お金がないから塾に通えない…をなくしたい。なぜ「塾代格差」が問題なのか

    10月12日、自治体・NPO・企業・市民が一丸となるプロジェクトの第一弾が始まった。

    経済的な理由から塾に通うことができない高校受験生に、塾代として使える「スタディクーポン」を提供する取り組みが、2018年4月から渋谷区で始まる。

    厚労省が2017年6月に発表した調査によると、子どもの7人に1人が「相対的貧困」にあるとされる日本。

    教育支援をめぐっては、幼児教育や高等教育の「無償化」に向けた動きが注目されるなか、学校の外での教育を支援する「スタディクーポン」は、どんな効果を発揮できるのだろうか。

    「スタディクーポン」とは

    「スタディクーポン」とは、その名の通り、プロジェクトに賛同する塾や家庭教師、NPOなど学校外の教育機関で授業料などの支払いに使うことができるクーポン券。

    取り組みを始めたのは、これまでも東日本大震災の被災地などで同様の活動を続けてきた公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)と、不登校の子どもたちの支援に取り組むNPO法人キズキなどの6団体でつくる「スタディクーポン・イニシアティブ」。

    今回のプロジェクトでは、渋谷区内の貧困世帯に暮らす高校受験生(2018年4月時点での中学3年生)を対象に、1年間使うことができるスタディクーポン20万円分を支給。

    大学生などのボランティアが子どもたちの進路相談に乗りながら、クーポンの使い道を一緒に考えていくことも特徴だ。

    資金はクラウドファンディングで1000万円を目標に募集し、集まった金額によって30~40人前後の子どもたちを支援したいという。

    クーポンを使える教育機関としては、栄光ゼミナールやZ会などの大手進学塾も賛同。より困難を抱えた子どもたちへの支援に特化したNPOなどもプロジェクトに参加している。

    渋谷区も、支援を必要としている家庭とプログラムを繋ぐ役割を担い、自治体・NPO・企業・市民が「コンソーシアム」を組んで活動に取り組んでいくという。

    なぜ「塾代格差」が問題なのか

    「小中の学校教育は所得に関係なくある程度均一に受けられるけど、塾をはじめとする学校外教育は、親の年収が低い家庭の子ほどお金をかけられない現状がある」

    「高校受験という将来を決める重要な場面で、その格差を埋めることで、教育格差をなくしていきたい」

    BuzzFeed Newsの取材にそう話したのは、10月12日に文部科学省で会見を開いたCFC代表理事で、スタディクーポン・イニシアティブの代表も務める今井悠介さん。

    2011年から東日本大震災や熊本地震の被災地などで「塾代格差」に取り組んできた中で、様々な境遇の子どもたちに出会ったと語る。

    志望校に合格するために塾で5教科勉強したいけど、家の事情で1教科しか習えず、もっと通いたいと言い出せない子。

    ひとり親の家庭で母親も病気だから、友だちがみんな塾に通う受験期も、自分だけ塾に通えなかった子。

    一人で受験勉強に取り組んだものの、結果的に志望校のランクを大きく下げる決断をした子。

    「現場では、そうした子どもたちの切実な声が届いていて、親御さんも子どもの気持ちを叶えてあげたいと頑張っているけど、どうもにできない状況がある」

    「家族だけの問題にするのではなく、社会でどうにかしようと考えて、このプロジェクトを立ち上げることにしました」と今井さんは言う。

    年収200万円未満の家庭の「塾代」は月1万円

    お茶の水女子大が「2013年度全国学力・学習状況調査」の結果を元に発表した研究結果を見ると、「塾代格差」の現状は明らかだ。

    塾や習い事などの学校外教育に対して、世帯収入が1500万円以上の家庭では、年間で平均35万1870円を支出しているのに対して、収入が200万円未満の家庭は13万3590円にとどまる。

    月額で比べると、1500万円以上の家庭は毎月約3万円払っているのに対して、200万円未満の家庭は約1万円。3倍近い差があることがわかる。

    さらに、内閣府が2011年に実施した調査によると、子どもが塾や習い事をしていない理由で、最も多かったのは「経済的に余裕がないから」(54.7%)だった。

    その後には「子どもがやりたがらないから」(48.6%)や「必要性を感じないから」(13.4%)といった理由が続くが、最大の要因は「経済的事情」だと感じている家庭が多いことがわかる。

    京都大学名誉教授の橘木俊詔・名誉教授も、学校外教育における格差について著書「子ども格差の経済学」で、こう問題提起している。

    「塾、スポーツ、芸術などの学校外活動を行うには、当然のことながら費用がかかる。これらは学校教育ではないので公的部門からの支出はほとんどなく、家庭での負担となる。

    そうすると学校外教育を受けるにはどれだけの費用がかかるのか、その負担のできる家庭とできない家庭の差が目立つことになる。

    中・上流家庭と貧困家庭の間で受けることのできる学校外教育に大きな差が生じることになるが、その格差をどう考えれば良いのか」

    なぜ「スタディクーポン」なのか

    では、なぜ直接お金を手渡す現金給付や、無料塾を案内するのではなく、クーポンで支援するのか。

    大きな利点の一つとして、「子ども自身が自分に合ったサービスを選ぶことが何よりも大切だ」と、自身も一人親家庭で育ったというキズキ理事長の安田祐輔さんは強調する。

    「行政が指定した無料塾などに通ってもらうのも、一つの支援の方法だと思います。ただ、子ども自身に選択肢がないという意味で、このやり方だけでは応えきれない課題やニーズもあると思います」

    「周りの友だちがみんな行きたい塾に通っているのに、貧困世帯の子だけは塾を選べない。みんなにある機会が自分にない、他の人が当たり前にできることが自分にはできないということは『諦め感』につながる」

    「だからこそ、相対的貧困は本人にとって苦しいんです」

    イニシアティブの一員である新公益連盟・代表理事の駒崎弘樹さんも、支援を必要としている子どもたちには「貧困家庭の子だと思われたくない」や「友だちと同じ塾に一緒に通いたい」といった繊細なニーズがあると指摘する。

    クーポンならば、大手の進学塾から地域に根ざした学習塾やNPOまで選ぶことができる。子どもの目線に立ち、その子にとって一番いい環境を提供できることがメリットだと言う。

    二つ目の利点は、現金ではなくクーポンで支給することによって、支援が確実に子どもたちの教育のために役立てられる点だ。

    貧困家庭の子どもたちの中には、親が生活に困っている姿を見て、塾に行きたいとは到底言い出せない子もいる。

    だが、クーポンの場合は「これは自分のために使っていいものなんだ」と子どもたちが安心でき、寄付で賄われることで「自分は誰かに応援されている」というモチベーションにもつながるという。

    また、塾代を支援する以前に、学校教育を充実させるべきなのではという指摘に対しては、不登校や引きこもりの子の支援を続けてきた安田さんは「学校に全ての教育を期待するのは無理がある」という。

    「クラス40人に1人の担任しかいない状況で、その環境が合わない子が出てくるのは当然。教育の機会は学校に限定するのではなく、多様な選択肢を持たせることが大切です」と話す。

    今後は支援を受けられる子どもたちをどのように選考するか議論を深め、プロジェクトに賛同する教育機関も増やしていきたいという。

    将来的には政策化したい

    今回の成果を基に、将来的にはふるさと納税などの仕組みを活用して、渋谷区をはじめ、全国の自治体に政策として輪を広げていきたいと考えている。

    すでに大阪市では、2012年度から塾代などを月1万円まで支援する事業を実施。都内でも、文京区が来年度から中学2年生に最大年間5万円、中学3年生に10万円を補助する事業を予定している。

    渋谷区の長谷部健区長は「渋谷区の公立中学校に通う子どもたちの約3割が就学援助を受けており、貧困格差は残念ながらあると認識しています」と話し、プロジェクトの成果を見守りたいという。

    「私も子育て中。子どもたちには、親の所得で自分の夢を諦めてほしくない。クラウドファンディングで社会課題を一緒に解いていく仲間を増やしていきたい」

    BuzzFeed JapanNews