氏、一方で35歳以下の女性の支持者では69%対25%でクリントン氏だった。選挙は、民主党と共和党の間で分極化(そして軋轢)が記録的となったに行われた。選挙の数週間後に実施されたスタンフォード大学の調査によると、政治的に分断された家族は、感謝祭の集まりを前年より20分短い30分で切り上げたという。10月の世論調査では、米国人10人中7人が、2017年はベトナム戦争の時と同じくらい、国が政治的に二分してしまったと感じると回答した。


    また、米国の家庭がトランプ氏の勝利のため混乱に陥ったことを示唆する事例証拠もある。英紙ガーディアンの記者が、選挙後に「なぜ私を裏切ったの?」というタイトルで、トランプ氏に投票した自分の父親との一問一答を同紙に掲載した。米女性向けサイト「バッスル」は、18〜37歳の女性が、トランプ支持者である自分の父親宛てに書いた21のメッセージを掲載した。こちらも、裏切り、混乱、軽蔑というガーディアンの記者と似た感情を表現したものだ。

    「いつか、お父さんの決断を理解できる時がくるといいなとは思う。でも今はお父さん、あなたがなぜあんなに公然と女性つまりはあなたの娘たちを憎んでいる人物に投票したのか、理解できません」と、19歳の女性は書いた。

    それでも、これは1年以上も前、選挙からの傷がもっと生々しいころだ。リリーとマイクからうかがえるのは、多くの家族にとって、トランプ政権1期目が始まってから1年が経ったのに、傷はふさがっていないということだ。トランプ時代に成人する若い女性たちにとって、これはどんな意味を持つのだろうか? もし傷が2度とふさがらなかったら、どうなるのだろうか?

    2017年後半、私はこうした疑問に答えを見つけようと、選挙後に親との関係に亀裂が入ってしまったという10代の女性をインタビューして国中を回った。リリーの前にはアビーがいた。アビーは2017年秋、ボストンの大学へ進学するために、ニューヨーク州にある、保守的で小さな農業の町を後にした。食卓を挟んで言い争いながら2016年を過ごした、カトリック信者の伝統的な父親の元を離れたのだ。進学前、アビーによると、「何か前向きな話」でない限り、家での政治の話は父親に禁止されてしまった。父親が人種差別的なジョークを言っても、アビーは何も言えなかった。ロチェスターのアイススケートリンクでバーニー・サンダース氏の集会があった時は、学校を休んで出席するために、父親に懇願しなければならなかった。ボストンへ引っ越す前の月、自分の家なのに率直な話ができないと感じた。あらゆる議論に完敗し、彼女の意見は親子の力関係によって根こそぎ打ち消されてしまったのだ。ボストンの大学で、アビーは再び自分の意見を見出せるようになった。父親との間にできた距離が、親子関係を救ったのかもしれない。

    マイクとリリーは、典型的な米国の父親と娘というわけではない。そんなものは存在しない。しかし連休中にアイオワ州北東部で2人に会った時、その関係は国全体の状態をはっきりと映し出しているように思われた。10代の娘とその父親が派手に繰り広げる意見の相違は、政治的な相違により余計大きくなっていた。しかし2人はまた、争いにならないよう必死に抑えようともしていた。お互いの信念がぐちゃぐちゃにぶつかり合う中でいくらか正常なところを見つけ、親子関係を保とうとしていたのだ。そして何よりもお互いに、自分のイデオロギーの敵との共同生活が、少しでも楽になるようにしたかった。お互いから離れられずにいた2人は、なんとかうまくやっていこうと必死だったのだ。

    リリーは、政治に夢中になっていた。マイクはそれほどでもなかった。リリーはまるで、骨を目の前にした犬のように一心不乱だった。そしてマイクはただ、リリーの目の前で骨をチラつかせていた。しかしリリーを掻き立てたのは、トランプ氏の勝利だけではなかった。クリントン氏の敗北によっても、リリーは掻き立てられたのだ。リリーが目にしたのは、屈辱的な負け方をした女性の姿ではなかった。かつてないほどに大統領の座に近づいた女性の姿だったのだ。リリーは動揺していたが、同時に、刺激を受けてもいた。

    リリーは、ウォータールーの隣町シダー・フォールズのカフェで会いたいと言う。カフェは極彩色を使ったいかれた感じの場所で、地元の芸術やらビーガン向けのペストリーやらに溢れており、リリーの父親が翌日行こうと提案したウォータールーにある極めて米国的なピザ店とは別世界だ。私はリリーとクロワッサンをシェアした。リリーは、ピルズベリーというメーカーの缶詰に入ったものではないクロワッサンを食べるのは初めてだと言う。自分は習慣から抜け出せない人間なのだと説明する。

    リリーは、父親の元に引っ越す前、かつてシダー・フォールズに住んでいたと言う。ウォータールーとシダー・フォールズは事実上ライバルだ。シダー・フォールズはウォータールーに比べて富裕層と白人が多い。ウォータールーの方が大きいが、その人口は少数派民族が多く、黒人住民の割合は15.6%とアイオワ州最大だ。1990年代半ばには、ボスニア紛争から逃れてきた3000人以上のボスニア難民がウォータールーに定住した。リリーがシダー・フォールズからウォータールーに引っ越した時ハイスクールを転校したのだが、新しい学校では廊下で当たり前のようにボスニア語が聞こえてくる。シダー・フォールズ・ハイスクールでは「英語と田舎の言葉」しか聞いたことがなかった、とリリーは話す。

    リリーは、政治に目覚めたのは6年生の時だと言う。Facebookのプロフィール写真を同性愛者の権利を支援するものに変えた時だった。マイクの妹であるリリーの叔母がレズビアンで、この年の2013年に、連邦最高裁が結婚の利点を同性婚に認めない連邦法を違法として覆したのだ。リリーがプロフィール写真を変えた翌日、学校へ行くとクラスメートから奇妙な視線を向けられたのを覚えている。そのクラスメートから同性愛者だとからかわれ、レズなのかと聞かれた。

    「混乱しました。同性愛者をサポートすると自分も同性愛者になるの? たしかどこかの時点でそのことをググったように思います」とリリーは言う。「ある意味、このせいでためらいました。人にからかわれる価値はあるんだろうか? 廊下で殴られたりしたわけじゃないけど、私はいつも目立たないよう行動していたので、注目を集めてしまって少し居心地が悪かった」

    プロフィール写真を戻すことも考えたが、「負けを認めない」ことに決めた、とリリーは言う。代わりに、政治や社会問題への関心が増した。これまでよりも注意深くニュースを見るようになった。世界で何が起こっているのかを知らないような子供ではいたくないと思った。今リリーが分かるのは、政治への関心は単に頑固な性格が原因だということだ。どんな話題であれ、大きなニュースについて自分の考えをはっきりと言葉にできないなんて、考えただけで耐えられない。この点において、リリーは自分と父親がいくらか似ていると感じている。2人とも頑固で、無知が嫌いで、議論に勝ちたいと思ってしまうのだ。


    リリーの髪型は自宅で切ったようなショートヘアで、落ち着いた大人っぽい印象のリリーにはそぐわない。女性が中絶する権利を支持するスローガン「Trust Women」(女性を信頼せよ)が書かれた、「プライド」のパレードでもらったピンバッチをピーコートに付け、コーヒーを飲んでも落ちないダークカラーの口紅をしている。昨年6月、ヘアカラーに失敗した。髪を全部切ってしまおうかな、と祖母に話したところ、男の子にモテなくなるよ、と言われてしまった。その夜、リリーは髪を剃って坊主頭にした。

    「このころ、あまりにも多くの人にからかわれたり、あれはダメ、これはすべきじゃない、と言われたりしてた」とリリーは言う。「そうやって言われるたびに余計したくなる。火に油を注がれるんです」

    リリーは家族で唯一のリベラル主義というわけではない。リリーが「救い」と呼び、マイクが「ヒッピー気取り」と呼ぶ、マイクの母親もそうだ。無党派として登録しているマイクは、同性婚や自分の妹のことは支持するものの、自分の体にはリベラルの血は流れていないと話す。しかしマイクが属する労働組合は、民主党への投票を推奨している。マイクはビル・クリントン元大統領やオバマ前大統領にも投じた。ただしオバマ氏へは、2008年の1度だけだ。昼食を食べながらマイクがこうしたことを説明してくれた際、年を間違え、2008年の大統領選ではロムニー氏に、2012年にオバマ氏に投じたと言った。リリーは揚げ足を取ってマイクをからかう。

    「どうでもいいよ」とマイクも言い返す。「いつ誰になぜ投票したかなんて、日記に書き留めてなんていない。そもそも日記など持っていないし。誰が当選しても俺たちはひどい目に遭わされるんだから、どうでもいい」

