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「最適解は、完全禁煙しかない」vs「たばこを吸う側の自由や満足を」 科学的な議論が受動喫煙政策に活かされない日本

参議院厚生労働委員会の議論は、「国民の健康や命」を主張する医師側と「喫煙者や営業の自由」を語る飲食店側で真っ二つに分かれた。政治家は何を優先するのか。

受動喫煙対策が骨抜きにされた政府の健康増進法改正案が7月10日、参議院厚生労働委員会で審議され、医師、患者、行政、飲食店と様々な立場から招かれた参考人が意見を戦わせた。

中でも、目立ったのは「健康や命」を最優先させるよう訴える医師や患者側と、「喫煙者や営業者の自由」への配慮を求める飲食店側の対立だ。

日本対がん協会参事で医師の望月友美子さんは、飲食店の面積によって規制を決める政府案について、「失敗が分かっているので、(見直しを)5年も待つ必要はない」と斬り捨て、日本で受動喫煙対策が遅れた原因を「たばこ産業のネガティブキャンペーンがなされたからだ」と厳しく批判した。

一方、受動喫煙対策についてたばこ業界と共に、反対キャンペーンを続けてきた飲食業やサービス業の団体「全国生活衛生組合中央会」の副理事長、田中秀樹さんは、「たばこを吸う方々の自由や満足、営業者の自由にも配慮する『日本型の分煙対策』を」と、法案が定める規制のさらなる緩和を訴えた。

国際的にみて「受動喫煙対策」劣等生の日本

望月さんは、まず受動喫煙対策が一刻の猶予もないとする理由として、日本ではたばこで3.5分に一人が、受動喫煙に限っても35分に一人が死亡していることを示した。

その上で、WHO(世界保健機関)のたばこ規制枠組条約(FCTC)を批准し、受動喫煙防止が2010年まで義務付けられていたにも関わらず、締め切りをとっくに過ぎていることを報告。

条約に基づく政策達成度を測る「政策通信簿」についても、「受動喫煙防止やメディアキャンペーン、広告禁止は最低ランクで、すなわち不可の状況です」と批判し、今回の健康増進法改正でも履行は不十分だと指摘した。

その上で、このように痛烈に批判した。

「100平方メートルにしても、30平方メートルにしても、面積による規制の有無はスペインで一度実施され、のちに失敗と評価された『旧スペインモデル』の踏襲です。なぜ外国で失敗とわかったことを日本で実施するのでしょうか?」

「その弊害については、ドイツがんセンターのシュナイダーらの論文で列挙された通りですが、特に例外規定による空洞化、不当競争、遵法意識の低下、地域格差、従業員の健康、社会的対立などの問題が生じ得ます」

失敗した旧スペインモデルと同様の面積基準を、国に先行して設けた神奈川や兵庫の条例では罰則規定があり、違反者がいるにも関わらず、1件も摘発されていない「ザル条例」になっている。

望月さんは「国の法律でも同じことが起こり得ます」と指摘する。

「失敗がわかっているので、(見直しを)5年も待つ必要はありません」

喫煙所は喫煙率低下の妨げに

さらに、改正案では、喫煙専用室について細かく規定し、喫煙所を新たに設ける事業者には補助金が交付される。

これについても、「国際社会も日本社会も長い間かかって喫煙をデノーマライズ(普通でないこと)としてきたことに完全に逆行している」と非難した。

「喫煙者は喫煙所がある限り吸い続けるので、職場においても社会においても喫煙所は喫煙率低減の妨げとなります。また子供の目に触れることにより、喫煙行為が美化される恐れがあります」

さらに、喫煙所への補助は、医学的に受動喫煙対策として不完全な「分煙」の固定化になり、将来の禁煙の妨げにもなるとしてこう呼びかけた。

「新たに全面禁煙に踏み切る当事者にも同等の補助金を交付できるように要綱を改定・追加すべきではないでしょうか? 時限措置にすることにより、禁煙化が速やかに進みます」

「日本が世界にアピールする『分煙先進国の構築』」?

一方、飲食店やサービス業など16業種、全国700万人が加盟する「全国生活衛生同業組合中央会」副理事長の田中秀樹さんは、まずこのように規制強化に反対した。

「サービス業にとってはたばこを吸うお客様も、吸わないお客様もみなさん大切なお客様です。各事業者も営業の自由があるので、各店舗の多様性や自主性も尊重していただきつつ、お客様と事業者それぞれが受動喫煙防止環境を自由に選択できる仕組みとすることが望ましい」

「これこそが、日本だからこそできる、日本が世界にアピールする、『分煙先進国の構築』であると考えております」

そして、「店舗、施設の実情に合った受動喫煙防止対策を推進すべきとの観点から、望まない受動喫煙を防止しつつ、たばこを吸う方々の自由や満足、営業者の自由にも配慮する『日本型の分煙対策』を促進していただくこと」とした。

改正案では喫煙を可能とする飲食店では20歳未満の立ち入りができない規定となっているが、「ランチタイムは禁煙で、夜にお酒を飲む営業は喫煙可能」など「時間分煙」を田中さんらは主張する。

改正案では、「時間分煙」にしたとしても、たばこを吸わせる時間帯がある店舗には、禁煙時間帯であっても20歳未満は入店できない。田中さんはこの規制を和らげ、禁煙時間帯には20歳未満も入店できるようにすることを求めた。

その上でこう主張した。

「夜間営業の飲食店の煙が同じ店舗のランチタイムに残っているのか」

「20歳未満の立ち入りが困難になれば昼間の収益減少は避けられない」

「人手不足に悩んでいるサービス業、飲食や宿泊業には逆風。人手が集まらない業界で、20歳未満の若者が一人前の調理師になるため弟子入りする場合、禁煙時間帯においても就業禁止することになれば、従業員確保や修行の場も失われて世界に誇る日本料理の文化の継承が損なわれていくのではないかと業界は心配しており、納得できない」

加熱式たばこ吸えるようにしていいの?

続く質疑で、共産党の武田良介議員が、今回の改正案で、専用喫煙室を設ければ吸えるようにする経過措置を設けた「加熱式たばこ」の評価について、望月さんに質問すると、こう答えた。

「これらのたばこ製品はニコチンを脳に効率よく伝達するニコチンデリバリーデバイスと捉えるべきです。(加熱式たばこには)ニコチンが不可欠ですが、ご存じのようにニコチンは依存物質であり、そのものが毒劇物。有害性があり、依存性があるものが合法的に存在していることが問題なのです」

「どれぐらい(有害物質が)出ているかは測定不能なものもありますが、未知のものも含めてたくさん出ているのは既に論文になっています。未知のものにどういうスタンスで臨むかということが問われるわけですが、日本は未知のものに対してそっとしておく」

つまり、有害可能性がある製品について、日本はあいまいな態度をとり続けているという批判だ。

「でも多くの国では、予防原則、つまり疑わしきはまず罰する。アメリカのFDAは規制科学が進んでおり、規制のためにどんなエビデンスが必要か巨額の公費を投じて研究しています。日本はこうした原則がなくふらついている」

全店禁煙にしたらどうか?

「分煙」では、技術的に煙の漏れを防ぐことができず、喫煙室に出入りする従業員の受動喫煙を防げないことが明らかになっている

武田議員が田中さんに、「例外なく全ての店舗を禁煙とするならば、店舗による違いはなくなるがどうか?」と尋ねた。

田中さんは、「確かに全部吸えないよと言うのであれば公平性が保たれるかもしれませんけれども・・・」と答えた後、こう反論した。

「現実的な話なんでしょうか? 私は千代田区に住んでいますが、路上は全部禁煙で公園も全部禁煙。外では全部吸えない。しかし、たばこが世の中にある以上、吸う方はいるし、吸える場所というのは分煙を実行している飲食店が多い」

「全部が禁煙ということが公平だと思いますけれども、たばこそのものをこの世の中からなくしていくという発想です。現実の問題として、全部が禁煙というのは難しいのかなと思います」

後に、望月さんは隣の参考人席に座っていた田中さんにこう語りかけた。

「お隣の田中参考人は営業のことをおっしゃいますが、一番健康を害するのはそこでお仕事をされる方だと思います。科学の視点ではなく、もう一つの視点は誰の健康を守るのかということ。アイルランドは、世界で初めて全国の禁煙法を出し、労働者の健康を守る観点からの法律でした」

「ほとんどの公共の場所は誰かが働いています。お客さんの健康よりも先に労働者を考えたら、まずそこを守っていくということだと思います」

日本が遅れた理由はたばこ産業のネガティブキャンペーン

日本は先進諸国に比べ、受動喫煙対策が遅れている。

その理由を、日本維新の会の東徹議員が望月さんに問うと、「一番重要な質問だと思う。受動喫煙対策は本当は日本が一番進んでいなければいけない国だった」と前置きした上で、日本の”黒い歴史”を明かした。

日本は実は、当初受動喫煙問題について最初に問題提起した国だった。

望月さんは、1981年に国立がんセンターの疫学部長だった平山雄氏によって書かれた受動喫煙と肺がんとの関連を指摘する「平山論文」が世界の受動喫煙対策の礎になったことを紹介した。

その上で、たばこ産業によるネガティブキャンペーンが日本の研究を潰してきたことが数々の論文で証明されている背景を伝え、こう語った。

「政策形成において、科学をどれだけ大事にするかということが損なわれています。そこにたばこ産業が大きく加担して潰れていったという背景があります。今こそ挽回の時で、何十年分の遅れを挽回しなければならない」

さらに、面積による規制についても、たばこ産業が関わっていることを指摘した。

「面積の議論が始まったのは、日本では神奈川と兵庫県の条例です。なぜ突然100平方メートルが出てきたのか。辿っていくと、アメリカのたばこ会社が持ち込んできたプロポーザル(提案)でした。各国でロビイングをして、その一つがスペイン。それが未だに日本で踏襲されています」

「たばこの煙で恐怖を覚える方もいる。日々の売り上げを心配する小さい事業者もある。その声を全て連立方程式として成り立たせる最適解は、完全禁煙しかない。困るのはもしかしたら税収かもしれないし、たばこ産業かもしれない。なぜ建設的な議論ができなかったのか残念に思います」

しかし、最後にこうも訴えた。

「ただ、挽回できます。スペインが5年かけて挽回したように。まずは法案を通すのかもしれないですけれども、待った無しで政策評価して、新たなアイディアを盛り込んでいただければ国際的にも恥じることのないソリューションが生まれるのではないかと思います」

患者側の主張はこちら。ヤジ飛ばされた肺がん患者、国会で再び受動喫煙対策訴え 自民党議員二人が謝罪