社会の様々な問題を、立場や世代を超えてフラットに語り合うことが、次第に難しくなっている。
それは趣味や志向、属性などによる「クラスタ化」が起きたSNS上のことだけではない。現実の日本社会でも、地域のコミュニティが失われ、立場や世代の異なる人々が顔を合わせ、話し合う機会が減っている。
ある企業が、選挙という機会を通じ、様々な人々の対話の場をつくろうとしている。アウトドアウェアのパタゴニアだ。
「クラスタ」を超える対話
パタゴニアは7月21日の参議院議員選挙の投開票日に直営店を全店、一時休業とすることを発表した。スタッフが家族や友人と語り合い、選挙の投票に行けるようにするためだ。
パタゴニアがこの選挙で仕掛けているもう一つの取り組みが、各地にある同社の店舗で、人々が選挙や政治、社会問題について語りあう「ローカル選挙カフェ」だ。
パタゴニア吉祥寺店(東京都武蔵野市)で7月6日に開かれた選挙カフェを訪れた。
この日の選挙カフェに参加したのは、小学生から70代まで幅広い年齢層の約40人。主な参加者は20〜50代で、高校生も5人ほど集まった。
コーヒーを片手にキャンプ用の椅子に座り、社会問題や政治を語り合うスタイル。「興味がある社会問題」「投票することの意義」「ありたい未来」「気候変動」の4つのテーマを、6、7人のグループに分かれて話し合った。
「どうして投票しないの?」若者と年金世代との対話
普段の生活で会話する機会が乏しい、異なる年齢層の人々が、それぞれのグループで選挙や社会問題について意見を交わした。
夫婦で参加した60代の男性は、グループディスカッションで、選挙カフェに参加した理由を、こう話した。
「私たちの年金を負担しているのは若い人たちです。なのに若い人たちが投票しないことに不安があり、なんで選挙に行かないのかという疑問がありました」
「それを知るために参加しました」
同じグループにいる20代の男女は、この言葉に「僕らが選挙に行っても何も変わらないと思っている人が多い」「用事があったら用事を優先してしまう」と、素直に「選挙に行かない若者」としての思いを語った。
「参院選、人生で初めて投票します」
このイベントに参加した人たちは、政治や選挙への関心が比較的高い層といえる。
それでも「投票することの意義」を話し合うグループを中心に話を聞くと、20代の参加者で「これまで選挙に行ったことがない」と話す人も少なくなかった。
しかし同イベントのような選挙について学ぶ場に足を運び「参院選は投票してみようと思う」という参加者も複数いた。その中の1人に話を聞いた。
友達に誘われて選挙カフェに参加したという22歳の会社員男性は「これまでは選挙自体に関心がなかった。自分の一票がどう影響するとも思わなかった」と話す。
しかし「今度の参院選は初めて選挙に行きます」とし、その理由をこう述べた。
「友達と話していた時に、消費税が増税されることについて文句を言っていたんですね。そしたら友達に『おまえ選挙も行ってないのに文句言う資格ないよ』って言われたんです。その時、そうだなと思って。参院選は行こうと思いました」
「若い人はネットで候補を選ぶの?」
これまでは投票していなかったという複数の20代の参加者からは「候補者の選び方がわからない」という声がでた。
60、70代の人々は「いつもは新聞とかを読んで、それぞれの政党や候補者の公約を見ていますよ」「公約もだけど、二期目以降なら、私はその候補者のそれまでの政治家としての功績にも注目しています」とアドバイスした。
世代間での違いもあった。ある男性は、自分の娘が20歳になり選挙権を得た時、「インターネットで候補者を調べていたことに驚いた」と話した。
「娘が初めて投票する時、どうやって候補者を選ぶのかな、と思い見ていたら『ネットで調べて自分の考えに合う人に入れるよ』と言っていて、びっくりしました。若い人はネットで、政治の情報もササっと調べるんですね」
最近は各党ともTwitterなどSNSでの発信を強化しており、Tiktokを始めた政党もある。
それでも、SNSを主な情報収集の手段とする若い世代には、政治に関する情報が十分届いていないという一面もあるようだ。
