凍結胚の所有権求め、離婚後に訴訟: アリゾナ州では議論呼ぶ州法も成立

    アリゾナ州でこのほど成立した州法は、危険な法的先例になりかねないとの批判がある。胚を「生命」として定義することは、中絶権を骨抜きにするというのだ。Netflix向けのオリジナル番組「世界の"バズる"情報局」の新エピソードは、そうした闘いがテーマだ。

    2014年6月、アリゾナ州フェニックスの弁護士ルビー・トレス(33)は、進行性乳ガンと診断された。化学療法をすぐに受けなければならず、治療によって不妊になる可能性があることがわかった。

    だが、トレスは子どもが欲しかった。そこで、化学療法を始める数週間前に、生殖細胞を保存しようと決意した。一時は卵子の凍結保存を検討したが、体外受精(IVF)を行うことに決めた。自分の卵子を、恋人であるジョン・テレルの精子と受精させ、それでできた胚を凍結することにしたのだ(研究結果によれば、凍結胚のほうが、融解した時に、凍結卵子よりも良い結果が出ている)。

    乳ガンと診断されてから1カ月後に、トレスとテレルは結婚した。そしてその1週間後、不妊治療クリニックは、2人の胚を7つ、凍結することに成功した。

    しかし2016年までに、テレルは結婚の解消を求めた。離婚手続きでトレスは、血のつながった子どもを持てる最後のチャンスなので、胚の保持を要求したが、テレルは胚は廃棄したいと主張した。

    裁判官は、「親になることを強制されない権利は、妻が子孫を作る権利よりも重要」と判断した。そして、不妊治療クリニックで署名した契約の合意条件に従い、胚は他の不妊カップルに提供されるべきであるという裁定を下した。

    トレスは次のように語る。「生物学的に我が子である子どもが将来生まれても、会うことも、連絡を取ることもできない。それが最も悲しいことだと思います――他の誰かがそうした喜びを得るとわかっているのですから」



    トレスは上訴し、胚の運命は現在、控訴裁判所の裁決待ちの状態だ。米国ではこうした訴訟が十数件起こされているが、トレスの訴訟は、物議を醸すアリゾナ州法のきっかけとなった点が注目に値する。アリゾナ州の新法は、こういった論争においては、子作りのために利用したい側に胚細胞を委ねるべきだと定めている。

    凍結胚に関しては米国で初めて成立した州法であり、危険な法的先例になりかねないと懸念する者もいる。こうした細胞を「生命」と定義していることが、中絶権を骨抜きにすることにつながるというのだ。Netflix向けのオリジナル番組「世界の"バズる"情報局」の新エピソードは、そうした闘いがテーマだ。

    40年前、英国の科学者が、世界初の「試験管ベビー」、ルイーズ・ブラウンを誕生させ、体外受精は可能であると初めて示した。

    科学者たちはその後、この技術をさらに進化させた。排卵周期ごとに通常放出される単一の卵子ではなく、複数の卵子をホルモン刺激で放出させてそれらを受精させ、その結果生じた胚を液体窒素タンクに保存して、後から使用できるようにしたのだ。1984年にはオーストラリアで、凍結胚から初めて赤ん坊が生まれた。

    アメリカでは現在、体外受精を監督する法律はなく、100万個以上の胚が、タンク内で凍結されている。凍結細胞の扱いをめぐる闘いを受け、一部の不妊治療専門医は、凍結細胞の生成数や保存期間に制限が設けられるべきかどうかを問うている。

    ニューヨーク大学ランゴン不妊治療センターで受精卵保存担当ディレクターを務めるニコール・ノイーズは、「可能な場合は、余分な胚の凍結を行わないほうが望ましいと強く考えています」と語る。

    「胚の廃棄という問題は大きなもので、カップルはそうした問題をめぐって倫理的・宗教的な議論を行っています」とノイーズは語る。「女性が結婚している場合、妻が卵子を凍結させれば、卵子は妻の所有物で、精子は夫の所有物になります。卵子と精子を受精させれば、2人の共同所有物となります。そして、物事がうまくいかない時に共同所有物がどうなるのか、私たちは知っています」

    トレスの訴訟を受け、アリゾナ州議会の共和党議員たちは、こうした細胞を女性に移植して出産させることを支持する州法を通過させたが、この法律には議論の余地がある。この法では、こういうケースでは、胚を求めていない者には「親としての責任がなく」、子どもの養育費を払う必要がないことも規定されている。法案は、保守的なアリゾナ政策センター(Center for Arizona Policy)に支持されたが、同センターは、中絶に反対する家族調査評議会(FRC)の一部だ。

    ラトガース大学法科大学院の副学部長キンバリー・マチャーソンは、次のように語る。「この議論に加わった団体のほとんどは、中絶反対運動を行っています。胚の問題は、アメリカにおける妊娠中絶の問題につながっており、そういう団体が、究極の成果を得る手段としてこの問題を利用しているのは明白です。彼らの究極の目標とは、法的に女性が中絶できないようにすることなのです」

    新法は、トレスの訴訟には遡及適用されない。トレスは、自分と同じ立場にあり、子どもを持つ方法が他にはない人々を支持する新法を称賛しているが、凍結胚すべてを「生命」と呼ぶのは避けたいと思っている。

    「(凍結胚とは)合理的な意味でも、法的な意味でも、生命ではないと理解しています」とトレスは語る。「それは私にとっては難しいことです。なぜなら凍結胚は私にとって、子どもを持つ唯一のチャンスだからです。凍結胚は私の子どもたちです。血のつながった子どもを得て、腕に抱ける最後の希望なのです」

    6月13日、フェニックスの控訴裁判所で、トレスの訴訟の審理が行われた。

    テレルの弁護士クラウディア・ワークはBuzzFeed Newsに対して、「本件は、トレス氏が親になるのをテレル氏が妨害するという問題ではありません。テレル氏は、親にならない権利、これらの胚をつくる前に、最初に双方が達した合意を実行に移す権利を行使しているだけです」と語った。

    テレルとトレスはまだ裁決を待っている。裁決は、明日下されるかもしれないし、数カ月後になる可能性もある。

    裁決を待つ間、トレスが胚を利用できる生物学上のチャンスは急速に減りつつある。子宮にガン細胞が見つかったため、ガン治療と9月に行われた再度の手術の際に、トレスは卵管を除去された。医者は、胚の子宮内移植は困難になると警告している。ガンの再発を防ぐために、トレスの子宮と卵巣も、もうすぐ切除しなくてはならなくなるだろうというのだ。

    トレスは今のところ、自分の望みに沿って訴訟が解決するかどうか、できる限り見守りたいとしている。

    「胚が自分に与えられる可能性はある、とまだ思っています」とトレスは述べる。「今のところ、そうしたリスクを冒す覚悟はできています。子どもを持てるように、喜んで待ちます」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan