赤ちゃんを抱っこしたまま本番へ。BBC流「#子連れ会議OK」がすごい

    「万が一、私がスタジオで破水した場合に備えたマニュアルが、スタジオのあちこちに張り出されていました」

    2017年11月、熊本市議の緒方夕佳さんが生後7カ月の赤ちゃんを連れて熊本市議会に参加しようとしたところ、出席を認められなかった。

    それをきっかけに、ある問いが注目を集めた。

    「あなたやあなたの職場は、『子連れ勤務OK』ですか?」

    仕事や職場に子どもを連れて行ってもいいか賛否が分かれた中、世界のニュースを伝える報道の現場で「子連れ勤務」を実践している記者がいる。

    BBCワールドニュース初の日本人レポーター兼プレゼンター、大井真理子さんだ。

    大井さんは2006年にBBCに入局し、シンガポールを拠点にアジア発の朝のニュース番組「ニュースデイ」などを担当。2017年8月に第二子を出産したばかりだ。

    昼夜問わずニュースを追いかけ、現場から現場へ飛び回るBBCの記者たちは、どうやって育児と仕事を両立しているのか。

    BuzzFeed Newsは11月5〜7日のトランプ大統領初来日に合わせて日本へ取材に来ていた大井さんに、BBC記者流の「働き方」について聞いた。

    抱っこ紐のままラジオ本番へ

    ーーまず、ご出産おめでとうございます。今回の東京出張も、3歳の長女と生後3カ月の長男を連れてシンガポールから来たそうですね。

    本当は休暇も兼ねて夫について来てもらうはずだったんですが、トランプ大統領の来日と重なったため、私と子どもたちだけ先に行くことになっちゃったんです。

    一人で二人連れて飛行機に乗るなんて、絶対に無理だと思ってたんですけどね(笑)

    🇯🇵出張行ってきます👋🏻一人で二人子連れ✈️について頂いたアドバイス:「食べよう座ろうと思うな🌪そうしたら30分座らせてもらえたらラッキーと思える💫フライトの最初に🍷をオーダーし、周囲の批判的な目は無視🙈🙉」がんばります💪🏻

    東京に来てからは、仕事中は両親に見てもらっていました。でも両首脳が共同会見を開いた日に限って、父が内緒でゴルフの予定を入れちゃって…。

    さすがに70の母に「ワンオペ育児」をさせるのは申し訳なかったので、子連れ+ばば付きで支局に行きました。

    Wrapped up my live coverage of #TrumpinJapan, accompanied by 👶🏻👧🏻👵🏻 in Tokyo bureau. 今日は子供二人とバァバ付きで出社して中継😅… https://t.co/Srrn33BWCA

    支局では母に上の子を見てもらい、下の子は中継中以外はずっと抱っこ紐したまま。

    うちの子、とてつもなく大きいジャンボベイビーで生まれてきたので、アホほど肩が痛いなかで、青酸連続不審死事件で死刑判決が出たというニュースが飛び込んできて。

    息子を抱っこしたままスマホで記事を書き、ロンドンにメールで確認してもらい、録音チームに「息子がここで寝てるので、寝息がうるさかったから言って」と伝えて。

    その放送がイギリスでは首相も聞いているといわれる番組で流れたときは、「え、うちの子の寝息聞こえてなかった…?」とすごく心配でした(笑)

    👶🏻💭“My food source💕🍼💕” We’ll be apart for the 1st time tomorrow as mama fills in for @RicoHizon🙏🏻まだ厳密には産休中ですが、明日はお友… https://t.co/9Ud14xk10l

    “抱っこ紐インタビュー”する記者も

    普段シンガポール支局で勤務している時も、子連れ勤務を許されています。

    私が残業で午後7時以降に生中継しなくてはいけない時は、スーパーで夕飯を買って、長女を会社で遊ばせながら待ってもらったり。

    ロンドンのBBC本社では子連れ勤務は原則NGですが、自宅勤務や上司の許可を取った上での特別対応など、フレキシブルに対応してくれます。

    実際にオランダ駐在の記者が抱っこ紐のままインタビューしたことも。日本でやったらひかれると思いますが(笑)

    Foreign correspondent Anna Holligan decided to take her baby with her when she returned to work. 📻… https://t.co/N6KU8XjIkY

    スタジオには「真理子、破水緊急マニュアル」

    ーー出産前もギリギリまで仕事を続けていたそうですね。

    出産3日前まで働いていました。最初から「私は絶対破水するまで働くぞー!」って宣言してました。

    BBCでは駐在している国の法律に従って、産休の期間が決められています。

    シンガポールは8〜16週間なのですが、長女を産んだときに有給休暇と合わせて6カ月休みをとったら、出産前の産休ほど暇なものはないと気付いたんです。

    早く出したいのにそうもいかないし、重いし、やることもないし、みたいな。だから今回は絶対にギリギリまで働くと決心していました。

    実際に屋外でレポートしていたら、私の妊婦すぎるお腹を見て、通りすがりのおじいちゃんに「偽物の赤ちゃんの割にはリアルだね〜」と言われたりしました(笑)

    Whilst filming, 👴🏻 came up & said "it's a v realistic bump for a fake 👶🏻"! @BBCWitness 🇯🇵 Sp will air on 5 Aug! 妊婦す… https://t.co/A7K2NSRAQR

    ーー日本では、お腹の大きい女性をニュース番組で見ることはほぼありません。BBCでは珍しいことではないのでしょうか?

    うちはスタジオや編集室内で破水して、そのまま病院に行った人もいるような会社なので、お腹が大きい状況で働いている人は全然めずらしくないですね。

    今回も万が一、私がスタジオで破水した場合に備えたマニュアルみたいなものがスタジオのあちこちに張り出されていました。

    ーーマニュアル?

    出社前にもうやばいと思ったら、この人にメッセージすれば代わりに出てくれるとか、会社にいる時に破水したら、ロンドンのこの番号に電話したら別の番組を再放送かけてくれるとか、色んな手順を決めていました。

    あとは夫の電話番号とか、万が一のことがあったらここに電話するようにと書かれた紙がスタジオ中に貼ってありました。

    Well done 👶🏻 for not coming out live on @BBCWorld! The reason my colleagues sing Humpty Dumpty as I walk🎶スタジオで破水せずキ… https://t.co/0tn5ofqd0n

    二人目なのもあってか、臨月でもない頃からすごくお腹が大きかったんですね。だから、プロデューサーがだんだん不安になったみたいで。「なんかどんどんでかくなってくぞ、こいつ」みたいな(笑)

    収録中も普通は1日中ヒールなのが、最初の3分だけにして、あとはビーサンを用意してくれたり。サポート体制はすごくありがたかったですね。

    Last shift be4 popping 👶🏻! Secrets to presenting 39wks 🤰🏻? 3 pairs of shoes to change throughout the bulletin😆出産前最後… https://t.co/BE2Ae4SnGj

    人生プランは「白紙」だった

    ーー女性のキャリアを考える上で、大きな節目となる妊娠、出産、子育て。大井さんはタイミングを考えていたのでしょうか?

    実は、明確な計画はなかったんです。

    業界の先輩には「こんな仕事だと、毎日ニュースばかりで時間に流されちゃうから、結婚・出産したいかだけでも考えておいた方がいい」と言われていました。

    でも、キャリア的に見て「タイミングがいい時」ってありえないと思っていて。

    男女平等と言われていても、やっぱり女性は妊娠して出産して、数ヶ月だけでもブランクがあれば影響は出てくるじゃないですか。

    私の場合は念願だったロンドン転勤の直前に妊娠したので、キャリア的にこの時期だったらOKと思ってたわけでもないし、妊娠がわかった時は「えっ、ここで?」みたいな(笑)

    最初は上司に伝えるのも躊躇しました。でも上司が3人ともママだったので、みんな半泣き状態で喜んでくれました。

    「母親だから」で不利にはしない

    ーー職場が応援してくれると、とても心強いですね。

    産休中も特派員のポジションに応募したのですが、申請書に「妊娠何ヶ月で、何月には出産予定なので、採用されてもすぐにはスタートできません」みたいな一文を書いたんです。

    そしたら、採用側の上司にすごく怒られて。

    ーー怒られた?

    「言いたいことはわからなくもないけど、そんなことを書く必要はない」と言われたんです。

    妊娠や出産、育児中だということを不利な条件にはしない。たとえ1年間の産休を予定していてもそのポジションに一番適している人を採用するという努力を、会社として徹底してくれていますね。

    玉の輿になりたかった16歳

    でも私、大学でオーストラリアへ留学してジャーナリズムを勉強するまでは、玉の輿結婚して、専業ママになりたいって言ってたんです。

    ーー今のキャリアを考えると想像できないです。

    でも、実際に母親になってみて、専業ママほど大変な仕事はないと思うようになりました。

    仕事ってやらなきゃいけないことをリストアップして、終わったら一個一個「これはやった」ってチェックしていけるじゃないですか。でも、育児はそうはいかない。

    さっきオムツ変えたのにまた変えなきゃとか、爪切ってあげたいのに切らしてくれないとか。もちろんご飯を平和に食べられることはありません。

    会社だったらどんな相手でも、一応話し合えるけど、育児だと、とりあえず泣いてて、なんで泣いてるかわからない人が目の前にいる感じ。

    本当に今でも、金曜日になると「やったー週末だ!子どもたちと遊べる!」と思うのに、月曜日の朝になると「あーやっと月曜だ」の繰り返しです(笑)

    だから、「専業ママになりたい」「私は玉の輿結婚してマダム生活を送るんだわ」と思っていた16歳の自分には「どんだけ大変なことかわかってるの?」って言ってあげたいですね。

    Monday morn. Woke up hubby to take his mum to 🛫, got 👧🏻 ready for my mum to take her to 🏫, bathed & 🤱🏻👶🏻 till he 💤… https://t.co/dxmWwAenPb

    専業主婦は「活躍」していない?

    ーー日本では女性の社会進出を促進するために、「女性が活躍できる社会」というスローガンがあちこちで掲げられています。

    でもそのスローガンって、専業主婦や専業ママは活躍していなかったのかってことになるじゃないですか。

    私も2015年に働く女性を紹介する「Working Lives」という番組で、東京で専業ママをしている友人を取材しました。

    3rd woman for Japan Direct Working Lives: stay-at-home mum! 日本人女性の特番を作るなら絶対に注目したかった母親業の大変さ。聖心のお友達で3人のママの取材をしてきました!

    育児って、本当にマルチタスクですよね。これやりながら、あれ準備して、ついでに子どもも起きてきてどうしようみたいな。

    そういう家庭を回してる人からしたら、トランプ大統領が日本に来るので取材チームを組んで、どの現場でどんな取材をしてなんてロジスティックス、ちょちょいのちょいだと思うんですよね。

    家で毎日やっていることと比べたら、大したことない。

    だから、私は専業ママの彼女たちが活躍していないとは全く思わないし、次の世代の子どもを育てるという大切な仕事していると思います。

    それを「活躍してる」とか「活躍してない」という言葉で表すこと自体がおかしいのではないでしょうか。

    「ママへの期待」が重荷

    ーーでは、女性の支援に必要なのはどんなことだと思いますか?

    育休や産休の制度を整えたり、保育園の数を増やしたりすることはすごくいいことです。

    でも、私が半年の産休でも長すぎると感じてしまったように、一人ひとりによって求めているものは全く違います。政府が制度を設ければ全て解決ということではない。

    どちらかというと、一人ひとりの社会に対する価値観が変わっていく必要があるのではないかと思います。

    ーー価値観とは?

    例えば、日本のお母さんたちって、幼稚園の送り迎えでもみんなキレイに化粧してすごくきちんとしているじゃないですか。

    私なんて化粧していると、「あ、今日オンエアなんだ」って言われるくらい普段はすっぴんで過ごしています。だって、時間なくないですか?

    日本でマタニティーウェアを買おうとしたときも、お腹を隠すデザインばかりでびっくりしました。

    だって、人生で一度か二度しかない、どんなにお腹が出ても誰にも批判されない時期なのにあえて隠すのはなぜなんだ!って思いました。

    そういう社会としての期待値とか、お母さんはこうあるべきというイメージが浸透しているから、お母さんたちは大変なんじゃないのかなと思います。

    今日本で女性の社会進出が盛んに言われているのは、経済的要因が大きいです。働き手が減っているから、女性にも働いてくださいと言うのであれば、社会の価値観も変えていかないといけない。

    女性も働け、でも今まで通り家事もやって、子どもにはお受験させて、きちんとマナーを守れる子に育てて、自分は化粧もして綺麗にしなさいって、1日24時間しかないのに無理じゃないですか。

    ーー大井さん自身には、子育てと仕事を両立する上で葛藤はありますか?

    もちろんです。正直、二人目が生まれてからは「やりたいこと」と「できること」がだんだん噛み合わなくなってきたと感じている真っ最中です。

    でも、母親になったからこそ得られたものもたくさんあります。出産費用に関する記事を書いたり、お受験事情の取材をしたり、より生きた情報を伝えられるようになったのもその一つです。

    だから、今は無理でも、いつか子供がいてもできるチャンスが回ってくると信じてるというか。

    一番大切なのは、一人ひとりの意思を尊重すること。産休3カ月で十分だという人はそれでいいし、自分は専業ママで3人子どもを育てたい人は、それでいいじゃん応援しようよって。

    私は私で、私だからできる情報発信を続けていきたいと思っています。

    BuzzFeed JapanNews