彼女はルームメイトを強盗と勘違いし、発砲した 米国で繰り返される悲劇

    銃を手にした善人は、悪人だけを撃つわけではない。2015年以降、少なくとも47人が、友人や家族、救急隊員を侵入者と間違えて発砲している。

    その物音は、アレクシス・ブクリムを不安にした。

    彼女のアパートの前あたりで、何かがぶつかるような音がして、数秒後、また別の音がしたのだ。ブクリムは胃を締めつけられ、神経を逆なでされたように感じた。ベッドルームのドアノブがガタガタ揺れて回り、きしむ音を立てながらドアが開いた。

    当時、彼女が暮らすフロリダ州オカラのアパートでは、車上荒らしが相次いでいた。ブクリムや近所の人々は、今度は強盗が来るのではないかと心配していた。

    「コミュニティーの皆が神経をとがらせていました」と振り返る。「世の中には悪人が大勢います。多くの人は“自分には無関係だ”と考えていますが、私は警戒していました」

    2017年4月、金曜日の夕方。曇り空で、窓の外はすでに暗くなっていた。ブクリムは、明かりをつけた部屋の真ん中に立ち、無意識のうちに素早く動いていた。彼女は、きゃしゃな体格の23歳。親元を離れたのは初めてで、いつも危険に備えていた。枕の下からピストル「Ruger LCP.380」を取り出し、ドアが開いたとき、ドアの向こうに現れた人影に向けて引き金を引いた。

    銃弾は男の胸に命中した。男が倒れたとき、初めて相手の顔を見た。ルームメイトのアンソニー・シュワルツだった。ショックのあまり、ピストルを落とし、背後の壁にもたれかかった。涙がこみ上げてきた。

    「彼の表情。倒れていく様子。一部始終をはっきり覚えています。私たちは親友でした」

    BuzzFeed Newsと「Trace」が銃による暴力を分析した結果、米国では2015年以降、侵入者だと思い込んで愛する人やルームメイト、救急隊員を銃で撃った人は、少なくとも47人に上る。そのうち少なくとも27の事例は、当局が、事故またはパニック状態での自己防衛と判断。不起訴となったか、起訴すらされていない。

    銃を持つ権利を支持する人々は、「銃を手にした悪人を止められるのは、銃を手にした善人だけ」という主張で、銃の使用を奨励し続けている。これは、全米ライフル協会(NRA)のウェイン・ラピエール副会長が2月下旬の演説でも繰り返した言葉だ。銃支持派のメディアも、銃を持った一般市民が襲撃者を撃退した事件を取り上げている。

    「Bearing Arms」のFacebookページは約200万人のフォロワーを、「Active Self Protection」のYouTubeチャンネルは75万人以上の登録者を獲得している。

    フロリダ州のマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で銃乱射事件が起き、17人が死亡、14人が負傷した直後には、米大統領ドナルド・トランプをはじめとする人々が全米の学区に対し、生徒の安全のため、教員に銃を持たせるよう呼びかけた。

    このアイデアはもともと、2012年にコネティカット州ニュートンのサンディフック小学校で銃乱射事件が起きた後、NRAが提唱したものだ。

    トランプはホワイトハウスの記者会見で、「異常な人間が学校に入り込むと、大きな問題に発展する可能性がある」と語った。

    「その人物に銃弾を撃ち込むという選択肢もあるはずだ」

    フロリダ州では3月、一部の教員に教室で銃を持たせるための法律が可決された。

    しかし、銃を手にした善人が撃つのは、銃を手にした悪人だけとは限らない。突然、脅威が視界に飛び込み、曖昧だが切迫した瞬間に、引き金を引きたいという衝動が、標的を確認するという当たり前のことを忘れさせてしまう。そしてその行動は、取り返しのつかない悲劇をもたらしうるのだ。

    ブクリムによって銃撃された21歳のシュワルツが床に倒れたとき、彼は出血していたが、意識はあった。彼女は友人の無事を祈った。911番に電話し、嗚咽を漏らしながら、何が起きたかを説明した。

    着ていたシャツを引き裂き、シュワルツの傷口に巻きつけると、体を毛布で包んだ。彼の意識が途切れそうになると、ブクリムは眠らせないために顔をたたいた。きっと助かる、大丈夫だと声をかけ続けた。しかし頭の中では、彼を殺してしまったのではという不安が渦巻いていた。

    銃を所有する米国民のほとんどは銃を護身用として所持している。ハーバード大学とノース・イースタン大学が2016年に実施した調査によれば、銃所有者の63%は銃を所持する理由に護身を挙げており、狩猟や競技を大きく上回っている。売り上げデータもこれを反映している。

    狩猟に使用されることが多いライフルやショットガンなどの長い銃を所有する民間人は、1994年以降に21%増加したが、携帯性・秘匿性に優れたピストルを所有する民間人は71%増加した。

    米連邦捜査局(FBI)の統計によれば、米国の暴力犯罪率は現在、1994年の半分以下だという。それでも、米国民の安全に対する認識はほとんど変わっていない。

    ピュー研究所が2016年に行った世論調査では、登録有権者の57%が、「2008年以降、犯罪は増加している」と思い込んでいるという結果が出た。犯罪の脅威が小さくなっているにもかかわらず、武器による護身の需要は急増しているのだ。米司法省のデータによれば、米国で年間に製造されるピストルの数は、1998~2005年は100万丁以下だったが、2012年以降、少なくとも300万丁まで増加している。

    こうしたピストルの多くは家庭にある。その多くは人に向けて発砲されたことはないが、状況は一瞬にして変わり得る。

    例えば、2017年2月25日、ジョージア州グローブタウンに住むデリック・フルトンは午前2時34分、妻と寝ているときに電話で起こされた。

    電話は、玄関のドアが開いたという警報だった。10代の娘がボーイフレンドをこっそり家に入れていたのだが、両親が起きたことに気づいた娘は、ボーイフレンドをクローゼットにかくまった。娘は両親に「誰もいない」と言ったが、父親はクローゼットの物音に気づいた。17歳のジョーダン・ミドルトンがクローゼットから飛び出し、玄関に向けて駆け出すと、フルトンはミドルトンを撃った。

    City of Grovetown, GA

    ジョーダン・ミドルトンのための緊急通報

    フルトンは、緊急通報の911に電話をかけ、その指示に従いながら、玄関で倒れているミドルトンに心臓マッサージを行った。フルトンは911の担当者に対して、「彼は息をしようとしている。でも、たぶん助からないと思う」と泣き叫んだ。「彼はわが家に来るべきではなかったんだ!」

    救急隊が到着したとき、ミドルトンはすでに息を引き取っていた。その後、フルトンは警察に、侵入者に襲われると思ったと話した。

    2016年11月、当時51歳のポーリーン・ロイドがニュージャージー州トレントンの自宅で、50歳のボーイフレンド、ケルビン・ワットフォードを撃ち、命を奪った。

    ロイドは911の担当者に、ワットフォードは出張中だったため、誰かが侵入してきたと思ったと話した。ロイドは電話口でむせび泣きながら、「彼は死んでしまった。私には何もできない、何もできない」と言った。「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

    2016年10月、当時29歳のブランドン・フィリップスが、いとこである24歳の退役軍人カレム・コープランドを撃った。ジョージア州トームス郡保安官事務所の事件報告書と緊急通報の記録によれば、フィリップスは捜査当局に対して、コープランドがふざけて物陰から飛び出してきたとき、発砲してしまったと話している。当時、廊下は薄暗く、フィリップスはコープランドが家にいることを知らなかったそうだ。

