「女性を誘うのはもう安全じゃない」セクハラ恐れ国境を超え売春街へゆく男性たち

    redditの掲示板で「hookerfucker1」として知られるその人は、セックスを求めてメキシコのティファナへ足を運ぶ大勢のアメリカ人男性の一人だ。独身で30代前半の彼が初めてティファナの売春街へ行ったのは4年前。「アメリカ国内だとやれなくなってきたから」だった。

    「とにかくセックスを求めていて、ティファナは買春ツアーにいいという評判を聞いていたので」。hookerfucker1はBuzzFeedのメール取材に対しそう説明する。

    hookerfucker1はサンディエゴ在住で、テクノロジー系の仕事をしている。ティファナでも有数のナイトクラブであり売春宿であるHong Kong Gentlemen's Club のVIPメンバーカードの写真を見せてくれた。redditの掲示板では、ティファナの売春事情を説く伝道師のような存在だ。新参者から経験豊富な人までを相手に、アメリカ国境側でどこに車を停めるかや、売春街のメインストリートに立ち並ぶバーやクラブでの交渉術まで、ありとあらゆる情報やアドバイスを伝える。メキシコでは売春が合法のため、相手を見つけるのは簡単だ。「ストリップクラブへ行くか、斡旋エージェントに電話するか、マッサージパーラー(性風俗店)で頼むだけです。全部セットで手配されて、手軽にセックスができる流れです」。相手の女性たちは「街のナイトクラブやレストランへ普通に一緒に行ける感じの外見で、誰も売春婦だとは思いません」という。

    最近、別の要素が関係して、メキシコへ買春に走る人が増えていると彼は言う。#MeTooの動きだ。アメリカの女性たちは、男性からの暴力や非道な行為に対して声をあげるようになった。「アメリカで女性を誘うのはもはや安全ではない」が、ティファナの売春街ゾナ・ノルテ(Zona Norte)地区ではまったく様子が違うという。「ストリッパーの尻を触るのも、問題ないどころか積極的にやれと言われるくらいですよ。アメリカなら店から追い出されてハラスメントで訴えられたうえ、仕事はクビになって性犯罪者リストにも載るんじゃないですか」

    国境のすぐ南に位置するティファナでは、#MeTooの動きも広がらず、アメリカでその基盤をなしたような戦いの積み重ねもない。生活のために一家の女性が総出で売春をして身を削り、アメリカからやってくる客を相手にする。尊厳ある扱いを求めて声をあげた女性たちが声を届けたかった当人の男性たちが、国境の町に逃げ道を求めている――。#MeTooがもたらしたまぎれもない現実だ。あるいは女性たちの声が耳に届いているのかもしれないが、ここメキシコにいれば素知らぬふりをしていられる。

    hookerfucker1は続ける。「アメリカの女を相手にするのはリスキーすぎるんです。ただ肉体関係を求めているだけの男に対して、社会がものすごく敵対的になってきていますから。自分がティファナに通うのは、文字どおり男にとって夢の国だからです。何百人ものきれいな女性の中からセックスの相手を好きなように選べるなんて、他ではありえませんよね」

    性労働に従事するセックスワーカーの女性たちは、客として接するアメリカ人男性から#MeTooに対する怒りの反動を感じるという。彼女たちが相手にするアメリカ人客は、男性が女性に対してゆるぎない支配権を持てる時代ではなくなったことを苦々しく思っているようだ、というのだ。

    「ここにいるとアメリカよりも自由になれる、と言いますね」。24歳のセックスワーカー、ラウラはアメリカ人の「フレンド」について語る。性労働者の多くは客をそう呼んでいる。「女性に視線を向けただけで訴えられる、と言います。これはハラスメントだ、というのです」。横で母親のジーナ(55歳)が厳しい目を向ける。母と娘が座っているのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のエイズ研究者が開いたクリニックだ(本稿では、自らと子どものプライバシーを守るためフルネームを明かさないでほしいという取材相手の希望を尊重している)。

