• bf4girls badge

裁判をしてもレイプ被害の傷が癒えることはなかった。だから私は、直接容疑者に会った。

レイプ被害で負ったトラウマは、警察にも、法廷までもついてきた。「加害者が投獄されれば、すべての被害者は癒やされる」という前提に、ある被害者は異議を唱え、話し合いを重視する「修復的司法」を用いることにした。

マーリー・リスは、マンションの一室でレイプされたと主張している。

その際に負った心的外傷(トラウマ)は、マンションから逃げ出した後、レイプキットによる検査を受けた病院、被害届を出した警察、そしてついに法廷にまでついてきた。

トラウマがよみがえるたびにリスは、正義をもたらしてくれるはずのシステムが、より一層の痛みをもたらすだけのように感じ始めた。

リスは、インターネットで別の方法を探し始めた。容疑者に責任を問うことができる裁判制度とは別の方法だ。

そしてリスは、修復的司法(Restorative Justice)と呼ばれるプロセスを見つけた。リスの代理人を務めてくれる弁護士も見つかった。

リスと容疑者の弁護士はいずれも、修復的司法を扱うのは初めてだったが、両者はこの方法で事件を解決することに同意した。

修復的司法では、事件の両当事者とコミュニティーの関係者が一堂に会し、問題について話し合い、解決策を探る。ベースになっているのは、さまざまな伝統を継ぎはぎした古い慣習だが、従来の犯罪処罰に代わるラディカルな方法と見なされており、賛否両論を呼んでいる。

2019年9月、リスの念願がついにかなった。容疑者と対面し、自身の悲しみを共有できたのだ。

カナダ、トロントの法廷で、裁判官や陪審が容疑者の運命を決める代わりに、リスは容疑者と同じ部屋に座り、家族と弁護士に見守られながら、ただ話をした。

容疑者への告訴は取り下げられ、全当事者が秘密保持契約書に署名し、この事件が再び裁判にかけられることはなくなった。

容疑者とその弁護士は、両者の身元が特定されないことを条件に、リスと弁護士のジェフ・キャロリン、検察官のキャラ・スウィーニーが、今回の修復的司法について公の場で話すことに同意した。BuzzFeed Newsはキャロリン経由で、容疑者の弁護士にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

告訴を取り下げるのは容易なことではなく、修復的司法は万人向けではないと、リスは強調する。それでも、裁判の代わりに修復的司法を選択したことで、リス自身は心の安らぎを得られたと語る。

そして、ほかのレイプ被害者が心の安らぎを得られるよう、自身の物語を共有することを決意した。

リスは、性的暴行の一部始終を覚えているそうだ。

事件が起きたのは2016年夏。リスはライアソン大学でソーシャルワークを学ぶ21歳だった。その夜、リスは飲酒していたため、事件前の記憶は曖昧だが、トロントの繁華街にあるバーで、友人たちとはぐれてしまったことは覚えているという。

そのバーで、見知らぬ男性がリスに近づき、少しの間、2人は一緒に踊った。しかし、体に触れられることを不快に感じ、リスの方から離れていった。

リスは、もともと泊まる予定だった友人のマンションに向かうため、バーを出て、タクシーを拾おうとした。すると、一緒に踊った男性が現れ、同じ建物に住んでいるから相乗りしないかと持ち掛けてきた。

目的地に着いたとき、リスの友人は電話に出なかった。すると、男性はリスを部屋に誘い、友人が電話に出るまで一緒に待とうと言った。リスは男性についていき、ベッドに横たわった。その直後、男性に服を脱がされたと、リスは振り返っている。

「私は“すごく疲れているし、意識がもうろうとしているから、触らないで”というようなことを言いました」

リスによれば、男性は数時間にわたって性的暴行を加え続けたという。すべてが終わったとき、リスは我に返った。そして、衣服が乱れた状態でマンションから逃げ出した。

帰宅すると、ルームメイトは適切に対応してくれ、Googleで文字通り、「友人がレイプされたらどうすべきか」と検索してくれたという。

リスはルームメイトと病院に行き、レイプキットによる検査を受けた。リスには2つの選択肢があった。警察に通報するか、何もしないかだ。

「何もしないという選択は考えられませんでした。何らかの正義を求めていたためです」とリスは話す。

「そのまま家に帰り、ただNetflixを見るなんて考えられませんでした。自分の世界が揺れ動き、崩壊していくような気分でした」

トロント市警察に被害届を出したとき、リスは「無神経」な質問をされていると感じた。どれくらい飲んでいたのか、何を着ていたのかといった質問だ。リスはまた、耐え難いほど詳細な説明を求められた。

トロント市警察の広報担当者ビクター・クォンはBuzzFeed Newsの取材に対し、警官たちは「常に、なぜそのような質問をするのか、きちんと説明しようと努力しています」とコメントした(クォンはリスの事件には関わっていない)。

「事情聴取で“何を着ていたのか”、“どれくらい飲んでいたのか”といった質問をすることは、一見すると不適切なように感じるかもしれません。しかし、そのような質問をするのは証拠集めや捜査のためであり、決して被害者を責めているわけではありません」

警察は最終的に、起訴を決定した。これは非常に珍しいことだ。カナダでは、被害届が出される性的暴行事件は全体のわずか5%と推測されている。

カナダの新聞「Globe and Mail」が行なった調査によれば、そのうち20%は「根拠がない」と判断されている。つまり、犯罪は起きていないと判断されているのだ。

起訴から1年後、リスは予備審問の証言台に立った。リスが暮らすオンタリオ州の予備審問では、性的暴行の被害者は、証言と反対尋問の両方に臨む。

リスは5時間にわたって、容疑者の弁護士から反対尋問を受けた。反対尋問が終わるころには、リスは疲れ切っていた。

数週間後、リスはある通知を受けた。本来であれば、リスにとっては朗報だ。刑事裁判を行うのに十分な証拠がそろったという内容だった。しかしこの時点で、リスの心はボロボロになっていた。

「自殺を考えるほどの状態になっていました」

リスは事件後初めて大学に行ったとき、人混みの中でパニック発作に襲われた。全身が震え始めたことも何度かあるという。

リスは二度と証言台に立ちたくなかった。もし容疑者が刑務所に送られたとしても、更生しないのではないか、とも思った。リスは起訴を取り下げ、気持ちを切り替えようと考え始めた。

そして、自分の気持ちを友人に打ち明け、望んでいるのは容疑者と向き合うことだけだと伝えた。

「すると、彼女は“じゃあ実現させよう”と答えました。私は実現させようと努力することすら考えていませんでした」

リスはこのとき初めて、「フォーギブネス・プロジェクト」を知った。トロントに拠点を置く組織で、囚人と被害者の両方がトラウマから立ち直るための支援を行っている。この組織がリスに、トロントの弁護士キャロリンを紹介してくれた。

キャロリンは、性的暴行事件を数多く担当してきたが、被告側の弁護士を務めることが多い。キャロリンはBuzzFeed Newsの取材に対し、自分の行動を反省しているが、罪を認めて刑務所に入ることなく被害者に謝罪したいと考える容疑者たちの弁護をしていると説明した。

リスがキャロリンに引き合わせられたとき、すでに理想の道ははっきりしていた。修復的司法だ。しかし、やるべきことがいくつかあった。


修復的司法は決して新しい慣習ではなく、その方法は1つではない。

基本前提は、容疑者と被害者が直接会い、解決策を徹底的に話し合うこと。重要なのは、コミュニティー内でのさらなる被害を防ぐこと、全員の意見を聞くこと、立ち直りのために手を尽くすことだ。

このプロセスは、ユダヤ教の改革派やイスラム教、クエーカー、メノナイト、カナダの先住民など、さまざまな人々からヒントを得てつくられたものだ。

最近のカナダでは、いわゆる「エルミラ事件」で用いられた。1974年、オンタリオ州エルミラに暮らす10代の少年2人が酒に酔って暴れ、町の建物を次々と破壊した。コミュニティーは2人を刑務所に送らず、被害者と直接向き合わせ、償わせることに決めた。

修復的司法は、大学内での暴行や嫌がらせにも用いられている。ハリファックスにあるダルハウジー大学では2015年、あるFacebookグループの男子学生が女子学生に対し、女性蔑視の発言や性的に露骨な発言をしたことが明るみとなった。この事件は最終的に、修復的司法によって解決された

修復的司法は、刑事裁判のようには追跡できないため、どれくらい用いられているかを特定するのは難しい。

オンタリオ州ウォータールーにあるNPO「コミュニティー・ジャスティス・イニシアチブ(CJI)」は、現代の修復的司法の草分けとして、50年以上にわたって事件の仲裁を行ってきた。CJI事務局長のクリス・カウィーはBuzzFeed Newsの取材に対し、性的虐待事件を扱ったことはあるが、起訴前の事件や子供時代の虐待が大部分だと述べた。

修復的司法に対しては懐疑的な見方もあるが、これが「ソフトな」選択肢であるとか、犯罪者にとって罪を逃れる簡単な方法だと考えるのは間違いだ、とカウィーは語る。

「修復的司法とは、責任を取り、再犯を思いとどめさせる場に犯罪者を連れてくることです」

リスのケースでは、検察官のスウィーニーも参加した。スウィーニーは20年にわたって検察官を務め、何十もの性的暴行事件を裁判に持ち込んできた。

スウィーニーはBuzzFeed Newsの取材に対し、被害者たちが裁判で苦しむ様子を見てきたと語っている。容疑者が無罪になればなおさらだ。スウィーニーは今回、容疑者とその弁護士に働き掛け、修復的司法への同意を取りつけた。

「修復的司法が実現するという電話を受けたことは、人生で最も美しく、奇跡的で、感動的な体験の一つでした」とリスは振り返る。

「システムの中で初めて私の声が届き、重要性を与えられたのです」

リスのようなケースで修復的司法を行うための正式な手順は存在しない。そのため弁護団は、コミュニティーによる仲裁の手助けを行っているトロントの慈善団体「セント・ステファンズ・コミュニティーハウス」に協力を求めた。まずは容疑者のセラピーを行い、準備が整った後、対面することになった。

そして2019年9月、リスは容疑者と対面した。

リス、母親、姉妹、弁護士、スウィーニーが、リスをレイプしたとされる容疑者、その友人とともに、円を描くかたちで着席した。円の中心には、修復的司法が先住民にルーツを持つことへの敬意として、シダーやセージ、木の枝が置かれた。

まずは、部屋にいる全員が互いに挨拶しなければならない。容疑者の順番が来たとき、リスは「こんにちは」とだけ言った。

次に、全員が3つの価値観を紙に書き、大きな声で読み上げてから、円の中心に置いた。

その後でリスは、性的暴行のトラウマとそれに続く事情聴取、裁判でのトラウマを共有した。リスは1時間にわたって語り、涙を流し、ときには、ただ無言で座っていた。

リスは容疑者に直接語り掛け、なぜそのようなことをしたのかと尋ねた。容疑者は石のように固まっているのではないかとリスは恐れていた。しかし、「彼はそこにいて、今を感じていて、視線を合わせてきました」

最後に、容疑者が語り始めた。リスによれば、最初は罪を認めていないように見えたという。しかしその後、態度を変え、泣き崩れた。

リスの目を真っすぐ見て、「傷つけてしまい、本当に申し訳ないと思っている。やり直すことができるのならばやり直したい」と言ったと、リスは振り返る。

「自分でもわかっていなかったのですが、私はその言葉を必要としていました。彼の言葉を聞いたとき、私も泣き崩れました。心の底から安心することができました」

修復的司法は、休憩を挟んで8時間続いた。事件のことだけでなく、アルコールやレイプ文化、トラウマについても語られた。

両者がどれほど落ち込み、自殺願望を持つようになったかも打ち明けられた。容疑者は、もっと広い範囲で性的暴行を防ぐ方法を見つけたいと言った。

「望んでいた以上のものが得られました。私にとっては最初から、これこそが1000%の正義です」とリスは語る。

締めくくりに、全員が再び、互いに挨拶するよう求められた。容疑者はリスに握手していいかと尋ね、リスはイエスと答えた。

修復的司法に安らぎを見いだすことができない被害者もいるかもしれない。リスはそのことを理解している。そのうえで、少なくとも修復的司法という選択肢があることを知ってほしいと願っている。

「被害者に対して、あなたにとって正義とはどういうことを意味するのか、と尋ねることは不可欠だと思います」

リスは、「リヒューマナイズ・ムーブメント」という組織を立ち上げ、慈善団体としての認可を取得しようとしている。被害者と司法制度に関わる人を対象に、別の意味での正義をどう実現すれば良いかについて、教えることが目的だ。

理事の一人となったスウィーニーは、正義に対する自身の考え方も根底から変わったと述べている。

「私はあの体験を、変容という言葉で表現しています。そこにいたすべての人、何より、容疑者とマーリーにとって、素晴らしく、力強く、癒やしの効果があり、誠実で、驚くほど勇敢な体験だったためです」

リスは次のように述べている。

「加害者が投獄されれば、すべての被害者は癒やされたと感じるという前提に、異議を唱えたいと思っています」

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan