「葬式のことばかり考えている」 米の医療保険制度廃止を恐れる人々

    オバマケアはどうなるのか

    ドナルド・トランプ氏が当選を果たした数日後。アーシュラ・ガーザ(38歳)は、自分の葬式のことを考え始めた。

    オバマ大統領が成立させた国民皆保険制度(通称オバマケア)を、トランプ次期大統領が廃止するかもしれないからだ。

    テキサス州サンアントニオに住むガーザは、糖尿病患者だ。長年医療保険なしで過ごしてきた彼女が、必要なインスリンを手に入れるには、人に頼るしかなかった。

    インスリンは自分で買えば600ドルもするので、診療所で働く友人や寄付センターに頼み込んで、一瓶ずつ分けてもらっていたのだ。そんな彼女も今年4月、ついにオバマケアにより保険に加入できることになった。

    ガーザはこの制度で、インスリンを持続的に注入できる「インスリンポンプ」を手に入れられるようになった。この制度はまさに命の恩人だ、とガーザは言う。だが、何年もの間、医療保険なしに過ごしてきたツケは大きかった。彼女は今、慢性的な痛みと神経障害を抱え、視力も低下している。

    他の多くの米国人と同じように、ガーザは、トランプ氏が選挙公約を守ってオバマケアを廃止したら、医療保険を失うことになるかもしれないと考えている。オバマケアがなくなってしまったら、11歳の娘を抱えるシングルマザーのガーザは、どうやって生きていったらよいか分からない。

    「恐ろしいです。トランプ氏が医療保険を奪ってしまうなんて悪夢です」とガーザは心配する。「ひとりの人間に対処できる限られています。もしまた保険のない状況に戻ってしまったら、どうなるか分かりません。嫌なことですが、お葬式のプランのことばかり考えています」

    トランプ次期大統領がオバマケアをどうするかという問題は、彼の政策の多くと同様、宙に浮いたままだ。そのため、たくさんの人が最悪の事態に備えている。トランスジェンダーの人たちは、慌ててホルモン剤を買いだめしたり、性別適合手術の予定を立てたりしているという。毎月の避妊薬代が再び高くなり、手が届かなくなるからと、インプラント型の避妊具を埋め込んでもらおうと考えている女性たちもいる。

    医療系の非営利団体、カイザーファミリー財団で副理事長を務めるゲイリー・クラクストンによれば、オバマケアによって保険に加入した2000万の人たちに何が起きるのかは、まだ全く分からないという。

    トランプ氏が大統領に就任すれば、これまでとかなり違う状況になるだろう。そこに至るまでには混乱が起こる可能性がある、というのだ。

    何カ月もの選挙遊説の間、オバマケアを撤回すると約束してきたトランプ氏。だが、当選後、「既往症による保険加入の拒否禁止」など、この法律の重要な項目は残すことも考えていると匂わせた。しかしそれは、決して簡単なことではないとクラクストンは言う。

    クラクストンによれば、オバマケアでは、希望する人は既往症に関係なくすべての保険を利用できるという。「しかしそれは、たくさんの条件が揃って初めて実現するのです」

    オバマケアによる保険への強制加入が廃止になれば、保険料を払う(あるいは保険未加入で罰金を払う)健康な人が足りなくなり、病気のある人たちに支払う保険金が足りなくなる、と専門家は分析する。

    そうなれば、保険会社はこうしたすでに病気の人たちの加入を拒否するか、少なくとも、より高額の保険プラン、または彼らがすでに患っている病気をカバーしない保険プランに入るよう強制しなければならなくなるだろう。

    糖尿病を患うガーザのように、最近医療保険を受けはじめた人たちは、将来を悲観し絵ている。「今は何も分かりません」とガーザは語る。「私のような病人でも支払えるプランを、出してくれる保険会社はあるのでしょうか」

    オハイオ州デイトンに住むジョエル・ウォーカー(30歳)は、低所得者向け公的医療保険制度の加入資格拡大によって、ここ10年間で初めて医療保険に入った。そして、虫歯だらけの歯を治療し始めた。これから義歯を入れてもらうところだという。「歯を見せて笑うことができるのは、10年ぶりくらいかもしれません」とウォーカーは喜んだ。

    ウォーカーは心臓病の薬も服用している。選挙の後は、まるで絶望の檻に閉じ込められたような気がしているという。もしオバマケアが廃止され、歯と心臓の治療が受けられなくなり、薬ももらえなくなったら、どうなってしまうのだろう。ウォーカーはヒラリー・クリントンに投票したが、彼の住むモンゴメリー郡は、28年ぶりに共和党支持に転じた。「裏切られたような気分」というのがウォーカーの率直な心情だ。

    だが、オバマケアが廃止を喜ぶ人もいる。ペンシルベニア州ブラッドフォードの元看護師、ローラ・マンスールは、州の保険加入サイトで医療保険に入ったものの、高額な保険料を払いきれないことが分かった。毎月の保険料は638ドル、控除免責額は7000ドルで、自己負担額は1回の診療につき100ドル近くに値上がりしたのだ。やむを得ず、マンスールは今年、保険をやめた。高齢者向け公的医療保険制度で補償されるまでは、保険なしで生活しようと考えている。

    マンスールはドナルド・トランプ氏を支持した。彼女が住む人口8600人の町の住民は「みんな」そうしたという。理由のひとつは、かつて炭鉱で栄えた町に、トランプが再び雇用をもたらしてくれるだろうという期待だ。

    それにマンスールは、トランプ氏が医療保険のコストを下げてくれることも期待している。「まったく新しい改革を必要としているのです」とマンスールは語る。「すべての人が医療を受けられるべきですが、保険に入っていないからといって、罰せられるべきではないと思います」

    いっぽう、イリノイ州ベルビルに住むレベッカ・ガブリエルの家族はみなオバマケアに感謝しているという。月にたったの35ドルで、自分と2人の子供が保険に入ることができた。保険で毎月の薬代を賄うことができたお陰で、息子の人生は変わった。保険がなければ、薬代だけでも236ドルかかっただろう。

    隣町に住むガブリエルの姪は、自動車事故で脳に深刻な損傷を受けているため、オバマケアによる保険が頼みだ。「姪の治療のことが本当に心配です」とガブリエルは言う。「今はオバマケアがあるので、保険会社は姪の保険に上限を設けることができないし、病気を理由に追い出すこともできません。姪は1カ月以上昏睡状態だったので、病院からの請求は優に100万ドルを超えていました。オバマケアは私たちの命の恩人なのです」


    この記事は英語から翻訳されました。

    翻訳:森澤美抄子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan