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東京医科大学の不正の衝撃 お産の現場を担う産婦人科医として伝えたいこと

現場ではもうどうしようもない。打開策を考える余力ももうない。

朝目が覚めると、SNSをチェックすることが多いのですが、「東京医大、女子受験生を一律減点」の見出しに、「は?」「え?」となり、一気に目が覚めてしまいました。

その後、読売新聞によると、全受験生から一律に減点し、現役や2浪までの男子受験生には20点加点、3浪の男性学生には10点加点、4浪以上の男子と女子には加点なしという点数操作をしたと報道されています。

事前に知らされていない上での減点も、面接などそういう曖昧な基準でのことではなく、小論文とはいえペーパーテストで点数を削っていたことも衝撃でした。

言葉は悪いですが、「きったねー!」というのがまぁ、率直な感想です。

そして、憤る人の多い中、医療者の中には、「前からあると思ってた」「まぁそうなるべくした理由がある」といった、積極的な賛成とまではいかずとも大して驚きもしていない意見が散見されました。

女性であるというだけで疎まれるーーそのショックでちょっと人間不信になりそうです。そして、これから医学部へ進もうと考えている女の子はどういう気持ちなんだろうとか、いろんな感情が心の中でぐるぐるしていました。

医療界の実情

私は産婦人科医なので他の科とはまた違うのですが(内科と救急、整形外科や心臓外科など科によって状況は全然違うと思われるので一般化はできない気がします)、私が産婦人科医となって以降、新たに入局してくる女医の数は男性を上回りました。

現在は産婦人科を選ぶ医師の6割が女性となっています。

産婦人科はご存知の通りお産や帝王切開など手術も扱うため、365日24時間最低2人は勤務もしくは待機しています。手術は1人ではできませんので。さらに手が足りないときは3人目以上が呼ばれることもあります。

ただしお産や緊急手術にかかる時間は例えば脳外科や心臓外科などと比べて比較的短時間で済むのも特徴であろうと思われます。帝王切開であれば手術時間は1時間程度です。

意外とうまくいってる施設がそれなりにあるのは、オンオフが切り替えやすいからかもしれません。長時間手術や術後管理にかかりきりになる他の外科系の診療科とはそのへんが異なります。

土日や夜に働ける人が少ないという共通の問題

診療科によって少しずつ事情は異なるものの、どこの科でも共通しているのは「土日と夜働ける人が少ない」ことであろうと思います。

私も当直表を作っている時は各自の要望に応えつつ組むことは大変苦労するので病みましたし、現職場で当直表を作っている医師も不公平のないよう作ることに難渋しています。

日本は妊産婦や新生児の死亡率の低さを世界に誇っていますが、地域でハイリスクの妊婦や急変した妊婦を引き受ける「周産期母子医療センター」でも充足人数とされる人員がきちんといる施設はそう多くはありません。

常に長い勤務時間、人手不足の中、綱渡りでの医療が行われています。そういう状況下で、病欠や妊娠出産によりさらに人手が減るとなったときに、正直、「またか…」とは思うのはわかります。

人員は補充されませんし、のしかかる負担がわかりきってるし、いつ戻ってくるかわからないし。誰かが抜けるたびにみんなそういう思いをしています。

女性医師であれば妊娠できる年齢にはリミットがあります。(誰かが妊娠したら今は妊娠できないな......)となります。また違う誰かが妊娠する。また時を逃す、とがっくりしている人もいると思います。

みんな被害者、立ち去っていく医師も

それは制度の問題であって、私が学生の頃から医者は余ると言われていて、医師の数を増やそうという雰囲気はさほどありませんでした。医師国家試験の合格率もある程度コントロールしているという話もありました。

医学部定員を増やそうにも教室のキャパもなく教員もいません。結果、1年に卒業する医者の数は限られていて、圧倒的に数の少ない中で戦わざるを得ない。

大学病院では臨床も研究も学生と研修医の教育も当直もオンコール(呼び出し待機)もする。給料は低い。もう無理! という状況下で働いてるわけだから、みんなが言うなれば被害者みたいなもんです。

産婦人科では男女問わず、分娩を担う病院勤務から負担が少ないクリニックなどに転職する「立ち去り型サボタージュ」は明らかに多いと思います。

激務の施設を離れ、基本的に当直や呼び出しのない、なおかつ自由診療で収入もある不妊クリニックへ流れています。

開業医で比較的ローリスクの妊婦さんのみ扱う施設への移動、お産を取り扱わず婦人科診療のみを行う人も増えていると思います。その結果、さらにきつい職場はさらにつらくなるという負のスパイラルです。

なぜ過重労働なのか、アクセスの容易さと医師の職業倫理と

忘れもしない、学生の時、生理学の先生が女性でしたが、大学の一期生でした。彼女の時代は妊娠したら医局をやめさせられていたということで、臨床には進めず、生理学教室に進んだと話していました。

また、出産して戻ってきた女医の復帰プログラムのようなものがなく、現場を去った人もたくさんいます。子育てがひと段落しても戻れる場所がない。尻拭いしてやっているとまで言われることもある。

そういった過去の積み重ねが医師不足を招き、今の世代を苦しめていることが一つあります。

それから、今回のことで諸外国と比較され、日本の医療体制が劣っているという説もありましたが、医療機関へのアクセスの容易さも過重労働の要因となっています。

専門医に受診するまでに数ヶ月かかることはさほどなく、救急は軽症の患者もいつでもかかれるようになっています。大病院では夜通し手術の行われていることも珍しくはありません。その都度患者やその家族に説明をし、治療にとりかかり、常に裁判への不安も抱えています。

他の職種と異なり、今の人員で過重労働をやめれば医療の質が落ちることが懸念されています。そこで医師の職業倫理として過重労働を甘受せざるを得ない。患者を見捨てるのかと言われたら働いてしまう。

時間外に患者を診ることをやめ、手術をしない。これがなされれば過重労働はなくなっていくでしょう。ただし医療の質は落ちますし場合によっては死者も増えるでしょう。

なにか方策はあるのか

では、女性医師を減らして男性の割合を増やせば解決するのかというと、そんなに単純な話ではないだろうと思います。

男性と女性の募集人数をあらかじめ7:3とか公表すればいいのではないかという意見もありましたが、じゃあそこで男性はきつい科を選択してもらうことも条件にしなければ多めにとる意味はないでしょう。

「女医の人数は削ったから、男性は救急とか心臓外科とか新生児科行ってね」とか、「当直余計にしてね」と言って、男性医師の皆さん、容認できますか? そんなこと現実にできるかというと無理でしょう。

今の状態はもう本当は医療は崩壊していて、瀕死の兵隊が撤退もできず、でもここでひいたら国が守れないと言って竹槍で応戦しているみたいなものです。

現場ではもうどうしようもない。打開策を考える余力ももうない。

今回の東京医大の件は、今の状況に対する現場のどうしようもなさを浮き彫りにして、瀕死の兵隊同士で殺し合いを始めちゃった感じです。怒りの矛先を間違えるとみんな不幸になるからもうやめましょう。

でももう我らは考えられないしがんばれない。現場からは以上です。現場と言っても個人的な観測範囲と感想です。

強いて言えば、ハイリスクな妊婦を診る周産期母子医療センターの医師は重点的に増やしてほしい。そして、採血や薬を取りに行くとか、食事を運ぶとか医師でなくてもできる仕事は他に任せるなど、医師の業務を見直していただきたい。

最後に、事前に告知なく女子学生を減点した東京医大はどういう言い訳しようとも許されないことだけは言っておきたいです。受験料と、女性の活用を支援する国の事業でもらった国の補助金を返還してください。

佐藤ナツ 産婦人科専門医

東京都出身。200×年、国立大学医学部卒。現在、総合病院産婦人科と総合周産期母子医療センターで勤務中。ツイッターでは「タビトラ」名義でつぶやいている。