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私たちは今の医療を「諦める」べきなのか 注目される「医師の過重労働」を解決するには

医療経済学・医療政策学の専門家と東京医大問題を読み解く。

東京医科大学が入学試験で女性受験者に不利な得点調整をしていた問題。「一大学による女性差別」だけではなく、医療業界に広く今も差別が残ること、背景に医師の過重労働など働き方の問題もあることが指摘されている。

これを解決するには「患者側が現在の水準の医療を諦めるべき」との声も聞かれる。どうすれば、医師の過重労働問題を解決できるのだろうか。

医療政策学者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)内科学助教授(医師)の津川友介さんに話を聞いた。

「女性が働きにくい」ことが労働環境を過酷にする

ーー東京医大が女子学生の数を抑えていた背景に「女3人で男1人分」という認識があったと報道されています。

たしかに女性医師の方が労働時間が少し短いというデータはありますが、「女性3人で男性1人分」は言い過ぎだと思います。

例えば、厚生労働科学特別研究 『医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査』によれば、男性医師と女性医師の労働時間の差異は、同じ条件で比べると女性の方が男性より2割ほど少ないという結果でした。

男性の方が当直を担当してくれたり、長時間勤務のような無理な勤務をお願いしやすかったりという理由で、「3人分」という実態にそぐわないイメージが生まれたのかもしれません。

ーー厚生労働省の検討会である医師需給分科会でも、女性医師の仕事量が男性医師1.0に対して0.8と設定されていました。

仮に、男性医師1人分の労働時間が、女性医師3人分の労働時間と同じであり、残業代がきちんと支払われていたとします。もしそうなら、男性医師は女性医師の3倍の給与を受け取っているはずですが、実際にはそうはなっていません。

このことから推測できるのは、男性医師がサービス残業をしているということです。

重要なのは、男性医師の割合を高く保つことで現在のブラックな労働環境を維持することではなく、性別にかかわらず医師が人間らしい生活ができるように、医師の働き方改革を行うことだと思います。

女性医師は妊娠、出産のときには休むかもしれませんが、育児がひと段落したら「パートタイムでもいいので現場に戻りたい」と思っている人も多いのではないでしょうか。

実際に離職率のデータを見てみると、復職している女性医師は多い。でも、医療現場で女性医師やパートタイムで働く医師や子育てのために早く帰る医師を「良く思わない」文化があると、復職しにくいと感じることもあるでしょう。

本来ならば、1日のうち数時間でも働いてくれるパートタイムの医師がいれば、常勤の医師の業務量を軽減することができるはずです。

しかし、女性が働きにくい環境があることで女性医師は(健診や外来のみのクリニックなど)自分たちの働き方を受け入れてくれる職場に流れてしまい、病院で働く男性医師の労働条件はより過酷になっている可能性があると思います。

ーーなぜ、このようなイメージが生まれ、それに基づいて入試で女性受験者が減点されるまでのことが起きてしまうのでしょうか。

今回の報道の反響を見ても、多くの人が憤りを感じていると思います。しかし、その認識を持てない人が大学の入試担当者の中にいた、というのは事実でしょう。

これは、既存の歪んだ構造を維持するために、「部分的な最適化」をしたための失敗であるとも言えます。

今回の問題の背景にあるのは、医師の働き方の問題です。医師の過重労働によって支えられている医療現場をなんとか回すために、「とにかく人が減らないようにする」という、目先の解決方法に走ってしまった。

現状を見ても明らかなように、男性医師だけで医療現場を回せるとは考えにくいですし、そんなことは男女医師ともに誰も望んでいないと思います。

女性医師だけでなく、男性医師も過重労働をしたくないと思っていますし、子どもや家族ともっと時間を過ごしたいと思っているでしょう。

よって、たとえ女性医師が産休や育児で一時離職することになったとしても、戻って来やすい環境を整え、男女ともに協力して働きやすい現場をつくろうとすることが合理的なのではないでしょうか。

さらに言えば、女性医師が出産で一時的に離職したとしても、育児や家事をパートナーと公平に分担できれば、男性と女性で仕事量に大きな差はなくなるはずです。

女性医師の労働時間が短いということは、裏を返せば、男性の家事や育児の参画が不十分であることを示唆しています。

もちろん、家事や育児に参加したくでも忙し過ぎてできない男性医師が多くいるのは分かります。医師の労働環境を全体的に改善することで、男性も女性も家事や育児ができるような社会にしていくことが必要だと思います。

また、女性医師が働きやすい環境を整備することで、現場の医師の労働環境が改善するだけでなく、患者さんにとってもメリットがある可能性があります。

私たちがアメリカで行った130万人を対象とした研究では「女性医師の方が男性医師よりも患者の死亡率・再入院率が低い」ことも明らかになっています。

女性の方がガイドラインに則った治療を行うことや、患者さんの話をよく聞くことが過去の研究よりわかっており、これが死亡率や再入院率の差につながったと考えられています。

ーー今回の問題の背景に、日本の医療を維持する中での思考停止があることがよくわかります。

前提を疑うことが必要だと思います。今回の問題について言えば、「女性医師は離職する」ということが前提になり、対策が非常に短絡的になってしまいました。

そもそも男性医師の就業率は90.9%、女性医師の就業率は83.9%であり、その差はわずか7%しかありません。妊娠、出産する35歳前後に女性医師の就業率は一度下がりますが、その後、多くは復職しています。

イメージで議論するのではなく、きちんとデータに基づいて考えることの重要性を表していると思います。

私たちは今の医療を「諦める」べきなのか?

ーー今回の問題に関連して、医師の過重労働を解消するために、今の医療を「諦める」ことが必要だとする声も、医療側から聞かれました。

まず、日本ほど医療へのアクセスがいい、つまり基本的には自由に病院にかかれる国は、世界的に見ても珍しいという事情はあります。

しかし、誤解してほしくないのは「アクセスの低下」は「医療の質の低下」とイコールではないということです。

たとえば、風邪は、病院を受診しても健康上のメリットがほとんどありません。風邪薬は回復を早めないし、処方箋なしでも薬局で購入できます(病院でもらう風邪薬と薬局で買える風邪薬は大差ありません)。

ある意味、医療へのアクセスが良すぎるため、他の先進国であれば、患者さんが受診の必要がないと判断して自宅で安静にすることで治している風邪などの軽い病気も、日本では病院で治療しています。

その結果、医療現場は非常に忙しくなり、本当に医療が必要な重症な患者さんに十分な資源を投入できなくなってしまっていると考えられます。

このような「不要な医療」をなくしていくことで、現場の医師の負担を軽減することができます。

別の例をあげると、血糖値がしっかりコントロールできている糖尿病の患者さんが毎月、外来に来て血液検査しているのであれば、その頻度は半年ごとにするなど、もっと少なくていいでしょう。

もちろん、必要な医療はきちんと受けられるようにすることが大前提ですが、その一方で、本来は不要な医療であれば減らしても、患者さんに健康面でのデメリットはないと考えられます。

むしろ、来院の労力や、採血検査により体に針を刺すなどの負担も軽減されます。

アメリカの医療界では現在、“Choosing Wisely(賢明な選択)”という運動が起きています。これは、「一般的に行われているが実はエビデンス(科学的根拠)のない医療行為をしないこと」で、医療の質を高めることを目的とするものです。

つまり、医療へのアクセスの低下は、ムダな医療を減らして医療の質を上げる可能性があります。

ーー今の医療を「諦める」というよりは「見直す」という言葉の方が適切である印象です。

そうですね、あくまでも必要なのは「最適化」です。「諦める」だと患者さん側に一方的に負担を求めるように聞こえてしまいますから。

病院など医療の提供側も、これまでの医療を見直すことが求められます。構造的な改革を先送りにし続けた結果が今、とも言えるのです。

医師の過重労働解消の3つのポイント

ーー労働時間が週60時間を超える人の割合がもっとも多い職業は医師で、41.8%だったという報告もあります。また、労災認定されるもので例年4〜5人の医師の過労死があるとも推定されます。

深刻な状況ですが、医療はどう変わると、医師の過重労働の問題を解決できるようになるのでしょうか。

方法はいくつかありますが、現場主導でできることを実践していくというのが望ましいと思います。

具体的には「タスク・シフティング(医師でなくてもできる仕事の他業種への業務移管のこと)」「主治医制からチーム制への転換」「病院の勤務制度の調整」です。

別の調査によれば、医師が診療に関わる時間は勤務時間全体の約8割であることがわかります。勤務の中で医師でなくてもできる仕事が2割くらいはあるということです。

この仕事を、たとえば医療クラーク(医師事務作業補助者)を雇うなどの方法で、他の職種に代わってもらうだけでも、労働環境は改善されるでしょう。

また、今は医師が不足しているというよりは「夜間当直や休日勤務により疲弊している」という方が、実態に近いのではないでしょうか。昼間の病院で勤務できる医師が足りないという病院はそこまで多くないと思います。

アメリカのホスピタリスト(入院患者のみを診る専門医のこと)では一般的な方法ですが、たとえば医師数人を1チームにして、主治医を交代制にすることでこの問題は緩和できると考えます。

現在の主治医制だと、患者さんの容態によっては、夜でも休日でも勤務をすることになります。一方、チーム制であれば、看護師のように完全にシフト制にして、夜間当直の翌日は働かないということも実現しやすくなるでしょう。

現行の主治医制からチーム制に移行することで、医師の労働環境は改善させることができると思います。

もちろん勤務時間中の1人あたりの業務量はチーム制の方が多くなると思われますが、しっかりオンオフをつける方が労働環境としては好ましいと思います。

あわせて、病院の勤務制度を調整するのが有効です。まず、現在は一般的に、夜間当直料金(時給)が、ベースの給与よりも安く設定されています。

このような状況であれば、当直をしたい医師がいなくて、押しつけ合いになることも容易に想像できます。アメリカでは病院にもよりますが、夜間の勤務の給与を通常の2倍に設定することもあります。

日本の病院であれば、医師の基本給を下げてでも、当直手当を高く設定すれば、不公平感は減るでしょう。

財源がないのであれば、当直した医師は日中は1~2日間休めるようにするのもいい制度だと思います。日中に育児をしたり、研究をしたり、留学の準備をしたい医師にとっては、夜間に働く方が好都合かもしれません。

これらの取り組みをしながら、時間外や土日の緊急以外の対応をしないようにしたり、医療のムダをなくしたり、といった対策をしていく。

重要なのは、これらがすべて、医療機関のリーダーシップで実現できるということです。実際にこのような取り組みをしている病院は、すでにあります。

日本の医療は財政的な危機に瀕している

ーー「医師を増やす」「夜間当直などに診療報酬を増やす」などの方法はいかがでしょうか。

難しいと思います。「医師誘発需要」といって、医師がいることによって提供される医療が増加する傾向があることが知られています。

病院にいる医師が増えると、診察できる患者さんの数が増えるので、その結果として、外来患者数、検査件数、手術件数などが増えると考えられているからです。

医師の数は増えますが、業務量もそれに比例して増えるので、いつまでたっても医師の労働環境は良くならない可能性があります。

診療報酬を増やしたら、医療機関の収入は増えますが、必ずしもそこで働く医師の給与が直接的に増えるわけではありません。

もし、夜間診療の診療報酬点数を増やしたら、病院としては夜間に患者さんの診療を行うインセンティブが働いてしまいます。そうすると、夜間救急を強化する病院が増えて、その負担は現場の医師にのしかかるでしょう。

良かれと思って行った制度改革が、逆に、医師の労働環境をより悪化させてしまう可能性すらあります。

また、そもそも、日本の医療は現在、財政的な危機に瀕していると考えられています。

医療費は高騰を続け、2018年度の政府予算では医療費を含む社会保障費が国の歳出(支出)に占める割合は現在約33%、30兆円を超えています。医療テクノロジーの発達や高齢化などによって、これからも増え続けると考えられています。

医療者の「意識改革」は必要不可欠

ーー具体的な方法があるのはよくわかりました。しかし、それができなかった結果が、東京医大問題でもあります。

このような解決方法というのは、医療機関の雇用者側の理解が乏しいと、なかなか進まないということはあるでしょう。

だからこそ、今回の問題で、医師の過重労働という背景にまで大きく注目が集まっているのは、改革を促す機会になるとも言えます。

同時に、意識の改革は、現場の医療者にも必要です。「女性は必要ない」「早く帰っていてずるい」といった空気が職場にあったとしたら、どんなに制度を整えても、女性が進んでそこに戻りたいとは思わないでしょう。

医療に関わる人のすべてが、今の時代に合わせて、考え方を変えていかなければいけないと思います。

「医師の働き方」のような問題は、誰かを悪者にして改善するものではありません。「〇〇が悪い」と誰かの責任しているうちは、誰も当事者として何かを変えようとせず、結局、部分的な最適化を繰り返してしまうことになります。

東京医大の問題は、その教訓として認識されるべきものではないでしょうか。

BuzzFeed Japan Medicalでは、東京医科大学の女性受験者差別の背景にある、医師の過重労働や医療制度の問題についての取材をしていきます。

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