「フィンセン文書」が暴く、資金洗浄で巨額の収入を得ていたメガバンクの実態

    膨大な量の秘密の「不審行為報告書」は、これまでに見たことのない汚職と共謀の全体像、そして政府がそれをどのように助長しているかを示している。

    膨大な量の政府文書から、欧米のメガバンクが、疑わしい取引に絡む数兆ドル規模の資金移動にどのように関与していたかが、初めて明らかになった。これらの取引は、銀行とその株主に利益をもたらした一方で、テロリストや、国を私物化する政治家、薬物取引組織の重鎮たちの犯罪行為を助長してきた。

    アメリカ政府は強大な権限を持つにもかかわらず、これらの資金移動を阻止できていない。

    これまで非公表だった「フィンセン文書」。それが暴いた金融機関の不正

    「フィンセン(FinCEN)文書」と総称される「不審行為報告書(SAR)」をはじめとする大量のアメリカ政府関連文書。9月20日、このフィンセン文書が未曾有の世界的な金融腐敗と、それを助長する銀行、そして、腐敗が横行する中で手をこまねいている政府機関という構図の全貌を明らかにした。

    BuzzFeed Newsはこれらの報告書について、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)および88か国、計100以上にのぼる報道機関とともに調査した。

    フィンセン文書は、銀行により作成され、アメリカ政府に共有されてきたが、これまでは非公表だった。今回の文書は、銀行業務の不正防止の仕組みが空洞化していることや、犯罪者たちに容易に悪用されている状況を白日の下にさらしている。

    多くの死者を出す麻薬戦争から得られた利益や、発展途上国から横流しされた大量の資金、さらには、出資金詐欺の餌食となった庶民のなけなしの預金などが、金融機関職員からの警告があったにもかかわらず、金融機関の間で公然とやりとりされていたことが判明した。

    マネーロンダリング(資金洗浄)は、他の犯罪の温床となる犯罪行為だ。資金洗浄が引き金となって、経済的不平等の加速や公的資金の流出、民主主義の後退、世界各国の政情不安が起きるおそれがある。そして、この犯罪で中心的な役割を果たすのが、銀行などの金融機関だ。

    かつてアメリカの大手金融機関のワコビアで不審な取引の調査員を務めていたマーティン・ウッズ氏は、「シワひとつないワイシャツにスマートなスーツを着た一部の銀行員が、世界中で亡くなる人たちの悲劇を食い物にしている」と指摘している

    フィンセン(金融犯罪取締ネットワーク)が手がけていない業務:資金洗浄の阻止

    金融犯罪を防止するために制定された法律が、かえってその横行を許している状況もある。犯罪行為を助長しているおそれがあったとしても、金融機関は、報告書さえ提出しておけば、企業および経営幹部の刑事訴追をほぼ免れることができるのだ。

    実質的には、不審な行動に関する報告を行うだけで、資金をそのまま移動して手数料を徴収するフリーパスが得られる仕組みだ。

    英語の頭文字を取って「FinCEN(フィンセン)」と呼ばれる「金融犯罪取締ネットワーク(Financial Crimes Enforcement Network)」は、アメリカ財務省内の機関であり、資金洗浄やテロリストの資金調達などの金融犯罪を取り締まる任務を担っている。

    フィンセンには、大量の不審行為報告書(SAR)が提出されており、アメリカの捜査機関や他国の金融犯罪捜査活動に提供されている。さらに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領をはじめとする外国の指導者の行状をまとめた「クレプトクラシー・ウィークリー(週刊・汚職政治レポート)」という報告書も作成している。

    だが、フィンセンが手がけていない業務がひとつある。それは、金融機関の資金洗浄を実際に阻止することだ。

    アメリカ政府が金融機関を取り締まることは稀であるうえに、そうしたケースにおいても、「訴追延期合意」と呼ばれる、なれ合いの合意が結ばれることが多い。この場合、銀行には罰金が科されるのみであり、幹部が逮捕されることはない。

    さらに、トランプ政権になって、経営幹部の個人責任を問うことはますます難しくなった。前司法副長官のロッド・ローゼンスタインが政府機関に対して、「圧力をかける」ような捜査をしないよう警告する発言があったためだ。

    世界中の有名銀行が、不正な資金に触れている

    だが、フィンセン文書を精査したところ、経営幹部が金融関連の不正行為によって訴追を受けたり罰金を科されたりした後も、大手銀行は犯罪容疑者の利益につながる資金移動を続けていたことがわかった。

    これらの銀行としては、JPモルガン・チェースHSBCスタンダード・チャータードドイツ銀行バンク・オブ・ニューヨーク・メロンなどが挙げられる。

    不審な資金は世界中に流れており、数え切れないほど多くの産業に流れ込んでいる。国際的なスポーツから、ハリウッドのエンターテインメント、さらには高級不動産や、日本食レストランの「NOBU」までだ。

    さらにこれらの資金は、自動車のガソリンから、シリアルボウルに盛り付けられたグラノーラまで、日常生活に欠かせない見慣れた品々を作る企業にも間接的に浸透している。

    フィンセン文書は、今の時代を支える都合の悪い真実を暴いた。

    すなわち、汚れたカネが世界をひそかに巡っていて、そのネットワークが今やグローバル経済の大動脈となっているという事実だ。このネットワークから生まれた闇の金融システムは、驚くほど広く浸透しており、ほぼノーチェックの状態だ。

    その結果、こうした闇の経済は、「合法的な」経済と切り離せないほど密接に結びついている。こうした状況を引き起こすのに寄与したのが、誰もが知る複数の大手銀行だ。

    The Bank of America tower in New York City.

    Deutsche Bank’s US headquarters in New York City.

    The Standard Chartered headquarters in London.

    A JPMorgan Chase location in New York City.

    Alex Fradkin for BuzzFeed News

    BuzzFeed Newsの調査により、以下のことが判明した。

    • ロンドンが本拠地のスタンダード・チャータード銀行は、ドバイに本拠を置くアル・ザルーニ取引所のために資金を移動した。同取引所はその後、タリバンのために資金洗浄を行ったとして告発された。

      アル・ザルーニがスタンダード・チャータードの顧客だった時期に、タリバンの武装勢力は幾度となく武力攻撃を実行し、民間人や兵士を死に至らしめていた。

    • 世界最大級のメガバンクHSBCの香港支店は、「WCM777」という名の出資詐欺がアメリカの3州で事業を禁止されていたにもかかわらず、1500万ドル(約1億6000万円)以上の資金移転を許していた。

      捜査当局によると、この詐欺による投資家の被害総額は少なくとも8000万ドル(約84億5000万円)に達し、被害者の多くはラテン系やアジア系の移民だった。

      この詐欺に関わった企業のオーナーは、だまし取った金で、ゴルフ場2箇所と7000平方フィート(約650平方メートル)の邸宅、39.8カラットのダイヤモンドを購入し、さらにはシエラレオネの鉱山の採掘権を手に入れたという。

    この記事で取り上げた各金融機関は、銀行に機密保持を義務づける法令にもとづき、特定の取引についてはコメントできないと述べている。各行の声明は、こちらの記事(英文)で見ることができる。

    報告された18年間の「不審な取引」の金額は、総額2兆ドル(約211兆円)以上

    金融機関は、資金洗浄などの金融に関する不正行為が疑われる取引を察知した場合、不審行為報告書(SAR)を提出することが法律により義務づけられている。こうした不審な兆候がある取引の例としては、端数がない多額の取引や、明確なビジネス上の関係が認められない企業間の決済などが挙げられる。

    SAR自体は犯罪の証拠にはならないが、フィンセンのケネス・ブランコ局長はSARについて、「法執行機関の捜査に欠かせない要素」だと発言している

    数百万件にのぼるこれらの書類は、1つのデータベースに集約される。法執行機関の捜査官はこのデータベースを用いて、ほんの数回のキー操作で、詳細な金融関連情報を入手できる。

