ホラー映画は体に悪い? 心臓専門医に聞いてみた

    「ヘレディタリー」のようなホラー映画は、神経系にさまざまな影響を及ぼす可能性がある。しかし、恐怖によって健康被害を受けることはあるのだろうか?

    怖い映画を見ているとき、心臓がバクバクした経験は誰しもあるはず。映画の恐怖が増すほど、体の反応も大きくなる。

    おそらくほとんどの人が、ソファーから飛び上がり、大人になるまでたびたび脳裏に浮かんできたホラー映画やシーンを覚えているはずだ。

    少女がテレビから這って出てきた映画「リング」の一場面かもしれないし、エイリアンが迷路のようなトウモロコシ畑を走る映画「サイン」のワンシーンかもしれない。筆者のように、「JAWS/ジョーズ」のサメが怖かった人もいるだろう。

    私たちは怖い映画を見るとなぜか、悲鳴を上げ、パニックに陥り、冷や汗をかく。自分の身に危険が迫っているわけではないとわかっているにも関わらずだ。これに快感を覚える人もいれば、全力で回避する人もいる。

    2018年公開のホラー映画「ヘレディタリー」の制作者たちは、この理論を証明するため、観客に「Apple Watch」を渡し、上映中の心拍数を測定してもらった。

    please look at my heart rate at the beginning of hereditary vs. my heart rate during that scene in hereditary

    見てください。ヘレディタリーが始まったときと、あのシーンの心拍数です。

    ヘレディタリーは、ある家族の悲劇を描いた暗く奇妙な物語で、近年で最も心をかき乱すホラー映画のひとつとして早くも絶賛されている。

    簡単に言えば、この映画を見た者は正気ではいられない。その結果、この映画を見ることは、ある種の挑戦となっている。具体的には「心拍数の挑戦」だ。

    配給会社のA24は、全米の映画館で観客にApple Watchを渡し、ヘルストラッカー・アプリで心拍数を記録してもらうという実験を行った。このPR戦略は功を奏し、観客たちは毎分140、157、164(BPM)といった心拍数をたたき出した。

    これらの数字は大人にしては高い(後で詳しく説明する)。つまり、アドレナリンジャンキーにおすすめの映画ということだ。

    Apple Watch、Fitbitなどのモニター機器は100%正確ではない。つまり、科学は完璧ではない。しかし、A24の「心拍数チャレンジ」は間違いなく、怖い映画は私たちの体に本物の変化をもたらし得るということを思い出させてくれた。

    それにしても、厳密に言うと、怖い映画は心臓と体にどれくらい影響を及ぼすのだろう? また、健康上のリスクはあるのだろうか?

    BuzzFeed Newsはメイヨー・クリニックのアリゾナ州フェニックス支部で働く心臓専門医ヘジス・フェルナンデス博士に取材を申し込み、怖い映画を見ているときに体で起きていることを尋ねてみた。

    怖い映画は、体の「闘争逃走」反応を誘発し、心拍数や血圧を上昇させる可能性がある。

    「闘争逃走」反応は、人間と動物の両方が進化によって獲得した、生存のための反応だ。私たちが危険にさらされたとき、あるいは脅威を感じたとき、素早く戦う、あるいは逃げるエネルギーを確保するために、この反応が起きる。フェルナンデス博士はBuzzFeed Newsの取材に対し、「この反応は不安によって引き起こされることもあります。つまり、実際に危険が存在しなくても、存在するような気持ちになったときということです」と説明した。

    私たちが危険におびえるとき、体は脳の扁桃体に警告を発する。扁桃体は情緒反応をつかさどる部位で、視床下部にメッセージを伝達し、視床下部が体にアドレナリンの放出を命じる。アドレナリンは、闘争逃走反応の一部を調節するホルモンだ。

    その結果、交感神経系が活性化し、心拍数や血圧、筋肉の血流が上昇する。「基本的には、体に運動の準備をさせているということです」とフェルナンデス博士は話す。軽く汗をかいたり、呼吸が速くなったりする人もいるだろう。

    「とても基本的な反応です。つまり、本能的なものであり制御できないということです」。怖い映画を見ると、私たちの脳はだまされ、スクリーン上で展開されている危険な状況を現実の脅威と勘違いしてしまう。そのため、たとえ家のソファーや映画館の座席にいて安全だとわかっていても、「エルム街の悪夢」でかぎ爪をはめたフレディ・クルーガーが現れると、やはり体は反応してしまう。

    一般的に、怖い映画を見たときの心拍数上昇は、軽~中度の運動をしたときの心拍数上昇と同等だ。

    健康な成人の場合、安静時の心拍数は通常60~100BPMに収まる。一方、ヘレディタリーの実験では、140~160BPMを記録した。大幅な上昇ではあるが、ほとんどの成人では正常の範囲内だ。

    「映画を見ても、軽~中度の運動レベル以上に心拍数が上昇することはないでしょう。具体的には、最大心拍数の70~85%程度です」とフェルナンデス博士は説明する。最大心拍数とは、220から年齢を引いた数字で、運動中の心拍数の上限とされている。つまり、30歳の場合、最大心拍数は190BPMであり、怖い映画を見ると、130~160BPMまで上昇すると予想される。

    もちろん、恐怖の度合いは人によって異なるため、あまり心拍数が上昇しない人もいるだろう。また、年齢や安静時の心拍数、健康状態にも左右される。「心拍数はとても個人的なものです。同じ150BPMでも、その意味合いは人によって大きく異なります」とフェルナンデス博士は話す。つまり、164BPMが「高過ぎる」かどうかは人によるということだ。

    ひとつ断わっておくと、怖い映画を見れば運動したのと同じ、というわけではない(そうかも、と考えていた人もいると思うが)。

    確かに、筋肉は緊張し、収縮するかもしれない。

    怖い映画を見ているとき、手足がこわばったり、ボールのように体を丸めたり、拳が真っ白になるほど強くアームレストや毛布を握ったりしていることに気づいた経験はないだろうか? 筋肉の緊張も、脅威を感じたときの反応のひとつだ。「恐怖が筋肉を緊張・収縮させることはあります。筋肉が反応の準備をしているのです」とフェルナンデス博士は説明する。

    怖いシーンが近づいていることを知っているとき、恐怖感や迫り来る脅威を認識しているとき、筋肉はこわばり、解放されるまでその状態が続く。息を止めてしまうこともあるだろう。「怖いシーンが終わると、筋肉は再びリラックスします」とフェルナンデス博士は話す。こうした筋肉の収縮と弛緩(しかん)によって、映画が終わるころには疲れ切っているかもしれない。

    つまり、圧倒的多数の人にとって、怖い映画を見たときに起きる体の変化は決して健康に悪くないということだ。

    「エクソシスト」のようなホラー映画を見た人が、心臓発作を起こしたり、気を失ったりしたという逸話を聞いたことがある人もいるだろう。フェルナンデス博士によれば、心疾患を抱えている人なら理論的にあり得るが、そのような可能性は極めて低い。映画による「恐怖で死ぬ」という科学的証拠は存在しないそうだ。

    ただし、心疾患や持病のある人は、一定以上の心拍数上昇を避けなければならない。怖い映画だけでなく運動やセックス(そう、セックスだ)も同様だ。「心拍数や血圧の上昇に耐えられない傾向がある場合、当然、闘争逃走反応は健康に悪い可能性があります」とフェルナンデス博士は警告する。

    とはいえ、これらの人も、軽~中度の運動には耐えられることが多いと、フェルナンデス博士は言い添えている。上述のとおり、軽~中度の運動の心拍数上昇は、怖い映画と同程度だ。もし本当に怖い映画を見たときの心臓が心配であれば、担当の心臓専門医かかかりつけ医に相談してみるといい。

    つまり、ほとんどの人にとって、怖い映画を見たときの心拍数や血圧の上昇は問題ではないということだ。映画が終われば、何ごともなかったかのように、体は正常に戻るだろう。

    ただし、ホラー映画の心理的な影響については…全く別の話だ。

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan