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防げる悲劇を防いでほしい 子宮頸がんで苦しむ女性を診る産婦人科医の願い

幼い子供を遺して逝く母、手術を受けて婚約破棄された若い女性ーー。多くの女性の涙を見てきた産婦人科医がHPVワクチンを勧める理由

幼い子供たちを遺し「この子たちの成長を見たかった」と泣く母親がいた。結婚直前にがんが見つかり婚約破棄された若い女性もいた。

婦人科がんを診る産婦人科医の新潟大学産科婦人科学教室教授、榎本隆之さんは子宮頸がんによって起きるそんな悲劇に日々向き合っている。

榎本さんらは最近、HPVワクチンが、子宮頸がんを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐ効果があることを、国内で実証する中間報告を米国感染症学会の機関誌に発表した。

だが、小学校6年生から高校1年生の女子は公費で受けられる定期接種となっているにも関わらず、ワクチンに対する不安は未だに払拭されず、5年4ヶ月もの間、「国は積極的には勧めない」といういびつな扱いになっている。

現在、日本の接種率は1%にも満たない。

世界各国のHPVワクチン接種率

「子育て世代の女性を襲う子宮頸がんという病気は本人だけではなく家族も巻き込み、悲劇を引き起こします。ワクチンというがんを防ぐ手立てがあるのですから、どうか防げるがんは防いでほしい」

榎本さんと、共に働く同大学准教授の関根正幸さんにお話を伺った。

マザーキラー、そして若い女性に降りかかる悲劇

榎本さんは様々な婦人科がんの治療をしてきたが、中でも子宮頸がんは、子育て中の母親や若い女性がかかることが多く、「マザーキラー」とも呼ばれている。そして、20〜30代の罹患率は上がっている。

「もちろんどの世代であってもがんは大変な病気ですが、子育て中のお母さんが死ぬことは、家族への影響がとても大きい。また、妊娠中やこれから妊娠を希望する若い女性が子宮を失ったり、早産や流産のリスクが高くなったりすることはその後の人生に重大な影響を及ぼします」

榎本さんが診たある30代の母親は、子宮頸がんが進行した状態で見つかり、手の施しようがなくなって個室で家族と最後の時間を過ごした。

「小学1年生とその下の子が病室に来ては、お母さんが寝ている横でおもちゃでいっぱいになった病室で楽しそうに遊んでいるんです。お母さんがもうすぐ死ぬということを知らないで。疲れて寝てしまった子供たちを見ながら、お母さんは『この子らの大きくなるのを見たかった......』と泣いてましたね」

婚約中の20代、30代女性が子宮頸がんになり、子宮や卵巣を切除したり、軽度の場合は頸部の一部だけを取り除く円錐切除手術を受けたりすることもあった。

「婚約中に浸潤がんが見つかり子宮を摘出する手術をすると、たいてい、女性の方から『私と別れてくれ』と婚約者に切り出しているようです。男性は『子供はいなくてもいいから彼女を治してほしい』と言ってくる人もいれば、別れてしまう人もいます」

円錐切除手術

「円錐切除をして、婚約者にも『子供は産むことができますよ』と説明したのに、捨てられた患者さんもいました。破談になったその女性は30代前半でしたが、その後5年ぐらいうつ病に苦しみました」

患者の中には18歳の女子高生もいた。

「受験生だったのですが、音楽大か美術大学か迷っている才能豊かな子で、病室で鍵盤をずっと叩いて練習していました。手術もできないぐらい進行していて抗がん剤治療だけをして、結局亡くなりました」

婦人科がんを診る産婦人科医は皆こんな患者を経験している。

「だから、防げるがんは防いでほしいのです」と榎本さんは言う。

関根さんらが日本産科婦人科学会などに所属する全国1508病院に送付し、760施設が回答した調査では、2008年の1年間で、妊娠中にがんが見つかった女性は227人いた。

そのうちもっとも多かったのは162人の子宮頸がんで、続く卵巣がん(16人)、乳がん(14人)を大きく引き離していた。

HPV16型、ターゲットでない52型も防ぐ効果

榎本さんらは、2014年度から、新潟県内6市で自治体の子宮頸がん検診を受けた女性を対象とし、HPVワクチンの効果を探る追跡調査「新潟スタディ(NIGATA STUDY)」を続けている。

2018年10月9日、この研究の中間解析が公開された。

HPVは100種類以上あるが、子宮頸がんになりやすい「ハイリスク型」はそのうち15種類程度だ。HPVは性的な接触で感染し、通常は免疫の力で排除される。しかし一部が感染し続けると、細胞が一部異常をきたす前がん病変の「異形成」を経て、がんとなる。

だから、セックスデビュー前にワクチンをうち、子宮頸がんの原因となるHPVに感染しないようにするのがHPVワクチンの狙いだ。

日本で承認されているHPVワクチンは、特に子宮頸がんになりやすい16型、18型という二つの型への感染を防ぐ「2価ワクチン」と、その二つの型に加え「尖圭(せんけい)コンジローマ」というイボの原因になる6、11型への感染も防ぐ「4価ワクチン」がある。

16、18型への感染を防ぐだけでも60〜70%の子宮頸がんを予防できると言われている。ただ、この二つの型をターゲットにしているワクチンでも、性質が似た別の型のHPVの感染も防ぐ「交差反応(クロスプロテクション)」の可能性があることがわかっているため、今回の研究では13種類のハイリスク型の感染率を見た。

登録した2197人の女性のうち、4価ワクチンを接種した人は少なかったことから、2価ワクチンを接種した人だけを対象とした。接種した女性1379人と接種していない459人について、2014年4月〜2017年3月、ハイリスクHPV感染率を解析した。

「初回性交前の女性について、生まれ年度や性的活動性の影響を調整して一つずつの型を見ていくと、統計的に意味のある差(有意差)が出たのは16型と52型だけでした

ワクチンのターゲットである16、18型だけでなく31、45、52型の感染もワクチン接種者では少なかったが、18、31、45型は接種者での感染者がいなかったため、現時点で有意差が出たのは16、52型だけとなった。

「ワクチンを接種したおかげで感染を免れた人の割合であるワクチンの有効率は、本来ワクチンのターゲットである16型では92.2%、ワクチンがターゲットとしていない52型でも60.5%でした」

「16/18型」「31/45/52型」の一括の比較は?

論文では、この他、ワクチンの本来のターゲットである「16/18型」を一括して比較し93.9%の予防効果が、またターゲットとしていない「31/45/52型」の一括比較で67.7%の予防効果があったと結論づけている。

ただ、ここでまとめられている「18型」「31型」「45型」については、各型単独では有意差が出ていない。

研究者の中からは、「16/18型についてはワクチンが本来ターゲットとしている二つの型なのでまとめるのはわかるが、31/45/52型についてはなぜこの3種類をまとめて解析したのかがわからない。有意差を出すために、恣意的に選んだのではないか」と批判も出ている。

これについて、解析を担当した関根さんは以下のように説明する。

「31型、45型 、52型については海外の報告でも交差反応が明らかになっている型です。そこで、日本においても同様の結果が得られるのか、型ごとに検討したかったのですが、31型、45型については、ワクチンを接種していない群に感染者がいる一方で、ワクチン接種者の中に感染者がいなかったため統計解析できませんでした」

「そこで、今回は、海外ですでに交差反応について報告のある31型、45型 、52型をまとめて解析することにしたのです」

「海外ではさらに多くのハイリスクHPVを防げる9価ワクチンが使われるようになっていますが、開発途上国では費用の面から安い2価ワクチンを使う国が多いです。安いワクチンでターゲット以外の型も防ぐ効果があることを示すことができたら、グローバルな視点でも研究の意義が高まります」

接種率回復のために必要な三つの要素

他の研究者の報告で、全国の自治体のワクチン導入前と導入後の世代で、細胞診異常が出た割合を比較したところ、前がん病変以上の異常はワクチン接種世代で、導入前世代より73%減少していることがわかっている。

宮城県や秋田県でも、細胞診の異常は接種者の方が接種していない人よりも大幅に減った。対がん協会や全国20病院が参加した「MINT STUDY」でも、ワクチン接種者では中等度異形成以上の前がん病変が大幅に減ったことが明らかになっている

安全性についても名古屋市の7万人調査厚生労働省研究班(祖父江班)の調査で、ワクチンを接種していない人でも、接種後に訴えられている体調不良と同様の症状が現れることが明らかになっている。海外の研究と同様、薬の成分が影響したとは考えにくい研究報告が積み上がる。

榎本さんは言う。

「ワクチンの接種率も検診受診率も低い日本では、研究自体を成り立たせるのも困難な中、それでも効果や安全性が明らかになっています。こうしたデータを材料に、ワクチンを接種しないでいるデメリットを真剣に考えるべきではないでしょうか」

そして、ワクチンの接種率を上げるために必要なこととして、以下の3つの要素を訴える。

  1. 積極的勧奨を再開する政治決断
  2. 接種した記録を全数登録して追跡調査する体制
  3. 子宮頸がんの怖さ、ワクチンを接種することの意味を接種者とご両親が十分に納得してもらってから接種すること


「積極的な勧奨が再開されなければ国民は安心できないでしょうけれども、それだけでは不安は解消されないでしょう。今は自治体によって接種記録も残っていませんが、接種記録を残すとともに接種者の追跡調査ができる体制を作ることが重要と考えます」

「また、今は接種した人が何のために接種しているのかわからないため、不安が高まっているのだと思います。日本産科婦人科学会も協力しますので、専門家が対象者やその両親にワクチン接種の意味を正確に伝え、疑問にも答える努力が必要です」

「予防接種制度がうまく進むオーストラリアなどでは子宮頸がん撲滅の見込みまで出ているのに、日本だけ予防できない状態をこれ以上長引かせるべきではありません。悲惨ながんに苦しむ人が減るよう、皆さんに事実をみて判断してほしいと思います」