「虐待かも?」 保育士の勘は子どもの命を救えるのか。ある保育園長の思い

    子どもが発信している膨大な量の小さな情報。ごくたまに「助けて」のサインがその中にまぎれていることがある。

    保護者と同じか、またはそれ以上に日々、子どもと接している人たちがいる。保育士だ。

    もしかしたら家庭でなにか問題を抱えているのかも? そんな兆候に気づいたら、保育士はどうするのか。

    子どもの虐待をなくすために活動を続けているグループ「#こどものいのちはこどものもの」のメンバーでミュージシャンの坂本美雨さんとイラストエッセイストの犬山紙子さんは、自らも保育園に子どもを預けて働く親として、他人事ではないと感じて情報収集をしていた。

    そんなとき、東京都渋谷区の「渋谷東しぜんの国こども園」の齋藤紘良園長が、取材に応じてくれた。


    子どもの世界を知りたい

    坂本 児童虐待のニュースが相次いでいます。家庭という閉ざされた空間で取り返しがつかなくなったケースもありますが、保育園や小学校などで兆候が見つかり一時保護につながるようなケースもあると思います。実際に保育の現場の人たちはどうやって対応されているんでしょう。

    齋藤 おっしゃるように、保育士はまさに、そういった小さな情報を拾っていくのが仕事です。

    私たちの園ではほぼ毎日、散歩に出かけています。その途中で石をめくってダンゴムシを探したり、ちょっと高い縁石から飛び降りてみたりと、街を歩くことで多くの世界に出会う。子どもの足で20分以上かかる公園に行くこともざらですが、とにかく遠くに行きたい子と、ゆっくり探索したい子とで、子どもたち自身が選んで分かれて行きます。

    散歩の歩き方は、年齢や月齢だけでなく、その日の子どもの体調や気持ちによってもなるべく自らが選べるように考えています。

    齋藤 例えば、普段は散歩が好きな子が「今日は散歩に行きたくない」と言い出したら、体調が悪いのかな? 週末はどうしていたんだろう? 朝ごはんはちゃんと食べてきたかな? 送ってきたときにお父さんは急いでいた様子だったけど何かあったのだろうか......などといった小さな疑問や出来事を、保育士たちは話し合います。

    それらの小さな情報は、虐待の兆しとはほとんどつながらないものばかりですし、なにも虐待を見つけようと思って情報を集めているわけでもないのです。

    保育士たちはただ、小さな情報を拾い集めることで、「この子のことをもっと知りたい」と思っているんです。「子どもの心の動きを知りたい」「この子が見ている世界を知りたい」と。

    そして、その膨大な小さな情報の中から、ごくたまに、子どもが助けを求めて発信したかすかなサインに気づくことがあります。

    流れていく小さな情報

    犬山 虐待のニュースがあるたびに、児童相談所や他の機関との情報共有の必要性が挙げられますが、情報共有はできているのでしょうか。

    齋藤 保育園で集めたような小さな情報は、施設の外ではストックしておくところがないというのが正直なところです。

    緊急対応が必要な大きな案件が多くなるほど、情報はふるいにかけられ、些細なものはこぼれ落ちてしまいます。

    あざが見つかって食事を与えられていない子どもを一時保護するかどうかという案件と、散歩に行きたくないと主張したあの子の心の動きなどの情報が、同じようには扱えないことはわかっています。

    しかし、前者のほうにも、そこまでに至る前にいくつもの後者のような小さな情報が積み重なっていたはずです。

    取り返しがつかなくなった後に「実はこんなことがあった」では遅いのではないか、と思うのです。

    情報共有の難しさ

    坂本 保育園で気づいた小さな異変を、児童相談所や区役所に伝えることはできるんですか?

    齋藤 10〜20年前と比べると、行政との連携はスピード感のある対応に進化しているとは感じます。

    ただ、どこまで踏み込むか、どこまでお節介をするのか、という点で、情報共有の難しさを感じています。

    保育園は一つの機関でしかありませんから、情報を提供はしても、その家庭の情報の全体像は見えないんですね。

    行政に問い合わせたとしても個人情報保護の壁がありますから、例えば、ある親子が突然、連絡もなく保育園に来なくなったとしても、その理由を知ることになるのは、行政のほうで事実の確証が取れてからになります。

    加えて、園としては保護者との信頼関係が重要ですから、本来は保護者に共有されるべきではなかった情報が、なんらかの対応の中で保護者に伝えられてしまっていた、ということもありました。

    おそらく行政のほうでも、広域を管轄している児童相談所と、区役所の子ども家庭支援センター、保育課、住民課、それに警察など、それぞれに役割分担があって、すべての情報を統括できているわけではないのでしょう。

    誰のための個人情報か

    犬山 情報管理はもう少しシステム化されていると思っていました。目黒区で5歳の女の子が虐待で亡くなったケースでも、連携不足が指摘されていました。

    あの事件の後、いまだにファクスで情報共有している児童相談所があることがわかり、サイボウズの青野慶久社長がクラウドサービスの無償提供を提案しました。

    案件ごとに関係者がコメントを書き込め、誰がいつ、どのように対応したかが一目瞭然になるもので、児相間だけでなく、児相が自治体の子ども家庭支援センターや学校、警察と連携する際にも活用できると期待されていました。

    坂本 でも、導入は進んでいないようですよね。個人情報保護などが足踏みの理由となっているようです。

    齋藤 なんのための、誰のための、個人情報保護なのかということですよね。子どもの情報は、親だけのものでも行政だけのものでもないはずです。棚にしまったままでいるのが保護なのでしょうか。子どもの人権を守るために利用するという意味では、過敏に情報を守ることは、保護にはならないこともあるのではないでしょうか。

    坂本 千葉県野田市で10歳の女の子が虐待されて亡くなった事件では、児童相談所が性的虐待があることを把握していたにも関わらず、一時保護を解除していたことがわかりました。

    子どもを家庭に返すかどうかという重要なことを、書類で判断するのではなく、もっと多くの現場の声を集約していく必要があるのでは、と思います。 

    子どもに合った多様な大人が関わる

    齋藤 私たちが保育をするうえで大切にしているのが、いろいろな大人が関わるということです。ある大人が苦手だという子もいれば、この大人になら話せることがあるという子もいるでしょう。

    ですから、保育者以外の大人を子どもとかかわりやすくしたり、担任とは別にフリーの保育士としてマネージャーという役職を数名配置し、子どもの気持ちによってその時々の寄り添う相手を変えることができるようにしたり、家庭とのパイプ役になってもらったりしています。

    その子なりの表現方法に合う大人が近くにいれば、SOSを発信しやすくなるはずです。

    犬山 子どもが、勇気を出してSOSを出したのに、大人に気づいてもらえなかったら絶望を感じてしまいますよね。私たちがSOSを気づける大人になることも大事ですし、複数の大人にSOSを出してみて、と教える必要もありますね。

    坂本 家庭に対するサポートはどのようなことをしているのでしょうか。

    齋藤 私たちは、家庭で育まれる愛情を、保育園が肩代わりすることは難しいと考えています。

    家庭の愛情を保育園が擬似的に与えるということではなく、もし家庭内の関係が混線または断線しているのだとしたら、どうすればサポートできるのか。

    例えば、ずっと子どもを抱っこしているお母さんが疲れていたら、少しの間、抱っこを代わってあげて、「今のうちにごはん食べちゃいなさい」と声をかけてあげるような。そんな昔からあった「お節介」の機能の一つが保育園なのだろうと思っています。

    いま、そうしたお節介をするのはすごく難しいです。本気で介入するならば大きな責任が伴うこともありますし、それに専念できる職員もいなければ体制も整っていません。何も考えずに専門機関に引き継げばよいのかもしれませんが、やっぱり放っておけない葛藤やもどかしさがあります。

    みんなで子どもを知る

    齋藤 多くの保育園には「保護者会」があります。園での子どもの様子を保護者に伝えるのが一般的な目的ですが、なんとなく園と保護者の立場の違いを分けてしまうようなニュアンスが生まれてしまうのも否めません。

    そうではなく、「みんなで子どものことをもっと知ろう」という会にしたいと思っているんです。

    例えば、散歩道の映像を見ながら、自分ならこういうふうに遊ぶだろう、ここに石があったら蹴るだろう、この花の蜜は吸ってみるだろう、などと保護者と保育士が一緒に子どもの世界のことを考えていくんです。

    日々、子どもの声をつぶさに聞いて「あなたのことをもっと知りたい」「だからもっと教えて」と伝えながら、バラバラのピースを集めていくと、少しずつ子どもの考えが理解できはじめます。

    保護者、保育者を含め、そういう大人が子どもの周りに一人でも多くいることが大事なのではないか。そうやって日々、子どもたちと接しています。

    犬山 子育ては自己責任だという風潮があり、親としても周りに頼ることに遠慮してしまっている面もあると実感しています。親も子どもも「助けて」と言いやすくするために、もっと私たちにできることがあるはずですね。

    坂本 保育園が日常の中で気づく小さな変化をくみ取り、情報共有や連携ができるシステムを、関係者が知恵を出し合ってつくっていけるといいですね。