ある20代の男性は「街頭演説とかもオーディエンスの年齢層が高いから行きにくい。もっとSNSでの発信をしてほしい」と強調した。
まだ選挙権のない小学生や高校生の子どもを連れた家族連れも参加した。
高校1年生の女性は「高校には選挙権がある18歳の生徒もいるので、学校で先生が『社会を変えたければ選挙に行きましょうね』と言っていました」と、学校での話を紹介した。
「私はまだ15歳なので投票ができないけど、できるようになるのが楽しみ。学校で友達とは政治とかは話す機会がないです。けど投票ができるようになれば、社会に対する思いを票に託すことができるのかなと思います」と話した。
「私の会社も投開票日、時短にしました!」
パタゴニアが7月21日の丸一日、直営店全店を閉めることを聞き、自身の会社でも投票を呼びかけたという企業経営者の男性もいた。
「さすがに丸一日休業という風にはできなかったんですが、パタゴニアさんの行動をみて、投開票日の午前の業務を1時間短縮にして、投票に行ってねと呼びかけました」
それを聞いたパタゴニアのスタッフは率直に喜んだ。
同社環境社会部門の佐藤潤一さんは、投開票日の閉店を宣言して社会にPRすることで「投票の呼びかけはもちろん、なんでパタゴニアは休みにしたのだろうという疑問を持ってもらい、選挙について話し合ってもらうことも目的です」と話す。
米国にあるパタゴニア本社で、選挙の際に閉店の取り組みをしていたことがきっかけだったという。「私たちも、日本で重要な選挙がある時は閉店する取り組みをしたいね、と話していたんです」と説明する。
若手スタッフも真剣に語る
参加者が熱く意見を交換する中、パタゴニアの若手スタッフたちも、政治や投票について考えたことを熱く語っていた。1人の20代男性スタッフはこう語る。
「先日まで長期休暇をもらって海外旅行に行ってたんですが、そこではバーとかでも政治や社会の未来について語っていました。日本もそんな風に、気軽に政治や選挙について話ができるようにしていけたらいいなと思ったんです」
また他の20代の男性スタッフは、参加者に混じった話し合いの輪の中で「友達とかにいきなり『選挙行ってる?選挙いこうな!』とか言ってもなんか変なやつと思われそう。どう上手くアプローチができるか考えています」と悩みを吐露した。
そして選挙について、こう語った。
「僕もいままでは、用事があったら期日前投票もせずに投票に行かないこともありました。でもパタゴニアのスタッフになってからは、真剣に社会問題とか政治について考えています」
「服装や食事を選ぶのと同じような感覚で、当たり前の行為として候補者も選んで投票したい」
選挙カフェでは店舗のスタッフがディスカッションのファシリテーターなどになるが、正社員だけでなく、大学生のアルバイトもおり、若い視点を持ったイベントになっている。
選挙カフェは東京、大阪、横浜、仙台、福岡、京都、千葉、広島の8都市で投開票日まで計16回開かれる。
住宅地が近い店舗やアウトレット店舗では休日に、オフィス街近くの店舗では平日の仕事終わりの時間帯などに開く。いずれも、立地に合わせて参加しやすくするためだ。
パタゴニアは各国で地球環境や気候変動に対する取り組みを行なっており、「投票に行こう」と呼びかける動きは「地球を守るため」だという。
異常気象など、日々の生活に直接的な打撃を加える環境問題だが、日本では選挙の争点になることは少ない。
環境社会部門の佐藤さんは「日本では環境問題が争点になることはあまりないですが、次世代の生活に関わる重要な問題。選挙は様々な問題において、自分たちの未来に直結することとして、特に若い人に関心を持って欲しい」と話した。
選挙関連情報を集めたパタゴニアの特設ページ「Vote Our Planet」は、パタゴニアのウェブサイトのトップページから飛べるようになっている。
総務省の選挙に関するサイトの他、環境問題についてまとめた気候ネットワークや、選挙関連情報をまとめた選挙ドットコム、JAPAN CHOICEのサイトも紹介している。