はじめは、マンガが好きな仲間4名で立ち上げたイベントだった。
それが日本最大規模の同人即売会コミックマーケットだ。
1975年に誕生したこのイベントは、今や3日間で57万人もの参加者が集まるまでになった。開催日は、東京ビッグサイトに長蛇の列ができ、コスプレイヤーたちが場を彩る。
長らく続く巨大祭典だが、2019年〜2020年にかけての開催は「非常に難しい課題がある」という。東京オリンピックにむけて、ビッグサイトが一部使用不可になるからだ。これまで、コミックマーケットは幾度となく存亡の危機を迎えてきた。57万人の参加者を支える運営側は、今何を考えているのか――。
「コミックマーケット準備会」共同代表の市川孝一さん、有限会社コミケット、企画・広報室長の里見直紀さんに話を聞いた。
オリンピックで開催危機?
――これまで95回続いてきたコミックマーケット(以下コミケット)ですが、2019年には今まで使用していたビッグサイトの一部が使えなくなるそうで……。
市川:そうですね。東展示棟が使えなくなり、南展示棟と青海展示棟で代替する形になります。2020年までの3回はこれまでの運用と全く違うやり方をしないといけません(詳細)。
これまで晴海の東京国際見本市会場とか幕張メッセなどいろんな場所で開催してきました。コミケットには40数年の歴史があるのですが、ビッグサイトに来て20年以上の歳月が経ってるんです。ビッグサイトに来てからの方が既に長い。
里見:なので我々としては、新しい会場になるという感覚です。ビッグサイト自体も過去に東7、8ホールができたりとかいろいろありましたけど、ここまでドラスティックに変わるのは今回が初めてなので。
――開催期間も、これまでの3日間から4日間に伸びました。
市川:面積がなかったら時間を増やす。よくある話ですよね。使用できる面積は従来の75%になります。今までと同じ3日開催だと同じ数のサークルが参加できなくなってしまう。サークルが減るのはマイナスでしかない。
「今までの通り3日のままがいいか、4日がいいか、5日にしようか」の3択で準備会の責任者クラスのメンバーと議論しました。実は5日開催しようという意見が一番多かったんですけど、それはやっぱ無理だろうと話になって4日になりました。
――本当はみんなは5日開催にしたい……。
市川:ええ。期間を伸ばすといろんなハードルがあるんです。コミケットの運営はボランティアスタッフなので「仕事を休めるのか?」という問題もある。
里見:設営日も入れたら6日。体力的に問題もリスクもある。スタッフの安全も考えないといけないので。
多くのみんなが5日を選んでくれたのは嬉しいんですけれど、安全には気を使って。
――人が多く集まるだけにイレギュラーな事態に、不安の声も出てました。
市川:はい。もちろん、我々も初めて聞いた時はどうしようかと思ったんですけれど、運営側は迷ってはいけない。過去にも、有害コミック騒動に関連して同人誌が摘発された時も、当時会場にしていた幕張メッセが使えなくなってしまった時も、「ヤバいね……」という雰囲気にはなったものの、やっぱり参加者さんたちを不安にさせてはいけないので。
あのときは、「性表現に対して必要な修正を入れよう」とか「コミケットで頒布される同人誌は、当日朝に見本誌を全部目視で確認する」とか。ルールを決めて乗り越えてきた。
――例えばどんな動きがあるんですか? 今。
市川:次の夏コミは飲料水の提供場所を考えないといけない。
今回、会場になる青海展示棟と有明の西・南展示棟の間は1.5kmぐらいあるんです。夏場は気温もかなり上がるので熱中症対策が重要です。「どこに飲み物を売る場所を置くのか?」、図面に落とし込んで、スタッフの配置などを決めつつあります。
里見:青海と有明の間の道をみんなで歩いてみて「導線には段差が少ない方がいい」とか「青海側と有明側でどう待機列を作るのか?」と議論して導線を検討中です。
――移動が発生するということは、リスクも増えるということ。
市川:ありますね。車道が導線の途中にあるならば、スタッフだけではなく警備員を配置する必要がありますし。
あと、新しく使わせてもらう青海展示棟も南展示棟もまだ工事中なので、実地の確認ができないんです。
心の目を持ってアニメを見てる場合があるじゃないですか。同じように心の目を持って図面を見て考えろっていう段階ですね、今は……。
4月に青海展示棟が完成するので、足を運んで図面の最終確認をする予定です。ただ、南の方は7月竣工。
――ほぼ、ぶっつけ本番のような……。
7月に早速南展示棟でのイベントが入ってるようなので、足を運んで確認・修正できればと思っているます。事故が絶対に起きないように、行列を効率よくさばけるように、準備を積み重ねているところです。
3000人超のボランティアをまとめる組織力
――そういえば毎朝、国際展示場の駅での始発ダッシュがバズったりしますが。
市川:事故が起きたりしたら困りますから、もちろん走ってほしくありません。また、徹夜も危険が伴うので止めて欲しいです。参加者の方にもうちょっとゆとりがあればいいなと運営としては思いますね。
実は、朝ゆっくり来てもあまり変わらないんですよ。入場のスピードがここ10年で激的に早くなっていています。焦る気持ちもわかるんですが、始発で並んで5時間待つよりも、30分しか並ばないで入った方が体力的には最後の一歩で勝てるんじゃないか、と思ったりもします。
昔は、4列ごとに並んでもらっていたのを12列にしたり、入場口を右左と2つ使うようにしたり、行列の引き込みを開場前から始めるとか……。
――いろんなところを改善してるんですよね。
市川:現場の若い子たちがいろいろ考えてます。そういった知恵ってすごいですよ。「こうしたら早いです」と提案してくれる。
コミケットが終わったらすぐにみんなで前回の反省と次回へのアップデートを話し合います。3〜4か月前ぐらいから、みんなで列のカードを並べてパズルしてシミュレーションしたりするんです。
里見:若い子たちは本当にすごい。情熱がありますよ。
市川:僕らも若い頃ああだったなと思って見てますけど、そういった情熱があるうちは、コミケットはまだまだ続くんだなと思いますね。もちろん、自分たちも負けちゃいけないんですけれど。
――組織としてすごく健全。3200人のボランティアで成り立っていると聞いたのですが、どうやって組織を運営しているんですか?
市川:スタッフの新人さん募集にあたっては、義務教育を終えていること、何らかの形でそれまでにコミケットに参加したことがある人、2日以上スタッフとして参加できること……というような最低限の条件はあります。
運営は、守られる側じゃないので、誰かを守れる人でいなくてはいけないので。
――3200人ってNHKホール満席になるぐらいの人数だと思うんですけれど……一体感はどうやって?
市川:僕ら代表がいて、その元に各部署ごとの責任者がいます。会社じゃないですけど組織がしっかりできているのはあると思いますね。
――各部署で能力とかによって割り振られるっていうことですか? 外国人対応を担当する国際部があったりする。
市川:部活の勧誘に似てますね。1部署3分で、「うちはこういう部署です、こんなことやってます。若者来たれ」っていう形で呼び込みやってるんですよ。
新人さんは、まずプレゼンを聞いてもらって、自分で決めてもらってます。
――希望は通るんでしょうか? 人数に偏りが出そうな気もします。
市川:基本は、第一希望の部署になるようにしています。
カタログをたくさん売りたい人もいるし、人を効率的に動かしたい人もいるし、見本誌をいっぱい集めたければそういう部署もある。
集まったメンバーは、コミケットを成功させる、継続させるという理念だけは守ってもらって、そこだけ守ってもらえればいいと思っています。
もちろん部署によっては100ページぐらいのマニュアル作っているところもあります。
例えばサークルの前面に立つ館内担当という部署ですと、混雑の対応もしなくちゃいけないし、見本誌を集めたりもする。業務多彩なわけです。そうするとマニュアルとしては厚くなる。一方、カタログ販売がメインの部署だと、業務としてはシンプルなのでマニュアルもシンプルになる。人の止め方とか、人の誘導の仕方とか。
とはいえ、2019年~2020年GWの分散開催については、どうしても外回りの部署を強化しなければならないので、できる限りそうした部署についてもらうように、お願いしていくことになります。
オリンピック終了後に迎える「C100」
――コミケットは40年以上も続いていて、今の共同代表のみなさんは50歳を超えました。「継承」は考えていますか?
市川:そうですね。共同代表が3人になって10年ちょっと経っています。先代の米沢代表は53歳……若くして他界していることもあるので、そろそろ考えなきゃいけない時期ではあります。
米沢はガンだったこともあり……代が変わる時は、割と突然で。病室で「コミケのこと、頼むね」と。ただ、それだけ。
ガンに罹っていたことは一部の人間にしか知らされてなかった。米沢本人が公表することを嫌がっていたようで。病気のことを知っている我々としては「どうするんだろう?」とは思っていたものの、本人は何も言わなかった。
闘病生活はかなり痛みを伴っていたと思いますが、そんな素振りは最後の最後まで全く見せず、「僕は治るから大丈夫」といつも言っていたくらい。飲み会にも来て、タバコも吸って。
里見:言えなかった……のかもしれない。米沢はコミケットの創設に関わった人間であったし、あまりに大きな存在でした。
市川:同時に米沢が代表だった時代は、サークル数も、コスプレイヤーの人数も、企業の数も、コミケットのあらゆる規模はどんどん大きくなっていました。
そこで米沢から継ぐ時に、代表は3人にすることになったんです。詳細は「代表が変わった日」として、今も公開しています。
泣けるいい文章なんですよ。
――どなたが書いたんでしょうか?
里見:うちのスタッフでライトノベル作家だった松智洋さんです。彼が渾身の作として書いてくれたんです……彼もガンで逝ってしまったのだけれど。
市川:本当にいい文章だってみんなで褒めたんですけどね。我々より先に……40ちょっとで。
――ガンは若いと進行が早いですからね。
市川:早い。
だからこそ、継承についてはしっかりやらなくてはいけないと思います。命もいつまで続くかわかりませんから。
とはいえ、我々にはオリンピックまでの3回という大きなチャレンジがある。次の代のことは、その後のコミックマーケット 100が終わってからかなと。
――コミックマーケット 100!
市川:オリンピックを乗り切れば、2021年の夏は100回目。盛大に何かできるといいなと考えています。
里見:今はビッグサイトの全12ホールを使用しているんですけれど、オリンピック後は、全16ホールに増えるんです。青海展示棟は仮設なので壊してしまうのですが、南棟は残るので。
極力多くのサークルさんが入れるようにしたいし、食べる場所が少ないので屋台村のようなものを増やしたいとか、雨が降った時にコスプレイヤーさんが楽しめる場所とか……夢とアイデアはいっぱいの段階です。
市川:コミックマーケット 100が区切りだと思っていて、次のことを考えるのはその先からかな。
――後継者ってどうやって決めるんですか?
市川:コミケット準備会は会社ではなくボランティア組織なので、継承のやり方が決まっていないんです。前任者の指名で3代目まで受け継がれてきました。
自分自身、この組織の代表になるとか、そういうのは考えてなくて、それよりも危機をどうやって乗り越えようとか、どうやったらみんなが楽しく参加できるかとか、目の前のことだけを考えてやってきただけですから。
きっとなんとなく流れはあって、後継者はきっと出てくるでしょう。結構、のんきに考えてます。
――でも、どんどん大きくなるコミケットをまとめるのって……?
市川・里見:大変でしょうね!(笑)
市川:今は共同代表という形で3人体制でやってますが、1人体制に戻るのは今の規模からするとなかなか難しいのかなと思います。1人で判断するのは責任が重すぎるし、やることが多すぎる。逆に規模が規模だけに3人体制から5、7人になるとか……。
里見:多すぎでしょう(笑)。
市川:まあ5人体制ぐらいまでは考えなきゃ。1人から3人体制になったように共同代表の人数が増えることも全然ありえますね。
でも、それだけオタクが増えたってこと。少し前までは「マンガは子供のものであって、大人になったら卒業すべきもの」とされていたのに、随分いい時代になった。
企業さんたちからも「若い人たちの心をつかむにはどうしているんですか?」と相談を受けることもあるのですが、我々がなにか特別なことをしているわけではなくて、やっぱりみんなマンガやアニメ、ゲームが好きなんですよね。
雑誌が売れないという話はよく聞きますが、スマートフォンとかでは、みんなマンガを読んでるんですよね。大人になってもずっと好きでいられるし、一度卒業した人が同人活動を再開するパターンもある。
里見:1億2000万人総オタク化って、本当になっちゃってるんじゃないのかな。何かしらオタクなんだよね、みんな。
市川:だから、長く続けていければと。終わらない文化祭みたいな感じで。