世界を支配するグローバル裁判所の秘密

    20年の間で、ISDSは企業にとっての強力なツールに変化した。

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    世界には、国々ですら敵わない強大な司法の力が存在する。ISDS条項(Investor-State Dispute Settlement=投資家対国家の紛争解決)。企業が投資したある国が投資協定に違反した場合、企業がその国を相手取って仲裁を申し立てられる条項だ。

    本来、国や企業の利害を調整するものだったはずのISDSが、強大な力を持つようになり、しかもその実態は知られていない。BuzzFeedは18カ月間に及ぶグローバルな調査報道で、問題点を明らかにした。以下が、その概要だ。

    詳細を記した英文記事はこちら。順次公開していきます。


    想像してみてほしい。企業と国とが争う裁判で、企業の肩ばかりを持つ、私的な国際裁判所があったとしたら。

    ある国が、ある国が、企業が深刻な汚染を引き起こすことを禁じたり、汚職に手を染めたCEOを起訴したとする。それに対し企業が、商売の邪魔をされたとして、その裁判所に訴えて国に何億ドル、または何十億ドルもの賠償金を求めることが可能だとしたら。

    想像してほしい。この裁判所の力はあまりにも強大で、国々はその判決に文句をいうこともできず、自国の最高裁の判決と同じように聞き入れなくてはならない。その裁判所は、前例にも縛られず、誰の監視も行き届かない場所で運営されている。

    裁判の審議は公開されず、決定の内容も非公開だ。そして、判決を下す人の大部分は欧米のエリート企業弁護士で、この裁判所の権限が拡大するほど彼らの既得権益も増える。

    彼らは、ある日、法廷で企業のために熱弁をふるっていたかと思えば、別の日には裁判官として判決を下している。彼らの一部は、自分たちを「クラブ」とか、「マフィア」だと、冗談交じりに表現する。

    この裁判所が下す懲罰は、あまりにも強烈で、その判断はあまりにも予測不可能だ。そのため、訴訟をするという脅しを受けただけで、大きな譲歩が得られることがある。自国の新しくできた法律を変えたり、有罪判決をなかったことにする国さえある。

    この裁判所は実在する。世界中のオフィスビルや会議室などの閉ざされた扉の向こう側に。

    通称ISDS条項(Investor-State Dispute Settlement=投資家対国家の紛争解決)と呼ばれているこの条項は、NAFTAやTPPなど、国際的な貿易協定の中に含まれている。米大統領線選挙の争点にもなっている。

    BuzzFeed NewsはISDSについて調査するため、18カ月の間、200人にインタビュー取材をしてきた。この間、多くの機密文書を調べた。中東、中米、アジアで取材し、ISDSの、曖昧だが非常に重大な特徴をつかむことができた。これら裁判所の闇に包まれた運営と、企業がどうやって彼らと協力し、主権国家を跪かせてきたのかを。

    ISDSとは、そもそも、国と、その国でビジネスをする外国企業との間の紛争を解決するための、拘束力のある仲裁のことだ。

    条約によって、ISDS条項のルールは少しずつ違うが、システムは大体同じだ。通常、企業が訴えると、3人の仲裁人からなる裁判で判断する。仲裁人の多くは民間弁護士だ。

    3人のうち1人目は企業側、2人目は国側、3人目は両者が一緒に決めるのが通例だ。

    1950年代に考案されたISDSのシステムは、発展途上国と、そこに投資しようとした外国企業の双方に利益をもたらすのが狙いだった。もし、その国がならず者国家で、企業の財産を押収したり、国内企業を優遇するあまり、差別的な扱いがあった場合、企業は公正で中立な審判を仰げる。外国企業が安心して進出してくれば、受け入れ国もその結果として、道路や病院や産業を手に入れることができる。

    ISDSを擁護する人たちは、次のように話す。経済発展を促し、ならず者国家の指導者に警告を出し、砲艦外交や、国際的な緊張を避けるのに、この条項は役立ってきた。なぜなら、それぞれの国の大企業の争いを解決できる場について、合意できたからだ。

    しかし、過去20年間で、ISDSは、企業にとっての強力なツールに変化した。それは、元のシステムを作った人たちにさえ、衝撃を与えている。

    BuzzFeed Newsの調査報道では、ISDSの4つの側面をみていく。最初は、おそらく一番知られておらず、耳障りな事実で始まる。有罪判決を受けた企業やその幹部が、この特別な場に訴え出ることで、罰を受けずに済んだ、という話だ。

    その後に続く話は、ISDSに訴えられるかもしれないというだけの脅威が、ある国の法律を骨抜きにしたこと。変えさせる脅威となりうること。いくつかの金融機関が、正義のためであるはずのルールを、利益を生み出すのためのエンジンに変化させたこと。そして、アメリカさえも外国企業からの訴訟の犠牲になりうること。

    以下に続くのは、その要約だ。(詳細記事は英文で順次公開します)

    1:世界を統治する裁判所

    ISDSについてよくある警告は、企業が自分たちの都合で、公益性のある法律を廃止させようとしているというものだ。

    例えば、タバコのパッケージに健康被害の警告を出す法律や、水源を危機にさらすような採掘を禁止するような法律だ。しかし、BuzzFeed Newsはもっと衝撃的なことを発見した。それは、資金洗浄や汚職の容疑で起訴され、中には有罪判決を受けた企業幹部たちが、ISDSを利用して罪を逃れようとしていることだ。

    以下の3つは、私たちが世界各地を取材し、発見したいくつかの事実だ。

    • エジプトでは、ドナルド・トランプのビジネス・パートナーだった不動産王が、エジプトの人たちから何百万ドルもの金額をだましとる取引に関わったとして、懲役5年を宣告された。これはタハリール広場革命後、初めての汚職有罪判決の一つだった。長年、汚職で利益を得てきたエジプトのエリートたちがようやく罰せられるという希望が持たれたが、この不動産王はエジプト政府をISDSで訴え、宣告された懲役をなかったことにした。
    • エルサルバドルでは、ある工場が、長期にわたって国の指導を無視し、村を鉛で汚染していたことがわかった。村には大勢の子供がいた。しかし、工場側の弁護士はISDSを使って、刑事訴追や地域の汚染除去、必要な医療提供の責任を逃れた。
    • インドネシアでは、3億ドル以上の横領で有罪判決を受けた、金融業者2社が、ISDSを利用することで、インターポールをかわし、資産を隠し、罰を無効にした。これらの企業幹部たちは、自分たちの非を認めていない。

    第1章の詳細な記事はこちら(英文)。

    2:インドネシア 数十億ドルの最後通告

    企業にとって、一番よくあるISDSの使い方は、実際に裁判所に行って、仲裁をしてもらうことではない。訴える、と言って脅すことだ。ISDSの判断は偏っているうえ、予測不可能で、仲裁人が破滅的な額の罰金を出す可能性もある。そのため、いかに企業の要求が極端だったとしても、それに従うことが賢明な選択に見えることがある。

    密室での脅迫行為によって、国が折れた、という事実を証明するのはとても困難だ。しかし今回、Buzzfeed Newsはそれをやった。

    インドネシアの独裁者・スハルト大統領の独裁政権時代、金採掘企業Newcrest Mining社は、熱帯雨林を伐採し、金を採掘できる幅広い広範な権利を得た。儲けの大きい契約だ。スハルト政権が終わると、新しい民主的な政府は、環境破壊が懸念される露天掘りを禁止した。

    しかし、Newcrest社は、新しい法律が適用されなかったかのように開発を進めた。法には実効性がなかったからだ。

    ISDSで訴えるぞ、という脅しを振りかざすことで、Newcrest社は、スハルト政権下と変わらない条件で開発を続ける権利を保ち、巨額の利益を享受する方法をみつけた。Newcrest社はそのような脅しを「意識していなかった」とし、そんなことは容認もされなかっただろうと述べた。

    Newcrest社の元幹部はインタビューで脅威を伝えたと証言した。その他にも書類や、インドネシア政府の職員、法律家の話などから、インドネシア政府が数十億ドルもの支払いを恐れるあまり、Newcrestを法律の例外として扱っていたことが証明された。村や人々の生活を破壊しながら、鉱山の開発は行われた。

    第2章の詳細な記事はこちら(英文)。

    3:スリランカ 彼らをもっと貧乏に、我々はもっと金持ちに

    世界を金融危機に陥れた銀行やヘッジファンドなどは、ISDSを新しい目的で使うようになった。物議を醸し、懐疑的に見られている手段で、利益をあげようとしている投資家たちの手助け、という目的に。

    ISDSはもともと、橋、鉱山など、途上国の開発に貢献する大規模な投資に問題が発生した時のためだけのものだった。実際、かつては、ISDSには金融業界から持ち込まれた訴訟は、わずかだった。しかし、今日、貧しく、金融危機の影響で困難の真っ只中にいる国に対する大量の申し立ての背後には、金融業界の企業の存在がある。

    スリランカでは、ドイツ銀行が、高リスクで投機的な金融派生商品を、国営石油会社に売っていた。世界金融危機を引き起こしたのと同じ種類のものだ。スリランカの最高裁判所が、取引の公正性を捜査するため取引を中断させた際、ドイツ銀行はすでに600万ドルもの利益を得ていた。

    そしてさらにドイツ銀行はISDSに仲裁を申し入れ、6000万ドルもの金額を得た。ISDSがこのような投機的でリスクの高い商品に適用されたのは初めてのことだ(ドイツ銀行はのちにスリランカ政府と和解した。また同社は、記事の一部について「同意しない」とコメントしている)。

    大銀行や金融業者は今、全く想像もしなかったような新しいタイプのISDS訴訟を起こしている。アメリカなどの先進国では禁止されたり、国の緊急事態対応に反したりするような訴えだ。

    一部の金融業者とISDSの弁護士たちは、全く新しいビジネスを作りあげた。国を訴える方法を見つけて国民が納めた多額の税金を巻き上げること。裁判のための費用は「第三者の資金提供者」が会社に提供し、その代わり、最終的に得られたお金を手にしていく。

    金融業者がこんな風にISDSを使っていることに批判的なある弁護士は、このように語った。「私に言わせると、これは新しいタイプの投資です。彼らをもっと貧乏にして、我々はもっと金持ちになろう、という」

    第3章の詳細な記事はこちら(英文)。

    4:米国 自らが生んだ問題

    米国は、自分たちの国の法律は十分フェアだから、ISDS訴訟に負けることはありえないない、と常に主張してきた。しかし、実際は、米国はただラッキーなだけだった。

    米国はISDSのメリットを他国に吹聴しているが、アメリカ自身は、この国際裁判所と関係のある条約をあまり結んでいない。だが、TPP(大統領選の争点でもあり、議会での投票が待たれる)はこの状況を大きく変え、他の先進国に本拠がある大企業が、アメリカに法的な挑戦をするための道を拓くことになるだろう。

    国務省でかつて仕事をしていた弁護士は、こう話す。

    「アメリカ政府は、私たちは訴えられないと思い込んでいたんだと思う。アメリカの法律は、とても投資家に有利だからと。『投資家の弁護士たち』にここまでの創意工夫ができるとは、アメリカ政府も想像していなかったのでしょう」

    第4章の詳細な記事はこちら(英文)。