写真技術の始まり。初代カメラが捉えた人々の暮らしや戦争の様子

    「19世紀半ばは写真技術が誕生したばかりの黎明期。当時の人々の姿を身近に感じ取ってほしい」

    米国ワシントンDCにあるナショナル・ギャラリー(National Gallery of Art)で、写真技術が誕生した19世紀半ばの黎明期50年の記録をたどる企画展が開かれている。

    「The Eye of the Sun」と題した展示では、同館が所蔵する140点の写真を見ることができる。現在のように写真を通して世界を見るという形の基礎を築いた、当時の実験的、芸術的な試みをたどる企画だ。

    1839年、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが、銀板に像を焼き付けるダゲレオタイプ(銀板写真)と呼ばれる技法を発表。像を永遠に残せる写真の可能性に、人々は驚嘆した。

    それまで、生命をとらえて描写する方法といえば絵画やイラスト、彫刻などに限られていたが、写真という新たな技術により、ありのままの姿をいきいきと写し取ることが可能になったのだ。

    写真技術の登場に続く半世紀は、芸術家や起業家、科学者がそれぞれ飛躍的な発明を次々になしとげ、新たな技法を生み出し、写真がもつ可能性を広げていった時代にあたる。

    本企画展を手がけたナショナル・ギャラリーの学芸員で19世紀の写真に詳しいダイアン・ワゴナー氏に取材し、当時を伝える貴重な写真の数々を紹介してもらったほか、写真の黎明期にあたる興味深い時代背景について話を聞いた。

    企画展のタイトルである「The Eye of the Sun」(太陽の目)はどこからきているのでしょうか。

    ワゴナー:The Eye of the Sunというフレーズは、1857年にイギリスのエリザベス・イーストレイク(ロンドンにあるナショナル・ギャラリー初代館長の妻。みずからも美術・美術史に精通し、批評を執筆した)が当時の写真について記した文章の一節からとっています。1839年に写真技術が誕生してから20年ほど後のことです。

    1857年、イーストレイクは写真を論評する記事を発表し、写真技術が意味するものや、写真が世界にもたらした変化、人々の生活にもたらした変化を考察しました。

    その中でカメラを「太陽の目」と表現するくだりがあります。これがとても象徴的な表現だと感じたので、今回の企画展のタイトルに使わせてもらいました。

    革命ともいえる写真技術の誕生につながった背景には、技術面でどのような進歩があったのでしょうか。

    ワゴナー:1839年、ふたつの主要な写真技術が相次いで発表されました。ひとつがフランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによるダゲレオタイプです。

    これは銀メッキした銅板の表面に像を直接焼き付ける方法で、同じ像は1 枚きりで複製ができません。これが、ダゲールが発明して世に送り出した技術です。

    ダゲールはフランス政府から手当てを支給され、この技法はすぐに広まり、人々の手にも届くようになりました。

    発達も急速に進み、特にアメリカでは誕生から15年ほどの間に成長をとげました。発表から数ケ月後にはダゲレオタイプの写真館がいくつもでき、主に男性でしたが、多くの人がこれを商売のチャンスととらえました。

    同じころイギリスで、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットがもうひとつの技術を開発します。紙にネガ(陰画)を作り、食塩水をしみこませた紙にそれを焼き付けて印画するというものです。

    近年デジタル写真が登場するまで、長年、これが以後すべての写真技術の基礎になっています。この方法の利点は、なんといっても同じ画像を複製できること。あいにくタルボットの技法はダゲレオタイプに比べると普及に時間がかかりました。

    特許を取得したのがイギリスだったため、制作していたのは主にタルボット自身と周辺の人々でした。

    1850年代に入ると、ガラス板のネガを使う湿式コロジオン法、卵白を塗った紙を印画紙に使う方法が登場します。ここで紙のネガから発展して、細部まで鮮明で幅広い濃淡のある画像が得られるようになりました。

    19世紀後半はこうした技法がダゲレオタイプに代わり主流になります。

    当時、写真産業は男性中心だったとのことですが、その中にどんな女性がいたのでしょうか。展示の中に女性が撮影した写真の例はありますか。

    本企画の試みのひとつとして、できるだけ女性写真家の作品を取り入れるよう意識しました。もちろん、19世紀の写真業界は男性社会でしたので、数は多くありません。

    商売としての写真の世界には女性も多く関わっていましたが、技術職や彩色担当が中心でした。それでも、機会があれば女性が撮影した写真を収集するようにしています。

    今回の展示では、イギリスの著名な女性写真家ジュリア・マーガレット・キャメロンの作品が含まれています。私自身、長年好きな写真家です。

    あまり知られていませんが、女性写真家の先駆けであるメアリー・ディルウィンの写真もあります。メアリーは当時写真家として活動していたジョン・ディルウィン・リュウェリンの妹にあたります。ウェールズ出身の二人の家は、婚姻によってタルボットと親戚関係にありました。

    ピクニックをする女性たちの姿をとらえたメアリーの写真があるのですが、ボトルを手にした3人の被写体の楽しそうな様子をとらえた魅力的な1枚です。これは1854年に撮影されたもので、露光時間は一瞬ではなかったはずですが、非常に自然でいきいきした雰囲気が伝わってきます。

    こうした写真技術はその後、どのような変遷をたどったのでしょうか。20世紀を通じてあまり見られなくなっていったのはなぜですか。

    企画展ではその点がわかるように構成を考えました。冒頭で当館が所蔵する最初期の写真を展示し、1888年にジョージ・イーストマンが開発した世界初のカメラ「コダック」で締めくくります。

    コダックが登場する前、これまで紹介してきた技法はどれも非常に複雑で、習得するのが難しいものでした。特に最初期は個人の工夫やコツがなければできなかったのです。

    コダックのカメラは「あなたはボタンを押すだけ。あとはおまかせください」のスローガンで売り出され、フィルムが装填されていました。誰でも写真を撮ってフィルムを持って行けば、写真をプリントしてもらえるようになったのです。

    今回の企画展で注目してほしい点はどこでしょうか。

    個人的に、写真の歴史の中で19世紀はとりわけおもしろい時代だと思っています。とにかく発明されて間もない時代ですから。最初期はすべてが実験的で、とにかく自由で何でもありです。

    私自身、150年から180年前に撮影された写真に接するのは本当にわくわくしますし、カメラのレンズを通して当時の世界へ通じる窓を見ているような気分になります。作品を見るみなさんには、当時、写真がいかに魔法のような世界だったかを感じとってもらい、タイムトリップしたかのようにこの時代を身近に感じてもらえればと思います。

    ワシントン・ナショナル・ギャラリー「The Eye of the Sun」展は2019年9月8日から12月1日まで開催。


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan