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自分を傷つけずにはいられない人へ 「決して良いことではないけれど、悪いことでもない」

精神科医、松本俊彦さんが、自傷行為や摂食障害、境界性パーソナリティー障害の当事者に向けて話した講演の詳報第1弾です。

体型が気になって食べられない、反動で食べすぎて吐いてしまう。そんな拒食症や過食症などの摂食障害に悩む人は、感情がコントロールできず、対人関係がこじれやすい境界性パーソナリティ障害と診断されていることも多い。

アルコールや薬物の依存症、リストカットなどの自傷行為など様々な問題を重ねて抱えるのも特徴だ。

こうした当事者を支援するNPO法人「のびの会」が8月5日、横浜市で精神科医の松本俊彦さんを招いて講演会を開いた。依存症や自傷行為を専門とする松本さんが当事者に向けて語りかけたこの講演の詳報を3回に分けてお届けする。

自傷行為は人知れず行われていることが多い

まず、リストカットから話を始めます。

俗にパーソナリティ障害などと一括される人たちが様々な形で行っている自分の健康によくない行動があります。あるいは、自分を大切にできない行動。

様々な形がある自傷行為の一つのわかりやすい例として、リストカットのように鋭利なもので自分の体を傷つける、そうした行動を取り上げてみます。

我々の研究では、一般の若者でも1割ぐらいはリストカットをはじめとした自傷行為の経験があることがわかっています。10人に一人いるということは、それだけで直ちに何かの病気だとは言えないわけです。

しかし、それは何のためにしているのか。多くの人はこう言います。

「それはかまってちゃんなんじゃないの?」

「アピール的な行動じゃないの?」

「気を引こうとしているのよ」

でも、まず我々が理解しておかなければいけないのは、だれかに気づかれている自傷行為は30分の1程度ということです。30回行われるうち1回ぐらいしか気づかれることがないのです。

さらに言えば、自傷行為を繰り返す若者の96パーセントがひとりぼっちで行為におよび、しかもその行為を誰にも告げないことがわかっています。

アピールのためにするのであれば、みんながいる場所で、それこそ横浜駅の西口の雑踏の中でやるのが一番効果的な方法なんです。でもそのようにする人はほとんどいない。つまり、気を引くために行われている自傷は思ったほど多くはない、むしろ少ないと考えた方がいいということです。

つらい気持ちを誰にも話せずに一人で解決する方法

では、何のために行われるのでしょうか? 

一番多いのは、不快な気持ちを和らげるためにやっているという人です。この不快な感情とは、激しい怒りや恐怖感、あるいは気分の激しい落ち込み、生きているか死んでいるかわからないという気持ち。要するにつらい気持ちです。

自分ではどうしようもないつらい気持ちに襲われたときに、一番良い方法は、おそらくだれかに助けを求めること、人に相談することです。でも彼らはそれを良しとしない。なぜ良しとしないのかはわからないのですが、推測すると、3つの可能性があると思います。

一つは近くに信頼できる人がいない。

二つ目は信頼できそうな人がいるにはいるが、その人がとても忙しい。翻ってリストカットをする人は自分に対しては、生まれてこなかったほうが良い存在、価値がない存在、いないほうがいい存在、余計な存在と思い込んでいます。

そんな思いがあると、「こんな価値がない自分のために忙しい人の手を煩わせるのは申し訳ない」と思って助けを求めるのを遠慮している可能性があります。

そして三つ目の可能性として、かつて勇気を出して人に助けを求めたことがあるが、全く問題が解決しなかった、あるいはもっとひどいことが起きたということが考えられます。

その結果、つらい時に人に助けを求めることを諦めて、自分一人で、誰にも頼らずにつらい気持ちを和らげる。これが実は自傷行為の中で一番多い動機なんだということをまずおさえてほしいと思います。

心の痛みを抑えるために、体の痛みを使って蓋をする

なぜ切ると楽になるのでしょうか。そのメカニズムとしていろんなことが考えられています。

切ると、実はβエンドルフィンやエンケファリンと言われる「脳内麻薬」が出るという学説があります。ランナーズハイの時や、分娩時にも実は脳内麻薬が出て体の痛みを抑えているのですが、それと同じものが切ることによって出て、心の痛みを鎮痛しているということを仮説として提唱している人もいます。

我々が一つ覚えておかなければならないのはこのようなことです。

リストカットしている人たちが切っているのは皮膚だけではありません。彼らは皮膚を切るのと一緒に、つらい出来事の記憶やつらい感情の記憶を切り離してなかったことにしているのです。

だから不思議なことに、これまではだれかにいじめられてつらい思いをして泣いていた人が、切ることを学ぶようになってからは、だれかに殴られても泣かなくなります。むしろ平然とした顔をしていたり、うすら笑みを浮かべたりすることさえあります。

意識の中で切り離してなかったことにしているから、大丈夫だと感じられるのです。

「心の痛みを抑えるために体の痛みを使って蓋をしている」

こういう表現をする人もいます。

ただ、問題なのは、だれかにいじめられているときに、平然とした顔をして涙を流すこともないと、加害者の方が「あ、こいつこれではびくともしないんだ」と思って、どんどん加害行為がエスカレートする可能性があるということです。

だれかが通りかかったときに助けてくれないこともあります。

「あの人大丈夫かな? でも本人うすら笑みを浮かべているから、もしかしたらプロレスごっこかもしれない」

こういう風に、助けてもらえなくなる可能性もある。そういう意味では短期的には心の痛みを抑えることができるかもしれませんが、長期的には、本人が置かれている状況がますます深刻になってしまう恐れがあります。

問題行動を重ねて抱えてしまう当事者たち

実は、この人たちが抱える問題は、一般の中学生や高校生も含めてですが、自傷行為だけではありません。他にもいろんな問題行動を持っています。

例えば、自傷行為をしている人たちはそうでない人たちよりも、摂食障害の傾向が顕著です。自分の体重や体型が気に入らなくて、時折、無茶なダイエットをしたり、あるいはそれでリバウンドしたりして、自分を責めたりします。

時には責めるだけでは足りなくて、喉の奥に指を突っ込んで吐いてしまう人もいます。こういう人は一般の若者の中にも結構いるのです。その中でも程度がひどくなり、生活や仕事に支障が出てくるようになると、病院を受診して摂食障害と診断されているのではないでしょうか。

また、自傷行為の経験がある人は男性でも女性でも、未成年のうちからお酒を飲んでいる人が多いです。ずっと習慣的に飲んでいるかどうかは別として、何か嫌なことがあった時に忘れたいと思ってお酒を飲んだり、あるいは、市販薬を過量服薬したりした経験のある人もいます。

あるいは、違法薬物を使ったことがある人も、自傷行為の経験者に多いのです。

それから危険なセックスを経験する人もいます。相手をよく知りもしないうちに勢いでセックスしてしまったり、セックスのときにコンドームを使わなかったり、パートナーの数が多すぎたり、日替わりセックスみたいになっていたり。そんな危険な性行動があります。

これらはいずれも家庭や学校や地域の中ではいただけない行動とみなされますし、世間からも「何やっているの?」と後ろ指を差されることがあります。「もっと自分を大事にしなくちゃ」「自分を傷つけちゃダメよ」とも言われることがあります。

自殺リスクを高める行為ではあるが......

確かにこういう行動が一つあるだけで将来における自殺の確率は高くなります。

例えば10代の子にこういう行動が一つあるだけで、近い将来自殺行動を起こす可能性が2.3倍高くなることがわかっています。二つあると8.6倍、六つあると、277.1倍高くなることがわかっています。

そういう意味では将来においては自殺リスクが高まる行為なのです。

では、そんなことしていると死んでしまうからといって、直ちに止めるようにしたらどうなるのでしょうか? 実はやめた直後にもっと自殺リスクが高くなることもあるのです。

切ることによって死にたいぐらいつらい今を、少なくとも今すぐには死なずに済んでいる場合もあるわけです。死にたいぐらいつらい気持ちを今、一時的には抑えることに成功しているので、短期的に見れば自殺リスクに対して保護的に働いているのです。

ただ、そのままずっと続けてその場しのぎをしていると、長期的には自殺するリスクを高めてしまう。

自傷だけでなく、他の問題行動もそうです。

死にたいぐらいつらい、でも死にたくないからとにかくいまは寝逃げするしかないと思って、手元にある薬を飲んで、意識をシャットダウンさせて、今すぐ死ぬことは回避できるわけです。

ただそういう行動を繰り返しやると、徐々に気持ちが死に傾いていくということも事実です。

援助交際とか危険なセックスをしている人たちもそうです。もしかしたら非常に恐ろしい犯罪に巻き込まれて、犯罪被害によって命を失う可能性もあるかもしれません。

じゃあ、その援助交際をただちにやめたらいいかというと、それもなかなか難しい部分があります。

自分を傷つける行為は「死への迂回路」 最悪なことではない

昔、私が診ていた、援助交際をやっていた患者さんはこう言いました。

「誰かに抱きしめられている時だけ、自分はこの世にいていいんだ、生きていてもいいんだという気がするんです」

そういう意味では、援助交際すら短期的にはその人が死なずに済むのに役立っています。そうすると、若者たちがする様々ないただけない行動に対して、我々はどのようなスタンスで向き合ったらいいのでしょうか?

「それは決して良いことではないけれども、悪いこととも言えない」

これは、とても大事な態度なんです。

「そんなバカなことをするんじゃないよ」と叱責するのはかえって逆効果になる可能性があります。それに実際、バカと言い切ることができるでしょうか? 生き延びるのに役立っているわけですから。ただ、ずっと続けていると、それはそれで別の意味でも危ないわけです。

このように自分を大切にできない行動をどう理解したらいいかというと、「死への迂回路」と言えるのではないかと思います。

迂回路とは遠回りですね。そのまま続けると最終的には死にたどり着くのですが、一時的に迂回することができる行為なわけです。

迂回は最悪なことではありません。そうやって時間稼ぎをすることで、本当は何がつらいのかを見いだすことができたなら、最終的に死なずに済む。その方策が見つかるまでの間、こういうふうに一時しのぎをしながら、命をつないでいくことが何がなんでも絶対に悪いとは言えないわけなんです。

だから自傷にしても摂食障害にしてもオーバードーズ(過量服薬)にしても、もしかすると男性依存にしたって、それが絶対に悪いとは言い切れないところがある。

我々はともすれば、そういう行動をとっている人に対して、道徳的な立場から、悪いとかバカだとか判断するわけですが、それはちょっと脇に置いておいて、何から逃れるためにこの一時しのぎをやっているのかと考えることが必要です。

そして一時しのぎをして命を繋いでいる間に、この人にはどういう支援があったら、最終的に死なずに済んで、自分が納得いく人生を歩むことができるのかを考えるのです。

この後は、そのための具体的な方策についてお伝えします。

【講演詳報2回目】自分を傷つけたくなったり、死にたくなったりしたらどう対処したらいいか

【講演詳報3回目】食事、睡眠、仕事や勉強、人付き合い 生き延びるために日常生活をどう乗り切るか


【松本俊彦(まつもと・としひこ)】

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)など著書多数。

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