空爆決定の30分前。国家機密をブロガーがツイートした。国家との不気味な関係

    SNSが涵養する「ニューメディア」の伸長。メディアのパラダイムシフト。

    「速報!今夜、アメリカがシリアを空爆か」。あるブロガーがこんなツイートをしたのは4月6日トランプ大統領が空爆を決める30分前だった。なぜ、一介のブロガーがこんな情報を発信できたのか。背景には、記者らを震撼させる構図が横たわる。

    Breaking news! Possible air strikes by the U.S. in Syria tonight.

    このブロガーはマイク・セーノビッチ氏。「移民にIQテスト、高い人だけ受け入れる」「言論の自由」「白人が罪悪感(ホワイト・ギルト)を覚える必要なし」「人種ごとのアイデンティティ政治か、一切なしのどちらか」「銃に賛成」「反戦」——。こんな政治信条を持つ。

    弁護士であり、ブログやTwitter、YouTubeなどを駆使して、主義・主張を広げ、影響力を行使している。

    Mike @Cernovich now seems to have anonymous sources in the White House, or close to it: https://t.co/ZIWJ8fachW

    アルファ・メイル

    米大統領選前までは「ネット上の女性蔑視主義者」(New Yorker)に過ぎなかった。例えば、2011年に始めたブログ「デンジャー・アンド・プレイ」は当初、女性の落とし方を教えた。2015年に本「ゴリラ・マインドセット」を出版。男性向けに、支配的なアルファ・メイルであるべきだ、と自信の持ち方を説いた。(アルファ・メイルとは「群れを支配する雄」のこと。チンバンジーの例が有名)

    そのツイートを並べると、極端な思想が浮き彫りになる。

    女は攻撃的な男が好きなんだ」「誰が乳がんやレイプに関心を寄せるんだ? 私にはどうでもいい」「40歳を超えた女は性転換者と変わらない」「デートレイプなんてものは存在しない」

    This is the guy the White House is promoting today, in case for a second you thought this wasn't all a dumpster fir… https://t.co/tEGUIDkDgv

    ネットで煽り

    知名度を上げたのはネットでの煽り。「対立は注目」「注目は影響力」がモットーで、わざと好戦的なツイートを繰り返す。

    2014年、「ゲーマーゲート事件」で有名になった。ゲーム業界に関係する女性を狙った一連のネットの嫌がらせで、個人情報が晒された。殺害予告が出されるまでに発展し、米国内で大きな問題となった。

    この中で、セーノビッチ氏は反フェミニズムの旗を上げて、賞賛を浴びる。

    煽る戦略は「ブランドを築くため」。南カリフォルニアの自宅を訪ねた、New Yorkerのアンドリュー・マランツ記者に対して、こう明かしている。

    「ピューリッツァー賞に価するジャーナリスト」「グローバルな世界ブランド」と豪語。だが「セーノビッチ・メディア」で発信しているのは「私ひとりだけだよ、きみ」と笑ってもいる。

    デマから銃撃事件に

    2016年の大統領選をきっかけに、主要メディアはセーノビッチ氏を相次いで取り上げた。フェイク(偽)ニュースを拡散させた中心人物の一人だったからだ。

    例えば、ワシントンDCのピザ店が児童虐待の拠点になっていて、ヒラリー・クリントン候補がこれに関与しているという偽ニュース。これは12月には、デマを信じた男が店に銃を持って押し入る事件に発展した。「ピザゲート事件」と呼ばれる。

    セーノビッチ氏は、クリントン候補がパーキンソン病を患っているというデマ拡散させている。テレビ番組60Minutesで、このデマについて問われると、「フェイクではない」「100%真実だ」と堂々と答え、インタビュアーに対して「我々は異なるユニバースにいるんだよ」と切り捨てている。

    That story got so much traction, it had to be denied not only by Clinton’s doctor, but by the National Parkinson’s… https://t.co/LG5b67Io1Q

    「見逃せない」と大統領顧問

    このテレビインタビュー。セーノビッチ氏は文字に起こし、自らブログ投稿している。その投稿を「全文を読みなさい」とツイートした政権幹部がいる。

    ケリーアン・コンウェイ大統領顧問。大統領報道官が初会見で発した嘘を「オルタナ・ファクト」と呼んで物議を醸した人物だ。

    A must-see ratings bonanza: @cernovich @scottpelley @60Minutes: Watch this entire exchange or read full transcript. https://t.co/3FLZG1HrJD

    セーノビッチ氏は、トランプ大統領を応援し、その支持者を栄養源に「メディア」として影響力を伸ばしてきた。BuzzFeed Newsの取材に「我々はパラレルな機関を築いてきた」と話す

    「トランプ支持者は、メディアから不当、または不正確に扱われたと感じた。だから、その多くがニュースで報じられる基本的な事実を信じなかった。だからこそ、我々は答えをつくった。それが『リアリティ・ニュース』と私が呼ぶものだ」

    トランプ大統領の息子が称揚

    こんな思想を持つセーノビッチ氏をトランプ大統領の長男も4月4日、ツイートで持ち上げた。「スーザン・ライスの特ダネを取って、セーノビッチおめでとう。ジャーナリズムが偏向していなかった大昔なら、ピューリッツァー賞を取っていただろう!」

    Congrats to @Cernovich for breaking the #SusanRice story. In a long gone time of unbiased journalism he'd win the Pulitzer, but not today!

    アメリカのジャーナリズムで最も権威ある賞ピューリッツァーに値すると大統領の息子が褒めた特ダネ。「スーザン・ライスが次期トランプ政権幹部の身元を暴くように要請していた」という内容で、ブログ投稿サイトmediumに載った。

    「トランプ次期政権の側近の身元を明かすよう要請した人物は、オバマ前政権時代に国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたスーザン・ライスだった」

    BREAKING NEWS! Susan Rice requested unmasking of incoming Trump administration officials.

    このニュースの背景には、オバマ前政権によるトランプ大統領の盗聴疑惑がある。事実なら大問題だ。

    「特ダネ」とオバマ前政権の盗聴疑惑

    トランプ大統領は3月4日、大統領選の「勝利直前、オバマ大統領(当時)がトランプタワーで私を『盗聴』していたことがわかった」とツイート。

    Terrible! Just found out that Obama had my "wires tapped" in Trump Tower just before the victory. Nothing found. This is McCarthyism!

    この発言を裏付ける証拠があるのか。ライス氏の行動は、この疑惑と関係あるのか。セーノビッチ氏の記事に関心が集まった。

    大手メディアが「追っかけ」

    この特ダネは大手メディアが相次いで追いかけた。ブルームバーグは翌3日、トランプ大統領の政権移行チームとその面会相手など「重要な政治情報」がライス氏への報告書に含まれていたと報じた。その人物は匿名になっていたが、ライス氏が身元を明かすよう指示したという。

    だが、筆者のエリ・レイク記者は、ライス氏の行動が明らかになったからといって、トランプ大統領のツイートが正しいと証明されるわけではないと釘を刺した。

    ライス氏も反論。4月4日のMSNBCインタビューで、報告の文脈を理解するために米市民の身元を尋ねることは度々あるが、政治的な目的ではなく、第三者に漏らしたこともないと説明している。

    この行為が職務上の必要性や政治性について、メディアでも見方が分かれた。

    そもそも盗聴があったのかも、まだはっきりしていない。4月29日、この件についてCBS記者から質問されたトランプ大統領はインタビューを打ち切っている。

    記者は震撼

    だが、既存メディアの記者たちは、「セーノビッチ氏が『特ダネ』を取る」という構図により衝撃を受けた。

    セーノビッチ氏にリークした人物が誰かは分からない。だが、構造として《政権寄りの記事を投稿するブロガーに対して、政権が自らに都合のよい情報をリーク⇨政権の特ダネを書く⇨政権が褒め、リツイート⇨拡散》を暗示する。

    こんなことが可能になったのは、ネットやSNSの登場で情報を拡散させるコストが格段に下がったためだ。

    「大統領顧問の誰かが実際に、マイク・セーノビッチに話していることが最大の隠れた詳細だ」。月刊誌コメンタリー・オンライン版のノア・ロズマン編集長は、特ダネをブルームバーグが追いかけたことを受けて、こうツイートしている。

    The biggest unspoken detail in Eli Lake's report: someone in the White House counsel's office really is talking to Mike Cernovich.

    喜ぶ「ニューメディア」

    親トランプのネットは狂喜した。既存メディアを出し抜く「ニューメディア」の勝利を象徴するように映ったのだ。

    「セーノビッチは、新たなドラッジ?」というツイート。

    「ドラッジ」とはドラッジレポートのこと。1998年、クリントン大統領(当時)の不倫スキャンダルを特報し、一躍有名になったまとめサイト。

    このツイート主はジャック・ポソビエック氏。親トランプ大統領のブロガーで、ツイッターフォロワーは11万人を超える。ピザゲートを拡散した一人。

    誰もが「記者」になれる時代。権力を監視し民主主義を支えてきた伝統メディアは厳しい戦況に追い込まれている。

    「記者トランプ」

    これまでもメディアと政権の癒着は問題視されてきた。大統領の長男や大統領顧問がセーノビッチ氏を褒めたのは、偶然かもしれない。

    だが、SNSが媒介するブロガーと政権の「共生関係」は、紙時代とは次元が違う。政権のメッセージに忠実であれば、ページビューやフォロワーという報酬が得られる。

    トランプ大統領は大統領選で、気にいった個人や意見をリツイートし、戦略的に情報を拡散させてきた。大統領就任後も変わらない。

    マスメディアには、記者として訓練を積んだデスクがいて、ニュースを価値判断し、編集して、配信してきた。メディアは、権力を監視し、読者に正確な情報を提供し、健全な民主主義を育てる役割を担ってきた。

    だが、Twitterを駆使し、気に入らない記事を「フェイク(偽)ニュース」と呼ぶ政権がデスク席に「座る」とき、何がその力を制御するのだろうか。