「これが私たちの義務」負傷したロシア兵を治療するウクライナ人医師の葛藤

    「ロシア兵も助けるべきだと思いつつ、罪悪感を覚えることもあります。ロシア人の治療に費やす時間で、ウクライナ人の仲間を助けることができるのに、と思うから」

    ロシアがウクライナに本格的な軍事侵攻を始めてからずっと、ある若い医師は救急病棟を離れられずにいる。

    ヴィタリー医師は、ウクライナ西部から首都キエフに外科の実習に来ていた。そこに、ロシア軍の攻撃が始まった。

    ヴィタリーさんはBuzzFeed Newsの取材に対し、キエフへの空爆や砲撃、銃撃で負傷した兵士や民間人の治療のため、ほぼ24時間体制で働いていると語った。

    搬送されてきた兵士たち。ウクライナ兵の服を着ているが、ウクライナ語は話せず…

    ヴィタリーさんが診た患者の中でも、1週間ほど前に病院に搬送されてきた3人の兵士は、少し様子が違っていた。

    兵士たちはウクライナ軍の制服を着用し、キエフから来たというが、ウクライナ語は一言も話せないうえ、首都近郊の地名を一つも言うことができず、身元を証明する書類もなかった。

    さらに彼らが話す言葉は、ロシア語のアクセントが強かった。そして医療スタッフに対して、どこか冷淡な態度で、多くの質問に答えようとしなかった。

    病院スタッフとウクライナ警察は、最終的にこの男性兵士らがロシア兵だと確認した。

    「彼らはとても怖がっていました」とヴィタリーさんは語った。

    ウクライナのハンナ・マリャル副国防相は2月25日、ロシア軍がキエフ北部のオボロン地区への攻撃に失敗した際、ロシア軍が「2台のウクライナ軍の車両を奪取。ロシア兵士らはウクライナ軍の制服に着替えた」とFacebookに投稿した

    同様の報告は、他でもあがっている。

    ウクライナ当局は、ヴィタリーさんが手術したロシア兵士は、キエフへの最初の攻撃に参加していたとみている。

    敵の命を救うべきか…。医療従事者の葛藤

    ヴィタリーさんは、安全上の理由から姓と勤務先の病院を公表しないことを条件に、取材に応じた。病院の様子をおさめた動画を2本、BuzzFeed Newsに提供した。

    ヴィタリーさんによると、手術した3人の兵士は、病院に搬送されたときには意識があったという。いずれも銃で複数回、撃たれており、1人は足を骨折していた。

    3人のうち1人は重傷で、のちに死亡した。他の2人は一命を取りとめ、回復するまでの間、入院させるという。

    ヴィタリーさんは医師として、また戦時下のウクライナ人として、「敵」の命を救うことに深い葛藤を感じた。

    「ロシア兵も助けるべきだと思いつつ、罪悪感を覚えることもあります」

    「ロシア人の治療に費やす時間で、ウクライナ人を助けることができるのに、と思うからです」

    プーチン大統領とロシア軍がウクライナに対して行ったこれまでの残虐行為を考えると、ロシア軍の兵士に同情を示すのは、難しい。ウクライナの街を破壊したのは、ロシア軍の攻撃だからだ。

    国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は3月7日、これまで1123人の民間人が犠牲になっており、そのうち死者は364人、負傷者は759人だと発表している。混乱中で全ての被害が集計されているとは言えない状況のため、犠牲者の数はさらに多い可能性が高い。

    「ロシア兵を救うことが、ウクライナ兵の捕虜を取り戻すのに役立つ。そう自分自身に言い聞かせています」

    ロシアによる侵攻がもたらした惨状を見ても、ヴィタリーさんの信念は変わらなかった。

    ヴィタリーさんは世界の医師が広く共有する「ヒポクラテスの誓い」(全ての患者の治療に全力を尽くすという医師の職務と倫理を定めた、古代ギリシャの宣誓文)を引用し、次のように語った。

    「それでも、これが私たちの仕事であり、義務なのです」

    「ロシア兵の体調が回復して、捕虜になったウクライナ兵と交換することも可能です。そのため、ロシア兵を救うことが、ウクライナ兵士を取り戻すのに役立つと、自分自身に言い聞かせています」

    ウクライナ侵攻が始まって以来、ロシアもウクライナも捕虜を捕えている。ウクライナ国防省情報総局のウェブサイトによると、ウクライナ側はこれまでに少なくとも245人のロシア兵を捕虜とした。

    またウクライナは、ロシア兵捕虜の母親に対し呼びかけた。ウクライナ国防省のFacebookページによると、ロシア兵士捕虜の母親が自らキエフに出向き、息子に直接会えば、彼らは母親のもとに返されるという。

    「私たちウクライナ人は、プーチン大統領の独裁政治とは対照的に、母親や捕らえられた息子たちと戦争はしない」と同省は述べた。

    ロシア兵捕虜の痛ましい映像も

    しかし、ロシア兵捕虜がウクライナ人から暴行や尋問を受けている動画もいくつか流出している。

    これらの映像について、捕虜の公正な取り扱いを定めたジュネーブ条約に違反する可能性がある、と国際人道法の専門家が指摘した

    ある映像では、ロシア兵捕虜が両目をテープで覆われ、両親に捕虜になったと電話で伝えるよう強要されている。

    「誰も、何も知らなかった。私たちはウクライナに侵攻せよとただ命令されただけ」と、ロシア兵は話した。

    また別の映像では、重傷を負ったロシア兵2人が、移動中の軽トラックの荷台で尋問を受けている様子が映し出されている。他の映像では、ロシア兵が家族に電話するよう強要されたり、強制的に自白させられたりしている。

    赤十字国際委員会は3月4日、「捕虜と拘束された民間人を、尊厳をもって扱わなければならない。ソーシャルメディアで流通する映像や画像を含め、彼らが公衆の好奇心にさらされることから、絶対に守らなければならない」とする声明を発表した。

    ウクライナの国防情報局は、捕虜となったロシア兵らはジュネーブ条約に従って扱われていると発表している。当局によると、ロシア兵捕虜には、衣食住と医療が提供されているという。

    ロシア軍による侵攻が始まってから、国連が確認した民間人犠牲者のほとんどは、「重砲や多連装ロケットシステムによる砲撃や、ミサイルや空爆など、影響範囲の広い爆発性兵器の使用によるもの」だ。

    ヴィタリーさんはこれまで、多くの一般市民と、約20人のウクライナ兵を治療したという。

    ヴィタリーさんによると、300人以上のウクライナ兵がキエフの軍事病院で治療を受けている。彼が治療した20人は、軍の病院が一杯になったため、転送されてきたのだ。

    ヴィタリーさんは、兵士の負傷のほとんどが、銃創によるものだと指摘した。

    「なかには、爆発による怪我と銃創が混在している人もいました」

    さらにヴィタリーさんは、榴散弾による恐ろしい傷について説明した。榴散弾は、砲弾の中に多数の散弾が詰まっており、それが飛び散る仕掛けになっているものだ。

    「榴散弾に被弾すると、足に穴が開いたり、胃が体内から飛び出たりします」

    彼は、5日間ほとんど休まず病院で働いたという。病院内のスタッフ用待合室で、ほんの数時間仮眠をとっただけだった。

    侵攻が始まって最初の2日間、外科医の仕事はあまりなかった。しかし、ロシアの攻撃が激化していくさまを見て、じきに負傷者が病院に押し寄せるとヴィタリーさんは予想した。

    そこで病院はベッドを増設したり、病室を掃除したりして、できる限り準備を整えた。

    侵攻開始から3日目、キエフ郊外で戦闘が激化すると、患者が病院に殺到した。そのほとんどが、ウクライナ兵や領土防衛隊の志願兵だった。

    ヴィタリーさんによると、病院の経営陣は、戦争とは関係のない軽傷の入院患者に対し、他の病院への転院や自宅での療養を命じたという。

    また、戦闘の激化を受け、大勢の市民が献血のために病院に押し寄せた。

    「1日か2日で、血液バンクは満杯になりました」とヴィタリーさんは話した。

    また、薬を持参するボランティアや、温かい食事を提供する飲食関係者などが現れた。街の料理人たちの中には、一般客に向けた営業ををいち早く止め、戦争に関わる人々に食事を提供している人もいる。

    ヴィタリーさんは、ストレスを感じており、彼自身や同僚に負担をかけていると打ち明けた。しかし、外科医としての仕事をやめることはないという。

    「ただ、目の前の仕事に集中するよう心がけています。勤務時間以外は、常にインターネットやテレビで情報を得ています」

    「私たちはまさに、戦火の中で働いているのです」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。