Facebookがフィリピンでフェイクニュース対策、かえって偽情報が見分けにくくなる

    フィリピンでは、2016年の大統領選挙に向けて偽情報が飛び交った。これは、米国でもその後発生した同じ現象の予兆だったといえる。2020年に行われる米国の中間選挙でも、同じことが繰り返されるだろう。

    2019年5月に行われるフィリピン中間選挙の1カ月前、政治関係のFacebookページ「PulitikaNgInaMo」に、リゾート地ボラカイ島で問題となっている無法な振る舞いの多くは中国からの旅行者によるもの、といった内容の記事が掲載された。

    記事では、そうした中国人旅行者を「犬食い」と呼び、中国人に対する蔑称(べっしょう)「ching chong」を使い、中国人を馬鹿にするミームの投稿をページ登録者に求めた。そのうえ、中国人の子どもが道端で排便していると思しき写真を掲載し、親中国的なロドリゴ・ドゥテルテ大統領の姿勢と大統領自身に「共闘して」対抗しよう、と登録者に呼びかけている。

    ドゥテルテ大統領が誕生した2016年の選挙から3年経過したが、偽情報や報酬目的の荒らし行為が広まり、その影響でFacebook活用が当選に効力を発揮する状況へと発展した。かつてドゥテルテ大統領や、ネットで偽情報の発信源となった大統領派を批判していた野党候補も、同じような戦略を取るようになった。

    先ごろ公表されたある研究レポートでは、結果的にフィリピンの政治を取り巻く環境が、荒らし、偽アカウント、フェイクニュースメディア、情報操作で一層堕落した、と指摘されている。

    Facebookは、第三者によるファクトチェックへ資金を投入し、利用規約違反のページとアカウントを排除する作業に取り組んできた。たとえば、ドゥテルテ大統領の顧問で、ソーシャルメディア戦略を取り仕切る人物の関与したネットワークを閉鎖するなどしている。それなのに、事態は悪化してしまった。2016年の大統領選挙は、偽情報やハラスメント、ネット操作に象徴される。Facebookは、同じ事態の勃発を阻もうとしていたのだ。

    Facebookの努力にもかかわらず状況は改善せず、この種の策略がネット選挙戦でさらに広まり、以前糾弾していた陣営まで採用するようになった。上記研究レポートの共同執筆者で、マサチューセッツ大学アマースト校准教授のジョナサン・コーパス・オング氏は、こう指摘したうえで、フィリピンのネット環境が悪化している状況は2020年に中間選挙を迎える米国への警鐘だ、とBuzzFeed Newsに話した。

    「フィリピンは、ほかの国でも発生する可能性のある、偽情報戦に関する新機軸の予兆となりえる、と強調しておきたい」(オング氏)

    ドゥテルテ陣営は2016年初め、Facebookを選挙戦の武器として利用することに成功した。この前例は、同様のオンライン戦略を生みだし、英国のEU離脱(ブレクジット)選択とドナルド・トランプ大統領の誕生へとつながった。

    Facebookのグローバル選挙対策公共政策ディレクターを務めるケイティ・ハーバス氏は、2018年に開催された講演会の場で、「あれ(ドゥテルテの勝利)が発端だった。なぜなら、その1カ月後にブレクジットが決まり、トランプ氏が大統領候補に選ばれてその後選挙に勝ったから」と述べた。

    ハーバス氏はフィリピンを、選挙戦の武器としてネットを使う病にかかった「患者第1号」と呼んだ。

    その点で、この問題は全世界に波及すると懸念される。オング氏が2人の同僚と行った研究によると、暗躍する勢力に比べ、Facebookなどのプラットフォームが発揮する対抗力はお寒い状況らしい。そして、政治運動における荒らし行為や情報操作のプロ化が進んでいる状況について、詳しく解説した。

    オング氏はこの研究を、オーストラリア国立大学のロス・タプセル氏とキャンベラ大学のニコール・クラート氏とともに行った。ソーシャルメディアを調査したほか、中間選挙の期間中に荒らし行為や偽情報の拡散に加担したり、報酬を受け取ってネットで候補者を応援したりした、約20人の政治コンサルタントとネット作業員に対する聞き取りを行った。

    研究レポートには、「ソーシャルメディアと偽情報は、活動の主役へと成長し、フィリピンの政治運動に定着した」とある。それと同時に、「偽情報を作る陣営は、狡猾(こうかつ)になり、捉えどころがなくなった」そうだ。

    オング氏らは、ネット選挙活動の透明性を高めようとする新しい規則と、Facebookによるファクトチェック支援および利用規約違反の排除に向けた努力が、押し寄せるネット上の偽情報に対抗できなかったことを示している。公式、非公式にかかわらず、ドゥテルテ派と野党支持派のそれぞれを支援するネット選挙活動は、新しい規則に対応した。ただし、対応しただけの話で、ファクトチェックする人々やFacebookから目をつけられないように、対抗策を取り入れた。しかも、オング氏によると、こうしたネット選挙戦を展開したPR会社は、ほとんど、もしくは完全に説明責任を果たしていない。

    その結果、2019年の中間選挙では、荒らし、フェイクニュース、誤解を招くミーム、各有権者の行動を予測するマイクロターゲティング、裏選挙活動などと呼ばれるそのほかの行為が、2016年当時よりも広まった。ソーシャルメディア上で繰り広げられる選挙運動に対する予算も増えたという。

    「この戦略は、ドゥテルテ派と野党派の両陣営が手を染めた。偽情報活動の広まりを以前批判していた政治家まで使うようになったのは、こうした新たなネット選挙の手法に反発し続けるのではなく、取り入れるしかないと感じたのだろう」(オング氏らの研究レポート)

    ドゥテルテ派でソーシャルメディア選挙戦を実行したある人物は、オング氏らの聞き取り調査に「フィリピンでは、Facebookがとても重要な機能を果たすようになった」と答えた。

    Facebookのサイバーセキュリティ政策部門でトップを務めるナサニエル・グレイシャー氏は、さまざまな手法で悪者を見つけ出して根絶し、オープンな議論を操作する企てを止めるよう努力しているFacebookの姿勢を、BuzzFeed Newsにメールで回答した。

    「対抗策の一例は、偽アカウントやスパム、そのほかの悪用をとても効率よく検知できるようになった自動ツールです。さらに、極めて高度化した情報操作を見分ける作業に特化した専門の調査チームも働いています。フィリピンでは、2019年に入ってからこの種の活動を2つ中断させることに成功しました」(グレイシャー氏の回答)

    「マイクロメディア操作」

    2019年の新たなデジタル戦略における主要テーマの1つは、オング氏らが「マイクロメディア操作」と呼ぶ活動だ。これは、「投票してくれる可能性があるものの慎重な態度をとっている層に政治的な主張」を届け、FacebookやTwitter、Instagramで活動している表向きは無党派のインフルエンサーにメッセージを広げてもらえるよう勧誘する、といった行為で構成される。

    たとえば、メキシコの昼メロに登場した人物から名前を拝借した、ファン360万人以上を抱えるポップカルチャーがテーマのSenyoraというFacebookページがある。Senyoraは選挙期間中、元老院(上院)議員のナンシー・ビナイ氏を応援し、自己啓発本を同氏と共同で出版した。

    マイクロメディア操作では、ファンやフォロワーが少なく、はるかに規模の小さなアカウントも、特定候補者に関する支援メッセージの投稿、ハッシュタグのトレンド化推進、反対陣営への攻撃を実行する手段として、ターゲットにされた。2016年当時は、「フェイクニュース女王」として知られるポップスターでモデルのモカ・ウソン氏など、大量のフォロワーを抱え、明確な政治的影響力を持つインフルエンサーが標的だった。2019年は対象がより小規模になった。

    マイクロメディア操作は、Facebookのなかで規約適用がかなり緩い非公開Facebookページも狙った。なかでも、主に地域の話題を扱うFacebookページに対して、政治的な情報を送る働きかけが強かった。

    オング氏らによると、ここで紹介するなどした2019年の選挙戦で使われた手口は、「人々の注目を操作し、会話を誘導することが目的の、少人数のコミュニティや個人的なグループを対象にした隠密行動」だった。

    野党であるフィリピン自由党がドゥテルテ派の戦略を批判せず、同様の手法を採用するよう方向転換したことも、2016年からの大きな変化だ。ところが、方針変更は選挙結果に結びつかず、自由党の上院議員候補は1人も当選しなかった。ドゥテルテ大統領寄りの候補者が、全12議席を獲得したのだ。

    フィリピンでFacebookのファクトチェック作業に協力しているパートナーの1つに、Rapplerというニュースサイトがある。Rapplerの最高経営責任者(CEO)で編集主幹でもあるマリア・レッサ氏は、フィリピンのオンライン政治環境が「愛国的な荒らし行為で協調するドゥテルテ派とマルコス派に牛耳られたままになっている。彼らに対する批判を目立たせないよう抑え込むため、ネットでのヘイト活動を政府が後押しする」とした。

    レッサ氏自身とRapplerは、ネット上で嫌がらせと荒らし行為に絶えずさらされている。レッサ氏には、政治的な扇動行為だとして非難の声が多く、複数の容疑がかけられた状態だ。

    レッサ氏から届いたメールには、「(ドゥテルテ陣営と)同様の戦略をとる野党の政治家も存在するが、アレックス・ジョーンズ風の(といっても、レベルは低い)独自メディア群を作る、資金が豊富で組織化され、活動が活発な親政府系ネットワークと比べると、大きく後れを取っている」とあった(訳注:アレックス・ジョーンズ氏はラジオ番組の司会などを務める人物だが、右派の陰謀論者として知られている)。

    オング氏は、一般的な手口を次のように説明した。汚れ役を引き受けるPR会社との契約を候補者の身近な人物に任せ、いざという時に言い逃れできるようにするのだ。こうした活動が、その候補者の公式ネット選挙活動を裏から支える。

    「(候補者が)自分の代わりに誰かがソーシャルメディア戦略を実行してくれていると、認識していない場合はある。実行者が、特定の政治家を勝たせたい企業家ということもある。こうした企業家は、政治家に代わって行動する業者と契約することになる」(オング氏)

    共同研究者のタプセル氏は、正式な選挙運動とこの種の表に出ない活動とのあいだには、大きな違いがある、とした。それによると、候補者のネット活動コンサルタントが「候補者用の公式ソーシャルメディアページを運営し、そこから政策に合致し、きちんと管理された、候補者が責任を持てる『肯定的なメッセージ』を発信する。一方の裏選挙活動では、他者をおとしめる、非公式な行為が行われる」という。

    フィリピンでは2016年の選挙戦で、情報操作サービスに対する国内需要が高まった。そこから得られた経験を受け、2019年の中間選挙の際に、荒らし行為のプロ化が一段と進んだ。フィリピンは世界中からIT業務のアウトソーシングを受け付けており、ITなどの技術に詳しく、英語を話す若い労働者が次々と誕生している。そうした若い働き手は、コンテンツ管理やデジタルマーケティング、欧米企業のコールセンターといった業務にも従事しており、選挙戦が加熱する時期になるとプロの荒らし屋として仕事を請け負うようにもなる。

    偽情報を研究している人のなかには、こうしたプロ活動を心配する声がある。プロ荒らし屋が、米国やそのほかの英語を使う国々の選挙活動に影響を及ぼす目的で、雇われる可能性が考えられるのだ。

    ネットワーク分析企業のGraphikaで最高革新責任者(CIO)を務めるカミーユ・フランソワ氏は、フィリピンの政治的な荒らし業界に関するワシントンポスト紙の記事のなかで、「2020年の米国も似たような偽情報に見舞われるでしょう」と述べた。

    FacebookとYouTubeで監視の目を逃れる

    2019年の投票日に向けてFacebookは、利用規約に違反しているアカウントとページを削除するため、大量のリソースをつぎ込んだ。「組織的な信頼性に欠けた活動」にかかわったページとアカウントを一掃したと発表した。そのなかには、2016年当時ドゥテルテ氏のソーシャルメディア戦略を指揮していたニック・ガブナダ氏の関与したものもあった。こうしたFacebookの動きは、ネット戦略を率いる人物たちに、商売道具であるネットワークが取り上げられ、存在が白日の下にさらされかねない、と思わせた。さらにFacebookは、ネットリテラシーを高める取り組みもフィリピンで始めた。

    オング氏は、Facebookが取り組んだアカウント一掃や、フィリピンの選挙委員会および選挙監視団体に対する協力活動を高く評価した。ほかの主要ソーシャルメディア企業は、こうした対策を実施していないのだ。ただし、Facebookが停止したアカウントなどをすべては公表していない点について、透明性の適用が不公平だと受け取られてしまうと問題視している。

    「ある上院議員の偽アカウントは公表され、ほかのアカウントは大々的に報道されることもなく、静かに停止させられた」(オング氏)

    この件についてFacebookは、組織的な信頼性に欠けた活動と関係する停止措置を発表し、それ以外の規約違反と関係するアカウントやページ、グループの削除は公表しない、と回答してきた。

    フィリピンでFacebookに協力しているファクトチェックサイトVera Filesの運営者、エレン・トーデシラス氏によると、2016年と比べて希望が持てる変化は、2019年はドゥテルテ寄りの著名インフルエンサーが大げさな嘘をほとんど発信しなくなったことだという。もっとも、この変化は、ずっと始末の悪い別の問題を引き起こすかもしれない。嘘の目的は変わっていないが、真偽をはるかに確認しにくい内容へ移ったのだ。

    「嘘の度合いが薄まり、受け手が信じ込みやすくなったので、効果が高くなった可能性がある。そして、ファクトチェックも難しくなった。完全な『嘘』だと切り捨てられない」(トーデシラス氏)

    トーデシラス氏はそのような偽情報の例として、今はもうFacebookから削除済みの、「貧困と空腹の日々は終わった」という歌詞の曲を使ったビデオを挙げた

    オング氏によると、大げさな嘘から小さな嘘への変化はより多くの一般ユーザーに訴求することが目的で、Facebookによる低評価を回避するための計算された戦略だそうだ。ファクトチェック担当者から嘘だと判断されたコンテンツは、Facebook内で表示されにくくなってしまう。そのため、2016年にある女性政治家を狙った悪名高いフェイクビデオのような、真っ赤な嘘を発信するのではなく、嘘と真実の境界線からはみ出さずにギリギリを攻めるネット戦略が採用された。

    さらにオング氏は、非公開Facebookグループのユーザーを狙ったり、そのほかの「マイクロメディア操作」を実行したりすることへの注力には、精査対象になることを避ける狙いもある、とした。地球は平らだと信じる地球平面説に関するグループ「Filipino Flat Earth」の場合、グループ管理者が「親ドゥテルテ、親マルコス、反ワクチン、反野党の投稿」をシェアしていた。国外で暮らすフィリピン人向けのグループも、よく政治的メッセージの標的にされていた。

    こうした戦略は、必ずしも成功しない。体の写真ばかり投稿して肉体美を誇示している「目立ちたがりな自分大好き」インスタグラマーが、突如なんの脈絡もなく、報酬を受け取っていると明かしもせず、ある上院議員候補の画像を何枚も投稿したことがある。オング氏はこの行為を、「信頼できないと感じる」ため「下手で無駄」と批評。問題の投稿はその後削除された。BuzzFeed Newsはこのインスタグラマーにコメントを求めたが、反応は得られていない。

    ネット上の足跡を消す目的で投稿を削除する行為も、オング氏らがニュースアカウント偽装と呼ぶ手口である。真っ当なニュースメディアのアカウントと混乱させるために行われるのだ。あるYouTubeチャンネルは、フィリピンの主要ニューステレビ番組のロゴをビデオに表示しており、その番組のビデオだと騙そうとしていた。さらに、文字を改変してYouTubeの監視システムによる検出から逃れ、選挙が終わったら党派制の強い大量のコンテンツを削除した。

    「このチャンネルは、卑猥(ひわい)な表現の一部文字をあえて数字に変えたりしていた。選挙が終了したとたん、極端に党派的な大量のビデオをすべて削除し、偽情報を広めていた膨大なビデオをライフスタイル関係ビデオと入れ替えた」(オング氏らの研究レポート)

    オング氏は、こうした手口の進化が続くとみる。その一方、一番の懸念は、ネット偽情報作戦が政治活動のなかで急速に姿をくらましていることだという。

    「今やこんな状況が当たり前だ。我々はしかるべき人物に責任を負わせられなかった」(オング氏)


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:佐藤信彦 / 編集:BuzzFeed Japan