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新型コロナウイルスに感染したトラが死亡。アメリカ中の動物園で「動物の集団感染」を確認

動物間、そしてヒトへの新型コロナウイルス感染を防ぐため、動物用の新型コロナワクチンの開発も行われています。

最初は咳だった。

2021年9月、ビッグ・キャット・レスキュー(大型ネコ科動物の保護活動を行う管理団体)では、メスのトラ・アマンダ(25)が、アメリカ・フロリダの日光を浴びていた。

だが、いつもと様子が違っていた。奇妙な乾いた咳をするようになり、食欲がなくなり、日陰に隠れるようになった。

数日のうちに、呼吸困難に陥った。

心配した飼育係は、約120キロあるアマンダを捕らえて採血した。

もしかして新型コロナウイルスに感染したのだろうか。

同施設には診断する設備がなかったので、近所の薬局から簡易検査キットを買ってきた。

結果は陽性で、アマンダ(25)の年齢について議論が巻き起こった。飼育下で育ったトラの平均寿命は22年で、アマンダはとっくに平均年齢を超えていたからだ。

この保護施設に10年いるアマンダは「世界でいちばん高齢のトラかもしれない」と、ビッグ・キャット・レスキューの最高経営責任者(CEO)を務めるキャロル・バスキンさんは話す。

フロリダ州タンパ近郊にあるビッグ・キャット・レスキューは、新型コロナウイルスが流行り始めたときに放送されたNetflixの番組「タイガーキング」で有名になった。

バスキンさんは、施設を頻繁に巡回する。取材中、トラの口元を表したデザインのマスクを、ただの一度も外さなかった。安全第一に配慮して、動物たちに接していた。

しかし、飼育するトラが新型コロナウイルスに感染したのは、それほど驚くことではない。コロナ禍の動物園や保護施設では、よくある問題だからだ。

アメリカ中で動物園の動物が感染。動物にもワクチンを

動物園で暮らす生き物たちの間で新型コロナウイルスが初めて流行ったのは、2020年4月、ニューヨークのブロンクス動物園だった。

最初にトラ1頭が感染し、続いて大型のネコ科の動物7頭が陽性となった。

2021年1月、サンディエゴ動物園で、ゴリラ9頭のうち8頭が新型コロナに感染した。

9月には、首都ワシントンD.C.のスミソニアン国立動物園に住むすべてのライオンとトラが新型コロナウイルスに感染。

10月、アメリカ国内の状況はさらに悪化した。サウスダコタ州スーフォールズの動物園では、新型コロナウイルスによる合併症でユキヒョウ1頭(2)が亡くなった。

11月には、ネブラスカ州リンカーンの動物園で、ユキヒョウ3頭が死亡。

2022年1月、イリノイ州ブルーミントンでは、ユキヒョウ1頭が新型コロナの合併症で命を落とした。

同様の報告が、世界中の獣医、動物園、保護区、野生動物の専門家から寄せられている。

新型コロナウイルスは、カワウソハイエナシカカバ、そしてイヌネコにも感染している。

これらの事例は動物福祉の観点で不安を感じるニュースだ。公衆衛生の観点からは、さらに大きな意味を持つかもしれない。

新型コロナウイルスが動物間で流行すると、ウイルスが変異し、人間に感染することがあるのだ。

最悪の場合、新しい変異株が出てきて、より感染力が強く、重篤な症状を引き起こす。

この懸念を払拭するため、新型コロナウイルスの感染を防ぐ動物用ワクチンの開発が進められている。

未知の「ヒトから動物に伝染する感染症」

動物からヒトに伝染する動物由来感染症(動物原性感染症)については、多くのことが分かっている。

だが、ヒトから動物への感染症についてはあまりよく分かっておらず、各地で現在、研究がすすめられている。

ヒトから動物へ伝染する疾病を調べているサスカチュワン大学のウイルス研究者、アリンジェイ・バナジー博士はこう話す。

「どれほど多くのウイルスがヒトから動物に感染したのか、その例を挙げることはできません」

「それくらい研究されていないのです」

最近の研究では、新型コロナウイルスは、キクガシラコウモリに由来し、中国・武漢の華南海鮮市場で、動物から人間に伝染した可能性があると示唆されている(ただし、ウイルスの感染源に関する議論は今も続いている)。

