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「目指す発信は昔のホームドラマ」 『自炊力』が人気のフードライター白央さんが大事にしていること(3)

『自炊力』で人気のフードライター、白央篤司さんの行きつけの店でお話を伺うインタビュー第3弾は、ネット時代に読者に届けるために、どのような発信を目指すべきか、記事論に踏み込んでいきます。

今、気になる人の行きつけの店に連れていってもらって、飲み会気分で根掘り葉掘り聞くこの企画。

トップバッターに立っていただき、新作『自炊力』が人気のフードライター、白央篤司さんが選んでくれたのは、野菜のつまみが美味しい広島地酒とお好み焼きの店「ほじゃひ」です。呑兵衛の二人はどんどん杯を重ねます。

話は、いかに読者に届くように書くのか、という記者論、記事論になっていきました。

人の9割は活字を読まないんじゃないか?

ーー『自炊力』もそうですが、料理に関心の薄い人に、食のことや栄養のことについて読んでもらうのは難しそうですね。

食べもののことってみんな興味があるようで、さほどでもないというのが私の実感です。ニーズはあるんです。安くて簡単なレシピ、自分に縁のあるエリアのお店情報、この2つ。それ以外をどう読んでもらうか、読む気になってもらうかというのが私たちの命題だと思っています。

私は基本的に人間は9割ぐらいが活字なんて読まないんじゃないかと思っているんですよ。そこに立って記事を作らないと、特にネット記事は意味がないと思っているんです。

雑誌記事をそのままネット記事にしても、誰も読まない。いい記事はいっぱいあるんですけど、お客さんを待っていてもしょうがない。そういう記事があることを効果的に知ってもらって、「うちの媒体ではこういう記事が定期的に読めますよ、更新されてますよ」と知ってもらわないといけない。

WEB編集者はそういうスキルが求められるけれど、残念ながらそこに腐心している人はまだまだ少ないんですね。だからライターが同時にやるしかない、というのが私の思いです。

企画して構成して文を書いて、写真も撮って記事として完成させ、告知もいろいろやる。それがWEBライターだと思っています。もちろん分業でうまくいってる人もいるでしょうけど。

ーーそれに気づいて写真や書き方を工夫してから、PVやシェア数が増えたのですか?

うーん、試行錯誤でしたね。やっぱり私はツイッターで育ててもらってる部分が大きいです。Aということをつぶやいたら意外な反響があった、ではこれを基に記事が作れないか、みたいな。

食に興味のあるフォロワーさんが増えて、いろんなリプをもらえる。それが記事に反映できる。あとやっぱり、世の中の多くの人がどんな食生活しているかをSNSを通して実感できたことも大きい。

コンビニが頼りという人、本当に多いんですよ。そのひとたちにとってどんな記事が有用だろうと考えて、「コンビニ食で栄養バランスは維持できる?」を作ったり、コンビニで売ってる冷凍食品を活用する記事を作ったり。これらは2年前の記事ですけど、いまだに読まれています。

レシピは簡便に 経験がないとアレンジはできない

ーー白央さんの得意なテーマの一つは郷土料理ですね。どうしてそこに注目されたのですか?

やっぱり転勤が多かったからですね。東日本と西日本を小さい頃に経験できて、よかった。おにぎりの形ひとつとっても違う。東北ではあんなに愛されていたおにぎりの具、筋子が西では当時全然ポピュラーじゃなくて。驚きでしたね。

でも、そういうのをそのまま記事にしてもあまり響かないんです。

ひとつフォーマットになったのは、各地の郷土料理を全国で手に入る食材だけで、ごくごく作りやすいレシピにして紹介するというもの。

郷土料理って「酒、みりん、醤油」を使うこと多いんですが、これはめんつゆにしてしまう。なるべくプロセスは簡単に。できればコンビニでも買えるようなありふれた食材でやる。

そういうので一番バズったのは「なすそうめん」の記事です。(「香川の「なすそうめん」はこの夏ゼヒ試してみてほしいうまさだった【フカボリ】」)。

ーー私も何回も作ってます! 豚肉を入れたり、鶏肉を入れたりアレンジもしやすいレシピですね。

そうやってアレンジできるのがまさに「自炊力」なんですね。また、「こんな記事作ったから読んでー」と告知ツイートするのもすごく大事で。記事内容すべてをしっかり140字内で伝え、どんな層に有用なのかアピールできないとダメだと思ってます。そうしないとRTしてもらえませんね。

全貌を伝えつつも、実際リンク飛んだらプラスアルファもある、というのが理想です。「こいつの記事は実際にリンク飛んで最後まで読むと得するな」と思ってもらわないと、定期的に読んでくれるお客さんはつかない。

ーーそのプラスアルファは何を意識してらっしゃるんですか?