    フィンセン文書は、一般にはほぼ知られていない、世界に類を見ないこの金融犯罪捜査の巨大システムの一端をうかがわせる稀な機会となった。

    SARはそれ自体が極秘扱いとされており、公文書開示請求や召喚状をもってしても、一般市民の入手は不可能だ。さらに、金融機関はSARの存在自体を認めることすら許されていない。

    今回の報道以前に公開されたSARはほとんどなかったが、フィンセン文書には2100件以上の文書が含まれている。

    米BuzzFeed Newsは1年以上前から、提携する世界各地の報道機関とともに、数万ページにわたる文書から情報を発掘し、20万件以上の取引を明るみに出した(調査手法については、こちらの記事(英文)に詳しい解説がある)。

    1999年から2017年の間に、フィンセン文書内のSARが報告した不審な取引でやりとりされた金額は、総額で2兆ドルを超えた。欧米の金融機関は、その気になればほぼすべての取引を止められたはずだが、大半のケースでは資金移動を放置し、手数料を懐に入れ続けていた。

    SARは、各金融機関の金融犯罪監視部門、あるいはコンプライアンス担当者が作成することになっている。こうした担当者は、現場から離れたオフィスに留め置かれ、非常に限られたリソースで膨大な数の取引を解析することを迫られており、ほとんど調査らしい調査や検証を行うことなくSARを作成している。

    これに対して、BuzzFeed Newsはかなり踏み込んで調査した。銀行内部のデータ、数千ページの公文書、世界各地の情報提供者との数百回にのぼる対面取材、情報自由法(FOIA)を根拠とした数十件の請求、公文書に関する5件の訴訟、公文書開示を求める連邦裁判所への3件の申し立てなどの情報源をつなぎあわせ、これまでほぼ表に出ることがなかった金融システムの複雑なメカニズムを暴き出した。

    BuzzFeed Newsでは、入手したSARをそのままの形では公開していない。各金融機関の調査の対象になったが疑惑とは無関係な人物や企業に関する情報が含まれているからだ。ただし一部の文書については、特定の記事の報道を裏付ける目的で、編集を加えて公開している。

    フィンセン文書の公開は、今後銀行に不正報告を渋らせる?法務顧問が警告

    アメリカ財務省は、フィンセン文書の内容に関する詳細な質問を受け取った後に声明を発表した。この中で同省は、「さまざまな報道機関が、不法に公開された不審行為報告書(SAR)に基づいた一連の記事を公開しようとしていることを認識している」と述べた。

    さらに声明はこう続けている。

    「許可を得ずにSARを公開する行為は犯罪であり、アメリカ合衆国の安全保障に悪影響を与え、法執行機関の捜査の支障となり、これらの報告書を提出した組織や個人の安全やセキュリティを脅かすおそれがある」

    財務省は、この件を司法省と財務省監察官に報告したと発表した。

    フィンセンの法務顧問は、その後の書簡で次のように述べた。

    SARの公開は、金融機関がこれらの文書を提出する意欲を削ぐおそれがあり、これにより「人身売買、児童の搾取、詐欺、汚職、テロ、サイバー犯罪などの複数の犯罪を法執行機関が阻止するための手がかりが減る結果を招きかねない」という。

    セキュリティ上の懸念について議論したいと繰り返しフィンセンに要請したが、先方からの回答はなかった。

    上院情報委員会のメンバーで、今回明らかになったSARの一部について開示請求を行った上院議員ロン・ワイデン氏は、フィンセン文書に関する調査について、「わが国に現在、法執行/司法システムが2つあるという事実をさらに裏付けるものだ」と述べた。

    麻薬カルテルがアメリカの銀行経由で数百万ドルを動かす一方で、貧しい人々は薬物所持で刑務所送りとなる。

    「裕福で広い人脈がある者は、社会全体に多大な損害を与えながら、関係者全員が金銭的に巨額の儲けを得る手段をつくり出すことが可能です」とワイデン議員は指摘する。

    元連邦特別捜査官で、資金洗浄に詳しいロバート・メイザー氏は、今回のSAR公開は「安全保障を強化し、今後の捜査の助けとなり、金融機関がSARの提出基準をより一貫性を持って順守する契機になり得ます」と評価する。

    さらにメイザー氏は、「権力を有する人々が、明らかな構造的欠陥を修正するために動くきっかけになることを期待しています」と述べた。

    テロ活動や麻薬カルテルの資金提供に関わった銀行も

    アラブ首長国連邦(UAE)を所在地とするマザカ・ゼネラル・トレーディングは、表向きは卸売商の看板を掲げている。

    だが、同社は2013年3月から2014年4月にかけて、世界各国の株式取引を操作していたロシアの資金洗浄グループに関わる5つの企業から、5000万ドル(約53億円)近い額の資金を受領していた。

    続く2014年5月と6月の2カ月間には、実在するかどうかさえ疑わしい、あるシンガポールの企業から400万ドル(約4億2000万円)以上の送金があった。

    また、イギリスの複数の企業とも金銭のやりとりがあったが、これらの企業の所在地は、「ダークス通り175番地」という、ダミー企業が形式的に事務所を置く住所として世界で最も有名な場所に置かれていた。これは、企業の実際のオーナーを隠すためによく使われる手口だ。

    マザカ・ゼネラル・トレーディングによる取引は、のちに財務省によって、全世界でテロ活動や麻薬カルテルに資金を提供していた「ハナニ(Khanani)資金洗浄ネットワーク」の一部だったと特定された

    マザカの取引に関わっていたのは、アメリカの国土から遠く離れた場所にある企業や人々だ。だが、複数の銀行の間でやりとりされる金融取引は、すべて追跡されていて、アメリカ財務省に報告されていた。

    米ドルは国際金融に不可欠な通貨であり、世界各国の異なる通貨の橋渡し役として広く用いられている。ゆえに、米ドルへアクセスする手段は、世界中の金融サービスの利用者にとって必要だ。

    米ドルの強さ=情報取得の有利さ

    だが、米ドル取引を行う許可は、限られた数の銀行にしか与えられていない。そのため、アメリカ以外の国の比較的小規模な銀行は、大手金融機関と提携することで、顧客のペソや人民元、ディルハム(アラブ首長国連邦の通貨)を米ドルに交換してもらう。

    手数料を取るこのような銀行間の協定は、「コルレス銀行業務」と呼ばれ、世界経済の活力維持に一役買っている。

    こうした取引はアメリカの銀行を経由するため、アメリカ財務省は、情報の取得に関して他国にはない有利な立場にある。

    財務省は、得られた情報の一部をエグモント・グループを通じて共有している。一般にはほとんど知られていないこのグループは、150以上の国と地域が加盟する、金融犯罪捜査部門の連絡機構だ。

    SARはエグモント・グループのメンバーに、他の手段では入手不可能な金融関連の詳細情報を提供している。

    国際オリンピック委員会(IOC)の元委員、ラミーヌ・ディアック受刑者に関する捜査もその一例だ。ディアック受刑者は、ロシア代表選手のドーピング隠蔽事件に関する罪で、2020年9月にフランスで有罪判決を受け、現在は刑務所に収監されている

    また、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)の一員だったオレグ・デリパスカ氏も、2年前にアメリカによる制裁措置の対象となった(デリパスカ氏はその後、自身は政争の犠牲者だとして無実を主張し、アメリカ政府を訴えた)。

    このデータベースが、法執行機関の捜査にとって強力な味方であることは確かだ。だが、プライバシー保護を訴える活動家にとっては、その広範なデータ収集範囲ゆえに、悪夢のような存在になりうる。

    米連邦議会が現在のSARプログラムを制定したのは1992年のことだった。これによって金融機関は、資金洗浄との戦いの最前線に立たされた。

    しかし、FBIの元特別捜査官で、国家安全保障とプライバシーの専門家でもあるマイケル・ジャーマン氏は、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ以降、SARプログラムは変化したと指摘する。

    「SARプログラムは、密かに行われている取引を特定して資金洗浄を食い止めることよりも、大規模な監視に主眼が置かれるようになった」

    さらにジャーマンは、現状について以下のように証言する。

    「(SARの)データは、他の大規模監視プログラムから取得されたデータと同様に扱われている。どんな理由であれ、ある人物に目をつけたなら、膨大な量の収集データを精査すれば、その人物にひもづけ可能なあらゆる事象を見つけることができる」

    収集された数万ページもの書類。トランプ大統領の「カネの動き」を示すものは含まれず

    連邦議会の複数の委員会は2017年、前回の大統領選挙などの事案について捜査を開始したが、その際にはこれらの委員会も、財務省のデータベースを参照した。

    議会の委員会は、以下の企業や人物に関するSARの開示を請求した。

    米大統領ドナルド・トランプ氏に資金を貸し付けていたドイツ銀行。「スティール文書」と呼ばれるトランプのロシア疑惑に関する調査報告書を書いた元イギリスMI6所属の情報部員であるクリストファー・スティール。ロシアの複数の新興財閥メンバー。大統領選でトランプ陣営の選挙対策本部長を務めていたポール・マナフォート。

    さらには、かつてトランプ氏の元で働いていた人物が経営する、サイパン島にある小さなカジノまでが、情報請求の対象となった。最終的に、議会の委員会が情報を請求した個人および団体は総計200以上にのぼった。

    フィンセンは、数万ページにわたる書類を掘り起こした。これらの書類に、連邦の捜査当局が追加で請求した少数のSARを加えたものが、今回のフィンセン文書の大部分を占めている。

    一部の書類は、請求した委員会に送付されることはなかった。この件に詳しいある人物が、複数の議員に対し告発している。

    集められたデータには、トランプ氏の金のやりとりに関するSARは1つも含まれていなかった(この件に詳しい人物は、BuzzFeed Newsの取材に対し、フィンセンのデータベースには、そもそもトランプやトランプ・オーガナイゼーションに関するSARが含まれていなかったと証言している)。

    さらに、2016年大統領選挙の重要な時期の前後に、トランプ氏の周囲の人々への不審な金銭の支払いが書類に記録されているものの、いかなる選挙干渉に関しても、直接的な情報を提示するものではなかった。

    しかし、調査範囲があまりに広範に渡ったため、この資料請求により、議員の大半が求めていたものとはまったく異なる情報が浮上した。

    それは、世界でも有数のメガバンクが、テロや汚職の元凶となっているのではとの疑いを抱きながらも、こうした不審な顧客との取引を続けていたことを示す証拠だ。

    これらの情報は、取引ごとに詳しく提示されていた。しかもこの情報は、以前からずっと存在していたのだ。

    口座名義人を調査しない大手銀行。金融機関の怠慢が原因の一つ

    フィンセンが受領したSARは、2019年だけで200万件に達した。

    金融機関に報告を促すプレッシャーの高まりや、国際金融取引の増加により、この10年間で受領件数は2倍近くに膨らんでいる。一方で同じ期間に、フィンセンの職員は10%以上削減された

    大半のSARは、目を通されることすらなく、行動を起こすきっかけになるものはさらに少ないと、複数の情報筋が証言している。

    その一方で、専門家によると、一部の金融機関はSARを「刑務所行きを免れる」ためのカードのように扱っており、取引を中止に追い込むための行動を起こさないまま、膨大な取引に関する注意喚起を提出しているという。

    さらに、何年間にもわたって同じ顧客に関して多数の報告書を提出し、犯罪が疑れる行為について詳しく記述しながら、こうした人物とのビジネス上の関係を継続しているケースもあるとのことだ。

    フィンセンの調査報告書によれば、ニューヨークに本社を構えるJPモルガン・チェースは2013年12月までに、前述したポール・マナフォート氏が実質的に所有する口座や企業に関して、少なくとも8件のSARを提出し、1000万ドル以上の資金について注意を喚起した。

    その後トランプ陣営の選挙対策本部長になったマナフォート氏は2018年、銀行および税金に関する詐欺で有罪判決を受けている。

    アメリカ司法省の元上級弁護士で、同省の詐欺対策部門のトップを務めた経験を持つポール・ペレティア氏は、JPモルガンのやり方は、SARの仕組みを空洞化する行為だと批判した。

    「次から次にSARを提出していればそれだけで、資金洗浄を禁じる法律に触れずに済むわけではない。(不審な人物は)切り捨て、顧客リストから外すべき。彼らのカネを受け取り続けるなど問題外だ」

    金融機関には、口座保有者を調査する強力な権限がある。にもかかわらず、フィンセン文書の調査から判明したのは、大手金融機関が、新規口座の開設時に名義人となる会社の所在地を確認するといった、顧客に関する最も基本的なチェックさえ怠っているという事実だ。

    犯罪集団が、ダミー会社を隠れみのに使い、企業の実質的なオーナーに関する詳細情報を全く登録することなく、犯罪で得た利益を国際金融システムに横流しできたのは、こうした金融機関の怠慢が原因だ。

    金融機関は多くのケースで、自分たちが移動している資金が誰のものなのか、全く把握していなかったように見える。

    法的措置を逃れる、もしくは措置後も取引を続ける金融機関

    HSBCアメリカ事業の査察担当者が、香港の担当者に対して、同行を通じて2年弱で5億ドル以上の資金を移動した企業「トレード・リーダー」のオーナーの氏名を明らかにするよう求めたところ、返ってきたのは「該当者なし」という返答だった。

    トレード・リーダーは、密かに自らの資金を西側に移送していた「ロシアのコインランドリー(Russian Laundromat)」と呼ばれる広範な犯罪ネットワークの重要なハブとして浮上したと報じられた企業だった。

    「ロシアのコインランドリー」のようなスキャンダルが相次いだのちに、アメリカの検察は、金融機関に変革を促すことに関する大々的な発表をいくつか行った。

    2015年に開催された資金洗浄対策会議で、司法省刑事局の司法次官補を当時、務めていたレスリー・コールドウェル氏は、金融機関に自らの行いを改めさせるうえで、訴追延期合意(多くは、罰金と保護観察期間を科すもの)は、「刑事訴追で得られるものと同等、場合にってはそれ以上の成果を上げられることが多い」と発言した

    だが、フィンセン文書の調査から明らかになった実情は、こうした主張とは大きく異なる。多くの場合、金融機関は問題を解決することなく、合意の終了期限を迎える。

    そして、警告されていたような刑事訴追を受けることなく、合意の期限を延長してもらえる。さらなる延長が許されるケースもある。

    HSBCは2012年、歴史的な危機に直面した。違法な麻薬取引業者について、資金洗浄だけでなく、スーダンやミャンマーのような、アメリカの制裁対象となっていた国々で継続的に取引を行っていたことで、同行は19億ドルの罰金を科されたのだ

    これを受けて同行は、事業方針を変更すると確約し、実際にこの約束を守った。また、政府も第三者監視機関を設置し、同行を厳しく監視した。

    だが、フィンセン文書の調査により、HSBCはその後も金融サービス提供を継続し、当初問題視されていたのと同種の顧客から利益を得ていたことが判明した。

    こうした顧客には、パナマの商社をかたりながら、実際は薬物取引の大物のために資金洗浄を行なっていたことをその後財務省が暴いた企業などが含まれる。

    JPモルガン・チェースも、訴追延期合意の対象となっていた。同行は長年にわたり、世界最大の投資金詐欺事件を引き起こしたバーナード・マドフのメインバンクだった。

    従業員から何度も警告があったにもかかわらず、同行はマドフに関するSARを一度も提出せず、手数料として5億ドルを自らの懐に入れたと伝えられている

    この事案に対する処罰として、同行は罰金17億ドルの支払いを命じられ、行内の資金洗浄対策を強化することを約束させられた。だが、マドフの事案が和解で終わった後、同行の監査担当者は、ロシアの組織犯罪の首謀者に対して口座が開設されたと疑っていると述べた。

    この人物は、薬物取引や契約殺人、さらには国民を弾圧しアメリカが制裁を科していた北朝鮮政権と関連する企業との関わりが疑われていた。

    同様の事象は、スタンダード・チャータードでも発生した

    アメリカ政府は、2012年に結んだ訴追延期合意を2019年に修正した。これは同行が、制裁対象国(主にイラン)にある個人や企業に関わる取引で資金洗浄を続けていたことを受けた措置だった。

    スタンダード・チャータードは英米の当局に対して総額11億ドルの罰金を支払い、訴追延期合意の適用期間を延長した。これは実に、7年間で6度目の延長だった。

    同行は「法律違反や監督制度の不備」について謝罪したが、2014年以降はこうした事例は発生していないと主張した。

    フィンセン文書内の書類から、スタンダード・チャータードは少なくとも2017年まで、イランに対する制裁措置を回避しているとの疑惑を持ちながら、こうした企業のために数億ドルにのぼる資金を動かしたとわかっている。

    Buzzfeed Newsの分析によると、2010年以降、資金洗浄対策や制裁違反に関して訴追延期合意の恩恵を得た金融機関は、少なくとも18行に達する。この中で、少なくとも4行は、その後に法律違反行為が判明し、罰金を科されている。

    一方で、度重なる法律違反があったにもかかわらず、そもそも犯罪行為を容認してきたツールである訴追延期合意を更新したケースも2件あった。

    止まらない資金洗浄、規制改革の道はあるのか

    アメリカ政府が本気になれば、大手銀行間の汚れたカネの流れを止められる。そう金融犯罪の専門家たちは指摘する。そうなれば、こうしたカネを資金源とする無数の犯罪活動を未然に阻止することも可能になる。

    企業に対し、ダミー会社を隠れみのにすることを許さず、企業のオーナーをアメリカ財務省に対して開示するよう義務づければ、対策の1つのステップになるだろう。連邦議員はすでに、小規模な企業についてこの問題に対応する超党派の法案の検討に入っている。

    これに対し、全米独立企業連盟(NFIB)は、プライバシーの問題とコスト増を理由に、法案に反対の意向を表明した。上院議員で法案の共同提案者の1人であるシェロッド・ブラウンはBuzzFeed Newsの取材にこう述べる。

    「連邦議会は早急に行動を起こす必要がある。犯罪者たちは、我が国の法律の裏をかくべく、自分たちの戦術の見直しや調整、修正に余念がないからだ」

    公的な説明責任の強化も、是正において大きな役割を果たすはずだ。HSBCは訴追延期合意が適用されていた時期に、同行を監視する目的で政府が導入していた監督者による最終報告書の公開を阻止しようと、法廷で争ったことがある。

    さらに、BuzzFeed Newsが情報自由法に基づいて司法省に対してこの報告書を公開するよう求める訴訟を起こした際、HSBCは政府に対して報告書の公開を控えるよう求める書簡を提出し、訴訟に干渉するという異例の手段に出た。

    自らに不利な内容の報告書が公表され、株価に悪影響を与える恐れが生じることを知れば、犯罪行為を行っていた金融機関は自らの行状を隠す方向に走る可能性がある。

    さらには、SAR自体が問題の一端を担っているとの声もある。元FBI特別捜査官のジャーマン氏は、SARのもとになる発想自体が「甘い認識」に基づいていると指摘する。

    「最も規模の大きな資金洗浄活動は、金融機関ぐるみ、もしくは、少なくとも行内の職員に協力者を得る形で発生している。資金洗浄の本格的な取り締まりが行われていない状態は、不審な取引の証拠が存在しないこととは関係ないが、政治および法執行機関のトップの無関心とは関係している」

    金融機関への犯罪抑止が効いていない?専門家らが指摘

    問題の解決に向けた最も強力な方法は、一番単純に見えるものかもしれない。それは、法律違反を起こした金融機関の経営陣を逮捕するというものだ。

    「行内から手錠をかけられる者が出ない限り、バンカーは決して学ばない」と、司法省の元上級弁護士ペレティア氏も指摘する。

    「たびたび法令に違反している者が、どんなメッセージを受け取っているかを考えるべきだ」

    かつて通貨監督庁(OCC)で規制担当官だったトーマス・ノルナー氏は、「彼らは、自分たちが悪事をはたらいていることを自覚している」と指摘する。

    「法律に違反すれば、刑務所に送られなければならない。それだけのことだ」

    ノルナーの言うアプローチが、以前は常識だった。アメリカ連邦裁判所の判事で、白人の犯罪者に対する処罰が手ぬるいと公に批判してきたジェド・ラコフ氏は、こう語る。

    「1980年代から90年代、さらに言えば2000年代初頭まで、アメリカ政府は常にCEOの責任を追及していました」

    過去には、エンロン、ワールドコム、タイコといった企業のCEOはすべて、自らの行為の責任を問われて刑務所送りになっていると、ラコフ氏は指摘する。

    「これこそが犯罪抑止策というものだ」

    「アメリカの法律のもとでは、資金洗浄に関わった金融機関は、政府によって文字通りの強制廃業に追いやられる恐れさえある。そうなった場合の犯罪抑止効果を考えれば、政府がこの手段に出ていないことは、ある意味で驚きだ」

    究極的に言えば、犯罪者がアメリカの金融システムを通じた資金洗浄の恩恵を受けることを阻止する力は、銀行のコンプライアンス部門やそのコンピューター・システム、さらには上層部にさえも存在しない可能性がある。

    また、金融規制を担当する組織や連邦検察機関、あるいはフィンセンにも、その力はないかもしれない。

    さらに言えば、これは一国の政策にとどまる問題ではない。法律に従わない金融機関を廃業に追い込めば、その影響は、アメリカとその主要な貿易相手国、さらにその先まで、経済全体に及ぶ。

    他の国々は、自国の金融機関がアメリカから厳しい捜査を受けていると知れば、介入してくるはずだ。

    イギリスに本拠を置くスタンダード・チャータードとHSBCは2012年、刑事訴追のおそれに直面した。すると、当時イギリスの財務大臣を務めていたジョージ・オズボーン氏は、アメリカ連邦準備委員会(FRB)の議長ベン・バーナンキ氏と財務長官のティモシー・ガイトナー氏に書簡を送り、強引な対処は「予期せぬ結果」を招きかねないとの「懸念」を表明した。

    オズボーンは、「波及」のおそれについて警告した。その含意は、1つの銀行を廃業に追い込めば、経済全体にダメージが及ぶ可能性があるということだ。

    結局、米司法省は訴追を見送った。

    元連邦特別捜査官で資金洗浄に詳しいメイザー氏は、アメリカの当局が犯罪に絡む資金の移動を止めないのには「複雑に絡み合った」理由があると述べる。

    その1つは、こうした資金が流れる先があまりに多すぎる、という単純なことかもしれない。

    メイザー氏はこう述べる。

    「たとえ出どころが怪しげであっても、その資金はビルの購入資金となります。銀行の口座に預金が入ります。国が豊かになるわけです」

    Sophie Comeau, Waylon Cunningham, Sam Feehan, Nancy Guan, Kristy Hutchings, Kylie Storm, Felicia Tapia, Karen Wang, Abby Washer, and Ashley Zhang of the USC Annenberg School for Communication and Journalism contributed reporting.

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:長谷 睦/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan