女性器切除(FGM)の根絶に向けた米国での厳しい戦い

    最近の#MeTooムーブメントを利用して、イスラム教の女性の多くが、FGM反対の声をあげ始めている。そのためには、性差別する仲間や反イスラムの熱狂者、そして自分たちとも対峙しなければならなかった。

    「タブーの話をしましょう」と司会者が言い、女性たちは口を開き始めた。

    性的快楽、HIV、処女膜。ヴァージニア州にあるイスラム教のモスク、ダール・アル・ヒジュラ・イスラミックセンターが開催したエンパワーメント会議に多くのイスラム教徒の女性が参加し、同寺院の保守派が眉をひそめそうな数々の講演に耳を傾けた。頬を赤らめるものもいれば、歓声をあげるものもいた。

    ところが、その日の最も難しい課題に話が及ぶと、活力に満ちていた女性たちの元気が影を潜めた。女性器切除(FGM)だ。医学的な理由なしに女性器の外部をすべて、または一部切除すると国連が定義している古来の儀式だ。切除された人には、心的外傷が残り、生涯つづく合併症を引き起こす可能性がある。

    タブーが絡むため、やむを得ない場合を除き、米国のイスラム教コミュニティが取り上げることがないのがFGMだ。昨年の春、ダール・アル・ヒジュラのイマーム(礼拝指導者)シャーケル・エルサイードが、女性と少女の「割礼」に対する宗教的な正当性を示した時が、これに当てはまる。エルサイード師は、慣習を禁止した国で「社会全体に性欲過剰が蔓延し、女性はひとりの相手では飽き足らず、相手がふたりでも3人でも満足できない」と講話で警告した。

    この言葉は、モスクを新しい動きの戦場に変えた。この慣習の「サバイバー(生存者)」と自らを呼ぶ人々を含むイスラム教徒の女性らが率いる、米国のイスラム教徒のFGMに対する沈黙を破る、新しい動きだ。この戦いは、複雑な状況に置かれている。#MeTooキャンペーンが女性に抗議を公にするよう促す一方、反イスラム教の風潮が、声をあげるのを妨げている。

    活動家のアプローチもさまざまだ。健康リスクについてコミュニティを静かに教育することを主張するものもいれば、FGMを完全に拒否しないイスラム指導者の名前を公表して恥をかかせようとする人々もいる。右翼団体はFGMを「イスラムの主流文化だ」と間違った情報を流している。一方、指導者らは、対話は歓迎するものの、世代や文化的伝統をまたぐため慎重を期する必要がある話題に対する外部からの扇動を不快に思う、と言う。各派で話し合っているが、ダール・アル・ヒジュラでは、ほかの全米のイスラム教コミュニティ同様に、FGMに関する議論は終わっていない。まだ始まったばかりだ。

    米国のイスラム教コミュニティで、やむを得ない場合を除き取り上げられないのが、FGMだ。

    「もし私が自由にやってよいならば、イスラム指導者を5人くらいのサバイバーとともに座ってもらい、この慣習がもたらす悪影響を聞いてもらいたい」と29歳のサバイバー、アイサタ・M・B・カマラは話す。ニューヨークを拠点とするカマラの非営利団体は女性器切除の反対運動をしている。「そうしなければ、FGMを根絶できる気がしません。沈黙を破って不愉快な話をしなければなりません」

    全米のイスラム教指導者たちは、エルサイード師の発言を非難し、FGMは人体への害を防ぐというイスラム教の教えに反する、と繰り返した。エルサイードの罷免を求める女性もいた。この試練は、表面的なPR上の悪夢だっただけではない。内部でも熾烈な戦いが繰り広げられた。同師のファンが支持を表明して、Tシャツを作った。批判派は、エルサイードが残るのであれば去ると断言した。

    長時間にわたる幹部会の結果、このモスクはエルサイードの発言を非難したが、多くの女性の支持があるとして、エルサイードをイマームの地位にとどめた。別のイマームは抗議として辞職した。エルサイードは謝罪したが、ある私的な集まりで謝罪を反故にした。その発言は録音され、リークされた。今日に至るまで、同師は国連の定義でFGMの一種である「陰核包皮切除(hoodectomy)」と呼ぶやり方を、公然と支持している。

    騒動の後、ダール・アル・ヒジュラ・モスクは、タウンホールミーティングを開いたり、モスクに通うサバイバーが経験したFGMの恐ろしさを説明する動画を出したりして、緊張を緩めようとした。次のステップは、女性を集めた会議だった。公の場での対決となるリスクはあったものの、健康関連のパネルディスカッションでFGMについて話し合う時間が与えられた。

    FGMに関する議論では、イスラム法学者で、同モスクで女性向けプログラムのコーディネイターであるアイーシャ・プライムがモデレーターを務めた。プライムとパネリストがこの慣習の概要と、生涯続く害を説明した。パネリストは、イスラム教の女性の健康専門家二人で、そのうちのひとりはサバイバーだった。ところが、プライムに対する質疑応答で、鍵となっていた議論が脇道にそれた。それは、どういう手法であれ、性器切除に関して宗教的な論拠があると同モスクは信じているか、という質問である。

    参加者が質問する前に時間がなくなった。不満の声が会場の前方から沸き上がった。

    「これは聞いていた話とは違う!」とシャイマ・ハヌーティ(30)は抗議した。著名な指導者故ムハンマド・ハヌーティの娘で、同モスクのFGM論争への対応を批判している。

    主催者は不機嫌そうである。活動家は、憤慨して様子を見ながら脇に集まっている。感情が渦巻く前に、プライムは追加でFGMに10分間充てると告げ、参加者からの質問に答えると約束した。

    女性らは第2ラウンドのため席に戻った。

    世界保健機関(WHO)は、FGMに医学的な目的はなく、感染症、性的喜びの喪失、出産時の合併症などの害を及ぼし、ときには死まで引き起こす、としている。

    イスラム教の権威には認められておらず、イスラム教が主流の国々の多くでも違法とされているが、性器切除は未だに、アフリカ、中東、アジアの一部で行われている。アメリカでは、反イスラムグループがイスラム教徒を中傷し、イスラム教徒の入国を制限するためにFGMを引き合いに出す。彼らは一方で、性器切除がキリスト教徒、精霊信仰者やその他のグループでも行われているという事実は無視する。この慣習は、宗教、清潔さ、成人女性への通過儀礼、性欲の抑制などを理由に、代々受け継がれた信条に基づき続けられてきた。2月6日、世界中の活動家が、国連の「世界FGM(女性器切除)根絶の日(ゼロ・トレランス・デー)」に、#EndFGMのハッシュタグを使ってソーシャル・メディアでキャンペーンを行った。

    反イスラムグループがイスラム教徒を中傷し、イスラム教徒の入国を制限するためにFGMを引き合いに出す。性器切除は、キリスト教徒、精霊信仰者、その他のグループの間でも行われているという事実は無視している。

    アメリカで一番引用されているFGMに関する統計は不安をいただかせる内容だ。2016年の政府報告書によると、アメリカにいる50万人以上の女性と少女が性器を切除される危険があるか、既に切除されている、という。

    しかし問題は、この数字が誤解を招く恐れがあるということだ。これは実際の数字ではなく、FGMが行われている国からの移民パターンに基づいた推定が含まれている。この研究の著者らでさえも、この数字は、「アメリカにおけるFGMに関する情報を提供していない」と認めている。

    それでも右翼グループは、アメリカで少女が性器を切除されるという脅威を煽り立てるためにこの数字を使い、一方でFGM擁護者は、この数字は誇張されていると一蹴し、この慣習は貧しく教育を受けていない移民特有の問題と言う。

    イスラム教徒の女性研究者たちが先頭に立って新しいデータの収集に尽力しているが、結果はまだ公表されていない。

    今のところ50万人という数字が、多くの場合は但し書きもなく政府報告書や新聞報道でしばしば使われている。この数字はFGMを違法とする1996年の連邦法に基づく初の起訴であったデトロイトの事例を取り上げたニュースで、突如として浮上した。シーア派の分派ダウーディ・ボーラ派の信徒である被告側は、儀式で少女の性器切除をしたとされることに対し、宗教の自由を弁護に用いた。

    司法省は、不備があるFGMの統計を報告書に取り入れることで、移民によりもたらされる脅威を誇張するかたちとなっている。トランプ政権下で全盛期を迎えた反イスラムグループが歓迎する動きだ。

    ダール・アル・ヒジュラ・モスクでFGM支持の声を偶然見つけたのは、反イスラム主義者たちにとっては「大当たり」だった。地域で最も歴史があり、大きなモスクのひとつで、1日の礼拝者数は1,000人を超え、金曜日の礼拝には3,500人以上が集う。だが、慈善や奉仕の活動とは裏腹に、このモスクは、かつてその門を叩いた悪名高い過激派でも知られている。短期間ではあったがイマームを務めたアルカイダの勧誘員アンワル・アウラキ、9/11のハイジャック犯2名、フォート・フッド基地の銃撃犯ニダル・ハサンらである。

    昨年5月、イスラム過激派の視点を抜粋して訳していることで知られる右派の報道監視機関、中東報道研究機関(MEMRI)は、同モスクのYouTubeチャンネルからのエルサイードのFGMに関する講話の動画をリリースした。同モスク内外のイスラム教の女性は、性器を切除されていない女性は誰とでも寝るようになりがち、というイマームの意見に激高したが、この動画を公表したMEMRIの役割が、事態を複雑にさせた。エルサイードとその支持者たちは、これは反イスラム勢力がでっち上げたシオニストの陰謀だと言いつのり、批判の声をかき消した。

    ダール・アル・ヒジュラ・モスクの指導者の中には、男性の割礼と比較して、女性器切除を最小限にとどめたやり方の正当性に内心では同意している者もいるが、18歳未満の者には行ってはいけないと強調している。同寺院の公式な立場は、「いかなるやり方でも」FGMを容認しない、というもので、これには、エルサイードが自身のホームページで擁護しているやり方も恐らく含まれる。だが、幹部会は、短期休職させただけで、エルサイードをイマームの立場に留める決定を下した。この決定は、FGM反対の活動家を激怒させ、女性会議を開催する同寺院の動機を疑わせた。

    「足りなくて遅すぎるどころではなく、単なる広報活動で、ダメージ減少策にすぎない」とサバイバーであり、自身の経験を公に書いているマリアム・サイフィーは話す。「このことについて本質的に取り組む関心が全くない」

    女性プログラムコーディネイターのプライムは、エルサイードを現職に留めることは、FGMに取り組む同モスクの信頼性を損ねるという考えを退け、エルサイードがいるからとモスクとの関わりを拒み批判する人は、機会を失っていると話す。プライムは、FGMについて始まった対話を、女性の権利を巡るさらに大きい全米規模の議論へ、#MeTooの審判へと結びつける。タフな議論にはこういうこともつきものだ、と言う。

    「私たち女性は、まずは自分たちの立ち位置について話すことから始める」とプライムは語る。「それが『みんな止まって。もっと教育を受けましょう。もっと女性同士の連帯を深めましょう』と言う機会につながったのです」

    コーランには陰核切除の言及はない。

    ワシントンでFGMを専門とする公衆衛生研究者のガーダ・カーン(43)にとって、交渉はうわべだけのように聞こえる。カーンは他のFGM教育者とともに、セミナーの提案を同モスクに何度も持ちかけたが、陰核包皮の切除はFGMの範囲に入らないと担当者らが主張し、実現しなかった、と話す。

    「公共衛生教育者として、そしてこれはイスラム教の一部ではないことを知っているイスラム教徒として、この考え方には同意できない」とカーンは続けた。

    その代わりに、活動家たちは、昨年の8月に自分たちでパネルディスカッションを開催した。その日の主役として、全米で最も高名なイスラム教指導者のひとりであるイマーム、ムハンマド・マジドを招いた。そしてマジドは、「陰核切除」の擁護者らが「説得力がなく本物ではない」とみなされている預言者ムハンマドの発言の言い伝えに頼っていることを示した。聖典コーランは、陰核切除について全く言及していないのだ。

    宗教的な文献をほじくり返すまでもない、とマジドは主張する。というのも、負傷や心的外傷の医学的証拠は、FGMがイスラム教と相容れないことを証明するのに十分だからだ。

    「FGMを残そうだなんて論外だ」とマジドは喝采する参加者に対して言った。「この慣習の害が紛れもなく証明されている」

    シャイマは、同モスクの中心人物であった故ムハンマド・ハヌーティの娘で、同モスクで育った。フォールズチャーチの囲い地の家で家族とともに過ごした4年も含まれている。

    2015年に父親が他界してからは離れていたが、当時、大部分は貧しい移民のコミュニティだった場所でイマージョン教育から得た仲間意識や人生の教訓について今でも懐かしそうに話す。もっと豊かで文化変容しているイスラム教徒向けの郊外のモスクでは、その特色は失われてきている、とシャイマは話す。

    父親の葬儀以来、シャイマが初めてモスクに戻ったのは、FGM騒動の真っ只中に開催されたタウンホールミーティングでの講演のためだった。上手くいかなかった。

    聴衆の殆どは男性で、録音は許されなかった、とシャイマは話す。シャイマが質問する番が来たので、エルサイードの発言を引用し、このような指導者の下でモスクはどのように続けていくのかを訊ねた。

    「エルサイードの発言を引用した瞬間、群衆は大騒ぎになりました。感情が爆発したような感じでした」とシャイマは思い出す。「私だけ中断させられました。時間制限を設けられたのです。そして突然、警備員が目の前に現れたのです」

    タウンホールでシャイマに対峙した警備員のひとりが、女性会議で扉係をしていた。シャイマの友人であり、ともに活動するナシバ・ベンガネム(35)は、冗談で謝るつもりなのかと男に訊ねた。

    「シスター、中に入りなさい」と男は言った。

    部屋にいた女性たちは、パネリストの話と気まずいアンコールを熱心に聴いた。時間がきたが、聴衆はまだ帰る気がなかった。会話は会議室の外へと場所を移し、廊下を通って、クロークへと進み、話を聞こうと身を乗り出す通行人を引きつけた。

    熱はこもってはいたが、FGMが持つ宗教的、文化的、医学的な意味をよく理解した女性たちとの文明的な交流だった。活動家たちは、容赦なく質問した。プライムも率直に答えた。思ったよりも考えが重なった。それでもギャップは残り、溝を埋めるにはさらに多くの時間を要するだろう。その溝がもし埋められるのであれば。

    シャイマと他の活動家たちは、落胆して帰った。寺院はFGMとの戦いで絶対的な同志だと確信できなかったからだ。だが、「98.9%」の共通点を築いて、話し合いは始まったに過ぎない、とプライムは言う。

    「私たちはこう言っています。『ねえ、知ってる? もう他の人に会話の指示をさせない』とね。導師エルサイードが気にくわない? いいじゃない。導師エルサイードは、私たちのコミュニティのすべてじゃない」とプライムは言う。「さあ、みんな、やることはたくさんあるわよ」

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:五十川勇気 / 編集:BuzzFeed Japan