花火市場爆発 人々が「時限爆弾」の上で現状維持を続ける理由

    2世紀にわたって花火をつくり続けてきたメキシコの街で頻発していた事故。「ここの住民は、ほかのことをする術を知らない」

    12月21日、地元の花火市場のまわりに張られたフェンスの金網に、放心状態の人々が手をかけていた。死傷者に関する最新リストを待つ人々だ。待っていた人々の1人、ロザリオ・バリョスは、夜を徹して病院を十数軒以上駆けまわり、義母を探したが、まだ手がかりは得られていなかった。

    前日、立て続けに起きた爆発が、トゥルテペックで人気の花火市場「サンパブリト・マーケット」を破壊し、少なくとも35人が死亡、72人が負傷した(12月23日現在)。負傷者のなかには子どもも数人おり、米テキサス州ガルベストンにある専門病院に搬送された。

    「地面が隆起し、家が左右に揺れた」と語るのは、近所の住人フランシスコだ。花火市場が爆発炎上したとき、彼は現場から300m離れた場所で食器を洗っていた。「辺りを覆う煙の真ん中には、肉片が散らばっていた」と彼は付け加えた。

    爆発の正確な原因については、現在まだ調査中だ。目撃者が撮影した動画には、立ち上る煙が、市場全体に広がる様子が収められている。爆発当時、クリスマスと大晦日に向けて、市場には、乱玉花火や爆竹などの花火があふれ返っていた。鮮やかなオレンジ色の閃光が連鎖反応を引き起こし、雲のようなチャコールグレーの煙に穴をあけていた。

    住民の口からもれた一言は「またか?」

    トゥルテペックでは、このような火災が日常茶飯事になっており、花火市場に悲劇の傷跡を刻み込んできた。2005年にも爆発が花火市場を吹き飛ばし、何十人もの人々が負傷し、何百軒という露店が破壊された。1998年には、花火を秘密裏に製造する工場で爆発があり、少なくとも6人が死亡、150棟以上の家屋が損壊した。そのためか、12月20日の火災発生時においても、住民の多くの口からもれたのは「またか?」の一言だった。

    メキシコシティー郊外にある、人口およそ13万1000人のトゥルテペックは、メキシコにおける花火産業の中心地として知られている。2013年の調査によると、トゥルテペク住民の60%が花火産業に関わっているという。事業の多くは家族経営で、その運営は小さな倉庫で行われている。

    メヒコ州警察の救助隊長、ヘスス・パチェコは「この町はそういう町だ」と花火市場の脇でBuzzFeed Newsに語ってくれた。12月20日、爆発の30分後に彼が現場に到着すると、ケガを負い、服を焼かれた人たちが、自分の身内を外へ運び出していたという。それでも、「人々が花火の使用をやめることは今後もないだろう」と彼は語った。

    爆発後、負傷者たちが近くの病院に救急搬送されている中でも、トゥルテペックの住民たちは地元のパーティーで花火を打ち上げていた、と12月21日の朝、現場にいた数人がBuzzFeed Newsに語ってくれた。

    「頭にあるのはお金のことだけだ」

    先述の2013年の調査によれば、メキシコ全土で約4万世帯の家族が、花火の売上から収入を得ている。メキシコでは、カトリック聖人の祝日などに花火が必需品となっているのだ。

    「これまでにこんなことが3度もあり、住民たちは危険を身をもって体験してきた。どうしてこんなことが起こるのかって?ここの住民は恐怖心を振り払ってきたんだ。頭にあるのはお金のことだけだ」とフランシスコは語る。地元の花火産業を牛耳る人々からの報復を恐れる彼は、名字の公表を拒んだ。

    花火市場で働く家族がいる人々によると、市場で売られている花火の値段は、5セント(約5円)から7ドル(約800円)ぐらいのようだ。単価は高いようには思えないが、この時期になると需要が急増するため、この値段でも「良い商売」になる、とアンヘル・ソラノは12月21日の朝、ワイヤーフェンスに寄りかかりながら語ってくれた。

    貧困生活を送っていても、職業訓練の機会はない

    トゥルテペックの住民の多くがそうであるように、ソラノの親族も、大半が花火産業で働いている。花火工場の爆発により、叔父が顔に大やけどを負ったあとでもそれは変わらない。「ここの住民は、ほかのことをする術を知らないんだ」とソラノは語った。

    ソラノの妻イルセ・グスマンも、夫のそばで、彼女の友人に関する知らせを待っていた。友人は、花火市場にある300軒の露店の1つで働いていたのだ。グスマンは、トゥルテペックを離れたいという気持ちがあると述べた。トゥルテペックでは、住民の大半が年間を通して、12月に売る花火を自宅や小さな工場で保管しているのだという。「時限爆弾の上に座っているようなもの」と彼女は付け加えた。

    メキシコの社会開発政策評価議会(National Council for the Evaluation of Social Development Policy、CONEVAL)による2010年の報告書によると、トゥルテペック住民の半数近くが、中程度から極度の貧困生活を送っているという。後者の、極度の貧困生活のカテゴリーに当てはまる9%の住民は、収入をすべて食費にあてても満足に食べていくことができないレベルだ。また、住民の49%が医療サービスを受けることができない。また、トゥルテペックで職業訓練プログラムを提供している学校は1校もない。

    トゥルテペックの住民は、2世紀にわたって、花火をつくり、売ってきた。彼らは独自の化学式を、まるで家宝のように世代から世代へと伝えてきた。19世紀のトゥルテペックの花火職人たちは、近くの火山から集めた灰で火薬をつくっていたという。

    「1軒が燃え出せば、全部がそのあとを追う」

    花火は多くの場合、地元当局に登録されていない秘密の小さな倉庫で、手作業でつくられ、装飾が施されている。花火は町中で売られているが、その中心地はサンパブリト・マーケットだ。ある人たちは、花火市場内の露店は間隔をあけて設置されており、それぞれが消火器を数本備えていると語った。しかし別の人たちに言わせると、安全対策が十分だったとはいえないようだ。

    「1軒が燃え出せば、全部がそのあとを追うことになる。ここの人々もそれはわかっていた」とソラノは語った。

    それでも、BuzzFeed Newsが話を聞いたほかの人々は、今回の爆発の原因は、当局の見落としでも、露天商の不十分な安全対策でもないと確信している。彼らに言わせると、これは(キリスト教ではもともと偶像崇拝が禁止されているにもかかわらず)メキシコで偶像があふれていることへの神による天罰だというのだ。

    トゥルテペック市当局によると、サンパブリト・マーケットでは、8月から年末にかけて約100トンの花火が販売される見込みだったようだ。メキシコの人々が、グアダルーペの聖母の日(12月12日)とクリスマス、大晦日を祝う12月は、特にかき入れ時だ。

    法律では、露天商が客1人に売る花火は10キロまでとされている

    12月21日の朝、空気にはまだ火薬の匂いがかすかに残っていた。1000人以上におよぶ警官と兵士が花火市場の敷地内を徘徊する傍らでは、焦げた盛り土から、らせん状の煙が、弱々しいとはいえまだ立ち上っていた。しかし、いつもの日常は静かに戻りつつあった。

    ある男性が、見物人を相手にタバコを1本単位で売り歩いていた。ティーンエイジャーの集団が興味深げな様子で自転車を止めて、現場を見て、また立ち去っていった。中年夫婦が開くタマル(粉の生地にフィリングを詰め、トウモロコシの皮で包んで蒸した料理)の屋台からほんの少し離れた花火市場のフェンスには、色あせたキャンバス地の標示がぶら下がっていた。その標示には、「やけどの場合に備えて」従うべき安全対策が箇条書きにされていた。


    翻訳:阪本博希/ガリレオ、編集:中野満美子/BuzzFeed Japan

    この記事は英語から翻訳されました。