    メキシコに来れば、男性たちは金も特権もどう使おうと自由にできる、と女性たちは言う。「私たちがよりどころのない立場なのをわかっているんです。お金も力も持っているのが客である彼らの方なので」。ラウラの姪、モニカ(20歳)は肩をすくめてそう話す。「きみたちはそのためにいるんだろう、売春婦なんだから、こっちは好きなように扱わせてもらうよ、というわけです」

    「とにかくお金を持ってるのは向こうですから。勝てませんよ」

    メキシコとの国境地帯が安く手軽に買春できる場所としてアメリカ人に知られるようになってから、一世紀以上がたつ。すでに1920年には、時のメキシコ領事官が「国境周辺全体が赤線地帯の様相を呈してきた」と嘆いている記録がある。

    20世紀中ごろには、東のヌエボ・ラレドから西のティファナまで国境一帯の町々が買春ツアーの拠点となり、何万もの男性が国境を越えて売春地区へ向かった。ティファナのゾナ・ノルテもそうした地域のひとつだ。ティファナはアメリカ国内では欲と罪の代名詞にもなり、とくにハリウッドでは、欲望のまま突き進む人間を描いた、眉をひそめたくなるストーリーの映画の舞台によく使われてきた。若き日のトム・クルーズ演じる若者たちが童貞を捨てにティファナへ向かう『爆笑!?恋のABC体験』(1983年)や、『ハングオーバー!!! 最後の反省会』(2013年)などは代表的な例だろう。

    約200万の人口を抱えるティファナは国境エリア最大の都市であり、サンディエゴのすぐ南に位置する国境検問所は陸路による国境越えの中でも世界でもっとも人の出入りが多い。ティファナの売春産業は数百万ドルの市場規模があり、数千人が関連する仕事についている。性産業が町の経済を牽引する原動力になるあまり、2015年には市当局が性産業を宣伝するキャンペーンを打ち出す話まで出た。Tijuana Coqueta(coquetaはコケティッシュの意)と銘打ったキャンペーンは不発に終わったが、「ベガスで起きたことはベガスに残る」(羽目を外してもここを離れれば誰も知らないのだから外せばよい、の意)式の広告を打ち、麻薬戦争を敬遠して足が遠のきつつあったアメリカ人観光客を呼び戻そうという作戦だった。

    セックスワークを美化していると批判が集まり、計画は結果的に中止となったが、当局にとってTijuana Coquetaは性産業が市の経済にとっていかに重要かを示す証しでもあった。ティファナの赤線地帯は1日24時間、365日休みなく動いている。現地通貨のペソ(あるいは米ドルならより望ましい)をいくらか持っていれば、誰でもセックスの相手を見つけられる。

    メインストリートのコアウィラ通りにひしめくバーやストリップクラブはまるでショールームだ。セックスワーカーの女性たちが店先にぼんやりとたたずみ、客を待っている。バーの多くは客引きの男を雇い、店の女性たちを半ば強引に売りつけようとする。月の売上ノルマを達成するのに必死な中古車セールスのようなものだ。今回、20人ほどの女性に取材したが、ほとんどが客はアメリカ人に限定しているか、6割から8割の客がアメリカ人だと答えた。また、サンディエゴなどカリフォルニア州南部にとどまらず、はるばるシカゴやニュージャージーからやってくる常連客もいる、と複数の女性が証言した。

    売春産業にそれだけの金が落とされるのなら、理屈としてはそこで働く女性たちの経済状況も上向きになるはずだ。だが現実は違う。金の多くは彼女たちのもとを「すり抜けていく」と、ティファナのセックスワーカーに関するUCSDの調査を統括するアリシア・ヴェラは指摘する。バーやクラブなどの店、セキュリティ要員、場所を提供する宿それぞれがかなりの取り分を持っていくため、セックスワーカーとして働く女性の手元に残る額はかなり減ってしまう。そこから交通費や医療費、人によっては抜け出せないドラッグの購入費用などを捻出すると、なんとかやっていける程度、という女性が大半だ。

    「何につけてもお金をとられます。アメリカ人の客が増えても、生活の向上という点で女性たちにはあまり恩恵があるとは言えないのが現状です。入ってくる金は別のところへ流れているわけですから」。ヴェラはそう説明した。