バネジー博士は、ヒトから動物へ伝染する疾病については、人命や経済を脅かすことがなかったため、これまであまり研究されてこなかったという。

だがそれも変わってきているのかもしれない。

世界中のミンク農場で新型コロナウイルスの集団感染が起きており、アメリカでも少なくとも18の農場で発生している。

学術誌「サイエンス」に掲載された2020年の研究では、オランダ南東部のミンク農場16か所で働いていた人の68%が、2020年6月時点で、新型コロナウイルスに感染していたか、過去に感染したことが分かっている(いずれも他人から感染した可能性が高い)。

オランダで起きたような集団感染は、動物の間で変異体を生み、人間に感染させる場合がある。

感染したミンクから変異したウイルスにかかった農場の人もいた。

幸いにも、オランダの株は異なってはいたものの、感染力は高まっておらず、ワクチンへの耐性も持っていなかった。

ビッグ・キャット・レスキューでの新型コロナ感染

メスのトラ、アマンダは1996年、ニュージャージー州の私設動物園で生まれた。

兄弟のアーサーとアンドレと一緒に、ほとんど毎日、観光客と写真を撮らされていた。

このような料金制の写真サービスは、バスキンさんなどの動物活動家が根絶しようとしている問題だ。

トラ1頭が脱走したことで、米国農務省(USDA)はこの動物園の閉鎖を命じ、2011年にアマンダと兄弟トラ2頭はビッグ・キャット・レスキューに引き取られた。

ビッグ・キャット・レスキューでは毎月、大型動物のうち1頭が、湖に面した1万平方メートルの囲い地で休暇を取れる。その休暇中、アマンダに症状が出はじめた。

症状が出る前、アマンダは活発で食欲も旺盛だった。同施設では、毎日動物たちに何百キロもの肉を与えていて、その肉から流れ出た血の混ざった汁をアイスキャンディーにしているのだが、それも喜んで食べていたという。

それにもかかわらず数日後、アマンダは死にかけていた。

同施設の世話人たちは囲いの中に集まり、鎮静剤を打たれて毛布の上に横たわるアマンダを見下ろしていた。

血液検査の結果が戻ってきた。多臓器不全をおこしていることは明らかだった。

選択肢はなかった。2021年9月16日、アマンダは安楽死させられた。

アマンダは新型コロナの簡易検査で陽性だった。飼育員たちはより正確な検査のためアマンダのサンプルを研究機関に送った。

結果を待つ間、アマンダの隣の囲いにいた別のトラ、アリアの異変に気づいた。アリアからのサンプルを研究機関に送り、症状をつぶさに観察した。

やがてアマンダの検査結果が戻ってきた。改めて陽性だった。

数日後、アリアも陽性だったことが分かったが、アリアは回復した。

動物用の新型コロナワクチン

ヒトから動物、そして動物からヒトへの新型コロナウイルスの感染を防ぐには、人間だけでなく定期的に動物もワクチンを受ける必要がある。

現在、アメリカのApplied DNA Sciences社やイタリアのEvvivax社のものなど、開発段階ではあるが動物用の新型コロナワクチンがいくつか存在する。

ロシアではCarnivac-Covという動物用ワクチンが開発され、2021年5月から出回っている

「世界最大のアニマル・ヘルス企業」とうたう動物用医薬品の最大手、ゾエティス社のワクチンも注目されている。

2020年3月、香港でポメラニアンが新型コロナに感染したというニュースを聞き、同社はワクチンの開発に取りかかった。

同社の広報担当を務めるクリスティーナ・ルードさんはこう話す。

「ワクチン開発のきっかけはこのポメラニアンのニュースでした。イヌやネコは、当社にとって大切な存在ですから」

当時、香港当局は新型コロナウイルス陽性者のペットの隔離も求めていた

しかし、当時はまだパンデミックが始まったばかりで、あまり多くのことは分かっていなかった。

米国疾病予防管理センター(CDC)によると、これまでの研究で、ペットも新型コロナに感染するが、ペットからヒトへの感染は低いという事実が判明している。

同社のルードさんも「ヒトへの感染に、ペットはあまり関係ありません」と語る。

動物用の新型コロナワクチンは完全には承認されていないが、同社のワクチンはすでに世界中で使用されている。

2021年1月、複数のゴリラが新型コロナウイルスに感染した際、同動物園はゾエティス社に助けを求めた。

同社には、実験で残ったワクチンが少しあったため、米国農務省(USDA)から特別に許可を得て、3月にワクチンを同動物園へと送った。

この出来事は、アメリカ人の大半が接種し終える前に、ゴリラがワクチンを接種したため、国際的にニュースで取り上げられた

ニュースをきっかけに、全米中の70を超える動物園や保護区から関心が寄せられた。

同社は、11,000回分以上の接種可能ワクチンを動物園へ寄付。その後、26,000回分以上を世界中の施設へ提供した。チリの1施設カナダの6施設も含まれていた。

それにもかかわらず、バスキンさんの保護区は該当施設に入っていない。

注射が動物にストレスを与える懸念

バスキンさんは、ビッグ・キャット・レスキューの獣医チームと、ワクチンを打った際のリスクを分析し、同施設の動物たちにはまだワクチン接種しないと決めた。

というのも、同施設は現在、閉園中だからだ。現在入園できる人は、バスキンさんとその家族、70名のボランティアスタッフに限られている。

動物の世話をするスタッフはワクチンを打っていて、動物に近づいたりエサを用意したりしているときは、マスクを着用している。

同施設のスタッフは、高齢の動物がワクチン接種の痛みに耐えられるかどうかも心配している。

同施設で暮らすトラ、ライオン、ヒョウ、ライガー(ライオンとトラの交配種)の約半分は12歳以上で、7頭は20歳以上だからだ。

バスキンさんは、注射は動物にとってトラウマになると説明する。

「3年おきに狂犬病などの予防接種をするのですが、毎回大騒ぎで楽しいものではありません」

調教師は、トンネルをくぐって小さな箱に動物を誘導し、特殊な装置を下げて、動物をケージの横に押し付けた状態で注射を打つ。

バスキンさんは「その間、動物は逃れようと大暴れします」と話す。動物が心臓発作を起こさないか心配だと付け加えた。

ワクチンと引き換えに「ご褒美」をあげて訓練する例も

一方、ノースカロライナ動物園では、ご褒美をあげて動物にワクチンを打っている。

州都のローリーから西へ約113キロメートルの場所に位置し、世界最大の自然生息地を誇る同動物園は、ゾエティス社のワクチン接種を米国農務省(USDA)が許可した施設のひとつだ。

2021年10月18日から20日にかけて、飼育員たちは33頭にワクチンを打った

チンパンジー16頭、ニシローランドゴリラ7頭、マントヒヒ4頭、ライオン2頭、ピューマ2頭、スナネコ1匹などだ。

Spent some time with this little guy at the NC Zoo today! Obi was one of 16 chimpanzees to receive a COVID vaccine this month. More on this story this Sunday on @SpecNews1Triad @SpecNews1RDU

Twitter: @cwallen_news

ワクチンを受けたチンパンジーのオビ

同園ではワクチンを打つのに「正の強化」(好ましい行動を褒め、何度も繰り返させるしつけ教育)を用いて、食べものと引き換えに、尻を差し出すよう徐々に訓練した。

同園の動物はすべて、1回目のワクチンを打ってから約3週間後に2回目を打ち終えた。追加のワクチン接種が必要かどうかはまだ決まっていないという。

同園でアニマル・ヘルスを統括しているジェイビー・ミンター獣医学博士は、動物の免疫レベルを調べるため、血液サンプルを集めてきた。

「チンパンジー数頭、ライオン1頭、クーガー1頭は、すすんで採血させてくれます」と話す。

検査にも費用がかかるため、ミンター博士は節約に頭を悩ませていた。しかし最近、米国農務省(USDA)から連絡があり、割引で検査する提案があったという。

参加する動物園すべてのデータを集め、それぞれの動物に対するワクチンの効果を把握するためだ。

「米国農務省(USDA)から連絡をもらって、助かりました」とミンター博士は語る。

「珍しい動物を飼育している動物園や施設からの情報が増え、情報共有が進めば進むほど、健康管理がうまくできるようになります」

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:五十川勇気 / 編集:BuzzFeed Japan