iPadの再臨。スティーブ・ジョブズの予言は的中するか

    iOS11を搭載した新iPad Proの2機種。その技術の粋とは。

    Appleの故スティーブ・ジョブズはよくポスト・パソコンの世界をこう例えた。「パソコンはトラックだ。タブレットは乗用車だ」

    トラックから乗用車に滑らかに移行したことでアメリカの都市化は進んだ。パソコンからタブレットへも同じように切れ目なく移るだろうと言いたかった。

    「アメリカが農業国だったとき、全ての乗り物はトラックだった。農場で必要だったからだ。だが、乗り物が都心で使われ始めると、乗用車が人気を博した。オートマチック・トランスミッションやパワーステアリングのようなイノベーション、トラックではあまり気にも止めなかったことが乗用車では最重要になった」「パソコンはトラックのようになるだろう。使われ続け、価値もあり続けるだろうが、ユーザーはX人にひとりとなるだろう」

    2010年。iPadの誕生から半年後の発言だった。そして的中した。

    投資家メアリー・ミーカーはその1年後、年次資料「インターネット・トレンド」でiPadとiPhoneの商品立ち上げからの売れ行きを比べている。iPadは3倍だった。

    だが、2013年半ば以降、暗雲がたれ込める。これまで13四半期連続で販売台数は減少。買い替えが進まないのが一因だった。

    買い替えの鍵を握るiOS11

    今年、Appleは消費者に新iPadを買わせようと躍起になっている。3月、ライトユーザー向けにこれまでより低価格の9.7インチiPadを発売。そして6月5日、開発者会議WWDCで、プロ向けにiPad Proを2種類発表した。これまでの12.9インチに加え、新たに10.5インチも投入する。

    iOS11もiPad向けに特化した改良を重ねている。ソフトウェア・エンジニアリング担当のクレイグ・フェデリギ上級副社長は、iOS11について「iPad史上最大のリリースだ」と話す。ワールドワイドマーケティング担当のフィリップ・シラー上級副社長は「iOS11でiPad向けにやったことは、それだけで重要なソフトウェアのリリースになるぐらいだ」

    iPad愛用者はプロダクティビティの改善を待ちわびてきた。画像やリンクのアプリ間のドラッグ&ドロップ、一元的なファイル管理などはその期待に沿うものとなる。

    長らくiOSはiPhone向けに作り込まれ、iPadは二の次だった。ようやくその流れを変えたようにみえる。

    たしかに昨年、iPad Proは進化したが、見合ったOSの更新がなければ「母艦」パソコンとしては物足りなかった。新OSと新iPadの組み合わせは、新たな時代の幕開けかもしれない。

    少なくともAppleはそう願っている。シラー上級副社長は「iPadを一番に使うコンピューターデバイスにしたいと思うユーザーに向けて、iPadをそのような、より良いデバイスにしたい」と話す。

    オリジナルの9.7インチiPad Proを愛用していたプロたちも、新しい10.5インチiPad Proと、より大きくなるスマートキーボードには目移りするだろう。

    「10.5は非常に面白い境界をまたぐ」。フェデリギ上級副社長の言葉だ。「枠を削り、ベッドで支えながら読むによいサイズを保ちながら、フルサイズのキーボードもある。目では分かりにくいが、実際に両手を置いてみて、タイプし始めれば『ああこれだ、やっとマックのようにタイプできる』とすぐに感じるさ」

    初歩的な改善に見えるが、これは重要な進化だ。iPad Proが「将来のパソコンについてAppleが持つビジョンのもっともクリアな表現」(ティム・クックCEO)なら、快適なタイピングは欠かせないだろう。少なくとも脳から直接タインピングができるようになるまでは。

    ProMotion

    同様に、画面の滑らかなタッチ操作も欠かせない。鍵を握るのはProMotion。ディスプレイでイメージがリフレッシュされる間隔を半減させた。速度が60Hzだった第一世代。新機種は4Kテレビに匹敵する120Hzになっている。

    その結果、動画再生でも、写真のズームでも、絵を描くのでも、反応が早く、画像も繊細だ。Appleは、水たまりに指をつけるような反応レベルを目指している。

    現在、Apple Pencilの反応のラグは20ミリ秒。ほとんど知覚できないレベルまで速くなった。紙に描くような経験を目指したApple。機械学習をベースとしたアルゴリズムで、Apple Pencilの次の動きを予測し、ラグを消し去ろうとしている。

    「Pencilが向かいそうな地点を予測する。だから、Pencilが到着した直後ではなく、到達した瞬間に、描ける」とシラー上級副社長。

    2009年にAppleに戻って以来、各種製品のイノベーションを率いてきたフェデリギ上級副社長にとってProMotionはiPad Pro用の大きなアップグレードだった。ベーキングパウダーと酢を化学反応させられることを知った子どものように興奮する発見が起源だった。

    「120Hzディスプレイで、非常に遅延が低い、初期のプロトタイプを作り、Mac Proで動く開発装置につなげたんだ。タッチスクリーンの感覚は信じられないぐらい素晴らしかった。ディスプレイが直接指にくっついたかのようだったよ」

    これは4年前のことだ。Appleはすぐに実現に必要なチップの開発に取り組んだ。消費者が初めて今、商品となって目にする120Hzのディスプレイ。パワフルで効率のよいチップが搭載されている。度重なる研究開発の賜物だ。そしてAppleがどれだけiPadの進化に心血を注いできたかを示している。

    フェデリギ上級副社長は胸を張る。「大きな、部門をまたいだ努力だった。貢献しなかったエンジニアリングのチームはほぼない。上手くいったと思っている」「『奇跡のようだ』という言葉を何度も使ったけど、そのように感じている」

    嬉しい4機能

    だがこれはハードウェアの話にすぎない。ハードウェア、ソフトウェア、サービスの切れ目ない統合「まるごとのウィジェット」(故スティーブ・ジョブズ)がAppleの強みだ。

    iOS11はiPadにこれをもたらすだろう。iPad専用の「padOS」とは言わないまでも、iPad向けに練られている。これまでiPadを母艦して使おうとして失敗してきたユーザーには嬉しい4機能が付いている。

    まず、非常にMacに似ていて、お気に入りアプリがずっとドックに表示される。次に、アプリを横断して、直感的にほぼなんでもドラッグ&ドロップができる。さらに、印刷機能のあるアプリにおいては、Apple Pencilを使って、文書、写真、スクリーンショットに書き加えられる。

    最後に、ファイルアプリで、ドキュメントやメディアを一括管理できる。iPadにあろうが、Macにあろうが、Dropboxのような外部ストレージにあろうが、構わない。これはファイル階層を自らデザインしたいユーザーにも適している。

    タブレットは乗用車か?

    「普通の人のためのコンピュータ(The computer for the rest of us)」。1984年にAppleがMacを発表したときのスローガンだった。iOS11で動く10.5インチiPad Proには、同じことが言えるのだろうか?

    AppleはMacとiPadともに将来長きに渡って使われると考えている。「手に収まる製品は直接的な操作のためにデザインされています。デスクで使う製品は間接的な操作のためにデザインされています。こうした考え方を煮詰めれば、最大限に活かせば、オーバーラップは不可避でしょう。でも最終的には、ユーザーはやりたいことにもっともふさわしい製品を選ぶでしょう」とフェデリギ上級副社長。

    冒頭の故スティーブ・ジョブズによる車の例えに戻ろう。スマートフォンが行き渡った現代でもまだ通じるだろうか。乗用車はタブレットではなく、スマートフォンだったのではないか。

    フェデリギ、シラー両上級副社長は、まだこの例えは当てはまるという。「例えを拡大解釈するのではないが、乗用車、トラック、そして両者がオーバーラップする領域があると思う」とシラー上席副社長。

    「スマートフォンはデジタルで持ち運びできる鍵となる形態になっている。いつも身につけている。ブラウザーであり、コミュニケーションの道具であり、カメラだ。だが映画を作ったり、アプリを書いたり、重量仕事はできるか? もちろんできない。こうしたハイエンドのタスクには、トラックが必要だ。つまりMacだ」

    「iPadは両者の間のユニークなものを提供する。クロスオーバー車みたいなものだ。車の世界では、クロスオーバーは劇的に成長している」

    この記事は英語から編集しました。