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「先天性風疹症候群」を知ってほしい 演劇に託す母の想い

妊娠中に風疹にかかり、三女が難聴を抱えることになった母が、大流行の兆しに立ち上がります。

風疹が再び大流行の兆しを見せている。国立感染症研究所が9月26日に発表した最新集計では、今年37週時点の累積報告数は642人で、昨年1年間の報告数(93人)の7倍近くとなった。

発熱、全身の発疹などが主な症状だが、この感染症が怖いのは、妊娠初期の女性がかかると赤ちゃんの目や耳、心臓に障害が残る先天性風疹症候群(CRS)をもたらす恐れがあることだ。

2012〜13年の大流行時には、45人の赤ちゃんが障害を持って生まれた。

20年前、妊娠中に風疹にかかり、三女の花菜子さん(20)が難聴などを抱えることになった大阪府の大畑茂子さん(52)は、風疹の影響について知ってもらおうと先天性風疹症候群の高校生が甲子園を目指す演劇「遥かなる甲子園」の上演を企画している。

ワクチンを2回うてば免疫はつく。しかし、1990年4月1日以前に生まれた人は、受けていても1回のみ、1979年4月1日以前に生まれた男性は全く受ける機会がなかったため、十分免疫を持たない人が数多くいる。今回の流行でも、風疹にかかっているのはワクチン不徹底世代の30〜50代の男性がほとんどだ。

大畑さんは「こんな思いをもう誰にもさせたくない」と、上演の実現に向けてクラウドファンディングを立ち上げる予定で、準備に駆け回っている。

長女から感染? 医師も周囲も中絶を勧める

大畑さんが風疹にかかったのは、1997年8月、三女を妊娠して14週の頃だった。

当時4歳だった長女の幼稚園で風疹が流行中で、長女、次女、自身の3人が次々に感染した。娘二人は軽症だったが、自分は身体中に発疹が出て42度の高熱が3日続いた。近所の大学病院に緊急入院した。

個室に隔離されて1週間、まもなく退院という時に、ある人からは「耳も聞こえない、目も見えない子が生まれたらどうするの?」と言われた。

退院したら久しぶりに子供たちに会える、とワクワクしていた大畑さんの頭は真っ白になった。追い討ちをかけるように、主治医ともう一人の医師が入ってきて、「このまま中絶してから帰るよね?」と告げた。

「どうしてそんなことを言うのですか?」

何を言われたのか、最初はわからなかった。

「あなた風疹だったんですよ。いったん退院したら会計がややこしくなるから、このまま中絶手術をしましょう」

妊娠20週までに風疹にかかると、お腹の子の目や耳や心臓に障害が残る可能性を初めて知った。でも、自分の体に宿った命を簡単に諦められるわけがない。

「一人では決められませんから.......。一度、家に帰してください」

それだけやっと言って、退院した。

胎動を感じて「この子に会いたい」 出産を決意

それからは悩む日が続いた。

夫も「どうなんやろうな......」と迷いを見せ、周囲はほとんど「今回は諦めた方がいい」と言ってくる。

そんなある日、台所で家事をしていると、赤ちゃんがお腹を蹴った。初めての胎動。

「この子は精一杯生きようとしているんだ」とハッとした。

妊娠18週に差し掛かり、中絶するかどうかを伝える期限が迫っていた。夫や自分の母親と改めて長時間話し合った。

「私は、目や耳が聞こえない可能性があるからといって、生きようとしているお腹の子をなかったことにするのがどうしても納得いきませんでした。長女も次女も病気をしたり怪我をしたりした時に、みんな命がけで治そうとするのに、この子だけはみんな生かそうとしない。理不尽だと思いました」

「私は母親ですから、どうしてもこの子に会いたかった。脳に障害があったら手話もできないよと医師に説明されていましたが、それでもいい。私はどうしてもこの子に会いたいと言ったのです」

実母は「もし重い障害があっても、私の籍に入れて育ててあげる。そしたらあんた、会いに来れるやろ。安心して産みなさい」と背中を押してくれた。夫も「どんな子が生まれようが一緒や」と覚悟を決めてくれた。

産むと伝えると、医師は「うちでは出産した人はほとんどいませんよ」と驚いたが、消極的ながらも受け入れてくれることになった。

早産、難聴、気管支の未発達......

32週で陣痛が起こり、切迫早産で入院。子宮の収縮を抑える薬を点滴し、絶対安静の状態で1ヶ月の間、ベッドから動けなかった。

なんとか36週まで持たせた後、大きな破水があった。1998年1月、帝王切開の予定だったが自然分娩で出産。2500グラムの女の子だ。生まれた瞬間、取り上げてくれた医師が、娘に向かって「聞こえるか? 見えるか?」と呼びかけてくれた。

「消極的な姿勢を見せる先生たちばかりでしたから、娘の可能性を信じて、目や耳の状態を心配してくれる医師が一人でもいるということが嬉しくてたまりませんでした。何より私は娘と出会えたことが嬉しかった。産んで良かったと心から思いました」

出産直後から検査を繰り返し、「右耳は聞こえていないかもしれないけれど、左耳は大丈夫。目に光は入っているようだ」と説明を受けた。

成長するにつれ、右耳は軽度の難聴があり、気管支も未発達だということがわかった。

「小学校低学年までは、気管支が細すぎるので、風邪をひくと咳が止まらなくなりしょっちゅう入院していました。聞こえないなりに注意力を身に付けるように教え、学校は前の席に座れるよう配慮してもらうなどして乗り切りました」

2013年の大流行 テレビの取材をきっかけに啓発運動に参加

娘が風疹で障害が残ったことは、15年間誰にも言わずに生きてきた。自分が感染したせいで娘を辛い目にあわせてしまったという罪悪感が拭えなかったのだ。

しかし、2013年の大流行の時に、NHKから取材の申し込みがあった。一度は断ったものの、大畑さんの話を聞いて泣いた記者は、「そんなに辛い思いをされた風疹を多くの人に知ってもらいたい」と説得してきた。

「それを聞いて、まだ私と同じ思いをしている人がいるんだと胸に迫るものがあったんです。私の経験を伝えることで防げる可能性が少しでもあるならばと思って、取材を受けることを決めました」

取材の中で、先天性風疹症候群で娘を亡くした可児佳代さんらと知り合い、一緒に「風疹をなくそうの会「hand in hand」」を設立した。

娘と一緒に厚生労働省にもワクチン接種の徹底など対策を申し入れに行った。

大臣への面会を拒む職員に娘が泣きながらこう訴えたのが忘れられない。

「私はたまたま聞こえて、たまたま話すこともできていますが、お腹の中で風疹にかかって話せなくなった子もいます。国としてきちんと対処してください」

それから学会や講演会など様々な場でワクチン接種を訴えてきた。

先天性風疹症候群の子供が主人公の演劇を上演したい!

そして、再び今年、風疹が流行し始めた頃、大畑さんは職場の友人に「先天性風疹症候群の子供が出てくる演劇があるよ」と教えてもらった。

大阪市の劇団「関西芸術座」が上演していた作品「遥かなる甲子園」だ。

東京オリンピックが開催された1964年、沖縄で猛威をふるった風疹の影響で難聴の子供が数多く生まれ、そのために作られたろう学校の生徒が甲子園を目指して野球に打ち込む実話を元にした物語だ。

「舞台を見てもいないうちから、私はこの作品を多くの人に見てもらいたいと思いました。この聴力障害は防げたものなのだということを演劇の形で広く伝えられると思ったのです。劇団に電話をしてぜひ公演させてほしいとお願いすると、快く引き受けてくれました」

風疹をなくそうの会「hand in hand」の主催で、たくさんの人に見てもらおうと、2019年1月14日の成人の日に1161人が入る大阪市中央公会堂を押さえた。上演後、大畑さんがこの障害はワクチンによって防げるものだということを訴える。

当然、会場代や設備費、劇団への出演料など費用がかかる。これをクラウドファンディングで集めることで、大流行の気配を見せる風疹予防も訴えたいと考えた。審査も通り、150万円を目標とする「知ろう風疹!!〜劇『遥かなる甲子園』に学ぶ〜」を10月19日にオープンする予定だ。

大畑さんは9月20日、劇団員さん約50人を前に自分たちがこの劇を主催する思いを伝えた。

「なかったことにされてしまった命や、聞こえない、見えない世界に生まれてきたこどもたちの思いをどうか知っていただき、心の隅に入れて頂けたら」

役者さんは泣きながら聞いてくれて、「この舞台はこれまで100回以上演じてきていますが、これからの舞台はなにか変わると思います。大畑さんの思いは伝わりました。この舞台は成功させたいです」と言ってくれた。

困難に負けず歩む娘を見ながら......上演に向けて母も奔走

20歳になった三女の花菜子さんは今、大学3年生となり、教員免許を取って中学の教師になることを目指している。耳が聞こえづらいことで、これまで学校やアルバイト先で無視したかのように誤解され、叱られたり人間関係がギクシャクすることもあった。

「人は群れなくても強く生きられるということを子供たちに教えてあげたい」と母に夢を話す。困難を持ちながらどう生きていくか、考え抜いた上での挑戦だ。

大畑さんはそんなふうに娘が力強く歩む姿を見ながら、演劇を通じて風疹の排除に一歩でも近づくことを目指す。

「この病気について正しく知ってもらい、これから生まれる子供たちが辛い思いをしなくて済むように、あなたにもできることがあると理解してもらいたい。どうかご協力をよろしくお願いします」

クラウドファンディング「知ろう風疹!!〜劇『遥かなる甲子園』に学ぶ〜」(10月19日公開予定)はこちら。