うーん、何だろう(笑)。ひとつには丁寧さですかね。全然料理をしない、料理をしてこなかった人が読んで分かりやすく、居心地の悪さを感じないようにすること。たとえばワカメと豆腐の味噌汁という、ごくごくスタンダードな料理がありますね。

ワカメと豆腐の味噌汁を作ったとする。そのとき余ってる野菜が他にあったら、一緒に煮たっていいわけですよね。余り物片づくし、栄養だってより良くなる。でもね、料理してない人って何かを足すとかしてはいけないと思いがちなんです。

ーーえ?

何かを足せる人というのは、経験してるからなんですよ。別にワカメと豆腐の味噌汁に絹さやいれようが、ホウレン草を入れようが、まずくなるわけじゃない。その人がよければそれでいい。けれど、体験してないと怖くてできませんね。

ーーなるほど。なんでも追加したらいいじゃん、とは思えないんですね。

料理得意な人、料理慣れている制作者が記事をつくると、料理してない人に対してちょっと冷たくなりがち……と思っているんです。「こんなのは初歩の初歩!」「このぐらいは知ってますよね?」「ここから説明しなきゃダメ?」的な目線が入りやすいというか。

「簡単ですからぜひトライしてください!」的な表現ってついやっちゃうんですが、「「そんな簡単なことが私はできない」という気にさせるんですよ。だからこれも言わないようにしているんです。

逆に「大丈夫ですよお、やさしく説明しますからね」的な目線にもなってもダメで。大人が読むんですから、そういう姿勢がちょっとでも入ると読者さんは不愉快だと思うんですね。そうならないようにすごく気をつけています。

「なすそうめん」の記事でも出てきますが、おろしショウガって多くの人はチューブでやっていると思う。料理にだんだん慣れて、馴染んできたら、ショウガを買っておろしてみるのにトライしてくれたらいいなと思っています。少しずつ手づくりに近づいてくれたらと。急がなくていい、というのは明確にしていますね。

最初から「おいしいから、こうやるほうがいい」というスタンスの記事って、雑誌向き。ネットは「出来るかぎりラクで面倒じゃないのがいい」という人向けにしたほうがいいと私は思っているんです。

ーーでも白央さんもそうだと思うけれども、生姜のチューブって美味しくないじゃないですか。

それは岩永さんの意見でしょう(笑)。おいしさよりも手間のなさをとりたい、という人もいていいじゃないですか。

ーーそりゃそうだ(笑)。私はわさびやからしのチューブはもちろん使うのですが、生姜はやはり擦りたてが美味しいから買わなくなりました。

それはすりたての生姜の美味しさを知っているからですよ。

ーー小さなおろしがねを買っておいてちょっとおろせばそんな手間じゃないんだけどなとつい思っちゃいますよね。

何を手間と、苦と感じるかは人によって全然違いますから。

人間食べなきゃ生きていけないから、食からは逃れられない。つまり料理が根本的に好きじゃない、興味ない人もたくさんいて、その人たちも料理せざるを得ない状況にあるわけです。そういう人達にとって有用な情報かつ「否定をしない」記事が必要なんだと強く感じています。

「こうしたほうがおいしいよ」じゃなくて「ここはカットしていい、ここも既製品でいい。それでもじゅうぶん。あなたはしっかり自炊してる」と励ます、元気づけるような記事を作りたいと思っているんです。

目指すのは昔のホームドラマ

ーー白央さん自身はお料理とってもできるのに、できない人に優しいですよね。

ネット界に限らずですが、今って「こわい」記事や本、多くないですか? こうしなかったら負け組、バカになるな、〇〇しないと老後は悲惨だぞ……。一部の収入の多い人たちが「成功」するための教えとして激しい言葉を吐きまくっている。

すごくイヤなんです。

私はね、ホッとしてもらえる記事を作りたいんですよ。健康や美容のためにバランスよく、は正論で大事なことだけど、いま食事を作る余裕がない人にそんなこといっても全然役立たないわけで。でもそんな中で「野菜足りないな」「手作りのほうがいいんだろうな」と、考えてるそれだけで尊いことだよ、と。

ちょっと変な例えですけど、昔のホームドラマってとても温かくて好きなんですね、『ありがとう』とか。ほっとするじゃないですか。あんな世界を目標にしてるんです。

(急に)あ! 「今日のおすすめ」のメニュー、見とらんかった!

ーーあ、筍もあります!

筍好きですか?

ーーこの季節になると気持ちがはやりますよね。店頭に並ぶと。

わかる。

怒るのは10回に1回 効果的に伝わるように

ーー優しいのはいいですね。私はよく怒ると言われるから反省です。

岩永さんが?

ーー「怒るのだめ」って若い記者からよく言われます。私の方では、「もっと怒らなくちゃダメなんじゃないか」と思ったりもするんですよ。でも最近は、「怒るのは良くないんじゃないか」という世論をより多く感じています。

僕も怒りっぽいです、瞬間湯沸かし器。

けど、10回怒りたいところを1回ぐらいにしたほうが伝わりますね。いつでも怒ってると「そういう人」と見られてしまう。本当に是正を訴えたいときに響かない。ここ最近、そう思えるようになりました。

昔はもっといっぱい怒ってた、食を扱う番組とかに。見なくなったというのもありますけど。

ーー白央さん、でもTwitterでは、昔近所にいた頑固おやじ風のコメントが多いなと、私は逆に好感を抱いていたんです。近所の子を優しく叱ってあげるおじさん、でも周囲に敬意を払われているようなおじさんが昔はいたじゃないですか。

私、そんなキャラなんですか(笑)。

ーー次のお酒行きましょうか(笑)。

はい!

心の中の「エア姑」を追い出そう

ーー伝え方問題で、褒めた方がいいというのは私も反省するところです。医療や健康問題って、つい叱り口調が多くなりますから。

岩永さんとはちょっと立場が違いますよ。だって事実無根の治療法とか、単なる思い込みによる食品バッシングとか、怒りをもって追及しなきゃいけないことも多々あるし。

でも料理ってね、ましてや自炊ってその人それぞれの形でいいわけです。その人の生活なんですから。そこをしっかり言ってあげたい。「でも、本当はやらなきゃいけない分かってるんです……」とか「料理できたほうがそりゃいいじゃないですか」と悩んでいる人がけっこういるんですね。

そういう人達って、心の中に「エア姑」を飼ってると思っているんですよ。

ーー(笑)

実際誰からも何も言われてないのに、心の中で自分を責めてるんですね。「エア渡鬼」みたいなのを心の中に飼っている。

ーー(笑)

まずは自分の生活を何より大事にしてほしい。自分をラクにすることを一番にしないと、しんどいだけです。

冷凍食品でも冷凍野菜でもレトルトでも、おいしくなってるし、活用すると本当に手間がはぶける。そこで「手抜き」と思わないこと。自分の食を用意してるだけでもじゅうぶん自分に「手をかけて」いるんですから。

「丁寧に暮らしてばかりもいられない」

ーー(手を上げて)はい!先生、そこで質問です。

はい、どうぞ(笑)。

ーー「エア姑」というより、今の女性向けの生活雑誌って、「丁寧な暮らしをしましょう」とか、「こんな一手間をかけて美味しく」とか、「手作り、添加物なしで安全安心」と洗脳するものが多くないですか?そのプレッシャーって日々読んでいて感じていると思うんですけれども、そのあたりをどう考えますか? 「丁寧な暮らし圧力」にムカついているんですが。

ムカつくというのは、自分なりの料理観がある証拠ですね。

ーーははあ。

自分なりの自炊スタイルを構築するには、図太さが必要だと思っています。他人や周囲の視線とか、無言の圧力とかを気にしない。

「私はこれでいい」「うちはこれでじゅうぶん」と思えることが大事ですよね。でも、そうはなかなかなれないものなんですよ。

ーー私の図太さを分けてあげたい(笑)

だって記者って図太くなければやっていけないでしょう? だって、サツ回り(警察担当)なんて、繊細だったらできなさそうだし。

ーー(爆笑)繊細でなくてすみません。

いや、繊細な部分といろんなものが共存していないとできないと思いますよ。

「私の人生はこれでいいのだ」としっかり選択しないと、楽って手に入りませんね。ただ、世俗の良しとする流れに身をまかせる方が楽で、面白いという時もあると思うんですよ。「だって流行ってるし」というのも楽しいじゃないですか。

だけどおっしゃる通り、「丁寧に暮らす」という美徳がこの10年ちょっと流行りすぎてしまった。今は「丁寧に暮らしてばかりもいられない」という言葉が必要だと思うんです。

ーー本当にそうですね。

丁寧に暮らすというイズムで生活すべてをやっていくというのは、多くのひとにとって無理じゃないでしょうかね。生活のなかで「ここだけは丁寧に」というポイントを自分なりにしぼったほうがいいと思います。

全てを「イズム」で暮らすのは超人か雑誌のグラビア

全てをきちんと自分のイズムで暮らすというのは、ある種の超人がやることなんですよ。昔、沢村貞子さんという女優さんがいらっしゃいましたよね。

彼女の献立を見るとそりゃもうおいしそうで、私も昔読んで憧れました。いまでも番組で定期的とりあげられるぐらいの「丁寧暮しの達人」なわけですが、あれは売れっ子女優さんの収入があって、お手伝いさんがいて買い物してもらえるからできていること。

そんな人と同じ立場で考えてたらいけない。超人や達人は憧れにとどめておいて、目標にしちゃいけないなと思うんですね。

ーー私、女性誌を読む機会は美容院しかないんですけれども、本当にみんな「丁寧な暮らし」好き。インテリアも洋服もバッグも上質なものを持ち、料理を毎日丁寧に作って、誰がそんなのできるのさ?と思うような雑誌が、30代、40代の女性向けにいまだにたくさん作られています。

グラビアですからねえ。

ーーあれはファンタジーとして受け止めたらいいのかしら?

そう思える人もいれば、「ちゃんとやらなくちゃ」ととらえる人もいる。メディアの幻想と考えていいんじゃないかと私も思いますね。

ーーでも白央さんのご自宅の写真も素敵だなあって思いますよ。インテリアも素敵で、ベランダのお花の手入れまで行き届いている。

(笑)。写ってないとこグチャグチャですよ。それに私が何を作って食べているかというのは、自己紹介の一部でもありますからね。「このひと、こういうことできるんだ」と制作さんに知ってもらえるチャンスでもあるから。

ーーバランスも絶妙だなと思うのは、さりげなくレトルトものとかも使ってらっしゃるじゃないですか。

ほら、レトルトを下に見てる(笑)。ダメダメ、いまどきのカレーやスープのレトルト、自炊するよりよっぽどおいしいものたくさんありますよ!

大体日本人は手作り信仰が強すぎるとも思いますしね。レトルトメインにして、サラダか野菜スープ1品作るとか、そんなんでもいいじゃないですか。

ーーあれでホッとする人もいると思いますよ。

『自炊力』書いててなんですけど、料理する気にどうしてもなれない日なんていくらでもあるわけです(笑)。みんなそうだと思いますよ。友達の料理家さん、何人も「ああああああ人が作ったものが食べたい!!!!」って定期的に叫んでいる。

ーーじゃあたまには、冷凍ご飯チンして納豆みたいな日もあるんですか。

ありますよ。

ーーああほっとしました(笑)。

(続く)

【白央篤司(はくおう・あつし)】フードライター

1975年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経てフリーに。日本の郷土食やローカルフードをメインテーマに執筆。著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)がある。メシ通、CREA WEB「白央篤司の罪悪感撲滅自炊入門」、農水省広報誌等で執筆中。公式ブログ「白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ」。Twitterは@hakuo416