    「楽しいトレーニングになるかも」とリリーは笑顔で言う。

    「違うよ、楽しいトレーニングと言えばスクワットだ」

    これが、ミラー家の掛け合いだ。スピーディでウィットに富んでいて、辛辣な皮肉。最後の点に関しては、リリーにはまだ受け継がれていないが。

    今年に入ってから、リリーは米国市民になるのがいかに複雑かを伝えるYouTubeのビデオを見た。そして、政治家になる方法として、学校で移民法を学ぶのはいいかもしれない、と思った。進学適性予備試験(PSAT)の成績は良かったので、カリフォルニア大学バークレー校とニューヨーク・シティにあるバーナード・カレッジへの出願を考えている。テストの成績と家族歴を元に、奨学金をもらえるのではないかと期待している。

    リリーの両親はどちらも大学に行かなかった。マイクは有資格の溶接工だ。ウォータールー・シダー・フォールズから何年も前に出て行って、沿岸部の造船所で仕事を得て6桁を稼ぐこともできただろう、とマイクは言う。しかしリリーと、そして他の4人の子供たち(うち3人は前妻との子)の父親でいるためにここに残った。マイクは最近、リリーにヴァンダービルト大学を見てみるよう勧めている。マイクのルーツはサウスカロライナ州にあり、そこではマイクの先祖が南北戦争を戦ったこともあって、南部を気に入っているからだ。リリーは、米国を南北に分ける境界線と言われているメイソン=ディクソン線よりも南部には行きたくはない。

    リリーとミラーの間には、話していいことと話してはいけないことの暗黙の了解がある。その了解が破られたとき、「悲惨な状態になり得る」とリリーは言う。

    2人が政治に関してした最大の言い合いは移民についてで、一度と言うより一連の言い合いだった。リリーは、もっとお金がかからず簡単に移民できるよう法律を変えるべきだと思うと父親に言った。「で、お父さんがめちゃくちゃ怒った」とリリーは当時を振り返る。マイクはリリーに、不法移民が雇用市場をだめにしていると言った。移民の一部は「レイプ犯」で、国に「犯罪を持ち込んでいる」とトランプ氏の主張を繰り返した。リリーは取り乱さないようにしようと思った。父親に向かって声を荒らげたら、大抵は嫌な思いをして終わる。しかし頭に血が上り、イライラしてきた。リリーはそれより前に、ソーシャル・ネットワーク・サービスのTumblr(タンブラー)でラテンアメリカ系の男性と友達になり、不法移民の親類がいる話を聞いていた。しかしリリーは最終的に、自分への投票を拒否した父親の頑固さを思い出し、諦めた。

    「父はただただ怒り続けます。とにかく感情が豊かな人です」とリリーは言う。

    マイクは自分の議論に関するリリーの説明に反論する。「そもそも議論は起こらないようにするのが、私が何年もかけて学んだこと。何度も何度も同じことを怒鳴り合う代わりに、まっすぐ正面から見て意思を伝えようとしている。でも娘はそうじゃないんだ」とマイクは首でリリーの方を指し示す。「娘は感情的になって、どこかへ行ってしまうんだ」

    しかしリリーは、父親が娘を分かっていないと感じている。リリーが議論から立ち去るのは、小さいことを気にしがちな上に物事から逃げようとする性格だからだと父親は思っているようだが、本当は、父親との関係を穏便に保ちたいからだとリリーは説明する。学校やFacebookの投稿などオンラインでなら何の問題もなく議論できる。自分の意見を堂々と述べるというちょっとした評判ができてしまったくらいだ。


    しかしそれが父親相手だとできないのだ。あまりにも近すぎて、リスクが多すぎる。どれだけ意見がぶつかっても、ムカつくクラスメートやFacebookの友達を切り捨てるように、父親を人生から追い出すことなどできないと、リリーは分かっている。そのため、時に無力感を抱いてしまう。

    リベラルな友達はみんな、リベラルな家庭で育ってきた。だから分かってもらえない」とリリーは言う。「父親とは議論できない。それが、嫌なことの1つでもあると思う。父親だから、『ちょっと聞きなさいよ』とは言えないから」

    この親子関係が今後どうなっていくか、リリーには分からない。父親のことは大好きだし、父親も自分を大切に思ってくれている。なので、意見の違いが2人を永遠に分断し続けるとは思えない。「でも『絶対』なんてない」とリリーは言う。トランプ政権はあと3年続くのだから、新たな意見の相違が浮上しかねない。大学に進学した後にも、誕生カードや休暇での帰省、そして恐らく月数回の電話でのやり取りがあるだろう。マイクはリリーを自立するよう育ててきたし、実際リリーは自立した女性になるだろう。しかし恐らく、2人の間の距離が、お互いの政治に対して頑なになった意見をもっと愛あるものに変えてくれるだろう。

    リリーとマイクは気づいていないかもしれないが、2人は非常に大きな信念について同じ意見を持っている。2人とも、リリーの世代に対して強烈に批判的なのだ。リリーは、同じ世代の一部がトランプ氏になぜそこまで無関心でいられるのか、まるで自分たちの生活に政治からの影響が全くないかのように振る舞えるのか、少しも理解できないのだ。

    「みんな、『だって、私は中産階級の白人だもん。私の立場はかなり安全。土台はそれほど変わらないのに、なんで気にする必要があるの?』って感じ」だとリリーは話した。「これって私にしたら本当に不思議。自分勝手というのはとても強い言葉だけど、でも自分には関係ないなんて、どれだけ自分のことしか頭にないんだろう?」

    マイクは、リリーの世代は甘えていてか弱いと考えている。「率直に言って、これほど多くの女々しい子たちを見たことがない。大統領選の後、自分の候補者が負けたと言って、大学生が膝を抱えて泣きじゃくっているんだ。 え? 本気かい? って思った」。こうした子たちの労働倫理の欠如や、自分のことしか頭にないこと、そして政治的妥当性にこだわることついて、マイクはこき下ろす。気分を害されるのは人生の一部だ、とマイクは言う。「泣き言を言っているんじゃないよ、まったく」

    そして、本人が気付いているか否かにかかわらず、これが、リリーが父親から学んだことだ。お前には投票しないとマイクに言われても、リリーは泣き言なんて言わない。クリントン氏は落選したかもしれないが、リリーによると、その選挙運動は、女性にも勝算があるのかもしれないと思わせてくれただけで十分だったのだ。

    「誰もがうちの父みたいじゃないと気づきました。アメリカには何億という人がいるし、少なくとも1人は私に耳を傾けてくれるはず。1人でも、誰もいないよりはマシ。このたった1人が、2人に、そして3人に大きくなっていく可能性を秘めているし、やってみるまでは分からないと思う」

    そう言う意味で、ヒラリー・クリントン氏が昨年の敗北宣言の中で若い人たちに対し、「正しいことに向かって戦うのは価値があると、そう信じるのをやめないで」と言ったが、リリーはこの言葉が向けられるのにぴったりの聞き手だった。

    「これを見ている全ての女の子たちに言います」とクリントン氏は演説で述べた。「あなたは価値と力がある存在であり、自分の夢を追いかけて叶えるために、この世にある全てのチャンスと機会を手にするべき存在だと、疑わないで」と。

    しかし、クリントン氏の歴史的な選挙運動と歴史的な敗北が、長期的に見て政界の女性にどのような影響を与えるのかは、まだ分からない。報道の中には、トランプ氏の勝利を受けて出馬に興味を示した「大勢の女性」が何万人もいると報じているものもある。しかし雑誌「コスモポリタン」が10月に行った調査では、若い女性の18%が、2016年の大統領選のせいで出馬する可能性が下がったと答えた。出馬の可能性が高まったとの答えはわずか16%だった。

    トランプ氏の勝利から3日後、私はワシントンD.C.にあるアメリカン大学で政治的野心や政界の女性について研究しているジェニファー・ローレス教授に、進歩主義的な若い女性は次に何をすべきか、インタビューした。ローレス教授は、今後より多くの若い女性が政界に入るようになるとは思わない、と話した。クリントン氏に何が起こったかを、若い女性たちが「目の当たりにしたことが理由」だ。当選などそもそも論外だと広く思われていた男性に負けるという屈辱を味わった。リリーも、このことは心配していた。自分が批判に過敏過ぎること、そして10代の友達にすでに妨害されてきたからだ。

    「若いって、とても影響を受けやすいんです」と教授は説明する。「これから20年後、恐らく私は、人からできないと言われたことについて考え続けると思います」

    しかしだからと言って、政界へ行くのを止めたいとは思わない、とリリーは言う。聞いてくれる人が誰もいなくても、これからも自分の意見を言い続けると。リリーは先日、自分が大統領に出馬できる最初の年がいつになるか計算し、2036年だとはじき出した。19年後には投票用紙に自分の名前が載ると思っておいてくれ、と父親に言うと、父親はまた笑い飛ばした、とリリーは言う。

    「それで思ったの。冗談だと思っているの?って」


    この記事は英語から翻訳されました。

    翻訳:松丸さとみ 編集:BuzzFeed Japan