    Toombs County, GA

    カレム・コープランドのための緊急通報

    2016年1月のある朝、オハイオ州シンシナティに暮らす72歳のハーベイ・ベンフォードが、14歳の息子ジョータ・マックの首を撃ち、命を奪った。息子は学校をサボって帰宅したのだが、物音に驚いたベンフォードが、強盗と勘違いして引き金を引いた。ベンフォードは息子の傷口に布を当て、救急医療隊がすぐに気づくよう、玄関先まで運んだ。

    City of Cincinnati

    ジョータ・マックのための緊急通報

    息子の息が止まったことに気づいたベンフォードは、「こんなはずじゃなかった!」と叫んだ。

    救急医療隊がシュワルツを救急車に運び込むと、警官はブクリムを警察署に連行した。警察署に到着すると、刑事が調書を作成した。

    ブクリムによれば、その晩は、シュワルツともう1人の友人とともに、ビールやサケボム(日本酒とビールのカクテル)を飲んでいたという。友人がアパートから帰ると、ブクリムはベッドルームに戻り、シュワルツは車から何かを取ってくるため、外に出た。彼は朝まで帰って来ないと、ブクリムは思い込んでいた。

    「彼は私の部屋に入る前、たいてい私の名前を呼ぶか、ドアをノックしてくれていました」

    2人はその3カ月前にルームメイトになったばかり。2人とも実家を出たくて、お金を出し合うことにした。シュワルツは携帯電話事業者スプリントの販売店で働いていた。ブクリムは、ある食品流通企業で、クレジットカードの信用情報を調査する仕事を行っていた。

    「2人ともまともな仕事を持ち、貯金をしていました。そして、一人前の大人としてアパートで暮らしたいと考えたんです」とブクリムは話す。

    2つの人造湖がある分譲地に、2ベッドルーム、2バスルームのアパートが見つかった。高速道路を降りてすぐ、ショッピングモールの近くだった。

    「私たちは家具を持っておらず、ソファーとテレビしかありませんでした。私の部屋にはベッドしかありませんでしたが、そこはたしかに私の部屋です」

    彼の心臓は1度止まった。脾臓と胃の3分の2が摘出された、今はない。

    2人は、人生の次のステップに進みたいと思っている若者として、新しい住処と自由を求めていた。ブクリムはシュワルツについて、一緒にいると楽しい人と表現している。

    彼は温かく前向きで、映画の登場人物のような雰囲気を持ち、アメフトチーム「フィラデルフィア・イーグルス」やアニメ番組など、自分の興味の対象について熱く語った。

    2人は、リビングルームのホワイトボードでハングマン(相手の考えた単語を当てるゲーム)をして遊んだり、シュワルツのギターに合わせて歌ったりした。「落ち込んでいるときは、彼が励まし、気分を高めてくれるんです」とブクリムは振り返る。

    2017年4月のあの夜、ストレッチャーに横たわったシュワルツは警察に対して、これは事故だと明かした。悪ふざけの結果、ブクリムを怖がらせてしまったのだと。体内から銃弾を摘出した後でもシュワルツは意識を失わず、ブクリムはひと安心した。彼女が状況の深刻さに気づいたのは、翌日のことだった。

    ゲインズビルにあるフロリダ大学ヘルス・シャンズ病院の医師たちは、シュワルツを安定させるため、昏睡状態へと誘導した。銃弾は、肝臓、膵臓、胃を貫通していた。動脈瘤が2度発生し、輸血も行なった。心臓は1度止まった。脾臓と胃の3分の2が摘出された。

    ブクリムは罪悪感に苦しみながら、部屋に閉じこもっていた。玄関やバスルームに行くには、シュワルツが倒れた場所を通らなければならず、そのたびに当時の記憶がよみがえる。事件から2週間後、彼はまだ昏睡状態だった。

    ブクリムが初めて銃を撃ったのは、10歳のときだった。サウスカロライナ州出身の騎手である父親の監視の下、実家の敷地内で、標的に照準を合わせた。「私は銃に囲まれて育ちました」とブクリムは話す。父親はブクリムに1年間の安全講習を受けさせた後、銃を所有する許可を与えた。

