• mediaandjournalism badge
  • metoojp badge

「被害者も悪いんでしょ?」と上司に言われ続けて 性暴力の報道はどう変わったのか

財務省元事務次官が記者にセクハラをしていたことが明らかになってから1年。新聞やテレビの記者からは「あの事件で潮目が変わった」という声も出ている。

強制性交等罪や準強制性交等罪で、各地の地方裁判所で無罪判決が言い渡されたという報道が相次ぎ、性暴力をめぐる司法判断が議論になっている。

無罪判決が出たことが報道されたからこそ、多くの人が知るところとなった。判決を疑問視する声を受け、判決文の一部をもとに争点を解説したり、専門家のコメントを紹介したりと、踏み込んだ伝え方をするメディアもある。

最近の報道を振り返る。

報道された無罪判決は

性暴力に関する無罪判決は、3月から相次いで4件報道された。

<3月12日、福岡地裁久留米支部> 飲酒によって意識がもうろうとなっていた女性に性的暴行をしたとして、準強姦罪に問われた会社役員の男性。「女性から明確な拒絶の意思が示されていなかった」とした(毎日新聞、3月12日)

<3月19日、静岡地裁浜松支部> 女性に性的暴行をしてけがを負わせたとして、強制性交致傷の罪に問われた男性。「故意が認められない。犯罪の証明がない」とした(静岡新聞など、3月20日)

<3月26日、名古屋地裁岡崎支部> 中学2年のころから性的虐待を受け続け、抵抗できない状態の娘と性交したとして準強制性交罪に問われた男性。「被害者が抵抗不能な状態だったと認定することはできない」とした(共同通信など、4月4日)

<3月28日、静岡地裁> 当時12歳の長女に対して強姦と児童買春・ポルノ禁止法違反の罪に問われた父親。強姦罪は無罪。裁判長は「家族が気づかなかったのは不自然、不合理。被害者の証言は信用できない」とした(共同通信など、3月28日)

すべてが報道されているわけではない

司法統計年報によると、2017年に「わいせつ、強制性交等および重婚の罪」で一審で無罪判決が出たのは7件。2016年は5件、2015年は8件あるが、すべてが報じられているわけではない。

法務省が、暴行・脅迫要件を検討するにあたって2014年2015年に公開した資料には、2008年から2014年までの延べ7件の無罪判決の詳細がまとまっている。

これらの判決時期や裁判所をネットで検索したところ、一般的な方法で探せる範囲で報道された形跡が見当たったのは、最高裁判決と東京高裁判決の2件だった。

2019年は、上記のように地裁支部の判決までが報道されたことによって「無罪判決が相次いでいる」という印象を受けている人が多いようだ。

性暴力を報道する基準は

無罪判決が報道されているのは、2017年の刑法改正後、性暴力の司法判断が注目されているといった背景があるのだろうか。それとも、メディア内部で性暴力について積極的に報じようとする姿勢があるのだろうか。

性暴力に関する報道基準などを取材するため、BuzzFeed Newsは毎日新聞に取材を申し込んだ。毎日新聞は、福岡地裁久留米支部の無罪判決を独自に報じた後、ネットでの反響を受け、「準強姦無罪判決のなぜ?その経緯と理由は」という検証記事を出していた。

フォトジャーナリスト広河隆一氏による性暴力や、元イラン大使によるセクハラなど、性暴力やハラスメントの報道に力を入れている印象があったからだ。

個別の記事の経緯や判断については取材がかなわなかったものの、毎日新聞社社長室広報担当からは以下のような回答があった。

「なかったこと」にしてはいけない

性暴力に関する報道基準はどうなっているか

「紙面制作に関する主筆総則(通達)」には、性犯罪事件報道についての項があります。それによれば、「性犯罪事件や裁判では、新聞報道の使命およびそれによる社会的利益と被害者の受けた苦痛とを勘案し、記事化の見送りも含め慎重に検討する必要がある」としたうえで、「記事にしようというときも、被害者の立場やプライバシーに十分配慮して書かなければならない」と定めています。

刑法改正や#metoo の流れを受け、性暴力報道に変化はあるか

上記の主筆総則(通達)に則りつつ、事案ごとに議論を重ね、ケース・バイ・ケースで報道の在り方について判断を繰り返してきました。そうした姿勢はこれまでも、これからも変わりません。

性暴力に関する報道で注意している点、力を入れている点、ジレンマはあるか

性犯罪被害者の心の傷は深く、プライバシーへの配慮が特に重視されるため、本人が特定できない範囲に表記をとどめることに何よりも留意しています。一方で、性暴力は悪質な犯罪であり、報道の過度な抑制で「なかったこと」にしてはならないとも考えます。「何を書き、何を伏せるか」について常に悩み、考えながら報道にあたっています。

朝日新聞が公開している事件報道の指針「事件の取材と報道2012」でも、性暴力の報道については、被害者は匿名を原則とする、内容に触れる場合は端的に簡潔に伝える、などの配慮を求めつつも、「潜在化に歯止めをかけるためにも、性犯罪を『なかったこと』にしない工夫が求められる」と踏み込んでいる。

報道の現場に女性が少ない

性暴力は、報道の現場でも起きている。報じる側が被害に遭ったり、加害者になったりするケースがある。

2018年4月、財務省の福田淳一・元事務次官が女性記者にセクハラ発言を繰り返していたと週刊新潮で報じられた後、テレビ朝日が自社の女性社員が被害を受けていたと発表。福田氏は辞任した。

このときにBuzzFeed Newsが報道部門がある全国紙、テレビ局、ウェブメディアの15社にアンケートした結果、この事態を重く受け止め、ハラスメントの相談窓口を改めて周知したり、取材の基本ルールを徹底したりした社が複数あった。

同時に女性記者の割合も聞いたところ、ウェブメディア2社では女性記者が半数を占めるなか、新聞社やテレビ局では2〜3割にとどまっていた(当時)。

メディア表現におけるダイバーシティ向上を目指す産学協同抜本的検討会議(MeDi)」が5月12日に開いたシンポジウムでは、報道現場に女性が少ないことが、報道する内容や表現に影響を与えている、との指摘があった

実際、財務省元事務次官からセクハラ被害を受けた女性記者は、被害を報じるべきだと社内で相談していたものの、自社で報じる見通しが立たなかったため、週刊新潮に相談していた。

メディアの体質を象徴するような事件が明らかになったあと、現場はどのように変わったのか。BuzzFeed Newsは、新聞、テレビ、ネットメディアで報道に携わっている女性記者たちに実感を聞いた。

現場の記者はどう感じているのか

匿名で意見を募ったところ、財務省の問題がきっかけで、性暴力について報じやすくなったという声があった。報じやすい雰囲気になったという人は、このような意見をあげていた。

「財務省事件を機に、セクハラがニュースとして成り立ちうるという空気に変わった気がする」(新聞・30代・女性)

「#MeTooに加えて、財務省の事件があり、少し提案しやすくなった。#MeToo だけでは『あれは海外の話。日本人には遠い話』ととらえる男性が社内のマジョリティだった」(テレビ・40代・女性)

一方で、財務省の問題の後も変わっていないという人は、以下のような意見だ。

「地方局においては変わりはない。攻めの取材はしていないのが現状」(テレビ・20代・女性)

「性暴力に関する理解は深まっているが、性全般に関する取り扱いに慎重なため、積極的にというのは難しい」(ネットメディア・30代・女性)

「財務省の件について、社内ではほぼ議論が起きなかった。数名の女性記者と話題にしたのみ。 性暴力関連の原稿は『いたずら』『わいせつ』『乱暴』といった表現が変わらず、担当デスクですら具体的にどんな被害なのかわかっていないケースもあると思う。他社では具体的な被害を書くケースが増えているように感じるが、こういった表現をどうするかの議論すら起きない」(テレビ・30代・女性)

「被害者も悪いんでしょ?」

なぜ、性暴力の報道に現場は慎重になるのか。「被害者の落ち度」を指摘する声が上がるという意見が多くみられた。

「被害者が性風俗産業で働いていた、出会い系サイトで出会った人に自ら会いに行ったなど、被害者に落ち度があるじゃないかと視聴者から指摘されそうなケースの場合、ニュースで扱うのが難しい。自撮りで裸の写真を送った児童が写真をばら撒かれたという児童ポルノ事件についても、男性のデスクからは『それは写真を撮って送った子どもが悪いでしょ』という一言で終わってしまう」(テレビ・40代・女性)

「『被害者に問題があったのでは。加害者と言われた人が単に逆恨みされたケースだったらどうするんだ』という論点は、必ず男性から提起される」(テレビ・40代・女性)

「『被害者も悪いんでしょ?スジが悪い』といった声が大きくなり、積極的に取り上げようという空気がない」(テレビ・30代・女性)

「被害は被害であっても自己責任論を前に上司を論破するのは難しい。加害者が加害を認めていない場合なども冤罪の可能性を踏まえ、扱いが難しくなる。伊藤詩織さんのケースも弊社ではニュースとして扱わなかった」(テレビ・40代・女性)

また、起訴されているかどうかも報道の基準になる。著名ジャーナリストからのレイプ被害を訴えたが不起訴となり、検察審査会に不服申し立てをした伊藤詩織さんが2017年5月に司法記者クラブで開いた記者会見は、ほとんどのメディアが報道しなかった。

起訴されていない事案を取り上げるのは基本的には難しい状況です。双方への取材がしっかりできるかという点が問われますが、そこまでの手間をかけなくてもという感じです」(ネットメディア・30代・女性)

しかしその後も実名で顔を出して活動する伊藤さんの発信について、報道するメディアは増えている。性暴力についての報道姿勢は確実に変わっていることがわかる。

性暴力を許さないというメッセージ

不起訴や無罪判決であっても表現に配慮しつつ報道することは、法的な「犯罪」にはならない性暴力を可視化する役割もある。

実際、2019年に報道された4件の無罪判決のうち、性行為があったこと自体が争われていない事件は3件ある。それでも証拠や状況などにより、法的に性犯罪の成立要件を満たさなかったということだ。報道しなければ、それらの行為は社会的に「なかったもの」になってしまう。

被害者が自ら声をあげたり、メディアを通して声をあげようとしたりする動きは #MeToo の流れを受けて、ますます広がりつつある。法的に犯罪に問われないケースにどのように対応するか、メディアの個別の判断が問われている。

「現在のように、ぼかした表現のままでは、被害の少ない「わいせつ事案」としてうけとめられ、世間一般に被害の深刻度が伝わらない」(テレビ・30代・女性)

「性暴力は『いたずら』ではなく犯罪なのだと繰り返し伝え、ニュースでもそうしたスタンスで取り上げ続けることで、社会の中に、そうした行為を許さないという共通認識が生まれ、広まっていくのだと思います」(テレビ・40代女性)


BuzzFeed Japanは性暴力に関する国内外の記事を「#metoo」のバッジをつけて発信し、必要な情報を提供し、ともに考え、つながりをサポートします。

新規記事・過去記事はこちらにまとめています。ご意見、情報提供はこちらまで。 japan-metoo@buzzfeed.com