    ティファナでセックスワーカーをする女性がどれくらいいるのか、正確な数字はわからない。アメリカ国立衛生研究所が発表した2013年の調査では、同市で性産業に従事する女性は9000人と推計している。その後、経済的に自力でやっていくため、また家族を食べさせるために売春を始める女性は増えていることから、現在はそれ以上の数になるのは確実だろう。

    取材に答えてくれた女性は例外なく、たたく、首を絞める、唾を吐きかけるといった暴力を客から日常的に受けていると答えた。だが警察を呼ぶことはまれだという。買春客が町の経済を潤しているのは警察も承知している。特にアメリカから来ている客については、逮捕すれば今後戻ってきて金を落としてくれなくなるのを懸念して、警察も介入には消極的だ。

    「あの人はアメリカ人だから、警察は逮捕しませんよ」。別のセックスワーカー、ラウラ(31歳)はアメリカ人客の一人について話してくれた。El Negroと名乗る男は昨年、マイアミからティファナへ居を移した。もともと母親のパトリシア(49歳)に何年もついていた常連客で、母娘がちゃんとした暮らしができるよう支援する、と話していた。元兵士だといい、近いうちに障害手当が入るという話だった。

    だが手当が入ることはなく、やがて暴力が始まった。「いつも“バカなメキシコ人め、おまえはメキシコ人ビッチだ”と言われます」。わずかな稼ぎからいくらか渡すようせがまれ、拒むと首を絞められ殴られる、とパトリシアは言う。「ママをカジノだと思ってるんでしょう」。ラウラはそう言い捨てた。

    暴力を向けられるのは母親だけではない。男は8歳になるラウラの弟にも手をあげる。弟は病気による言語の障害がある。「弟の頭をたたくんです。弟がうまく話せないのを理由にいじめています」

    誕生から一世紀がたつティファナの赤線地帯では、売春がいわば家族ビジネスの形をとっている家もある。UCSDの調査では、複数の世代がセックスワークに従事している家庭は数十にのぼり、母と娘だけでなく祖母や曾祖母の世代までさかのぼって売春をしてきた家もあるという。パトリシアとラウラ母娘も、取材を途中で切り上げて仕事に出ていった。ラウラには20代の妹もいるが、セックスワーカーとして働くバーから店を離れる許可が出ず、取材には加わらなかった。

    ティファナのセックスワーカーの多くは、売春街であるゾナ・ノルテか、市内の他の貧困地区で育った。中には、メキシコ中部トラスカラ州から斡旋業者に連れてこられた人もいる。同州は売春を目的とした人身売買業者で知られる。一家で女性たちが協力しあい、子育ての合間を縫うように売春のスケジュールを調整してやりくりするケースが多い。

    #MeTooの動きも、ティファナの女性たちには届いていない。

    「この地域では好きなようにやりたい放題できるし、それが許される、と考えられています」とUCSDのヴェラは指摘する。そのため、メキシコへやってくるアメリカ人男性客の多くが自分もそうする権利があると考え、それを期待するという。ティファナでは売春は合法だが、売春を仕事にする女性は二流市民の扱いを受ける。

    ティファナでの買春について情報交換するサイトや掲示板は多数ある。その書きぶりは、女性と出会う方法というより、獲物をねらう狩りのハウツーに近い。女性は「ターゲット」であり、品定めし、接近し、手に入れる対象だ。客は質の高さと手ごろな値段を求め、クーポンやVIPカードでディスカウントを手にする。

    夜、コアウィラ通りとニーニョス・エロエス通りの角に立てば、アメリカ人男性がぞろぞろと繰り出して今夜の相手を探す姿が目につく。人ごみを押しのけるようにして練り歩く大学生から20代くらいの荒っぽい集団もいれば、つまらなそうな顔をした若い女性の手をつかみ、経験をつんだ自信をのぞかせる中年男性もいる。

    先のHong Kongのようないわゆる高級クラブはホテルに併設されていて、時間単位の料金や昼間料金でも部屋を使える。そうでないクラブやバーは近くのホテルと提携を結び、セックスワーカーはそこで客をとる。店には手数料が払われる。

    通りで客を待つ女性はパラディータ(paradita)と呼ばれ、コアウィラ通りや周辺の路地沿いに並んで男性客から声がかかるのを待つ。この地域は近年、買春めあてではない観光客も訪れる場所になっている。有名シェフのアンソニー・ボーディンが紹介したことで知られるタコス店もある。

    ティファナの常連hookerfucker1は、数字では証明できないものの、アメリカからティファナへ買春に行く人が増えた背景には、国内におけるジェンダーの力関係事情が「間違いなく関係している」という。「男が何かするとすぐハラスメントだと批判される社会に、みんな不満なんです」

    同じくRedditの掲示板で「世の真実に目覚めた」男性たちにティファナの情報を伝える、ユーザー名「tapcofucked」(48歳)も同意する。1年前に離婚して以来、定期的にティファナを訪れるようになった。「男の友人たちからこんなせりふを聞くことが増えています。“やってられねえ、ティファナに連れてってくれ!”と」

    客から暴力を受けたとき、売春をする女性たちが頼れる場所はあまりない。性を売る彼女たちがレイプを訴えても、警察が真剣に取り合うことはないに等しい。多くの市民が路上で公然と彼女たちを攻撃する。

    「殴られます。侮辱されます。粗末に扱われることが本当に多いです」とパトリシアは言う。

    社会的に孤立した状況を受け、1990年代初めにセックスワーカーの女性たちが小さなグループを立ち上げた。団結して自らを守り、政治的な力を行使しようという趣旨だ。グループはMagdalenasとして知られ、警察からの虐待を中心に、不当な扱いから互いの身を守る活動に取り組んできた。

    メンバーの一人、アドリアナ(35歳)は「強い結束があります」と言う。45歳の姉シアマラとともに活動している。定例ミーティングでは同業の女性が集まり、悪質な斡旋業者や警察によるゆすりなど、さまざまな問題を話し合う。市が定期的に行う一斉摘発でセックスワーカーが逮捕されれば、法的に取れる対策も検討する。

    だが活動に加わる人は少ない。アドリアナによると現在のメンバーは60人ほどで、数千人以上が売春に従事していることを考えれば大海の一滴にすぎない。斡旋業者やバー、クラブの多くが手を組んでMagdalenasの活動に反対している事情も背景にある。

    カメラマンがいい写真を撮ろうと構図を検討するかたわらで、ラウラとモニカはまぶしすぎるクリニックの蛍光灯の下に落ち着かない様子でたたずんでいた。コアウィラ通りへ仕事に出る前に、顔を出さないならという条件で記事に使う写真の撮影に応じてくれたのだ。

    ラウラの母、ジーナは椅子にもたれかかり、やせた腕を後ろへだらりと下げた格好で、若い二人を楽しそうに見つめている。自身もセックスワーカーだが、始めたのは遅く、夫を亡くした後だった。

    「楽じゃない人生ですよ、売春婦をやるのは。母親でありながら、娘たちにそうさせてるんですから」。ジーナは静かにつぶやいた。「でもやっぱり心配です。あの子たちの母親だから。私たちは大きなリスクを背負っています」

    だが、ほどなく悲しげな表情は消え、笑みが浮かんだ。モニカの幼い娘がごきげんな様子で部屋へ入ってきたのだ。まだよちよち歩きで足取りはおぼつかない。

    ようやくラウラとモニカのポーズが決まった。二人は通りで客を待つときの立ち姿を見せてくれることになった。この町のセックスワーカーが何十年もかけて試行錯誤を重ね、世代を越えて受け継がれてきた流儀。口で言うほど簡単なことではない。

    二人は目の前で徐々にパラディータになっていった。右肩でさりげなく壁に寄りかかる。ヒップを少し持ち上げ、カーブを強調してみせる。胸を張って突き出し、左手を腰にそえる。急にしんと静まった空間を二人の目がゆっくりと見わたす。無関心と欲望の仮面をつけた表情。

    ジーナが静寂を破った。大きく手をたたき、笑いながらモニカの幼い娘を引き寄せる。そしてポーズをとる二人に向き合って立たせ、こう言った。「ほら、ママがパラディータの立ち方を見せてくれるよ」


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan