発端は、ウェブサイト「ヘルスライン(Healthline)」に2018年に掲載された記事だった。クィア、トランスジェンダー、インターセックス(生物学的に一般的な男性、女性の概念に当てはまらない)、アセクシュアル(性的欲求をもたない)向けに書かれたセーフセックス・ガイドだ。
ヘルスラインはサンフランシスコを拠点とする健康情報サイトだ。科学的な根拠に基づいた記事を専門家が監修し、信頼できる情報を提供している。
2018年8月、同サイトはクィア、トランスジェンダー、インターセックス、アセクシュアル向けのセーフセックスに関する手引きを掲載した。
より広くトランスジェンダーを包摂する意図から、記事では「膣(vagina、ヴァギナ)」を指す言葉の一つとして「フロントホール(front hole、前面の穴)」という語を使っていた。
記事は上記のように、多様な個人を考慮したインクルーシブ(個性や多様性を社会的に排除しない、包括的な)表現を使っていたが、一部の読者は「膣」という表記の使用をやめ、替わりに「フロントホール」を提唱しようとしている、と受け止めたようだ。
ネット上で怒りが拡散されるケースでよくあるように、その言葉を使った文脈が置き去りにされてしまった。セーフセックス・ガイドが掲載されてからまもなく、保守派のメディアや人々の間で、批判コメントと共に記事が拡散された。
同サイト上でこの言葉を使ったのは、明確にクィア、トランスジェンダー、インターセックス、アセクシュアルに向けて書かれたこの記事だけで、他では使用していない。
記事では次のように説明している。
本ガイドの目的を考え、読者のみなさんが従来に替わる性器の呼称を使えるよう意図しました。
例えば、トランス男性の中には「膣」の代わりに「フロントホール」や「内性器(internal genital)」を使いたい人もいます。
同様に、トランス女性でペニスと言わずに「ストラップレス(strapless)」「ガールディック(girl dick)」と呼ぶ人もいます。
記事ではこのように、基本的に膣とフロントホールという語を併記している。
トランスジェンダーの人が自分たちを対象にしたセーフセックス・ガイドに望む表現を選んだ結果、という立場だ。
こう聞けば、妥当な選択に思えるのではないだろうか。
だが、いくつかの保守系サイトがこの記事を取り上げ、ヘルスラインが「膣」を排除して「フロントホール」を広めようとしている、と主張した。
ニュースサイト「デイリー・ケア」は、「サンフランシスコの健康サイト、『膣』を抹消し『よりインクルーシブなフロントホール』を選択」と題した記事を掲載している。
他にもキリスト教系のニュースサイト「クリスチャン・ポスト(The Christian Post)」やカナダの保守メディア「レベル(The Rebel)」、アメリカの保守メディア「ブレイズ(The Blaze)」などがこの件を取り上げた。
「ヘルスラインはトランスジェンダーの人々を怒らせないよう、『膣』に替わって『フロントホール』を使おうとしている」とする趣旨の記事もある。
すると、元々の意図はほぼ無視されたまま、ツイッターに怒りの声があふれた。
しかしヘルスラインは、実際に膣を他の言葉で呼ぶよう誰かに提案したり、強要したりなどは一切していない。
こうした反発を受け、ヘルスラインはサイトに声明を掲載し、フロントホールという言葉を使用した意図を改めて説明した。現在声明は削除されているが、その中で次のように述べた。
一部に、当サイトが膣の替わりに「フロントホール」という言葉を使い始めたと思い込んでいる人がいるようです。これは事実と異なります。
「フロントホール」は、トランスジェンダーコミュニティの中で該当する人に向けて私たちが使用している言葉であり、性器を表す用語として一般に認められている多数の言葉のうちの一つです。本ガイドにおいて、膣という言葉と替えたいとは一切述べていません。
ヘルスラインはまた、フロントホールは以下の団体などにも認められている用語だと指摘した。
・アメリカ国立衛生研究所(NIH)
・LGBTQ人権団体のヒューマンライツ・キャンペーン
・学術誌「BMC Pregnancy and Childbirth」
・ハーバード大学メディカルスクールと提携するLGBTQIA+向け医療機関フェンウェイ・ヘルス
・国立LGBTQIA+健康教育センター
・マサチューセッツ・コミュニティ・ヘルスセンター連盟