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「美人であるべき」という苦しみ。なぜ私は「ハーフの子を産みたい」の広告に声をあげたのか

東京・銀座にある呉服店「銀座いせよし」が2016年に公開したポスターが批判を集め、同店が掲載を中止した。このポスターに最初に声をあげたのは、「ハーフ」という言葉に苦しんできたという、ふたりの女性だった。

ネット上で大きな批判を集め、炎上した「ハーフの子を産みたい方に」という、3年前の呉服店の広告。

最初にこの広告に声をあげたのは、「ハーフ」という言葉に苦しんできた当事者の女性たちだった。

まず、経緯を振り返る

そもそもこの広告は、東京・銀座にある呉服店「銀座いせよし」が2016年に公開したもの。計5枚のポスターのうちの1枚だ。

「ハーフの子を産みたい方に。」については、担当した広告代理店のコピーライターは、「東京コピーライターズクラブ」で新人賞を受賞しているという。

これが今月になり、SNS上の「私達はペットでも人形でもありません」などという指摘に端を発し、大きな批判を集めた。この声をあげたのが、「GrayPride」という団体だ。

同店はその後、掲載を中止。ホームページ上で以下のように言及した。

2016年に掲出した弊社のポスターについて、様々なご意見を頂いております。これまで着物にあまり関心を持たなかった方にも目を向けて頂きたいという意図で制作したものでしたが、今回頂いたご意見を真摯に受け止め、今後の広報活動の参考にさせていただきます。なお、本ページの一部についても掲載を中止いたしましたことをお知らせいたします。

人を傷つける言葉

私達はペットでも人形でもありません。 この屈辱を想像出来ますか? もううんざりです。 https://t.co/e6gYtwSHwf

「GrayPride」は「ハーフ顔メイク」や「ハーフカラコン」といったような言葉が使われている記事やブランドの商品説明について問題提起や抗議をしたり、当事者が語ることのできる場をつくったりする活動をしている団体だ。

グレーは、灰色のグレー。どちらでもない一方で、どちらでもあるという意味が込められている。

「しばしばどっちつかずで狭間の存在である『ハーフ』という言葉について、多文化的、多面的な豊かで美しい存在として祝福する『グレーパレード』を開きたい」という願いがあるという。

運営する石井マヤさんは、BuzzFeed Newsの取材に「私も可愛いハーフの子供がほしいと複数回言われたことがあるんです」と語る。自身はポーランド人の母、日本人の父を持つ。

「外で散歩中の犬に『私も可愛い犬がほしい』と伝えるのとはわけが違います。人格のある生身の人間として扱われてないんだな、と感じてしまう。悪気はない、褒めているという場合は当事者も中々反論しづらく、モヤモヤを抱えたままやり過ごしてしまう事が多いと思います」

「自分の無邪気さが相手を傷つけているかもしれないことを知ってほしい。あなたは本当に相手を褒めていますか?それとも『ハーフ』というステレオタイプ化された看板を褒めているのですか、と聞きたい」

そのうえで、今回の広告については、「ハーフの子を産みたい方に、という言葉がどう人を傷つけるか想像を怠った結果」と指摘する。業界内で新人賞受賞作品となっていることに憤りも感じているという。

流行りの「犬種」ではない

「ハーフは流行りの犬種ではありません。生まれればその後70年でも80年でも生きて、自分の生まれた理由や意義を探そうとする、尊厳ある人間です」

そう語るのは、石井さんとともに「GrayPride」を運営する小澤ナザニンさんだ。ペルシャ系イラン人とクルド人を両親に持つイラン人の父と、日本人の母の間に生まれた。

「ハーフが流行りの可愛い犬種のように消費され、飽きたら捨てればいい、という感覚で扱われることがここ最近、増えたように感じます。今回の広告は3年前のものでしたが、その間誰も疑問を持っていなかった、ということではないでしょうか」

小澤さんは、実の母親にも、同様の言葉を投げかけられたことがあるという。

「実の親であっても、ハーフ当人でない限りハーフが現実に直面する問題に関して想像が及ばず、起こったとして理解に難いものになりますし、何をすれば良いのかも分からないものです」

「ハーフの親になる、国際結婚をする、というのは、精神的にも金銭的にも体力的にも、しなくても良かった苦労を背負い込むことになります。本当にハーフの子を産みたいと思うのであれば、そういったことについて深く考えてみる必要が、絶対にあるんです」

「美人であるべき」というステレオタイプ

当事者であるふたりが苦しんできたのは、「ハーフ」に込められたステレオタイプだ。

白人に近く、容姿端麗、マルチリンガル、日本語は「自分たち」ほどうまくない、日本国内の社会通念に従順だがほどよく傍若無人ーー。そうしたステレオタイプは、いまも社会に根深く存在している。

石井さんは、こう語る。

「今までいじめやあからさまな人種差別を受けた事はありませんが、『ハーフ女性は美人である、美人であるべき』というステレオタイプを内面化してしまい、現在もそれを引きずっています」

「特に、同じ『ハーフ』であるという事で、有名芸能人と比べられ、同一視される事に苦しみました。特に外見に対する褒め言葉や期待を過度に内面化してしまい、プレッシャーに感じました。初対面でいきなり見た目やアイデンティティ、性格について一方的に判断される事が一番堪えました」

大学ではテレビで活躍するモデルたちと比べられ、目が腫れた日に「今日はいつもよりハーフっぽいね」と言われることもあった。

周囲が規定する「ハーフ」に近づきたい、という思いから、「ぱっちり二重」を目指そうと、あらゆる二重用の化粧品を試すようになった。次第に「ハーフなのにそうした化粧品を使っていること」を恥ずかしく思うようになり、大学には行くことができなくなった。

石井さんは、うつ病を発症していた。

自身の身体の一部分を大きな欠点と思い込むことで、苦痛を味わい、日常生活に支障をきたす「醜形恐怖症」だった。いまも、治療を続けている。

「ハーフらしくない」と言われて

一方の小澤さんも、同じように苦しんできた。

「私のように、非『白人』系ハーフで顔の特徴がそれに属さないと、『ハーフっぽくないね』と突然自分の自覚を否定されます。イランではペルシャ語やトルコ語などが話されていますが、『英語できるの?』『ハーフだから英語の勉強しなくて良かったんでしょ?』と言われます」

「しかし私の場合はステレオタイプよりも、『純血でない』から『穢れている』『異質な』人間に向けられる憎悪に苦しんできたことのほうが多かったと思います」

小澤さんの妹は「言うなれば理想的なハーフに求められる特徴を持つ」という。だからこそ、「ハーフらしくない」と言われる自分自身と妹を比較し、摂食障害を患った。完治までに7年を費やした。

「妹も含め、そういう『ハーフらしい』人達もまた強烈な悪意や偏見に晒されてきたことを知った時に、こんな他人から見た自分の『ハーフらしさ』なんか偽ろうとするのは自分からまずやめて、いい加減に自分として生きようと決意した時に、ずっと楽になったと思います。同じハーフでお互いを深く理解しあい、絶対に否定しない友人と知り合えたことも非常に大きいです」

いまでは「楽になった」と語れるようになったが、それでもうつ病などの治療を続けている。容姿に端を発したいじめは少なくはなく、そうした心の傷は深いからだ。

ニュースでは、小澤さんと同じような苦しみを抱え、自殺をしてしまった当事者のことも報じられている。だからこそ、「ハーフの子を産みたい」という言葉には不安を覚える。

「ハーフ個人として、私と同じような目にあうハーフがまた一人産まれてしまうかもしれないと憂慮してしまいます。私にとってこれは差し迫った恐怖であり、現実に基づいた不安を感じているんです」

世の中は、変わっていない

今回の炎上の直後には、「3年前だから」「いまはもう変わった」といった言葉も多く聞かれるようになった。

2人は「全くそう思わない」と意義を唱える。「GrayPride」の活動をするなかで、ステレオタイプに基づいた「ハーフ」にいまだ多く触れているし、当事者もいまだに苦しんでいることを見聞きするからだ。

石井さんは、こう語る。

「3年前でしたら、これほど大きな批判にはつながっていなかったかもしれません。しかし、『ハーフの子どもがほしい』というのは現在でも当事者や家族が向けられる言葉ですし、『ハーフ』をまるで何かのステータスやブランドのように捉える風潮はなくなっていないと感じます」

「『ハーフ』という言葉が一般的になる前、何十年も前から『混血』はイロモノとして差別され、都合良く利用、消費されてきました。広告は取り下げる事が出来ても、『ハーフ』である事はやめられません。また、広告のコピー自体は新人賞受賞作品として今後も残り続けます。『時代が変わった』という表現で片付けられるほど、世の中は変わっていません」

そのうえで、こうも伝えたいという。

「こうして、自分の経験や思いを発信する事は簡単にできることではありません。現実にどんな差別や偏見があるのか、向き合うべきなのは当事者や関係者ではなく社会の責任だと考えます。いつからでも遅くはありません。日本におけるハーフ・ダブル・ミックス・外国ルーツの方の状況に、少しでも能動的に関心を持っていただけたらと思います」

「『ハーフ=恵まれた華やかな存在』から『ハーフ=かわいそうで不幸な存在』とステレオタイプが塗り替わるだけ、というのも本望ではありません。両親のどちらかが日本にルーツを持つという人は、世界規模で考えれば、多くの人たちがいるはず。その果てしない多様性を理解していただきたいです」

「ハーフ」という一枚岩は存在しない

小澤さんも、石井さんの考えに同意する。そしてこうも強調する。「ハーフという一枚岩は存在しない」と。

「非ハーフにとって、ハーフというのは非常に分かりにくいところがあると思います。国籍も日本やもう一カ国との繋がりの強さや比率も、経験も考え方も、何もかもが違うので。このハーフは良いと言っていたのに、別のハーフは嫌だと言っていたら、じゃあどうすれば良いの?となってしまうこともあり得ないことではありません」

「ハーフ当人としては、ハーフという一枚岩など存在せず、したがってハーフに対してどう接すべきかというマニュアルのようなものも存在できないということをまず理解いただきたいと思います」

「ハーフの問題」ではなく

小澤さんは、問題の当事者はハーフではなく、「両親が日本人の日本人」というマジョリティの人たちではないか、という疑問を投げかける。

ハーフがそこにいるだけで何か起きるのではない、多数派による社会がそう規定したことで、様々な問題が起きるのだ、ということだ。

「私にも大人として、これから新たに生まれてくるハーフや、今生きている若いハーフ達が私と同じ苦しみを味わわなくても済むように、彼らが安心して生きられる社会に変えていく責任があります。ここで『当事者』とハーフがお互いに協力すれば、より早くこの社会に変化をもたらせるのではないかと考えています」

今回の広告が出たあと、「GrayPride」には様々な声が寄せられている。多くは、いまの現状に苦しむ、同じような立場の人たちだ。2人はこう、言葉をかける。「決してあなたはひとりではない」と。

「他のハーフ当人の方々に、決してあなたはひとりではないこと、同じ経験を持つ仲間がいること、自分が否定され傷付けられることのない、むしろ個人として受け入れられる場になりたいとの思いもあります」

「そして『怒ってもいいんだ』『あなたの存在や尊厳は決して軽視されていいものでない』『私達はこういう言葉で怒っている』といった事を伝え、励まし合える、ハーフによるオープンな発信の場にしたいと考えています」