「舌」を使った最先端コミュニケーション技術、運動障害の改善に期待高まる

    ウェアラブル端末「Google Glass」の開発者が、言葉を発しない新たなコミュニケーション方法を模索し、その技術に注目が集まっている。

    舌の動きによる最先端コミュニケーション

    眼鏡型のウェアラブル端末であるスマートグラス「Google Glass」を開発した研究者によって、新たな研究が行われている。

    研究の目的は、手を使った文字の入力や合図、ジェスチャー、発話さえもせずに、他人と会話できるようになることだ。

    BuzzFeed Newsが手に入れたデモビデオ学術論文によれば、「SilentSpeller(サイレントスペラー)」と呼ばれるプロジェクトは、先端技術を駆使した歯のリテーナー(マウスピースのような保定装置)を使って、言葉を発することなくテキストを送信できるようにするコミュニケーションシステムだ。

    使用者の舌の動きを追跡でき、97%の精度で文字を識別、93%の精度で単語を識別できると、研究者は主張する。

    いずれは消費者向けのデバイスに

    この研究は、ウェアラブル技術の先駆者であるサド・スターナー氏の着想に基づいている。

    スターナー氏は、スマートフォンを超える新たなジャンルのツールを広めるきっかけとなった、話題のウェアラブル端末「Google Glass」の開発を主導してきた。

    だが、GoogleがGoogle Glassの開発を発表すると、賛否両論が巻き起こり、社会とテクノロジーとの関係に新しい局面が訪れた。

    2013年10月29日にも、米カリフォルニア州のハイウェイで、Google Glassを装着して運転した女性が違反切符を切られたことがきっかけで、Google Glassをめぐる論争が勃発した。

    今回のSilentSpellerの研究は、スターナー氏が教授を務めるジョージア工科大学発のプロジェクトであることから、現在の目標は、製品開発のロードマップというよりはむしろ学術的なデータを集めることだ。

    スターナー氏は、SilentSpellerは最終的に、パーキンソン病や本態性振戦などの運動障害を持つ人々を手助けするために使われる可能性があると、BuzzFeed Newsのインタビューに答えた。

    図書館などの静かな場所や、大声を出さなければ相手に聞こえない騒がしい場所でのハンズフリーのコミュニケーションなど、消費者向けの用途の実現も見据えているという。

    既存のデバイスを応用した技術開発

    SilentSpellerの開発にあたって、研究者は新しいリテーナーをゼロから作ったわけではないという。

    研究者は、新たに製品を開発する代わりに、「SmartPalate(スマートパレット)」と呼ばれる既存の製品を応急的に使用し、研究を進めている。

    SmartPalateは、歯科矯正用のリテーナーのような形だが、舌の動きを追跡する小さなセンサーを搭載し、スピーチセラピーに使用されている。

    そして、装着した人の舌がどのように動くかを示すビジュアルマップが、ソフトウェアによって作成される。

    SmartPalateの主な用途が、発話障害の矯正補助であるのに対して、SilentSpellerを開発した研究者は、コミュニケーションツールとして機能するようにシステムを改造したという。

    論文によると、SmartPalateの124個のセンサーを使って、舌の動きを読み取る。次に、そのデータをUSBケーブルでパソコンやスマートフォンに送信する。

    現在では、被験者の口からはケーブルが垂れ下がっている構造だが、最終的には、器具全体が口内に収まるワイヤレスバージョンを開発できると研究者は考えているという。

    なお、被験者の口に合わせたリテーナーを作るために、歯列の型取りが必要になる。

    研究者は2020年1月からプロジェクトに取り組んでいるが、新型コロナウイルスの影響で、特注のリテーナーを装着できる被験者の数が限られていたため、プロジェクトの進捗は遅れているそうだ。

    プロジェクトの主任研究員は、東京大学大学院生

    SilentSpellerは公式には、Googleのプロジェクトとしては見なされていないが、実際はGoogleの研究者が深く携わっている。

    スターナー氏は、Googleの非常勤リサーチ・サイエンティストであり、機械学習を研究している。

    論文のもう一人の著者であるアレックス・オルワル氏も、Googleのリサーチ・サイエンティストだ。

    オルワル氏は、デジタルとフィジカル体験の融合を目指すGoogleの「Interaction Lab(インタラクション・ラボ)」も統括し、拡張現実部門のテクニカルリードでもある。

    オルワル氏のYouTubeチャンネルで公開されているプロジェクトのデモビデオには、オルワル氏自らが、デバイスをテストする様子が映っている。

    オルワル氏の目元にはぼかしが入っているが、Googleの広報担当者はその人物がオルワル氏だと認めている。

    デモ映像には、ピュアサイエンスや技術分野のブレークスルーに注力する、同社の部門であるGoogle Researchが協力者としてクレジットされている。

    しかし、同社の広報担当者はもちろん、スターナー氏も、今回の研究はGoogle Researchのプロジェクトとして見なされないだろうと述べる。

    プロジェクトの主任研究員は東京大学の大学院生であり、ジョージア工科大学で学ぶ交換留学生であると、スターナー氏は話す。

    他にも、カーネギーメロン大学やワシントン大学などの大学の研究者も、プロジェクトに参加している。

    通常は横浜で開催される「人と情報システムの相互作用に関する国際会議」でプロジェクトが発表される予定だったが、新型コロナウイルスの蔓延を受け、5月にオンラインで開催された。

    まだプロジェクトは広く知られていないという。

    増える「装着デバイス」、プライバシーの課題も

    生活の多くの場面でテクノロジーが用いられる中、近年、体に装着するデバイスが、研究対象として大きな注目を集めている。

    Apple Watchは、心拍数を測定するセンサーを使って、心電図を記録することができる。

    Facebookから社名を変更したMetaは、デジタルとフィジカルの要素を融合した没入型の世界、いわゆるメタバースを体験できるVRヘッドセットを製造している。

    Googleは、インターネットに接続されたジャケットやバッグを開発。一時期は、体内のブドウ糖を読み取る機能を持った、糖尿病患者向けのスマートコンタクトレンズの実験も行っていた。

    デバイスの使用が始まると、プライバシーに関する懸念が持ち上がった。

    ワシントンDCに拠点を置く非営利団体、電子プライバシー情報センター(EPIC)の上級顧問であるデイヴィソン氏は、企業による唾液や歯科記録に関する情報獲得が、悪夢のシナリオになりうると話す。

    しかし、SilentSpellerであれば、データ収集におけるプライバシー侵害の懸念を払拭できる可能性があるという。

    生体情報を扱う新世代のデバイスにとって、プライバシーは長期的な懸念事項であるが、SilentSpellerは、そのような機能を持つとは思えないと話す。

    デイヴィソン氏は、次のように語る。

    「頭部を調べるデバイスの機密性が高いことは明らかです」

    「その点が将来何らかのプライバシー上のリスクになります」

    デイヴィソン氏は、デバイスが収集する情報に対する厳格な保護手段が必要になると付け加えた。

    莫大な資金で最先端プロジェクトの開発進む

    Googleの研究者が、大学の研究者と共同でプロジェクトに取り組むのは今回が初めてではない。

    Googleは、当時、スタンフォード大学の大学院生だったラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏のプロジェクトによって創業した。そのため、長年にわたって、学界と密接な関係を築いてきた。

    Googleは15年にわたり、Google Faculty Research Awardsと呼ばれる助成金を研究者に提供してきた。これは、コンピュータサイエンスやエンジニアリングの技術研究を支援するものだ。

    2020年にGoogleはそのプログラムを打ち切った。代わりに、支援が行き届いていなかった学術コミュニティに奉仕するプロジェクトに取り組む有望な研究者や教職員をサポートすると述べている。

    テクノロジーやビジネスを扱うニュースサイトCNETは2020年、Google Researchが資金を提供した、あるいはInteraction Labが立ち上げた複数のプロジェクトを報じた。

    報じられたプロジェクトには、「貼った部分がタッチパネルになるタトゥー」や「ホログラムのアイコンを投影するサングラス」などがある。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。