占い師の母が教えてくれた「真実と物語」の深い力

    「真実の中には、あまりに単純すぎて見過ごされてしまうものもある」とマミは言った。だからマミは、相談者に複雑な「物語」を語り、「儀式」を行うことで、彼らが自分で答えを見つけるようにしていた。

    母は、占い師になりたくなかった。「占いは罪だよ」と彼女はいつも言っていた。それは警告であり、自分の悪運の説明であり、自分の父親について話すときの前置きだった。

    母の父(私にとっての祖父)は、「クランデロ(ラテンアメリカ土着の呪医)」だった。祖父はきっと、「ホメオパシー医」という、もっと高尚な名前で呼んでほしいと思っただろう。実際、祖父の名刺にはそう書いてあった。「ラファエル・コントレラス・A、ホメオパシー医。糖尿病、肥満、副鼻腔炎、癌、呪術など、あらゆる病を治します」

    ノノ(おじいちゃん)は、雲を動かす力があると言われていた。たくさんの人が、コロンビアのサンタンデール県にある近隣の都市から、ブカラマンガに住むノノに会いに来た。マミ(ママ)が育った家のリビングは、治療と占いを待つ人たちで溢れていたという。

    ノノは、マミに占いを教えた。普通のトランプを1組与えて、こう言った。「大事なのはトランプじゃない。お前が何を見るかだよ」。そしてマミは10歳で、意味やシンボルを体系化した。私はそれがどんな本にも載っていないことを知っているし、人に教えてはいけないと言われている。

    マミは、順番待ちをしているノノのお客を相手に練習し、すぐに評判になった。ノノがお酒で肝臓を壊して40歳で亡くなったとき、家族は、占いがいけなかったのだと考えた。そのような死に方をするのは、道徳的に破たんした人生を送った人だけだろうから。ノノの目を閉じさせようとしたがうまくいかなかったマミは、ノノの棺の前で、その通りだと考えた。人の運命に介入するのは、罪深いことに違いなかった。だからノノは、目を閉じて安らかに眠ることができなかったのだ。

    マミは、これまでの生活をやめた。後ろは振り返らなかった。しかし11年後、私の父が失業して、状況が変わった。ボゴタにある自宅の暗い部屋で、パピ(パパ)は、背中を丸めて座ったまま、宙を見つめて過ごしていた。食べることもできなかった。請求書はどんどん届いた。貯金はなく、支払いをするすべはなかった。

    そこでマミは、屋根裏部屋に置いた丸テーブルに、星雲や月や星がプリントされた青い木綿のタペストリーをかけ、この宇宙のイメージの上に、自分の小さな手鏡や、金のピラミッド、ロイヤルブルーの円錐形のお香などを広げた。「神よ、お許しください」とマミは言った。

    マミのお客は、日中のあらゆる時間に、ひとりずつ、あるいは2~3人ずつやってきた。医者や会社員、お針子、料理人。警備員やエンジニアもいた。常連だったのは、ファッションデザイナー、心理学者、弁護士だった。

    12歳だった私は、階段の踊り場の、クッションが積まれたところに腰掛け、本を読みながら、マミのお客が屋根裏部屋に上って行ったり、下りてきたりするのを眺めていた。彼らは私をじっと見ながら、マミのあとについてゆっくり歩いていた。私もじっと見返した。お互いがそれぞれを、飾り棚に陳列された貴重品であるかのように見つめていた。本への興味はなくなった。もっと身近なもっと面白い文学が、私の家の中を上に行ったり下に行ったりして歩き回っていたのだから。

    私は本当は、マミが占いをしているときに、その部屋の中にいさせてもらいたかったのだが、それは許されなかった。だからその代わりに、閉ざされたドアの前で聞き耳を立てた。マミの威厳ある祈りや、相談者のすすり泣きや、あえぎ声が聞こえた。そうでないときは、不気味に静かだった。私は、お客が帰ったあとで彼らのことを質問して、好奇心を満足させていた。

    占い師と相談者の間の守秘義務は存在せず、マミはすべてを教えてくれた。息子の父親(夫ではなく、一度関係を持ってその後会っていない男性)について知りたいという学校の用務員。元妻に自動車事故で呪い殺されそうになったという弁護士。彼は12日間続けて通ってきたので、マミは治療を施すことができた。それから彼は毎週末、運勢を見てもらいにやってきた。

    お客の予定がないときは、私はマミと屋根裏部屋に座っていた。そこは、私が家の中で一番好きな場所だった。私は、マミがティーキャンドルに火をつけ、小さなブリキのボウルの下に置くのを、うっとりと眺めた。ボウルの中のローズウォーターが温められ、香りが部屋に満ちる。マミは煙草を次々と吸った。マミは、好きなように話をするのを好む人で、私はマミの話を聞くのが大好きだった。

    「良い占いっていうのは、良い物語を語る技なんだよ」とマミは私に述べた。物語をつくり、相談者の望みを確実に推し量り、マミがはっきり見たものと、直感的に感じたものをつなぎ合わせることについて説明してくれた。「でも、こうした日々の中で学んだ一番大きなことは、『真実を求めている人はいない、みんな物語を求めている』ということだよ」とマミは打ち明けた。


    あのときマミが言っていたことが理解できた、と思ったときがある。日曜日にボリバル広場をぶらついていたときのことだ。鳩を追い立てる妹を写真に撮ろうとして、マミが私の手を離した。すると、年取ったロマ族(ジプシーの一部)の女が私の手をつかみ、手相を見て叫んだ。「あんたの生命線は2本に分かれてるね! 2つの人生を選べるんだ。1つはワクワクするような人生だけど、早死にするよ。もう1つは――」

    マミは私を、ロマの女から引き離した。私たちは大急ぎで広場を横切り、おじいさんたちがコーヒーをすすっている横を通り過ぎ、子どもたちが鳩にパンくずをやっているところも通り過ぎた。ロマの女は、走って追いかけてきて、占いの代金を要求した。マミは肩越しに叫んだ。「誰も、占ってくれなんて頼んでないよ! うちの子にかまわないで」

    予言されて、いい気持ちはしなかった。自分の未来に横たわっていることを告げられるのは嫌だったし、ロマの女の言葉が頭から離れないのも嫌だった。彼女の言葉を信じたくなかったが、彼女が予言したやり方が、あまりに自信に満ち、自然だったので、私は自分の決心にいちいち疑問を覚えるようになった。いったい何が、早すぎる終わりを迎える人生につながるのだろう、と考えずにはいられなかった。

    真実は、あるいは私たちに真実として提示されたものは、暴力的だ。それは、認められ、記憶されることを要求する。その真実を無力にしたい、忘れ去りたい、あるいは信じないようにしたい、と思っても、しつこくつきまとう人のように離れない。ロマの女は私に真実を告げたのだろうか。

    何年もたち、23歳の時、私は車に轢かれて記憶をなくした。事故のすぐあと、自分の名前や過去がまったくわからなくなった私は、船に乗ってどこかへ行ってしまおうと考えた。自分がバッグを持っていて、そこに過去の人生を知るすべての手がかりが入っていることは知っていた。町なかのごみ箱の上に、そのバッグをぶら下げながら私は考えた。過去の人生を捨てて新しい人生を始めるか、あるいは、自分の足跡をたどり、自分が何者でどこに属するのかをはっきりさせるか、どちらを選ぶか。その日、私は自分の過去の人生を探そうと決めた。興味を抑えられなかったのだ。

    4週間後に記憶を取り戻したとき、私はロマの女の言葉を思い出し、つきまとわれていた予言から解放されたのを感じた。予言とはこういうものなのだ。予言と一致する何かが起こるまで、その予言を抱え続けるのだ。ロマの女が言ったことは実現した。だから、私は先へ進むことができた。

    私の母がやることは、もっと思いやりがあると思った。母は物語を語った。寓意や比喩で話し、ヒントを与えた。物語とは、私たちがそれを分析するか、記憶する準備ができるまで、私たちの人生の背景にはまりこんでいるパズルなのだ。

    どちらにしても私は、「真実を求めている人はいない、みんな物語を求めている」という言葉の響きが好きだった。私は宙を見つめ、呪文のようにそれを繰り返した。


    占いを始めたとき、マミは、相談者が求める率直な答えだけを与えていた。「そうです。あなたの夫はあなたをだましていますよ」「いいえ、その旅行には行くべきではありません」「ええ、彼はあなたのことが好きです。でも、彼はあなたに合う人ではありません」。マミの予言は短く、要領を得ていた。そして、お客は誰も戻ってこなかった。メッセージの受け取られ方が何か間違っていると感じたマミは、試しに、自分が見たものを、物語の中に隠すことにした。

    たとえば、父親に勘当された若い女性の場合。マミは単純な真実、つまり、父親が彼女を許す前に、彼女が父親を許す必要がある、とは言わなかった。「真実の中には、あまりに単純すぎて見過ごされてしまうものもあるんだよ」とマミは言った。「人に指図されたい人はいない。いい人になりなさい、家族には良くしなさい、優しい人でありなさい、と言われたくないんだ。でも、それが答えだということもある」

    真実を伝える代わりに、マミはその女性にこう言った。「お父さんがあなたを勘当した日、怒っていたお父さんは、あなたが育てていた植物に触わりました。この植物が清められ、野に放たれるまで、お父さんにはあなたの祈りは聞こえないでしょう」。もう家からの援助はしないから、自力で生活しなさい、と父親が娘に言ったとき、彼が植物に触っていたというのは、どうやら事実らしかった。

    マミと女性は手術用手袋をはめ、その植物を車で近くの川まで運ぶと、川の水で清め、祈りの言葉を唱えた。マミが女性に、父親を許すようにと諭したのは、このときだった。植物はメタファーだったが、女性がそれを知ることはないだろう。壊れた人間関係を前に、マミは彼女に実体的な仕事をさせたのだった。

    儀式が有効だったか有効でなかったかは重要ではない、と私は考える。屋根裏部屋で、マミはこう言った。「喩えやパラドックスやシンボルを使って話さなければいけないよ。お前がはっきり言葉にしなくても、相談者が真実を経験することができるような物語を語らなければいけない」。マミはその女性に物語を語り、彼女は父親を許した。そして結局、父親も彼女を許したのだ。


    お客が途絶えるといつも、マミは少し退屈して、タロットカードを星形に並べ、自分の運勢を占った。マミのカードでは、マミはいつも「女帝」だった。星の冠をかぶり、手に笏を持ち、玉座にゆったり腰かけている女性だ。このカードが出るといつも、彼女は喜んで手を叩いた。「ほら! 私が出た」

    私は、マミのタロット占いから、どのように物語が生まれてくるかを見るのが大好きだった。物語を語るのは女帝自身ではなく、彼女を取り巻くカードたちだった。さまざまなカードが、マミの人生のひとつひとつの章を解き明かした。子どものころに経験した貧困と暴力。周りの男性たちに対して覚えた怒りや執着。マミをもう少しでレイプするところだった、マミのいとこ。マミが無理やり結婚させられた男。ようやく出会い、一緒に家庭を築いた私の父。未来を示す「星」のカードのところに目を向けたマミは、息をひそめてじっと見つめていたが、何が見えたのかを私には語らなかった。

    自分でコントロールできない真実を前にすると、マミでさえ無口になるのだった。

    占い師としては売れっ子のマミだったが、収入の大半は、空のペットボトルにわが家の水道の水を満たしたものから得ていた。ペットボトルの口に唇をつけ、白目をギラギラ光らせて、かすかな声で長々と唱える。それは、ノノが彼女に教えた癒しの技だった。ノノはそれを彼の父(私の曽祖父)から学び、曽祖父もそのまた父親から学んだのだ。

    マミは水に祈りを込め、その水の中に浮遊している祈りを、相談者が体のなかに摂取できるようにしていた。5,000ペソ(約190円)という価格で売られていたこの水には、配偶者との関係を再び燃え上がらせ、仕事を成功させ、邪眼から身を守ってくれ、軽い悪魔祓いをしてくれて、報われぬ恋の痛みも癒してくれる力があるとされていた。

    マミは、キッチンにボトルを横一列に並べ、それから縦に積み上げてピラミッド型にしていた。客たちはちょっと立ち寄ると、マミに金を渡し、うちの水道の水をひっそりと持ち出していく。姉のフランシスと私は、教師のほとんどをアメリカ人やイギリス人が占める私立学校に通うようになっていたので、こうしたしきたりをますます疑わしく思うようになった。癒しの水のことを、2人していつも馬鹿にしていたのだ。朝のコーヒーに息を吹きかけあい(コロンビアでは、私たち子どもも、砂糖なしのコーヒーをよく飲んでいた)、「さあ、これで今日は数学でAが取れるわよ!」などと物まねをしてふざけていた。

    マミは口をとがらした。「Aj(へえ)! あんたたちの住む場所と、そのテーブルの上にある食べ物のお金は、どうやって払っていると思っているんだい?」

    その頃、2階の廊下の奥の部屋では、パピが打ちひしがれて、じっと座り、ベッドにつっぷしていた。誰とも口をきかず、ほとんど動きもしない。私たちは彼が立ち直るのを待っていたが、彼は3日間連続で眠らなかった。マミが、自分がなんとかすると言うと、姉のフランシスは叱りつけた。「パピに必要なのは医者でしょ。病院に連れていって」。マミは舌打ちをした。「医者が何をしてくれる? 何も考えられなくなるまで薬を飲ませるのかい?」

    そうしてマミはキッチンで、3つのグラスの水面に向かって、何時間もぶつぶつと唱えた。普段ならパピは、マミが祈りを込めたものは、どんなものでも飲むのを拒んでいたはずだが、人が変わってしまっていた。マミが「飲んで」と言うと、パピはグラスをひとつずつ傾け、中身を飲み干した。その日の午後、パピは深い眠りに落ちた。

    「Que les dije(ほらね)」マミは顔を輝かせた。「私の水が効いたのよ」

    「偶然でしょ、マミ」フランシスは呆れ顔だ。「いつかは眠らないといられないんだから」

    しかし、パピはその後、2日間眠り続けた。体を揺すってみても意識は戻らない。うめき声は上げる。寝返りもうつ。でも、パピの目を開けさせておくことはできなかった。私たちはまた不安になった。マミはキッチンに駆けこんだ。「Ay jueputa(クソっ)、やり過ぎちゃった」

    私は思わず笑ってしまった。キッチンでは、マミが蛇口をひねり、グラスをひとつ、流れ出る水の下に持っていた。「使った言葉が良くなかったんだよ」マミは私にそう言った。「今度は、あの人をシャキッとさせるという、はっきりした目的をもって水に祈りを込めることにしよう」

    グラスに水が溜まっていき、溢れて手の上に流れ出しているのに、マミは言った。「いいかい、言葉は正しく選ばないといけないよ。不正確なのはダメ。こっちがあやふやだったら、うまくいかないよ」

    『不正確なのはダメ』私は心のなかで復唱した。『こっちがあやふやだったら、うまくいかない』

    パピをシャキッとさせるはずの水に、目にみえる効果はなかった──テレビに対しては前より注意を払うようになったかもしれないけれど。私は、フランシスと一緒になってマミをからかった。マミはパピの症状に、毎日違う診断を下していた。ある日は、パピが自分の目的を思い出せるようにと水を作り、またある日は、気持ちを表現できるようにと水を作る。そして最後に作ったのが、どこに捕らえられているのかも知れぬパピの声が戻ってくるようにという祈りを込めた水だ。この最後の水を飲んだパピは、バスルームで戻した。そして胆汁が出るまで吐き続けたのだった。

    「よしよし」マミは言った。「やっとうまくいったね」

    パピの顔色は悪く、ぐったりしてベッドに這い戻った。放っておいてほしいと言われたので、マミは部屋の扉を閉めた。「さあ、待とう」マミは声をひそめて言った。そして、屋根裏部屋に向かって行ったので、私は後を追った。マミのこまごましたものに囲まれた中に腰を下ろしてから、私はこう訊いてみた。「何を待つの?」

    「うーん?」マミはタバコを吸い込みながら、火のついたマッチを空中で振って、炎を消そうとした。「ああ! 父さんの話? あの人が自信を取り戻すのを待つんだよ。そこがあの人の問題なんだから」

    「そうなの? じゃあ、なんでパピにそう言わなかったの?」

    マミは煙を吐き出した。「本当のことを? 前にも話しただろう? お客には、正しい方向を示してやることしかできないんだって」

    胆汁を吐いた後、パピは勇気を出して仕事を探し始めた。つてを頼っていろいろと一次面接を受けていた。困ったのが、毎回、なぜ以前の仕事を解雇されたのかを説明しなければならないことだった。「ある同僚に陥れられたんです」最初、彼はそう言った。「でも結局は、何も立証されませんでした」次の面接ではそう言ってみた。そうこうするうちに、正しい言い方に思い当たったのが、これだ。「自分の部下が担当していた予算に気を配っていなかったという間違いをおかしたのです。二度とそんな間違いはしません」

    それから1週間で、ある石油工場を訪ねてみて、そこでのプロジェクトと新しい会社が合うかどうか見てみないかと、パピに声がかかった。マミと同じように、パピも正しい言葉を見つけたからこそ、うまくいったのだった。


    マミの常連さんの中に一人、私の興味をとてもそそる人がいた。おしゃれなポンチョと、ハイヒールのレザーブーツを身につけた女性だ。彼女はトレーダーで、マミにはいつも同じことを訊ねていた。いくつか日程を挙げて、どの日の縁起が良くて、どの日の縁起が悪いのかを知りたがったのだ。母は「何の縁起ですか?」とは決して訊かない。何かの出荷に関係があるのだろうということにしていた。

    私は母に、彼女は嘘をついていて、本当はウエディングプランナーなんじゃないかと思う、と言った。マミも、彼女が嘘をついているはずだと思っていたが、もっと良くないことを隠しているのではないかと疑っていた。何を? それにはマミは答えなかった。「知ってどうするっていうの? うちはお金が必要なんだから」

    パピが石油工場での面接を受けるために出かけている間に、そのトレーダーの女性が大きな封筒を持ってやってきた。マミが中身を引っ張り出して見せてくれる。入っていたのは、メデジン(コロンビア第二の都市)への無料招待旅行のチケット3枚だった。「こんなものを貰えるなんて、何をしてあげたの?」私はそう訊ねた。どうやら、マミがお墨付きを与えた日付のひとつで、ビジネス上の決定がうまくいき、その感謝の気持ちということらしい。

    マミは貰うべきでないと思っていたのだが、フランシスと私は受け取るようにと頼み込んだ。「どこにも連れていってくれたことないじゃない!」私たちは言った。「今まで楽しいことなんてあったためしがないよ!」そして、パピは出かけているのだから、自分たちがどこへ行って、何をしようが問題ない、と主張した。そうして私たちは飛行機に乗り込んだ。

    メデジンは、ボゴタとはまるで違っていた。温暖で、地形は起伏に富んでおり、ホテルは豪華だ。私たちはプールサイドでダラダラと過ごした。ホテルのスタッフがあれやこれやと世話を焼いてくれる。暖かい空気の自由な雰囲気や、新しいタオル、飲み放題のバージン・ダイキリ(ノンアルコールのカクテル)を大いに楽しんだ。お金の心配をしなくていいのは、生まれて初めてだった。ココナッツオイルを手足に塗って、太陽の下でこんがりと日焼けした。指をちょっと持ち上げるだけで、スタッフの誰かがこちらに気づいて駆け寄ってきてくれる。ただ、観光には行かないようにと言われていた。メデジンを縄張りにしている麻薬王パブロ・エスコバルが、バイクに乗って彼を追っている雇われの暗殺者たちから逃げ回っているところだったのだ。

    家に戻ると、パピが電話で、まだ石油工場にいて、もしかするとそこで仕事がもらえるかもしれないと知らせてくれた。フランシスと私は喜んだが、マミは気もそぞろで、不安そうだ。パピからの電話を切ると、マミは、なんだか後味の悪い旅行だった、と言い出した。「麻薬取引のような気がする」と言うのだった。

    トレーダーが次の予約に現れた時、マミは彼女に何度も礼を言った。彼女は微笑み、楽しんでもらえたのならよかった、と応えた。そして、いくつか新しい日程を取り出して、こう聞いた。「じゃあ、また助けてもらえるかしら!」

    マミが冗談めかして言った。「あなたが麻薬の運び屋をやって運試しをしているんじゃなくてよかったわ」

    「私が?」トレーダーは言った。「やだ、そんなんじゃないわよ! それは、私が雇っている人たちの仕事」

    マミはショックを隠し、笑顔を作ってこう訊ねた。「お仕事はうまくいっているの?」

    「ええ! ここに来るようになってから、うちの運び屋が税関でしょっ引かれることはほとんどなくなったのよ!」

    マミは、これが最後と言いながら、トレーダーに「良い日付」を示した。そして、彼女が立ち去ると、二度とあの人には会わないと誓った。トレーダーが電話をしてくると、マミはこんなふうに弁解をした。「私はもう引退するつもりだし、あなたのやっていることの中にはたくさんの闇があります。これ以上関わりたくないのです」

    トレーダーの女性が帰った後、マミはパピのためにろうそくに火を灯し、パパが仕事を貰えて、自分が霊能者の仕事を辞められますようにと祈っていた。「この商売が幸運を連れてきたことは一度もないよ!」マミが私を見た。その目には恐怖のようなものが感じられた。「人の人生に介入ばかりしているせいで、自分の人生がめちゃくちゃになってしまったらどうしよう?」

    間接的にでもパブロ・エスコバルのお金を受け取ってしまったのは呪いだと、マミは決め込んでいた。テレビでは、パブロ・エスコバルがモールや高速道路、銀行の前、橋の下、飛行機の中など、国中のあちこちに爆弾を仕掛けたと報道されていた。私たちは血に濡れた金を受け取ってしまったんだよ、と言うマミの手は震えていた。

    マミは、今度は、姉と私のためにグラスに水を作った。姉は飲むのを拒むだろうと思っていた私は、自分も拒否するつもりだった。けれどもフランシスは反発しなかった。姉が自分の分のグラスを飲み干すのを見ていたところ、すぐに彼女は吐き気を催し、バスルームで胆汁が出るまで吐き続けた。パピとまったく同じだ。

    パピに起こったことが、フランシスにも起こるなんて、どうなっているのかさっぱり理解できなかった――しかしそれも、自分の分の水を飲んで、すっかり吐いてしまうまでのことだった。飲み込んだばかりの水がせり上がってきて、その後から、オレンジ色の悪臭に満ちた胆汁が出てきたのだ。


    私たちは、誰かから聞かされた物語から、とても大きな影響を受ける。自分がその物語を信じることを選ぼうと、そうでなかろうと。私はマミの水の力を信じていなかったけれど、あの水が胃に触れた途端に吐き気を催した。私の反応は、あの水に対してのものだったのか、水にまつわる物語に対してだったのかはわからないが、本能的なものであり、無意識のものだった。母の水を飲んで吐いたあとは、全精力を使い果たし、清められた気がした。体は震えており、深い眠気に襲われた。眠りに落ちる前の一瞬、私は、人生が変わるような影響がもたらされたことを、身体全体で感じていた。

    だからこそ私は、パソコンの前に座り、執筆しようとするたびに、母のことを思い浮かべる。喩えやパラドックス、シンボルを使って語らなければいけないよ、という彼女の声が聞こえてくる。

    物語を語る時は、こちらがはっきりと明示しなくても、お客が体験によって真理に気付くようにしなくちゃいけない。私も、最初に原稿を書き出すときには、タロットカードをめくるように書いていく。ひとつずつ、ばらばらのパラグラフを、登場人物の正しいイメージが現れてくるまで書きつけていくのだ。

    そして、いつも思い出すのは、マミの教えてくれた一番大事なことだ。あの「真実を求めている人はいない、みんな物語を求めている」という言葉だ。マミは、寝る前に本の読み聞かせをしてくれることはなかった。けれども、私が決して忘れることのないやり方で、物語というものを体験させてくれたのだった。


    Illustrations by Tania Guerra for BuzzFeed News.

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:浅野美抄子、半井明里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan