今知っておくべきアメリカ情勢。最高裁判事に指名された「超保守派」バレット氏は、注目の課題にどんな立場をとってきた?

    リベラル派として知られていたルース・ベイダー・ギンズバーグ元連邦最高裁判事が死去し、トランプ大統領は保守派のエイミー ・バレット判事を後任に指名した。妊娠中絶、移民、銃規制をめぐるバレット氏の判断を振り返る。

    アメリカ最上級の司法機関、アメリカ合衆国最高裁判所(SCOTUS)の連邦最高裁判事は、大統領による指名と上院の承認で正式に選ばれる。

    連邦最高裁判事を長年務め、リベラル派として知られていたルース・ベイダー・ギンズバーグ氏が死去した。それからわずか8日後の9月26日、トランプ大統領は後任に、エイミー・コニー・バレット判事を指名した。

    バレット氏が就任すると、9人中6人の判事が保守派となる。中絶や移民、銃規制などの問題で、最高裁が保守的な判決を出す可能性が高まるため、アメリカ社会はこの人事の行末に注目している。

    バレット氏の経歴は?

    バレット氏は法科大学院で教壇に立ったあと、2017年から第7巡回区控訴裁判所の判事を務める。判事としての経験は3年にすぎないが、人工妊娠中絶や移民問題、銃保持の権利をはじめ、国を二分する重要な政治課題について既に確かな立場を築いている。

    トランプ大統領はこれまで、ニール・ゴーサッチ氏、ブレット・カバノー氏の2人を最高裁判事に指名してきた。いずれも裁判所の判事として10年以上の実績があり、バレット氏の経験は、これに比べると浅い。

    それでも、これまで執筆してきた法廷意見、反対意見、他の判事の意見への同意意見などから、バレット氏の法的精神を読み取ることができる。

    第7巡回区控訴裁判所のデータベースによると、バレット氏はこれまでに判決の多数意見97本、反対意見6本、同意意見4本を書いている。文章は明快で、飾り立てて誇張した表現や、暗に痛烈な批判をこめるような書き方をするという評価はない。

    指名承認の議論で注目されるのは、人工妊娠中絶に対する立場だろう。アメリカでは、プロテスタント保守派やカトリックが認めない妊娠中絶をどうするかが、大きな政治問題なのだ。

    バレット氏は判事就任前、妊娠中絶に反対する立場を表明しており、第7巡回区控訴裁の判断では、中絶に規制を設けようとする州を支持している。

    中絶の権利は1973年の「ロー対ウェイド判決」以降、一連の判決で認められてきた。

    中絶の権利の保護を明確に打ち出してきたギンズバーグ判事に代わってバレット氏が承認されれば、最高裁がこの流れを検討し直す動きが出るのではと、民主党議員や生殖の権利の保護を求める人々は懸念している。

    中絶をはじめ、政治と社会を二分する各問題について、バレット氏は一貫して共和党側の判事を支持する方針を表明しているが、いくつか例外もある。

    銃規制問題では、武器保有権を認めた憲法修正第2条の及ぶ範囲について、レーガン大統領が指名した2名の判事よりさらに広く解釈する意見を示している。

    移民の扱いに関しては、リベラル寄りの判事2名に賛同し、国外退去命令に異議を唱えたメキシコ人男性のケースの審議を再開した。

    移民裁判所が審理中の裁判を打ち切ることができる権限の制限を提案した、ジェフ・セッションズ元司法長官の意見も却下している。

    大統領選の投票日まで1カ月を切った今、民主党、共和党両サイドが注目する法的問題の一つが、新型コロナ危機のさなかで不在者投票と郵送投票の機会をどれだけ広げられるかだろう。現時点では、バレット氏はこの件に関する裁判には関与していない。

    他の注目すべきポイントについて、バレット氏の過去の解釈と判断をまとめた。

    人工妊娠中絶

    判事に任命される以前、バレット氏はインディアナ州にあるカトリック系のノートルダム大学ロースクールで法学教授を務めた。

    連邦裁判所の判事は行動規範の遵守が求められ、法廷で争われる可能性のある事柄について見解を公にすることはできない。そのため、教職の立場の方が個人的な信条を話せる自由があった。

    バレット氏は当時、中絶に反対する考えを述べており、ノートルダム大学では中絶反対の立場をとる研究者のグループ「Uiversity Faculty for Life」に所属していた。

    バレット氏は判事就任以来、妊娠中絶に関して法廷意見と反対意見のいずれも執筆実績はない。しかし最高裁判事になればどのようなアプローチを取るか、これを示唆する裁判には関与している。

    一例が、インディアナ州の2つの州法をめぐる裁判だ。

    1つは中絶手術を提供する側に対し、胎児の遺体の埋葬または火葬を求める法。もう1つは胎児の人種、性別、障害を理由にした中絶を禁じる法だ。

    2018年4月、第7巡回区控訴裁判所の判事3名(バレット氏は含まれない)の合議で、両州法の施行を差し止める判断を下した。インディアナ州はこれに対し、胎児の遺体遺棄に関する規制について第7巡回区控訴裁の全判事による再審理を求めた。

    2カ月後に出した命令では、全員による再審理の是非について控訴裁判事の意見が割れ、元の決定がそのまま有効となった。

    バレット氏は、州法を無効とする判断の見直しを支持すると表明。さらに、フランク・イースターブルック判事の反対意見に同調し、胎児の遺体の扱いに関する規定を無効とする決定に異議を唱えた。

    人種、性別、障害を理由にした中絶の禁止を認めない州法の差し止め命令にも疑義を呈する立場を取った。後者については、州は全判事による大法廷での再審理を要求していない。

    バレット氏は、妊娠した10代の女性が中絶手術を受ける場合に、親または後見人の許可を要すると定めたインディアナ州法をめぐる判断にも関与している。

    第7巡回区控訴裁の判事3名は2019年8月、裁判所に申し立てをすれば、10代の中絶手術に親か後見人の許可を求める州法を執行できないとする判決を出している。

    その後、同控訴裁判事の過半数がこの判決の再審理を行わない判断を示した。

    バレット氏はこのとき、本件について大法廷での再審理を求めるインディアナ州の訴えを認めるべきとする立場を取った一人だった。

    これを説明する意見書の執筆はしていないが、マイケル・カンヌ判事が示した短い反対意見に同調している。

    親への通知を求めるインディアナ州法はまだ施行されていなかったことから、裁判所がこれを阻止する権限について重大な疑問を投げかけたとするのがカンヌ氏の主張だった。

    移民の処遇

    トランプ政権発足以降、最高裁で争われた最初の重要案件は、イスラム教徒が多数を占める国からの入国を制限する大統領令だった。

    トランプ大統領が打ち出す強硬な移民政策は、たびたび法廷に持ち込まれてきた。現政権の移民政策をめぐる議論におけるバレット氏の判断は、保守寄りとリベラル寄りが入り混じっている。

    トランプ政権による移民関連の大局的な方針に関して、バレット氏が法廷意見を執筆したケースは少ないが、その一つが次の例だ。

    移民を「公的扶助を受ける可能性が高い存在」とみなし、永住権を発行しない方針とし、「生活保護」規定の範囲を拡大する決定を政府が行った。バレット氏はこれを支持している。

    第7巡回区控訴裁判所は6月10日、「生活保護」規定の拡大を差し止める命令を2対1で認める決定を出した。

    判事2名の多数意見は、一時的にまたは最小限の公的援助を受ける可能性のある移民にまで同規定を適用する行為は、国土安全保障省の行き過ぎであると判断した。

    ダイアン・ウッド主席判事は「生活保護」という語は「何らかの公共機関から受ける補足的な金銭以外の援助を越える、いささかの依存を必要とするものである」と述べている。

    バレット氏はこれに反対した。歴史的背景を掘り下げて、19世紀後半の連邦移民法に「生活保護」の言葉が盛り込まれた当時、どの程度の公的援助を意図していたのか明白でないと指摘。

    1996年の移民法改定時に規定が追加されて「明晰さ」が増し、より小規模な公的支援を指すことが明確になった、と述べている。

    反対派および民主党下院議員らは、議会が永住許可証保有者にも福祉手当を受給可能にしてきたことをふまえれば、将来こうした手当を利用する可能性のある移民に永住権を与えない理屈は通らないと主張してきた。バレット氏は次のように反論する。

    「合法の永住者が困難な状況に陥れば、立ち直るために公的支援に頼ることができる。予期せぬ壁にぶつかった移民を支援する資金を認める議会の意思は、入国時に支援が必要だとうかがえる移民を認めない意向と完全に一致する」

    2019年1月には、市民権を有する男性の妻に対し、米国へ子どもを密入国させようとしたことを理由にビザを発給しないとしたトランプ政権の決定を2対1で認める意見を書いた。

    夫妻はビザの却下に異議を唱え、子どもたちが自分たちの子である証拠と、子どもたちが事故で溺死したことを示す書類を提出していた。

    下級裁判所は領事館職員による決定を裁判所が後から批判することはできないとして訴えを棄却し、バレット氏もこれに同意した。

    反対意見を書いた判事は、バレット判事の解釈は「最高裁および当裁判所の判例の趣旨より広く一掃し」ており、米国市民である男性の「憲法上の重大な権利」を奪うものだとする見解を示した。

    同年5月には、バレット氏の意見の再審理を行わない旨が全判事による投票で決定した。ビザ発給を拒否する「無制限の権限」を領事館職員に許したとして、バレット氏は判事らから批判を受けたが、バレット氏は自身の決定を擁護した。

    I一方、6月に判決の出た移民裁判では、リベラル寄りの判事2名と同じ立場を取った。

    バレット氏が執筆した法廷意見では、移民男性による国外退去に対する異議申し立て手続きの再開を支持。さらに2018年のジェフ・セッションズ元司法長官の意見にも反対している。これは移民裁判所が裁判を手続き上打ち切れる権利を制限するという趣旨だが、事実上国外退去を保留できることになる。

    警察

    警察官には「限定的免責の原理」があり、過剰な武力行使や人権侵害行為で訴えを提起されても免責を主張できる。

    だが今年、ジョージ・フロイドさんやブレオナ・テイラーさんをはじめ、警官による黒人の殺人が相次いだことを受け、この原理には改めて厳しい視線が向けられている。

    連邦裁判所は長年、この原理の適用についてさまざまな結論を出してきたが、最高裁はこれまで限定的免責に関して国レベルの基準の検討を避けてきた。

    2019年8月、黒人男性3名が合理的な疑いなく車の停止を求められたとしてシカゴ警察の警察官を告訴した件で、バレット氏は警官の限定的免責を認める法廷意見を書いた。

    発砲行為を捜査していた警官らは、グレーの車に乗った3人の黒人男性を容疑者とする現場への派遣要請を受けた。警官らが停止を求めた車は要請時の説明とは合致していなかったが、バレット氏は「完全に合致しなくても合理的な疑いは存在しうる」と書いている。

    バレット氏はさらに、警官らが車を停止させた件を覚えておらず、当該行為に関する公式記録がなくても、警官が当時把握していた状況を示す証拠があれば警官は免責を認められるとした。


    2019年1月、バレット氏は殺人事件の捜査中に宣誓供述書で虚偽の証言を行った捜査官に対し、限定的免責を認めないとする法廷意見を書いた。

    捜査官の虚偽の発言は本件にとって「重大」であり、「意図的に虚偽の主張をして相当な理由を基礎づけようとすることの違法性は極めて明白である」と述べている。

    刑務所内の規律維持を巡る異議申し立てでは、法を執行する側を支持する立場を取っている。

    2019年7月、第7巡回区控訴裁判所は、イリノイ州にある刑務所の食堂で受刑者の喧嘩が起きた際、別の受刑者2名が複数の看守からショットガンで撃たれ、看守を訴えた。この訴訟の再開を、2対1で認める決定を出した。

    受刑者は、看守が憲法に反する過剰な武力行使を行ったと主張していた(本件は限定的免責は該当しない)。

    判事2名による多数意見は、看守が発砲した時点で喧嘩が収束していたのか、警告目的でどこに向けて発砲したのか、専用の「射撃箱」ではなく集まっていた受刑者または天井に向けて発砲した理由は何かなど、重要事項にあいまいな点があるとして、陪審による判断をすべきとの見解を示した。

    バレット氏はこれに反対した。反対意見の中で、看守らが受刑者を意図的に撃った証拠がないとし、本件の受刑者は刑務所内の規律維持行為に異議申し立てを行う際に最高裁が示した基準を満たしていない、すなわち看守が「悪意をもって加虐的に」行動したとはいえない、と指摘している。

    判事2名の意見について、看守が受刑者を意図的に撃ったとする証拠が不十分なまま推論を提案しており、受刑者側を「助ける」ものだと批判した。

    武器保有権

    合衆国憲法修正第2条に定められた「武器を保有し携帯する」権利をめぐり、最高裁で審理が行われるようになって10年余りが経つ。米国では、保守派は一般的に、市民が武装できる権利を重視し、強い銃規制には反対する。

    カバノー、ゴーサッチ、クラレンス・トーマス、サミュエル・アリト(敬称略)の各判事は今年、この件について再度検討するべき時だと明言している。

    バレット氏は昨年の判決で、他の保守系判事や銃規制反対派と同様、憲法修正第2条が「二流の」権利として扱われていると懸念を示している。

    第7巡回区控訴裁判所は2019年3月、重罪を犯した者の銃器の保有や所持を禁じる連邦法とウィスコンシン州法が憲法修正第2条に反するとする訴えを2対1で棄却する決定を出した。

    異議を唱えた男性は郵便詐欺の罪で懲役1年と1日の有罪判決を受けており、武器の保有を禁止される個人に該当する。男性は、罪状が暴力犯罪でなく他に犯罪歴がなければ、武器保有を禁じる連邦法と州法を適用すべきではないと訴えた。

    判事2名による多数意見は、非暴力犯罪歴がある者に銃器の所有を禁じることは「銃犯罪の回避に実質的に関連づけられる」ことを政府が示している、と指摘。非暴力犯罪歴のある人による暴力犯罪率を示すデータを引用している。

    バレット氏はこれに反対し、憲法修正第2条による武器保有の保障は一定の非暴力犯罪歴のある人にも適用されるべきとする意見を書いている。

    重犯罪歴のある人について、投票する、陪審員を務めるといった「市民としての権利」の遂行の制限と、銃の保有のような「個人の権利」の制限に境界線を引くのがバレット氏の見解だ。

    その個人が公共の安全を脅かすリスクをもたらす証拠がないまま、政府が重犯罪歴のある人に一様に銃保有を禁じることは、憲法修正第2条を「二流の権利」とみなすものだと述べ、次のように書く。

    「歴史は共通認識と一致する。議会が危険な人物の銃保有を禁じる権限を有することを歴史は示している。しかしその権限は危険な人物にだけ適用されるものである」

    指名承認

    今後、指名承認手続きは上院へ移り、司法委員会は少なくとも1回は公聴会を開いてバレット氏の資質や能力について審議する。

    共和党上院トップのミッチ・マコネル院内総務によれば、上院は年内に指名承認採決を行う予定だが、採決が11月3日の大統領選投票日の前後いずれになるかは確定していない。

    共和党側はトランプ大統領が再選されるかどうかにかかわらず、承認採決を実施する意向だ。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan