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男女比を5:5にすると「逆差別」という反応は、なぜ起きるのか

格差を是正する「アファーマティブ・アクション」が、日本でなじまない理由

参加するアーティストの男女比を半々にしたとして話題になっている国際芸術祭がある。

8月1日から名古屋市などで開かれる、国内最大規模の現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ」だ。すでに前売り券の発売が始まっている。

なぜ、参加アーティストのジェンダー平等にこだわったのか。芸術監督をつとめるジャーナリストの津田大介さんは、こう話す。

男性優位なアート界で取り組む

「昨年、最も衝撃的だったニュースは、東京医科大学の医学部入試で女性が一律に減点されていたことでした。男女格差を表すジェンダー・ギャップ指数で日本は遅れています。アート界も実はとても男性優位なので、具体的な取り組みをすべきだと考えました」

しかし、津田さんがこの取り組みを進めるにあたっては、キュレーターやアーティストの理解を得ることに苦労したという。反発もあった。さらに記者会見後、SNS上では否定的な意見を目にすることもあったという。

「女性に下駄をはかせるなんて」

「女性に下駄をはかせるなんて」「実力で評価すべきだ」「数字ありき」......

こうした反応について、日本女子大学現代女性キャリア研究所所長の大沢真知子さんは、「日本にアファーマティブ・アクションがなじまないことが改めて浮き彫りになってしまった」と肩を落とす。

アメリカでは30年かけて、アファーマティブ・アクションによって女性の社会進出が進んだ。一方、日本では2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%にするという目標がある。

アファーマティブ・アクションが受け入れられにくい日本で、果たして「女性活躍」は実現するのだろうか。

あいちトリエンナーレ2019、昨日の記者会見で現代美術とパフォーミングアーツのほぼ全てのアーティストが発表になりました→https://t.co/ksndIjo7yn 「テーマに合う作家を選ぶ」という大前提の下、参加作家の男女平等を実現しました。下記データが示すように著しい不平等が美術業界には残っています。

アファーマティブ・アクションとは

アファーマティブ・アクション(Affirmative Action)

ポジティブ・アクション(Positive Action)と同義。過去の社会的・構造的差別によって、人種や性に由来して事実上の格差がある場合に、それを解消して実質的な平等を確保するために政府によって取られる格差是正のための措置

(大沢真知子著『女性はなぜ活躍できないのか』より)

政府によってとられる施策に限らず、社会で弱者集団を支援する施策を包括する用語としても、広い範囲で使われている。

大沢さんによると、もともとは1960年代のアフリカ系アメリカ人に対する差別を是正するためにとられた措置だった。

専業主婦が主流だったアメリカの既婚女性の社会進出のタイミングとちょうど合い、女性の雇用における差別を是正する役割を担ったという。

「逆差別」という反応

アファーマティブ・アクションを「逆差別だ」とする議論は、アメリカでも起きていた。

代表的な例として、バッキー判決(1978年)と、グラッター・グラッツ判決(2003年)と呼ばれる裁判がある。

いずれも入学試験でマイノリティ志願者を優遇する措置を取っていたことの合憲性が問われた裁判だったが、判断は分かれた。

大沢さんは、日本でアファーマティブ・アクションをめぐって起きる議論は、合理的な理由からというよりも、感情的な理由によるものだと分析する。

「東京医科大学の入試不正では、女性の志願者を一律に減点することで男性を優遇する選抜がされていました。ほかにも就職や昇進において、男性が下駄をはかせられ、優遇されている場面があります」

「にも関わらず、日本でアファーマティブ・アクションが受け入れられないのは、女性に機会を与えることが、男性の機会を奪うこととつながるからです」

「上に行くために列に並んでいた男性に『道を開けろ』と言うのは、既得権益を奪うということ。そこに理不尽さを感じる男性がいるのでしょう」

好意的性差別とは

アファーマティブ・アクションが「女性枠」などと揶揄され、うまく機能しない背景には、意識の問題もある。

大沢さんは近著『なぜ女性管理職は少ないのか』で、ジェンダー・ステレオタイプなリーダー像に、男女ともに縛られている、と指摘する。

「特に上司が、ステレオタイプのイメージに沿った評価をしがちです。それまでの男性中心職場で評価してきた長時間労働や残業、権威的なリーダーシップを、女性が増えてからもそのまま評価に採用しようとします」

正当ではない評価が「配慮」という名目でなされることもあるという。例えば、育児休業から復帰した女性を「女性は育児と両立するのが大変そうだから」と配置転換したり、昇進の候補から外したりすることだ。

「性差別には、敵対的性差別と好意的性差別があると言われています。敵対的性差別は女性に対する反感がわかりやすいものです」

「一方で、好意的性差別は一見、女性を称賛する態度のようにも見えますが、実際は女性を男性より弱く無能だととらえて、女性の自尊心を低下させて昇進意欲を奪っていくのです」

「だから女はダメだ」と言われる背景

これまで、女性たちに管理職候補としての育成や研修をしてこなかった企業は少なくない。このため女性活躍推進法によって「202030(2020年までに女性管理職30%)」の目標ができた途端、育成が不十分なまま新しい業務を任せたり、外部から女性管理職を登用する「落下傘」でポストを埋めたりした。

こうした付け焼き刃な方法が裏目に出た、と大沢さん。

「抜擢された女性は、列を待っていた男性たちからの嫉妬の対象となり、職場で孤立してしまいます。必要以上に肩に力が入ってしまった人もいるでしょう」

「優秀な女性社員が『こんなにつらいなら管理職なんてやりたくない。もう仕事を続けたくない』という心理状態に陥るのも無理はありません。転職してしまうこともあるでしょう」

そうすると、だから女はダメだ、女性活躍推進などすべきではない、という悪循環に陥ってしまう。数字だけ達成しようとするのはいかがなものか、という議論から結局は、何も進まなくなってしまうのだ。

「だから、アファーマティブ・アクションだけでも不十分、意識改革だけでも不十分なんです。ジェンダー平等を実現するには、両輪で回していく必要があります」

「そして最終的には、男性や女性といったカテゴリーではなく、個人の資質によって評価をされることが必要です」

自然に男女半々に近くなった

津田さんは、あいちトリエンナーレのアーティストを選定するとき、「ジェンダー平等を意識したものの、実力との乖離はなかった」と話す。

「実力のあるアーティストや作品をどんどん採用していったら、いつの間にか自然に男性6:女性4の割合にまではなっていました。それで最後の調整で5:5を目指せると思ったんです」

「女性に下駄をはかせたのか、とか、作品で評価しないで数字を優先すると芸術祭全体のレベルが下がるといった意見がありますが、下駄ははかせていないですよ。あくまでテーマに合うかどうかで判断しています」

「アファーマティブ・アクションは女性に下駄をはかせるのではなく、今まで男性が構造の中ではかせてもらってきた高い下駄を、脱いでもらうということです」

「指導的地位」は男性が多い

津田さんは、女性作家に話を聞き、アート界のジェンダーバランスについて調査もした。

美術大学の新入生の7〜8割は女性だが、美大の教員は8割以上が男性。美術館の学芸員は66%が女性だが、館長は84%が男性。「指導的地位」になるほど男性の割合が増えることがわかった。他の多くの業界と似た構造だ。

「作家も学芸員も女性がたくさんいるのに、なぜ国内の主要な芸術祭でジェンダー平等が実現していないのか。また女性がキャリアアップできないのか。一言でいえば『ガラスの天井』があるのです」

「名誉男性」でもまず増やすべき

津田さんのもとには、こんな問いかけもあったという。

もともと男性優位な社会では、男性の価値観が内面化された、いわゆる「名誉男性」と言われる女性がサバイブしてきている。女性の数だけ増やそうとしても、そうした「名誉男性」が増えてしまうだけではないか、と。

「僕は明確に、それでもいいと言ったんですよ。『名誉男性』であっても、女性の数が増えるとやっぱり空気は変わります。ジェンダーの問題について、当事者として語れる人が増えるわけです。『名誉男性』だから増やすのはどうか、と問う前に、まず増やしてから考えましょうよ、と言いたいです」

あいちトリエンナーレには80組以上の作家が参加する予定で、ジェンダーの不均衡さを突いた作品や、性や生殖をモチーフにした作品を発表してきた作家もいる。