米朝首脳会談の合意文書で触れられなかった、北朝鮮の人権問題とは

    トランプ氏は会談後の記者会見で「北朝鮮の人権問題について話し合った」と述べたが、内容の詳細については言及しなかった。

    米朝首脳会談は6月12日、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長とアメリカのドナルド・トランプ大統領による13秒の笑顔の握手で始まった。

    金氏は会談の前夜に、突然ホテルから外出しシンガポールの観光名所を訪れてはシンガポール外相と自撮りをしていた。

    会談を目の前に、シンガポールを満喫していた金氏、そして自身の誕生日を事前に祝っていたトランプ氏。

    お互いを罵倒し合っていた過去を乗り越え、非核化や経済制裁などを中心に行われた会談だが、合意文書では、深刻な北朝鮮の人権問題について触れなかった。

    北朝鮮は、どんな人権問題をかかえているのか。

    1. 国家による大規模な人権弾圧の疑い

    国連の特別委員会は2014年、金氏による北朝鮮での人権侵害が「人道に対する罪」に値する十分な疑いがあると報告を発表した。

    北朝鮮の人権状況を約1年間にわたって調査した特別委員会のマイケル・カービー氏は、「第2次世界大戦末期に起きた出来事を想起せずにはいられない」と述べていた

    国連によると現在、北朝鮮では20万人近くが政治犯の疑いや宗教的な理由で強制収容所に収容されていると見られている。北朝鮮各地に設置されている収容所は、国際的に見て劣悪な環境だ。

    アムネスティ・インターナショナルヒューマン・ライツ・ウォッチが公開した強制収容所の生存者による証言では、食糧不足だけではなく意図的な飢餓、公開処刑、妊婦の子宮にモーター油を注入し中絶させるなどの残虐行為が挙げられている。

    そして、北朝鮮では、「政治犯」としてマークされた人々だけでなく、その子どもを含む家族全員も犯罪者として扱われ人権を奪われることが、これまでなんども報じられてきた。

    脱北者のパク・ヨンミさんは、2014年アイルランド・ダブリンで開かれた国際会議で北朝鮮の実態について、こう訴えた。

    私が9歳の頃、友人の母親が公開処刑されるところを見ました。彼女の罪はハリウッド映画をみたことだったのです。

    政治体制への疑いを口にすると、三世代の家族全員が投獄されたり処刑されます。


    私が4歳の頃、母からささやきもしてはいけない、と注意されました。鳥やネズミが聞いているから。私は、それを受け入れていました。北朝鮮の独裁者たちは私の心を読めていると思っていたからです。


    私たちが北朝鮮から逃げてから、父は中国で亡くなりました。私は、午前3時に密かに父を埋めました。私は14歳でした。泣くこともできませんでした。北朝鮮に送り返されるのが怖かったので。


    北朝鮮を逃げた日、母がレイプされるのを目にしました。強姦したのは、中国人のブローカーでした。彼は、最初私を襲おうとしていたのです。私は13歳でした。


    北朝鮮には、このような言葉があります。「女性は弱い。しかし、母親は強い」。私の母は、私を守るために、レイプさせたのです。

    北朝鮮から亡命する脱北者は近年でも数百人規模でいるが、中国などに移り住んでも本国送還や性的虐待やレイプ、性的搾取、人身売買の被害に遭う人は子どもも含めて少なくない。

    ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、北朝鮮は70年前に廃止したと主張している児童労働を、生徒たちに国家のための強制労働として義務付けているという。

    また、表現の自由が制限されており、北朝鮮には政治から独立したメディアや市民団体は存在しない

    2018年6月6日、世界300以上のNGOが金氏宛てに、人権状況の改革を実行すべきだと書簡で呼びかけている。

    2. 金正恩氏の異兄、金正男氏の暗殺

    金正日委員長の異母兄である金正男氏は、金一族の独裁体制や金氏の指導者としての資質を批判していたが、2017年2月、マレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺された。

    防犯カメラの映像では、偽名を使ってマカオに向かおうとしていた金正男氏を2人の女性が背後から布で顔を覆い、液体を顔にかける姿が映っていた。

    直後にめまいを感じた金正男氏は、空港のスタッフに身振り手振りで助けを求めて空港の診療所に連れて行かれたが、病院に搬送される間に死亡した。

    調査で猛毒のVXガスによって死亡したと調査で分かった。アメリカ政府は北朝鮮と金氏が計画したものだと結論しているが、北朝鮮は殺害への関与を一切否認している。

    また、実行犯の2人の女性もテレビのドッキリ番組の企画だと信じ込まされていたと供述している。女性たちに対する裁判はまだ続いているが、公共の場での猛毒ガスの使用が国際的に非難の声があがった。また、これを受けてアメリカは北朝鮮に対する追加制裁を導入した。

    金正男氏が暗殺されたのは、北朝鮮のミサイル実験が行われた2日後だったこともあり、金氏の影響力が見える事件だった。

    3. 金氏の叔父の処刑

    金氏の叔父で元国防副委員長だった張成沢氏は事実上のナンバー2で、政権を率いる重要人物とみなされていた。

    しかし、2013年12月に状況が急変。張成沢氏は党から除名され失脚し、北朝鮮の重鎮と一緒に写っていた過去の写真も、編集されて張成沢氏の姿は消されていた。

    張成沢氏は、国家転覆陰謀行為の罪で死刑判決が下され、即日処刑されたと報じられている。

    北朝鮮の国営メディアが発表した声明文では、張成沢氏は「凶悪な政治的野心家、陰謀家」であるとし、「犬畜生にも劣る醜悪な人間のゴミ」だと非難されていた。

    4. 北朝鮮で長期にわたって拘束されていたオットー・ワームビア氏

    アメリカの大学生、オットー・ワームビア氏は2016年1月、団体ツアーで北朝鮮に訪れていたが、ホテルの部屋に貼られていたプロパガンダのポスターを盗もうとしたとして身柄を拘束された。

    15年間の労働教化刑を科されたが、その後、昏睡状態に陥り意識が戻ることはなかった。帰国してから6日後に22歳で亡くなった。

    北朝鮮政府は釈放される2017年6月まで、ワームビア氏の状況を明かすことがなかった。ボツリヌス中毒症と睡眠薬の投与が健康状態の悪化の原因だと説明し、虐待を否定している。

    検死官による死体検案書では、病気の原因は結論付いていない。ワームビア氏の死因は酸素不足による脳の損傷のようだと述べられている。

    ワームビア氏以外では、北朝鮮に拘束されていたアメリカ人3人が2018年9月、解放され帰国した。

    5. しかし、今回の会談で具体的な解決策は出てこなかった。

    トランプ氏は会談後の記者会見で「北朝鮮の人権問題について話し合った」と述べたが、具体論については触れなかった。

    金氏の政権を正当化することで、北朝鮮で収容されている20万人近くの政治犯を裏切っているのではないかという記者の問いに対し、「助けていると思う」と否定した。囚人を「今日の素晴らしい勝ち組になるであろう」と加えた。

    また、日本が重要視していた日本人拉致問題は、合意文書では言及されなかった。会見でこの点を問われたトランプ氏は「安倍首相にとって大事な問題」を取り上げたとし、「北朝鮮は取り組んでいくことになる」と述べた。

    安倍首相は米朝会談の前にワシントン入りし、トランプ氏に対して日本人の拉致問題を議題にするように念押ししていた。

    安倍氏は12日、首相官邸で「拉致問題について明確に提起したことについてトランプ氏に感謝したい」と記者団に述べた。

    「私たちにとって、日本にとって重要な、大切な拉致問題について、先般トランプ大統領に対して私からお話ししたことを、しっかりと言及していただいたことを高く評価いたします」

    トランプ大統領との電話会談で詳細について聞くという。

    「もちろん、拉致問題については、日本が直接しっかりと北朝鮮と向き合い、2国間で解決していかなければいけないと決意をしております」と語り、北朝鮮と協議する考えを示した。