    10代のとき、友人たちと射撃場に通った。当然のように、いずれは銃を所有することになると考えていた。19歳のとき、銃携帯の許可証を取得した。20歳のとき、銃を購入するための頭金を支払った。21歳のとき、小さくて軽い「Ruger LCP.380」を手に入れた。

    銃を所有するということは、人の命を奪う覚悟を持つということ。

    ブクリムは、銃をホルスターに入れ、枕の下に隠していた。シュワルツはそのことを知っていたが、銃が視界に入ることはほとんどなかった。彼女は、安全講習の講師から学んだことを心に刻んでいた。「銃を取り出すのは、使うつもりがあるときだけ」とブクリムは教わった。

    「第一に、銃を所有するのであれば、人の命を奪う覚悟が必要。それでも大丈夫だという確信を持たねなければならない。その覚悟がなければ、銃を所有すべきではない」

    銃は心の平和を与えてくれたと、ブクリムは話す。シュワルツは銃を持っていなかったため、ブクリムは2人を守るのが自分の務めだと思っていた。ブクリムは銃を持つことで、本来であればかなわない悪者に対抗できると考えていた。

    アメリカに住む多くの人も同じように感じている。ギャラップが2014年に実施した世論調査では、米国民の過半数が、銃は家庭の安全を守ってくれると回答している。

    ブクリムは同じようなニュース記事をいくつも読んだことがある。銃を持った住人が、侵入者を殺害または負傷させ、襲撃を未然に防いだという内容だ。ブクリムがシュワルツを撃つ3週間前にも、オクラホマ州の男性が10代3人を射殺している。3人の中には男性の子供も含まれており、父親の家で強盗を働くつもりだったようだ。

    警察は3人の所持品から、1本のナイフと複数のメリケンサックを発見した。2017年6月には、サンフランシスコ・ベイエリアの住宅に押し入った2人組の強盗が、家主に射殺された。2人は武装していた。2017年9月には、ノースカロライナ州ウィンストン・セーラムに暮らす79歳のジェームズ・トーマス・ノアが、家に押し入って自分を殴り始めた男を射殺した。3月20日には、メリーランド州の高校で、クラスメート2人に発砲した生徒を武装警官が銃撃。発砲した生徒は死亡した。

    FBIの犯罪データによれば、2005年から2016年までに、法的に正当防衛と認められる殺人が年間約290件発生している。その大多数のケースで銃が使用されている。ただし、こうした事件は一面を表しているにすぎない。警察の事件簿とメディア報道をまとめたデータベース「Gun Violence Archive」をBuzzFeed NewsとTraceが分析した結果、2014~2017年には、正当防衛の銃撃と、故意でない銃撃が、ほぼ同数起きていることがわかった。2014年に「Annals of Internal Medicine」誌で発表されたレビュー論文は、銃による暴力を扱った論文16本をまとめたもので、家庭の銃は、殺人または自殺によって家族が命を落とすリスクを高めていると結論づけている。

    ブクリムによれば、銃を所有することは、思いもよらぬ悲劇を生む可能があること、そしてこうしたリスクは常に護身の代償であることを理解することと同然だという。「誰かがあなたを傷つける脅威は常に存在します。私たちは毎日、リスクと共に生きているのです」

    入院から3週間が経ったころ、シュワルツは昏睡状態から目覚めた。

    「医師たちから言われました。“聞こえますか? あなたは、7つの異なる方法で7度死にかけたのですよ”と」

    彼は話すことができなかったため、小さなホワイトボードに文字を書き、家族とコミュニケーションを取った。ブクリムにテキストメッセージを送り、まだ話をする準備が整っていないこと、自分の気持ちを整理する必要があることを伝えた。シュワルツは警察に、ブクリムを刑事告発するつもりはないと伝えた。

    2017年5月12日、シュワルツは事件後初めてFacebookに投稿した。

    「皆さんに近況をお知らせします。私は1週間前から(ヘルス・シャンズ病院に)入院しており、あと1カ月以上はここにいる予定です。私は銃弾を受け、腹部の多くを失いました。気管に問題があり、物理的に話すことはできませんが、皆さんに無事を伝えたいと思いました」

    彼はその後も投稿を続け、状況を報告している。

    5月15日:「励ましの言葉をたくさんもらってびっくり。本当にありがとう。少し気が滅入るため、スマートフォンをあまりさわっていません。すべての人に返信できないことを申し訳なく思っています」

    5月19日:「喉に新しい管を入れ、話すことができるようになりました!」

    5月21日:「早く、食べたり飲んだりできるようになりたい」

    5月23日:「取り急ぎ。喉の管が不要になったため、自力で呼吸したり、話したりできるようになりました。栄養チューブを取り外し、今日、食べ物と液体を初めて口にしました。退院し、リハビリに移行する時がついに近づいてきました」

    5月25日:「本日、退院しました!」

    シュワルツは感動的な動画やミームをたくさん投稿し、1つの銃弾によって殺されかけたことを冗談に仕立てて話した。50セント硬貨に「ロケット弾や核兵器に匹敵するショットガン“.44 AR”の鉄砲玉があたり、2カ月入院するようだ」というのだ。

    シュワルツは、オカラの実家で暮らし始め、2人のアパートには戻らないとブクリムに伝えた。ブクリムもアパートを引き払い、実家に戻った。

    数週間後、シュワルツはブクリムと話し合うため、テキストメッセージを送った。激しいやり取りが何時間も続き、夜にいったん切り上げ、翌朝、再開した。「徹底的に話し合いました」と彼は振り返る。「私たちは数日かけて、すべてを出し尽くしました。親友になることができない相手はいるし、それは諦めるしかありません。立ち直る過程では、あらゆる不満や感情を吐き出すことがとても重要なのです」。シュワルツはブクリムを許したと話している。数ヵ月後の2017年12月、2人は事件後初めて、ブクリムが入居したばかりのオーランドのアパートで一緒に過ごした。

    「もし誰かがドアをこじ開けて飛び込んできたら、私はいつでも引き金を引くつもりです」

    2017年末、シュワルツは治療を終えた。医師たちは彼に、一生残るのは、腹部の傷痕と、脾臓を失った影響だけだと言った。脾臓を失ったことで、年に1度ワクチン接種を受けなければならなくなった。

    今回の試練をきっかけに、シュワルツの銃に対する意識は変わった。事件の数カ月前、スプリント販売店での仕事中、強盗に銃を突きつけられた。その後、彼は銃を持とうと決意し、グロックのピストルを購入するために支払いを開始した。そして、退院の数週間後、支払いが終了し、いつでも取りに来るよう業者から連絡があった。結局、シュワルツは銃を持たないことに決めた。

    「銃を家に置きたいと思いますか?絶対にありえない」とシュワルツは述べる。「多くの人が今、銃にとりつかれています。とても不安定な時代で、私たちは自ら、頭の中に恐怖を生み出しています。誰が自分に危害を加えるのか。確かに、それを判断する自信はありません」

    警察は現場でブクリムの銃を押収したが、約1ヵ月後に返却した。彼女は、今はもう枕の下に銃を置いておらず、ベッドから数歩離れた場所に隠している。「数秒の余裕を持つことにしました」。これは事件後に講じた新しい予防策だ。友人を殺しかけたというトラウマを背負っても、銃を恐れることはなかった。「むしろ正反対です」と彼女は言う。「ドアの向こうにいたのが友人だったのは不運でしたが、もしそうでなかったら、私は自分自身と彼の命を救うことができたのです。もし誰かがドアをこじ開けて飛び込んできたら、私はいつでも引き金を引くつもりです」。


    ショーン・キャンベルは、銃による暴力を報じる非営利の報道機関、Traceの上級調査員。

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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